第六話【ヤンキー会議中】
一人一人の容体を、トールとリリナが丁寧にかつ迅速に診て暫く、三人は状況の整理のためにひとまず空き家に入ることにした。
トールといなほはリビングにあったテーブルを囲んで椅子に座るが、リリナは人様の家ということを気にした素振りもみせず、戸棚を漁って飲み物を探している。だがそんなリリナに構うと余計疲れるのは目に見えているため、トールといなほはリリナは一先ず無視することにした。
「まず簡潔に答えだけ言うけれど、村人に関しては暫くの間は大丈夫だと思ってくれていい」
「……そうかよ」
ぶっきらぼうに返事をしながら、それでも隠しきれぬ安堵を溜息に乗せていなほは吐き出した。だがトールの表情が優れないのを見てとって、いなほは続きを促すように沈黙する。
「現状はというだけで、余談を許さぬ状態なのは事実だ。現在ここを含めた山の一部が……丸ごと搾取魔法陣とでも呼ぶべき危険な術式に飲まれている」
「……搾取魔法陣?」
聞き慣れぬ言葉に首を傾げるいなほ。だがそれも無理はないことで、この魔法に関しては知る者は世界をめぐっても知る者は一部しかいないだろう。
「僕らが使っている魔力は、基本的に身体を繋ぐ精神をパイプに、魂から放出される水源のようなものなのは周知の事実だろうけど、自然魔法を含めた一部の術式は、世界が内包する魔力そのものに働きかけることを目的としている。今回の搾取魔法陣に関しても似たようなもので、大地に魔力を流している血管のようなものから、直接魔力を搾取しているんだ……結果として搾取という言語に飲まれたこの一帯に居る人間や自然、空気に至るまで、極限まで搾取され続けることになったのさ」
「へぇ」
合槌を打ってはいるが、正直な話、いなほにはトールが言っていることの半分も理解できていなかった。
だが本質はそこではないだろう。この状況下の解説はそこまで必要ではない。問題なのは対処法、これに限るのだ。
「対処法は簡単だ。この術式で直接魔力を搾取されている中心点。そこを叩けばこの事態は収束する」
「それが聞きたかったぜ」
いなほは口が裂ける程に深い笑みを浮かべた。小難しいことは分からない。だが対処のやり方については、何ともまぁ実に『俺好みではないか』。
「ちょ、何処行くつもりだい?」
善は急げと席を立って行こうとするいなほを、トールが慌てて呼び止める。我慢出来ないと言った様子でこちらを見るいなほに苦笑を一つ。
「えーっと、場所も知らないのに何処行くつもりなのさ」
「……む」
確かに。そんな当たり前なことに言われてから気付いたいなほは、気恥ずかしさを隠すように煙草を一本取り出すと口に咥えた。
そしてライターを取り出して火を点けようとしたところで、横から細くたおやかな白い指が煙草に添えられた。
隣を見ると、グラスの乗ったお盆を持ったリリナがウインク一つ返した。
「『灯火』。どうぞー。いなほお兄ちゃん」
「おう」
リリナの指先から灯った火で煙草の先端に火を点けて紫煙を取り込む。気恥ずかしさとともに落ち着きを取り戻してから煙は、そのまま前に居たトールにまとわりついた。
「っと、悪い」
「あぁ、気にしないで。それよりいなほさん。一つ聞きたいことがあるんだけど?」
「おう、何だ?」
リリナはいなほとトールの前にグラスを置くと、空いていた席に座って自分の分の水を飲み始めた。遅れて水で喉を潤したトールは、盲目の瞳に小さな疑念の光を灯して口を開いた。
「どうしていなほさんは、この結界の中に居ながら大丈夫なのかな?」
トールが述べたように、この搾取魔法陣の内部では、魂の力である魔力を勢いよく奪われていく。対抗術式を起動させたうえで、さらに魔力の総量が際立っているトールならいざ知らず(リリナについては論外だ)、いなほはこの魔法陣に対する抵抗措置をとっていない。
もしかしたら、やはり彼はジューダスの新たな団員なのではないか。言葉にはしないがそういった警戒心を強めるトールの疑いに動じることなく、いなほは煙草を一息で吸い込むと、今度はトールのいない方向に紫煙を吐きだした。
「どうしてもこうしても、大丈夫なんだから問題ねぇだろ。そりゃ少しはだるいってのはあるが、気にする程でもねぇし」
「いや、それって──」
「いなほお兄ちゃんの言ってることは本当だよトールお兄ちゃん」
さらに言葉を重ねようとしたトールを遮って、リリナが面白そうにいなほの体を見ながら言った。
「リリナの見た感じ、いなほお兄ちゃんはちょっと特殊かな。うーん……肉体が魂を屈服させてるとでも言うべきかな。強制的に魔力を搾取する術式も、この身体が相手じゃ無意識のうちに漏れ出てる分の魔力しか摂取できないみたい」
「なっ」
トールは言葉を失って、あり得ないと口を開こうとして、思いとどまる。
理由はともあれ、リリナが言っている以上、それは確実なのだろう。だが世界に働きかけるような術式に、魔法を一切使わずに肉体だけで抗ってみせるとは。
「流石は、というところかな」
「あん?」
「何でもないさ」
トールはグラスの中身を一飲みすると、側に置いていた杖を手にとって立ち上がる。
「まぁ現状に関していつまでも語っているのも時間の無駄だ。本当は友好を深めたいところだけで、そんな時間はないからね」
「それもそうだな」
いなほは淡泊な返事とは裏腹に、嬉しそうに笑みを深めると遅れて立ち上がる。そして身体の調子を確かめるように掌を強く握りこむと、トールに先んじて扉のほうへと向かっていった。
「小難しいのぁどうでもいい。さっさとヤってさっさと終わらせる。最高にシンプルで楽しいぜ」
ならば、会って間もない奴らと肩を並べて歩くのも悪くはない。いなほは我慢出来ないとばかりに扉を乱暴に開くと、トールの言う元凶に向かっていくので──
「ちょっといなほさん! 場所わからないでしょうが!」
「だったらさっさと案内しろや!」
「ひでぇ……」
「元気出して、お兄ちゃん!」
前方に話を聞かない馬鹿。
隣ではそんな状況すら楽しむアホ。
──戦う前に疲労困憊で倒れそうだなぁ。
トールはただ、己の身の不幸を嘆くばかりであった。
次回は敵サイドだったり。
まだだ、まだ我慢しろ……戦闘まであと少しだ……