第七話【ジューダス】
お久しぶりです。お待たせしました
死した大地とは聞くと、砂漠を連想するだろう。命の息吹がまるで感じられない砂の平面。広がり続ける殺風景は、生命の存在を許されるような場所ではない。
だが砂漠ですら今ここに広がる世界に比べれば、生命豊かな楽園だと思えるほど、そこは命が感じられない死地だった。
ぐずぐずに腐敗した死肉によって構成された大地。悪臭すら放つことも叶わなくなりながら、尚も残存する生命力を削がれ続けている肉の塊は、時折悲鳴をあげるように蠢いている。そしてその悲鳴や怨嗟すらもこの世界は命の光として吸収していた。かつては緑あふれる山岳地帯だったそこは、今や山岳そのものが削られ、その代わりに十メートル程の暗黒球体が幾つも虚空に浮かんでいる。
吸い出されていく命の全てがその暗黒球体に暴食されていた。
暗黒球体はその一つ一つが、吸い出された命を練り上げて、ただのエネルギーの塊へと変換させている。その下には球体が変換させたエネルギーを貯蓄する受け皿たる血染めの魔方陣が幾つも敷かれ、かつて命だった何かの雫を丁寧に咀嚼していた。
それら恐るべき球体と魔方陣を合わせて、極大並列魔法『暗球─ブラック─』。ランクに換算してAランクに匹敵する魔法を前に、無数の影が腐肉の大地に立っていた。畏怖するように、あるいは敬意を表するように、『暗球』へ頭を垂れている。
いや、正しくは彼らが頭を垂れるのは『暗球』を展開した異端の魔法使い。死の大地以上の濃厚な死の気配を滲ませる男である。
「順調だな」
男は背後の『暗球』を見上げて嬉しそうに喉を鳴らした。
それらの球体に勝る程、黒い男である。衣服や髪の色だけではなく、肌の色までも全てが黒。唯一金色に輝く瞳の色と、人間体を象るその見た目だけが、辛うじてその男の人間らしさであった。
野太い声でなければ、男であるかもわからなかっただろう。いや、そもそも声が男らしいというだけで、本当に男なのかどうかすらも定かではない。
だがこの場に居る者達にとって、その人間のような何かが男であるかどうか、ましてや人間であるかどうかなど問題ではなかった。
重要なのは、この恐るべき死の具現が、自分達を率いるにたる暗黒の化生であるということ、そこだけだ。
「幻術により周辺へ存在を感知されることなくここまでこれたのは行幸だった」
「この調子ならば後数時間程で、『暗球』は完成するはずです。各地で練り上げた『暗球』も合わせて、現状行使可能な最大規模となる予定です」
男の隣に立っていた黒いフードを被った女性がそう呟いた。女性だけでなく、男の前に傅く全ての影が同じように黒いフードを被っている。そして、その誰もが一目見るだけでわかる程に、他を圧倒する戦力を備えているのが見て取れた。
もしもここに居る者の一人にでも今から街を襲ってほしいと頼み、承諾されたのならば、数時間もかからずに一つの街を壊滅させることが出来るほどの実力者の群れ。
ではそれらを従える男は果たしてどれほどなのだろうか。
「報告します」
腐肉の大地から生えてくるようにして、新たな影が三つ現れた。
「どうした……いや、まぁ何となくわかってはいるがな」
「……『魔道兵装』がこちらに気づいた模様。現在、術式を辿ってこちらに向かってきているようです」
「そうか、そうか……クククッ、罠ってわかってる癖に乗り込むたぁ、随分と舐められたもんだよなぁ」
声に苛立ちを含ませながら、しかし男は隠しきれない笑みを浮かべていた。
「迎撃しますか?」
配下の提案に男は「とりあえず『暗球』が完成するまでは防いでおけ」と返す。
すると先ほど現れた三つの他、そこに居た内の半数の影が腐肉の大地へと沈んでいきその場から消えた。
「よろしいのですか?」
「あぁ」
不安げな女に気楽に答えた男は、再び『暗球』を見上げて笑みをより深くする。
「アレから随分とたった。ここまでお膳立てされておいて、やっぱ逃げますってなっちまったらそれこそもう一生あいつには届かねぇ……ローレライの奴に踊らされるのは癪だが、確かにケリをつけるならここしかねぇだろうよ。哨戒してる奴らにも伝えろ、幻術は解除、その分もテメェのほうに回して、『魔道兵装』を迎撃しろとな」
「エビル隊長……」
「よせよ。もう俺は『傾いた天の城』の隊長なんかじゃねぇ。だがまぁ、そこから続いた因縁の一つ……ここいらで清算するのが一番なんだよ」
世界最強のギルド、『傾いた天の城』。
そこの戦闘部隊の一つが、かつて己の欲望のためだけに仲間であるはずの一番隊の副隊長を抹殺してみせた。
それから幾年、所在を知られることなく潜伏し続けていた彼らは、黄金の女帝によって再び表舞台へと現れる。
『傾いた天の城』十三隊『ジューダス』。純粋に殺戮のみを求める者のみで構成されていた部隊。
その頂点に君臨している者こそ、『傾いた天の城』に所属する以前は、とある世界を破滅にまで追いやった最悪の魔王。
名を、エビル・ナイトリング。
「来い、魔道兵装……お前すら食い尽くして、俺がお前の椅子に座ってやる」
世界崩壊級─Aランク─。一つの世界ですら太刀打ち不可能とされるレベルの災厄は、ただ静かに己の敵が来るのを待ち望んでいた。
次回、強襲
例のアレ
『傾いた天の城─バベル・ザ・バイブル─』元第十三隊『ジューダス』
名前からして裏切り者。
第一隊副隊長「やったお! 限定レアゲットだお!」
エビル「ヒャッハー! お前の物は俺の物パンチ!」
第一隊副隊長「ひでぶ!?」
こんな経緯で脱退。正確には活動自粛だったけど、色々あって追放される。
一応、四章におけるいなほのラストバトルまで書き上げていますが、修正作業や加筆を行うため、次回は早くて土、日。遅くても来週中に更新いたしますのでお待ちを。(2013年8月22日現在)