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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第四章【えんたー・ざ・やんきー!】
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第四話【ヤンキーの今と、拘束青年の足跡】

「……とりあえず街に──ってその間にくたばっちまったらやべぇよな」


 そうぼやきながら、いなほは五百人を超える村人の惨状を思い浮かべて、頭を乱暴に掻きむしった。

 カナリア村到着を行ったいなほは、まず村人の安否を確認するために村中を駆けまわった。だがどの家の住人も、門番と同じくぎりぎりのところで息をしているだけであり、誰もが昏睡状態に陥っていた。

 とりあえずいなほは外で倒れていた村人や、家屋の中で倒れ伏していた村人等を、空いているベッドに次々と寝かしつけることにした。

 だがいなほに出来るのはそれだけだ。彼自身は治癒系の魔法など使えないし、回復の術式を刻んだ符だって、最近覚えた『覚醒筋肉自然回復版』と名付けた、その場で動かずに肉体の自然回復能力だけを底上げする技によって不要となったために持ってはいない。

 あるのは一週間分の最低限の食料と、たらふく溜めこんだ金貨のみだ。

 現状、いなほに出来ることは殆どないと言ってもいい。出来ることと言えば、抱えられるだけの村人を抱えて下山し、医療設備がこの周囲では唯一整っている開拓都市まで連れていくことだ。

 だが幾らいなほの健脚とはいえ、消耗しきった病人を抱えたまま動くとなれば足は遅くなるし、その間に村人たちは命を落としてしまうかもしれない。

 重ねて言うならば、いなほ本人が馬鹿だと言うことも彼自身が動けないことの原因でもあった。筋肉しか取りえがなくとも、少々乱暴なやり方だが、彼自身の力ならば一昼夜もせずに五百人全員を運べる板のような物を作り、そのまま街道へ行き、行商人に助けを求めることや、いなほ一人で街へと急行して医者を強引に連れて来るなり出来るだろう。

 だがそんなことも思いつかないからこそのヤンキー。生憎と脳みそまで筋肉と化した筋肉魔人の知恵では、どうにもこうにも出来ない状況にあった。


「……とりあえず水汲んでくるか」


 いなほはなるべく自分を落ち着かせるために、あえて急ぐことなく井戸の水を汲みにいくことにした。

 桶を手に村人を運ぶ途中で見つけた井戸へと向かう。その間にいなほは足りない脳みそでこれかどうするべきかを考えた。

 だが考えようにも頭は回らない。普通なら伝染病が蔓延したという考えにも至りそうだが、そもこの男にそんな常識を求めるのが野暮というもの。そもそも生まれてこの方、病気という存在と縁がないいなほに、その可能性を考えろというほうが難しい話である。


「何とか生きてやがるし……やっぱ一人ずつ担いでくしかねぇか」


 村人の様子を見る限り、時間の猶予は然程ないだろう。井戸に辿りついたいなほは、備え付けの滑車に桶を括りつけて中に放り込む。

 だが返ってきたのは水が跳ねる音ではなく、大地に桶が激突した乾いた反響音だった。


「あっ?」


 いなほは井戸の内部を覗きこんで目を凝らした。

 暗がりでよく見えないが、太陽はまだ真上を少しすぎたばかりなので、普通なら日射しを水が反射するはず。

 なのに光は井戸の中に飲まれるばかりで、水の照り返しがまるで見られなかった。


「水がねぇのか」


 桶を引きあげたいなほは、水滴一つついていない桶を見てそう呟いた。

 大事な水源が底をついている。その他、懸念すべき材料は幾つも存在した。今も肌を刺すような冷たい空気は、まるで冬のような肌寒さを感じさせる。山道は中腹である村に近づくにつれて木々が枯れていた。

 命を奪われた土地。

 空気すら死に絶えた環境。

 そして生気を奪われて昏睡する村人達。


「どうしたもんかねぇ」


 ここまでの懸念材料が揃っていながら、早森いなほは未だに違和感に気付いてすらいなかった。

 天晴れと言えるような鈍感さを発揮するいなほ。当然ながら考えるのは主義ではないいなほは、一先ず老人と子どもを先に街へ連れて行くために、桶を放り捨てて家屋へと急ぐのであった。






 時はいなほが迷宮都市シェリダン入りを果たしたころにまで遡る。


「いや……何というか、これまでの苦労ってなんだったんだろ」


 実に数カ月ぶりとなるにぎやかな都市に入ったトールは、手ごろな酒場のカウンター席の隅に陣取り、これまた気まぐれに立ち寄った売店で手にした新聞の記事を見てこの日何度目になるかわからない溜息を吐きだした。


『エヘトロス帝国、A+冒険者ギルド、『傾いた天の城─バベル・ザ・バイブル─』の第十三部隊『ジューダス』と契約か? エヘトロス帝国と四大王国同盟、緊張高まる』


 新聞の見出しの一文を読んだトールの心境と言えば複雑なものだ。

 傾いた天の城とは、大陸、否、世界中を探してもトップクラスに入る最強のギルドだ。本来なら伝説の領域であるはずのAランクの魔人を幾人も有しているこのギルドは、例え戦闘部隊を補佐するギルド員ですら、決して戦いを挑んではいけないとさえ言われている。

 最下級の人間ですら、他のギルドならばエースとして活躍出来る人材で構成されているため、このギルドに加入することが、世界中の冒険者の夢とさえ言われている。

 そんなギルドの第十三隊。通称『ジューダス』は、傾いた天の城でも特に危険な戦闘集団である。

 そしてそんな戦闘部隊にトールは用事があるのであった。


「ねー。言ったでしょ? 目的達成出来るよーってさ」


 トールの隣でリリナが美味しそうに果実水を飲みながら笑っている。まるでトールの反応を楽しんでいるような態度が、網膜が使えなくても雰囲気で伝わってきた。

 冗談じゃない。そんな言葉が喉元まで出かかったトールだが、何とか酒ごと言葉を流し込んで息を吐きだした。

 その珍妙な服装と、リリナ自身の美しさが視線を集めるために、基本は野宿を行い、食料の補給も寂れた村で済ませてしまう二人だ。なるべく周囲の視線を浴びたくないというトールの考えが結果として目的から遠ざけてしまっていたのだから、彼としては虚しさがこみ上げてくるというものである。

 ──これならもっと都会のほうに出向いて情報を集めるべきだった。

 ジューダスを追って、残存魔力の残り香や、彼ららしき目撃情報を頼りに旅をしていたのが、こんな呆気なく彼らのことを知るチャンスが得られるとは誰が思うだろうか。


「あるいは……」


「もう、隠れる必要性がなくなった、とかね?」


 トールの言葉を奪う形で、リリナが二の句を告げていた。

 そのことに眉を潜めることもなく、トールは頷きを一つ返す。

 本来なら、第十三隊は現在『活動自粛を命じられている』はずだ。いや、それならまだいい。問題なのは、彼らがしてはいけないことをしてしまったという一点にあり、事実上はギルドから追放されたはずなのだ。だから自分がこうして彼らの足跡を辿っているわけなのだが──


「いやぁ、塔の関係者は大変だねお兄ちゃん」


「リリナも人のことは言えないだろ……」


 少なくとも。

 自分達が追っているのをわかっていながら、あえて姿を晒すような真似をしたということは、それなりの自信があるからと見て間違いないだろう。


「全く、面白いじゃないか……」


 トールは酒を舐めながら、周囲には聞こえないくらい小さく呟いた。


「でもでもお兄ちゃん。ジューダスの情報は見つかったとして、どうする? 帝国に殴りこみかけるの?」


「そんなわけにはいかないでしょ……第一、エヘトロスには元筆頭の黄金さんと戦闘狂が居るじゃないか。どっちか片方でも厄介なのに、あんなのが居るところに一歩でも踏み込めば襲われるのは目に見えてるだろ? だからやっぱりこれからも地道に情報を集めるさ。折角だしここで聞き込みをしたら、四大王国方面の王都付近の探索に移るよ」


「えー? ジューダスの奴らエヘトロスにいるんじゃないの?」


 当然の疑問を口にするリリナ。だがトールとしてはやはりわざとそんなことを聞いてくる彼女に失笑を禁じえない。


「分かってる癖に――まぁ今更始まった道楽じゃないんで付き合いますけどね。ご存じの通りジューダスの奴らは闘争の匂いには敏感だし、総合的な戦闘力はともかくとして、そこらへんの嗅覚を使った事前の準備や群れとしての動きはやたらと『速い』。おかげで随分とイタチごっこをする羽目になったけど」


「つまりつまり?」


「帝国が王国を征服するためにあいつらを雇ったのが事実で、その情報が王国に漏れてるなら……もう、あいつらは四大王国の何処かに潜伏して、陣を築いているはずだ。黄金の奴から俺用の切り札でも貰ったのかしらんが、あいつらがわざわざ姿を晒したってことは、いずれにせよケリをつけようってことなんだろうさ」


「へぇ。すっごいやお兄ちゃん! そこまで推理出来てるんだね!」


 目を輝かせて尊敬の念をトールに送るリリナ。

 そのわざとらしすぎる態度にどうにも違和感を覚え、体がむず痒くなるのだが、これもすぐに慣れて、そしてこちらが慣れた頃にはこの遊びにもすぐ飽きることだろう。

 そして彼女の言葉が正しいのなら、この奇妙な旅も終りが近い。

 それは、単純に別々の道を歩くからなのか。

 あるいは──


「俺もここで死ぬのかなぁ」


 傾いた天の城が戦闘部隊『ジューダス』。その実力は決して侮ることは出来ず、場合によってはそんな最悪もあり得るだろうとトールは思うのであった。






次回もぐだぐだ。


どうでもいい設定紹介。


傾いた天の城、第十三隊『ジューダス』

名前からして裏切りそうな部隊。実際、裏切った。

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