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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第四章【えんたー・ざ・やんきー!】
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第八話【万力ヤンキー】


「足重いー。つーかーれーたー。おーんーぶー」


「殺していいか?」


「出来れば止めてほしいなぁ」


 魔力が奪われ続けていくという死地。その発生源に向けて進む三人だったが、魔力が奪われるということを抜きにして、精神的な疲弊がトールを襲っていた。

 なにせ歩き出してから数分、リリナがこれまでにない以上の我がままを愚痴愚痴言い続け、ただでさえ気の短いいなほの限界がいつ切れるかおかしくない状況だからだ。


「……あー、胃が痛くなりそ」


 背後で騒ぐ二人を極力無視しようとして、人の良いトールは無視することが出来ずに、もう既に十回以上爆発しそうないなほを宥めていた。


「だからぁ。いなほお兄ちゃんがリリナを抱っこしてくれればいいんだよぅ。ね? このプリティーできゃわわなリリナを抱っこ出来るんだよー? 男の子なら嬉しはずかしセルフバーニングでしょ?」


「殺す……!」


「ちょっと!? 止めてくださいよいなほさん! 怒りのあまり言葉が単調になっちゃってるよ!? 落ち着いて、深呼吸!」


「へいへーい。ヤンキービビッてるー」


「お前ホンッッッット黙れよな!」


 拳を振り上げるいなほとおちょくるようにゲラゲラ笑いながらいなほに対するリリナの間に己が身を投げ出して何とか防ぐのもこれで何度目になるだろうか。

 ──それにしても。

 賑やかな二人のやり取りを身ながら、トールは生身一つでこの命が奪われ続ける世界に拮抗するいなほの横顔を見る。

 今はリリナとのじゃれ合いをしているためか、その表情には怒りはあれど殺気だとか戦意だとかいうのが浮かんでいない。

 しかし初めて遭遇したあの時、こちらを強敵だと知ったうえで浮かべたあの壮絶な笑みが、脳裏の端っこに引っかかるのだ。

 思い出せないほど些細な違和感なのか。

 あるいは思い出したくないほどの何かなのか。


「面倒だな……ねぇいなほさん」


 振り払うには些か面倒な違和感の招待を知るため、トールはいなほにあの笑みの本質を問おうとして──


「危ない!」


 無数の枯れ木の間から数本の黒い釘のような何かが、三人目掛けて飛来した。

 トールに言われるでもなく反応したいなほは、咄嗟に振り上げた拳でまとめて黒い釘を打ち落とす。


「ッ!?」


 地面に叩きつけられた釘は、その小ささとは裏腹に地面を抉って地中深くにまでめり込んでいった。

 穿たれた三つの穴、そして何よりあの程度の小さな釘を打ち落としただけだというのに、右拳が浅く裂かれたことに、いなほの戦意がたちどころに限界を振り切った。


「おぉ!」


 奇襲を受けてからゼロ秒。リリナへの苛立ちすら原動力にしていなほは釘の放たれた方角へと飛び出した。

 かつては森林であった場所は、現在命を吸われて細くなった枯れ木ばかりしか存在しない。原理はわからないが、身を隠すところなど存在しないというのに、飛び出したいなほは敵と思われる相手を視認できずにいた。


「コソコソっとよぉ!」


 姿を見せぬ敵に悪態を吐きつつ、いなほは経験と直感の赴くままに枯れ木の一本へ懇親の右拳を叩き付けた。枯れ木はおろか大木すら半ばより破砕して余りある威力を誇る一撃。

 枯れ木などでは耐え切れることのない破壊の濁流は、接触の直前に展開された暗黒の魔方陣と激突を果たした。


「防ぐだぁ!?」


 黒色の魔方陣に押さえ込まれた拳を見ていなほは驚愕を露にする。手加減をしたつもりはなかった。現に拳と魔方陣の激突の余波で、周囲の枯れ木が根こそぎ吹き飛び、大地が抉られて土の粒子が空に舞うほどだ。

 そこまでの威力を防いだ魔方陣の奥、枯れ木だった物が蜃気楼に歪むと、摩り替わるようにして黒いフードを羽織った三つの影が現れた。

 片手をかざして魔方陣を展開している男の背後で、残り二つが新たな魔方陣をいなほの左右に走らせた。そのいずれも黒。本来なら一人ひとり違うはずの魔力の色が全員同一である異常に、当然いなほは気づくはずもない。

 いや、仮に気づく者が居たとしても、この窮地にあっては思考する余地すらもないはずだ。


「『槍よ撃て』」


「『大気よ絡め』」


 背後の二人が言語に魔力を込めると同時、並列して魔力を叩きつけられた左右の魔方陣から、それぞれ黒く塗りつぶされた空気の触手と、漆黒の槍衾が飛び出した。

 空気はいなほの体に絡みつき、続いて槍がいなほ目掛けて襲い掛かる。常人なら数分はかかるような術式を数秒のうちに放つその技量に驚く暇すらなく、動きを止められたいなほの体が槍衾の中に飲み込まれた。


「いなほさん!」


 トールの叫びは虚しく槍衾に弾かれて散っていった。

 だが嘆く暇すら彼には与えられていない。その悲痛な叫びを隙と見たか、トールとリリナの背後から新たに二つの影が飛び出した。


「『炎蛇』」


「『氷結槍』」


 無数の炎の蛇と氷の槍を引き連れたまま、トールが振り向くよりも早く無数の必殺は解き放たれた。

 大地に突き刺さった氷の槍は爆発するように巨大な氷の花を幾つも大地に咲かせ、炎の蛇がそれもろとも全てを燃やして蒸発させる。

 直後、爆発。結果として発生した水蒸気爆発によって周囲一帯が影もろとも吹き飛ばされた。

 その中心に居たトールとリリナは逃げる隙すらもなく炎と氷の二重殺に飲まれたままである。

 例え高位ランク持ちの実力者ですら致命傷は免れることは不可能な破壊の内側、だがそれだけでは止まらない。


「散れ。魔道兵装」


 水蒸気爆発『程度』では、影は微塵と揺るぎもしない。煙幕の中より防御用の魔方陣を展開したまま飛び出したフードの男達は、トール達の肉片すら残すつもりもないらしい。二つの影の魔力が絡み合い、先ほどまでトールが居ただろう場所の上空に巨大な魔方陣を描き出した。

 円を象るのは己の尾を食む蛇。そして中央には九つの首を持つ蛇を象った紋章を。

 神を用いた陣の直下。召喚される神格の栄光を、二重に敷いた『堕落』を意味する言語だけで構成された術式によって破滅へと反転させる。

 最後に新たに現れた影が五つ。魔方陣の上に降り立ち、練り上げられた漆黒の魔力を叩き込んだ。


「『偽・黒点背徳』」


「『神格の霊薬』」


 反転術式。毒蛇の毒すら癒す唾液を暗転させることにより、滴り落ちる神薬は命を脅かす異端の猛毒へと移り行く。

 開放。溢れ出した溶解液が大気すら溶かしてトールが居た場所へと落ちる。触れればたちまち肉体はおろか魂まで犯しつくす禁断の液体が、まるで蛇のように蠢きながら地面に激突して飛び散った。


 そう、飛び散ったのだ。


「ぬっ」


 影の一つが苦々しげに呻いた。それもそうだ。必殺を放った彼らの眼下にひろがっる光景は、流石の影も動揺せざるをえない異常事態だったのだから。

 大地をもろとも溶かすはずだった毒液が、大地に激突する手前で弾かれている。何物をも溶かすはずの毒は、常識を超えた何かによって押しとどめられていたのであった。

 そして、毒液を貫いて白色の炎と緑色の氷の茨が絡み合うように天へと飛び出した。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


 突然溢れ出した神秘の結晶に魅せられたのか、影の一つが退避に遅れて炎と氷に飲み込まれた。

 断末魔すら燃やし尽くす。

 霊魂すらも凍てつかせる。

 必殺を駆逐したのは、同じく必殺。自然界に在り得ぬ色の炎と氷を、影達は忌々しげに見上げた。


「貴様……!」


 冒涜的な毒液は魔方陣もろとも消滅する。一滴残さず駆逐しきったところで、炎と氷の螺旋が砕け散った。

 そして中から現れたのは、赤熱の右腕と、氷結の青き左腕をむき出しにしたトールと、その首元にぶら下がっているリリナであった。


「傾いた天の城本部へ。ジューダス構成員との交戦により、第一から第五までを省略して『紅』と『蒼』の二つを緊急起動。以後、敵勢力殲滅までの間、限定解除の承認要請──承諾」


「わーい! だいしゅきホールド!」


「……真面目な空気なんだから黙っててくださいよね」


 呆れ顔で呟いたトールだが、すぐに真下で警戒心を露にする影達を睨んだ。


「奇襲ならどうにかなるとでも思ったのか? お前ら、どうやらギルドを抜けたせいで俺のことをすっかり忘れたみたいだな……そして──あの程度で仕留めたと勘違いするあたり、随分と舐められてますよ? いなほさん」


「な──」


 トールが視線を移した先、無数の槍によって巨大な球体のようにすらなった槍衾が蠢いた。

 その周囲を囲んでいた影達が目を見開く。鋼で出来たゴーレムすらも貫く槍を一身に受けたはずだ。ならば僅かに動くことはおろか、本来なら即死していておかしく──


「にぃ!?」


 疑問を口にしようとした影の顔面を、槍衾を引き裂いて飛び出した手のひらが掴んだ。それを始点に漆黒の槍の軍勢を打ち砕いて、鋼程度では比肩すら出来ぬ無敵の人体を引きずり出す。


「がっががっ!?」


 顔を握られた影が両手で必死に手のひらを外そうと試みるが、魔法で強化

しているはずの両手が、強化されていない生身の掌どころか指一つにすら拮抗できていない。


「あがぁぁぁぁぁぁ!」


「うるせぇ」


 豆腐でも握りつぶすようにして、影の顔面がただの握力によって四散した。


「馬鹿な……!?」


「馬鹿強いだろ?」


 影の驚愕に笑いながら答え、服に幾つか穴を空けられた以外はその肉体に裂傷の一つすら負っていないいなほは、掌についたどす黒い血を払って、怒りを表現したような笑みにて影と相対した。


「……やっぱり。そもそも魔力搾取の術式──『暗球』の影響下にありながら、魔法による抵抗を一切持たずに動いてた時点で予想はついていた」


「在り得ぬ! 我が隊長の術式に、たかが生身で介入するなど!?」


「現実を見ろよ。まっ、俺も例外を幾つか知ってたからそこまで驚かずにすんだんだけどさ」


 ともかく。

 トールは足元に固定していた魔方陣を解除して大地に降り立つと、この状況下にありながら腰を下腹部にこすり付けて蕩けた顔をしているリリナを引っぺがして、拳を鳴らすいなほと背中合わせに立った。


「俺が六つで、いなほさんは二つですね」


「俺が八つでテメェがゼロでも構わないぜ?」


「こっちの事情ですからね。いなほさんには楽してもらいたいんですよ」


「だったら話は違うぜトール」


「え?」


 振り返ったトールは、その大きな背中と、物理的な熱すら感じるような戦意の猛りを見つめた。


「俺が楽なのはよぉ……このカス共をまとめて潰していく──ご機嫌なストレス解消コースだろうがぁ!」


 咆哮と激烈な踏み込みは同時だった。動揺がありながら、それでも最大限に警戒していたはずの影だったが、自身の手前に飛び出したいなほの影を追うことすら出来ていなかった。


「早っ」


 トールがそう呟くよりも早く、いなほの無敵は撃鉄を打った。

 踏み込んだ左足が大地を吹き飛ばす。局地的な地震がその場を激震させた。だが誰よりも驚いたのは死地へと踏み込まれた影だろう。

 たかが踏み込み。だというのに、そこからはじき出された大震災に匹敵するエネルギーが、指向性を持って影の両足に激突した。

 結果は単純明快。荒れ狂う川に飲まれた両足は、エネルギーの過負荷によって骨と筋繊維の全てがぐちゃぐちゃに破砕した。

 痛みに悶える暇はない。突如、両足の踏ん張りが利かなくなりバランスを崩した影の目が捉えたのは、空気の壁を突き破った浅黒の握り拳。

 弾けた空の音すら遥か遠く。音速の向こう側へと飛び出した筋肉ミサイルの矛先は、影の両足を砕いたエネルギーをさらに加速させた力を炸薬にして貫いた。

 そして軸線上に居たもう一つの影は、同胞が血で出来た風船のように弾けた姿を見届けることなく、拳の先より遅れて飛び出した大気の弾丸の一撃によって吹き飛ばされた。

 幾つもの肋骨と臓器がマッスルエアガンとでも言うべき物理法則の向こう側の現象に食いちぎられる。

 影が認識したのは突然腹部に発生した激痛と、口から湧き出た血の塊だ。見えない何かで数十メートルに及ぶ距離を滑空することになった影は、朦朧とする意識の中、絶叫するように吼え滾る早森いなほという規格外の認識を改めた。


「……ここで、殺す」


「あん?」


 囁き声はいなほの耳元より聞こえた。振り上げられる炎の剣。吹き飛ばされると同時、あらかじめ刻んでおいた魔方陣を己と繋いで空間転移。しかる後魔力によって強引に作り上げた灼熱を持ち、影は致命傷を負いながらもいなほの背後を取ったのだ。

 燃え盛る紅蓮の熱を感じたいなほは、脊髄反射で前方に飛びのいた。僅かに遅れて振りぬかれた炎の剣が大地を焦がし、さらにいなほの肌を炙る。


「こいつ……!?」


 先ほどの一撃はミフネの技を合わせて放った現状最強の一撃だ。その余波とはいえ受けきったのはおろか、即座に反撃までしてきたことにいなほは警戒する。

 距離をとったいなほが再び構えると、影は魔方陣を幾つも虚空に描いた。

 その一つは直接肌に刻まれて内臓と肋骨に応急処置をほどこしている。


「『傾いた天の城─バベル・ザ・バイブル─』元戦闘部隊ジューダス第二十三席、カースト」


 話せるまでに回復した影、カーストは口元の血を拭うと、炎の剣をいなほに向けて名乗り出た。


「早森いなほ。所属とかは……火蜥蜴の……つくだに? だったか……」


 面倒くせぇ。

 いなほは左手で乱暴に頭を掻き毟ると、総毛立つような恐ろしい笑顔で答えた。


「早森いなほ……ヤンキーだ!」


「ヤンキー?」


 聞きなれぬ単語にカーストは小さく眉を潜めたが、すぐに瑣末と切り捨てて、灼熱を一振りし撃滅を歌う。


「ならばヤンキーのハヤモリ、計画を乱すイレギュラーとして、貴様はここで確実に殺す」


 ここで命を落とす覚悟が淡々と言葉に込められていた。爆発的な魔力を今尚注がれている炎の剣は、周囲はおろかカースト自身すらも燃やして暴れている。

 術者の限界を超えた力の流出。白く燃え滾る炎の剣を見据えたいなほは、カーストがかつてのキースと同じように、己の身を厭わずに自分を殺そうとする意思を感じ取り──笑う。


「面白ぇ」


 ここに着てから、意味不明な集団昏睡事件にあって、さらにはやかましいクソガキにしつこく絡まれていた。

 だからこそ溜まりに溜まった鬱憤を、この極上に叩きつけられる興奮にいなほは感謝する。


「だが勝つのはよぉ……!」


 内側から爆発しそうな『熱』を放出するように、いなほは身にまとっていたシャツを破り捨てた。

 抜き身の肉体。

 自慢の五体。

 宇宙最強の筋肉を世界に誇示して。


 空に掲げる握り拳を得意げに。


「この俺だぁ!!」


 最大規模の灼熱元へ。

 鋼鉄のヤンキーが勝利を誇り進撃を始めた。






次回、死刑宣告。


例のアレ


カースト

ジューダスの中でもそれなりに高位の戦闘員。

ランクはD。得意な魔法は炎系。



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