第五話【ヤンキーと拘束青年のくんずほぐれず】
そして場面は再び一か月後に戻る。
トールがその情報を得たのは、まさに偶然としか言いようがなかった。
「薬草の卸し業者が来ない?」
「正確には採集してくる村人なのですが。あまりにも希少で、安全な採取場所はそこの村人しか知らないので、この時期に山を降りて来ないっていうのは不思議なんですよね」
開拓都市クラリスの依頼斡旋所。一か月前の出来事から、思いきって賑わっている都市にも進んで聞き込みを行うようにしてきたトールが耳にしたのは、そんな情報であった。
巷では王国をにぎわす『やんきー』たる謎の冒険者の噂ばかりが広がっており、どうにもトールの望む情報は得られなかったのだが、ここに来てようやくジューダスに繋がるだろう情報を掴むことが出来た。
傾いた天の城の第五部隊ジューダス。戦闘部隊の中でも特に陰湿な方法を使う彼らが、最も得意とするのが、敵と戦うための『陣』の設営だ。
範囲内の魔獣や人間、はては草木や空気からすらも生気を奪う禁じられた魔法陣。これを巧みに操って、生かさず殺さずの状態でぎりぎりまで生気を吸い取り、自分達の糧とする。
その糧をもってして敵へと強襲を仕掛けるというのがジューダスのやり方だ。これまでもトールはその陣の残り香を辿って各地を歩いていたが、いつも着いたときには時すでに遅く、陣の内部は絞り尽くされ、敵として処理された荒れ果てた土地だけしか見ることは叶わなかった。
「それで、その村人が来るのは普段いつ頃なのですか?」
「えっと、毎年遅くても三日前くらいには来るはずなんですけどね。彼らも一年の収入源の殆どをその薬草で補っているので、卸しに来るのが遅れるというのはこれまでなかったはずなのですが……」
「なるほど……ありがとう。それとその村の場所教えてくれないかな?」
「あ、はい。えっと……こちらになりますが──」
トールは受付嬢から異常が起きている村──カナリア村までの地図を受け取って軽く会釈する。
「これ貰っておくよ。お金はこれで充分かな?」
そしてその代わりに懐から銀貨を一枚取り出して受付嬢に手渡した。地図一枚の料金としては破格なので目を白黒させているが、トールは「チップだよ。受け取ってくれ」そうキザったらしく告げると、入り口で待っているリリナの所へ杖を頼りに歩き出した。
「チップだよ。受け取ってくれ……なんてキモすぎるのかしらウチのお兄ちゃんってば! アヒャヒャヒャヒャハッ!」
「……いやまぁ、かっこつけたのは否定しないけど、そんなに爆笑されるとムカつくんだが」
こめかみに青筋を立てながらトールが文句を言うが、リリナはそんなトールのことなど気にも留めずに涙すら滲ませて笑うばかりだ。
結局、開拓都市を出るまで笑うことを止めなかったリリナだったが、ようやく笑いの波が引いてきたのだろう。未だに笑いの残滓を顔に張り付けながらも、先程のことについてトールに聞いてきた。
「それで? 今度こそ当たりだと思うの?」
問いに対してトールは地図を取り出して答えた。
「ほぼ当たりだと僕は思っているけどね。ここから普通の人間なら馬車込みで大体二日……僕らレベルなら半日もたたずに村まで到着出来る。そして距離的には、山脈に阻まれてはいるけれど、アードナイ王都までの距離は、村のとある地点から、奴らの戦闘機動を考えると──」
地図上のカナリア村より少し離れた場所から指を滑らせる。すると王都までの距離は、丁度カナリア村から開拓都市までと同じ距離であった。
「半時もいらない。電撃作戦を仕掛けて王都を壊滅させるには絶妙な距離だよ」
第五部隊ジューダス。戦闘部隊の名は伊達ではなく、彼らの総勢はたかが百名程度でしかないが、その実力は折り紙つきだ。例え四大王国の中でも特に実力の高いアードナイ王都の兵士とはいえ、市民を守りながらの防衛戦となれば、陣によって魔力を充実させた状態で強襲を仕掛けてきたジューダスを食い止めることは出来ないだろう。
そしてその勢いで王族皆殺し、即離脱。トールが考える彼らのやり方はこんなものか。シンプル故に、実力が伴えばこれ以上ない一手である。
「でも王国のほうだって準備はしてるんじゃない? むしろ何で帝国はジューダスの情報を公にしたんだろうね?」
リリナの疑問は当然だ。そしてそれはトールも疑問に感じていることだった。
幾ら全員が高位ランクの保有者かつ、隊長はAランクに届くとはいえ、その他の小国ならともかく、トールが知る限りのアードナイという王国は、事前にAランクが敵にいるとわかっていればそれに対抗出来る能力を持っているほどだ。そしてそれはアードナイと同盟を結んでいる他の三国も同じである。
だからこそエヘトロス帝国、いや、A+ランクを超えた規格外の超越者。始原英雄ローレライ・ブレイブアークも、魔王戦争で出来た巨大な穴が四大王国と帝国の間に広がっているとはいえ、万が一を考慮して迂闊に手を出さないのだ。
Aランクを超えた化け物ですら用心深くなるのは、一つ一つならAランクを辛うじて撃退出来る程度とはいえ、アードナイ王国を中心に、そんな国力を持つ国が四つ、同盟を結んだためでもある。
──あくまでこれは余談だが、Aランクとは『世界が崩壊するレベル』の危険な存在だ。なので、本来ならば一国家でどうにか出来るような存在ではないのだが、何故そのような規格外と真っ向から戦えるだけの戦力を四つもの国家が保有しているのか。それは『この世界が他の世界に比べて特殊な状況にあるため』である。
その違いについて説明する必要もあるが、今回は割愛する。
閑話休題。
そんな王国を仕留めるのだから、幾らジューダスとはいえ動けるようになるまで存在を秘匿するように心がけるはずだ。
さらに言えば、自分に見つかるような真似をしていることこそ一番の疑問なのだが。
「あまり考えていても仕方ない、か」
トールは光を灯さぬ瞳で遠くを見つめた。
いずれにせよ、王国強襲までの時間は然程残されてはいない。
帝国とジューダスの共闘の情報が漏れてから一か月。そして王国近辺でジューダスが陣を敷いたらしき情報。
選択の余地はないし、あからさまにこちらを誘っていることは明白だが。
「大丈夫」
リリナはトールの手を握ってそう言う。
「お兄ちゃんだったら、何があっても大丈夫だよ」
なぜならば、トールはリリナが信頼する友人の──。
「まっ、そうだね。何かあっても、何とかするさ」
トールは握られた手のひらを握り返して、一路カナリア村へと歩き出した。
その道中は特に問題があるわけではなかった。だがいよいよ山道を昇り始めたころトールは周囲の気配が変わっていくのを敏感に感じ取っていた。
「これは……」
トールは目が見えない代わりに鼻がよくきく。それは単純に匂いを識別するだけではなく、大気中に充満する魔力の匂いとでもいうものをかぎわけることが出来るという、後天的に得た特殊技能である。
そのトールの嗅覚が、本来なら大気中に含まれているはずの魔力の匂いが『一切しないことを』感じ取った。
「……へぇ」
リリナも彼女なりの能力でその異常を感じたのだろう。むしろトール以上の何かを感じた彼女の表情は、そのことに対して隠しきれない歓喜の色を浮かべていた。
一方でトールと言えば、リリナと違って表情を引き締めて周囲に感覚を飛ばして警戒を行っていた。
魔力とは、すなわち命そのもののエネルギーと同義である。故に本来なら何処にでも存在するはずのそれが失われているということは、世界そのものが死に絶えているのと同じ。
トールは目が見えなくとも、周囲の自然が枯れ、土も水分を失って干上がっているのを感じた。だがよく感じれば、草木や大地には、まだ辛うじて命の息吹が感じられる。
あらゆる生命の持つ生気、魔力を根こそぎ奪うのではなく、生かさず殺さず、ぎりぎりまで絞り取るそのやり口、もしも膨大な魔力量を誇る自分達でなければ、周囲の自然と同じく、一瞬で倒れ伏して動けなくなっていただろう。
「……奴か」
トールはついに掴んだジューダスの尻尾を掴めたことに喜びとも怒りともつかぬ笑みを浮かべた。
四肢を拘束する封印は、いつでも解放出来るように準備する一方、体から放出した虹色の魔力を操作して虚空に魔法陣を組み上げて、即座に発動。
すると、たちまち吸収されていっていた魔力の流出が失われる。一帯の魔力を根こそぎ奪う術式に対するカウンター。これを維持するのもそれなりに魔力を消費するが、奪われる分と比べれば微々たるものであろう。
だがトールと違って隣のリリナは魔力が流出しているにも関わらず抵抗らしい抵抗をみせてはいない。
「ん?」
尤も、彼女に対してそんな心配をするのは杞憂というものだが。トールはそう内心でぼやきつつ、ようやく見えてきたカナリア村の門を見上げて──視線を鋭くする。
「……村の中に一人、動く気配あり」
トールはリリナを背中に隠して村の方角を見た。もしやジューダスの一員が村の見周りを行っているのだろうか。だがそれにしては、決して隠すつもりのない膨大な熱量とも呼べる気配は、こちらに気付いた素振りを見せない。
「先行する。リリナは後からついてきて」
「はーい」
片手を上げて元気に返事をするリリナに「ちょっとは静かにしてくださいよね」と小言を一つ。
そしてトールは右手の包帯と鎖を解くと同時、体に刻んだ強化の術式を起動。虹色に輝く体から溢れる力を両足に込めて、カナリア村の門に突貫した。
一秒後に接敵を果たす。目が見えぬ代わりに、トールの鼻は村の中の気配の主の実力を敏感にかぎ取った。
──強い。
無警戒なところや、魔力を纏っていないというのに強化したトールの肉体すら上回る熱量を誇るのを見るに、まさかとは思うが魔族級の実力を得た魔獣かもしれない。
ジューダスが帝国から得たこちらへのカウンターだろうか。そんなことを思いつつ村の手前まで躍り出たトールは、門をくぐるでもなく、音もなく地面を蹴って門を越えた。
「ッ!?」
その時、村の中にいた気配がトールに気付いて殺気をぶつけてきた。人を襲う魔獣よりも獰猛な殺気がトールの体にぶつかる。立ち込める獣臭とでも言うべきものに顔をしかめながら、それすら焼き尽くさんと、赤熱の右腕に虹色の魔力を叩きつけた。
瞬間、滂沱の魔力が赤色に変色して、その色を媒介にしたように右腕から巨大な炎の柱が発生した。
「クハッ!」
その炎に村の魔獣は怯むどころかむしろ笑い声をあげた。そこでようやくトールの鼻が敵の全体像を察知。
その姿形は、二足歩行で迎撃の構えをとる──
「人間!?」
相手は魔獣ではなく人だった。それに気付いたトールは、慌てて炎を逆噴射して、男から離れた場所に着地する。
対して、野獣の如き男──早森いなほはと言えば、奇襲から一転、距離を取って自分と向かい合う形となったトールを訝しげに見詰めた。
「お? なんだテメェ。いきなりかっ飛んできて随分と面白ぇ登場じゃねぇか」
見るからに怪しげな風態をしたトールに対して、いなほが思うのは相手の力量の高さを肌で感じとった故だ。
未だ炎熱を右腕から燻ぶらせ、対峙するだけでその熱量に肌があぶられるような錯覚を覚える。勿論、それは錯覚なので、実際には熱などいなほは感じていないのだが、内包する膨大な熱量は見ただけで充分に感じられるほど。
そして先程の一合、もしも相手が襲ってきたのなら、結構いいのをもらっていたかもしれない。
だから、面白い。言葉に嘘偽りはない。そも、自分ではどうにも出来ない事態にいらついていたところだ。ここで一つ、溜まった鬱憤をこの相手にぶつけるのも悪くはない。そう思う故、いなほは全身から殺気を漲らせつつ、半身になって拳を握った。
「いや……すまない。不躾だったが、戦うつもりはこちらにはないんだ」
その一方で、トールからしてみれば相手が魔獣でもなく、相手の実力が相応以上なのは感じてはいるが、彼は間違いなくジューダスの関係者でもなんでもない。
そんな相手と今ここで戦うつもりはトールには毛頭もなかった。
だがしかし、いなほから感じた能力は、自分でもある程度は実力を発揮せねばいけないほど。そのため、殺気を相手が漲らせている現状、言葉とは裏腹に右腕に注ぐ魔力を切るわけにはいかなかった。
それがいなほにはトールがこちらと戦おうとしているつもりのように見えたのだろう。犬歯を剥き出しに、いっそう拳を固めたいなほは、一触即発の現状で、ただ思うがままに現れた好敵手とぶつかり合おうとして──
「はーいストップです!」
そんな両者の間に、空から舞い降りた可憐な少女が割って入ってきた。
「ん?」
「お?」
トールといなほの視線が少女、リリナへと向けられる。その視線に何故か気を良くしながら、リリナはまるで舞台の上に立つ役者のようにくるりとその場で一回転してから、いなほに向き合って小さく頭を下げた。
「ごめんなさい。まさかこんなところで巷で有名なヤンキーに会えるとは思っていなかったの」
「ヤンキー……? あぁ……!」
リリナの言葉にトールも合点したのか、目を見開くと思いだしたとばかりに頷いた。
「あ? んだ? 俺のこと知ってるのかよ」
「うん。名前のほうは知らないけど、魔力いらずの屈強な肉体に、とっても怖い顔つきだけど、何故か子どもに大人気な男の人って噂だったからね。リリナ、一目見てピーンと来ましたよ」
リリナはそう言うと、小走りでいなほに近づき、その威圧的な顔を下から見上げた。
「えへへ、初めましてヤンキーさん。アタシの名前はリリナ・ジェイルビー。あっちに居るトールお兄ちゃんの妹です!」
よろしくね。そう言って握手を求めるリリナ。その無邪気な様子にすっかり毒気を抜かれたのか、いなほは構えを解いて頭を軽く掻くと差し出された手を握り返した。
「あー。俺の名前は、は──」
「ストップ!」
「あん?」
突如、背伸びをしていなほの口に掌を被せたリリナは、不思議そうに目を細めるいなほに「ヒヒヒ」と不気味な笑い声を出して微笑んだ。
「むふふ。自己紹介は結構。こう見えてリリナ、相手の名前を見ただけでわかる能力をもっているのです……」
「なんじゃそりゃ……」
「むむむ……! 来てます来てます! ぴぴぴぴぴ!」
いなほの言葉を気にも留めず、リリナはいなほの口に被せていた掌をそのまま頭の上に翳すと、目を閉じて「ぴぴぴぴぴ」と変な効果音を口ずさむ。
呆れていなほがトールの方を見ると、何だかとても申し訳なさそうな表情で苦笑を返してきた。
──まぁ、いいか。
この手の奴は別に初めてではない。何となくその有無を言わさぬうざったらしさに懐かしさをいなほが感じていると、リリナが瞼を開いていなほを指差した。
「つまり! ヤンキーさんのお名前はいなほでしょう!」
「……おぉ」
まさか的確に名前を当てられるとは思わず、いなほは感嘆の声をあげた。
「ふふーん」
いなほの顔を見て自分の読みが当たったのがわかったリリナが得意げに胸を張ってフンスと鼻息を出す。
その間に近づいてきたトールが、やはり苦笑いを浮かべつついなほに会釈をした。
「すまない。連れが迷惑をかけたようで……改めて自己紹介をするよ。僕はトール。よろしく、えっと、いなほさん?」
「おう。よろしく頼むわ」
トールの律儀な自己紹介に軽く手を上げていなほは応じる。
そんな二人のやり取りを見て、リリナは不敵な微笑みを浮かべた。
「むふふー。いいなー。敵対関係に陥りそうだった二人の誤解が解けて友情が芽生えたこの瞬間! 堪らないよぅ! リリナ的にはもっと腐った妄想がプンプンと──」
呆れた様子の二人を他所に、完全に自分の世界に入り込んだリリナは一人芝居を続けながら喚き散らす。
まるでも何もない。この姿はまさしく、いなほがこの世界に来てから誰よりも面倒と感じていたあの変態化け物とそっくりな感じで。
「あー……トール? だったか?」
「あ、うん……」
いなほは居た堪れなさそうにしているトールの肩に、いたわるように掌を乗せて一言。
「まぁ、何だ……苦労してんだな」
「……うん」
「そう! つまりくんずほぐれず! ずっこんばっこんだよくお兄ちゃん達! ウッハ! やっべ! テンション上がってきた!」
未だ自分の世界から返ってこないリリナに生温かい視線を送る二人。
そんな感じで。
どうしようもないくらいグダグダなまま、三人の初めての会合は終わるのであった。
次回、村の状況とか。
我慢できねぇ!後数話したらラストまでバトルオンリーじゃ!