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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第四章【えんたー・ざ・やんきー!】
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第二話【無力ヤンキー】


 翌日、朝まで続いた宴会が終わって少しもせずに、いなほは開拓都市を出ていた。

 立つ鳥とまでは言わないが、あのまま居ては別れが面倒になると思ったからだ。振り返って思い返すのは、感傷ではなく先日の少年の話だ。


「……まぁ、ちっとばかし遅いな」


 早くしないと、自分はどんどん前に進んでいく。

 だがどうせすぐに追いつくのだろう。そんな予感がいなほにはあった。話しを聞いて、その想いは強くなる。

 あんなに弱かった少女が、今ではマルクを賑わす一角の冒険者らしい。

 左腕が見事に消し飛んだらしいが。

 まぁ、それは些細なことだろう。


「早く来いよな」


 だから自分はどんどん先に進もう。相棒、エリスに誇れるような道程を築き上げていく。

 そしていずれ出会ったとき、そこからが俺たちの始まりなのだ。


「さてと……」


 いなほは感傷もそこそこに、地図を取り出して次の村への道を確認した。

 『賢い世界地図』とアート・アートが命名したこの地図は、化け物特製ということもあり、その精度も、そして何よりうざさが完璧だった。

 地図上に進路が描かれ、その横に「ところで僕はお腹が空いている」「今日はお土産をいただきました」「正ヒロインは僕です」「いなほさんはこちらです」「しかしあのヒロインは尻よりおっぱいがでかいから駄目だね」「その点、僕のお尻は凄い。言語で説明できないレベル」「ただしリッちゃんのおっぱいは特別」「ぴーえす。最近マドカがいじめてきます。助けてください」等と、まるでアート・アートが喋っているかのような文字列が幾つも出てくる。しかもご丁寧に日本語だ。というかリッちゃんって誰だよ。

 だがその面倒臭いのに目を瞑れば、これほど優秀な地図もないだろう。何せ行きたい場所を思うだけで、勝手に針路を決めてくれるし、最短ルートだけではなく、いなほが好みそうなルートを自動的に幾つも示してくれる。

 だが、うざい。

 そういうわけで、この賢い世界地図を片手に歩くのがいなほの旅の基本である。最終目的地はアードナイ王都だが、いなほはとりあえず適当なルートを一つ選ぶ。王都に行く最短距離でありながら、その間を隔てる山脈が広がる危険な区域だ。当然その情報は地図が教えてくれるが、いなほはあえてその道を行くことにした。


『本当にそっちでいいのかい?』


 いなほの思考を読み取って、地図に文字が浮かぶ。いなほが軽く頷くと、それ以上何か言うでもなく地図は沈黙した。

 珍しいこともあるもんだな。改めて確認するのもそうだが、沈黙するのも不思議だ。だがそれくらいのことしかいなほは思わなかった。

 賢い世界地図のうざさは開いている限り常時展開される。それがなくなることの違和感に終ぞ気づかぬまま、いなほは気ままに歩き出した。

 別段、その道程を語る意味はない。道中、特に問題が起こることもなく、いなほは日がちょうど頭上高くに上がったところで、途中にある村であるカナリア村の付近まで来て、その異常に気づく。


「……」


 一人であるために話すことは特にないのだが、しかし仮に誰かが居たとしても今のいなほは一言だって喋らなかっただろう。

 草木が枯れていた。ゆっくりとだが確実に、いなほが村に近づいていくにつれて、周りの草木はおろか、大地すらもひび割れ、乾いていた。

 秋の紅葉といった感じではない。文字通り、死の大地へと変貌していく過程をいなほは味わっていた。

 どういうことだ? いなほは体にまとわりつく嫌な気配に首をひねる。これがまだ秋であれば、馬鹿ないなほは気にもしなかっただろう。しかし、つい先程までいなほがランニングしていた道は枯れてさえいなかった。青々とした草木が生い茂り、生命の息吹が感じられた。

 幾ら山を登っているとはいえ、未だ中腹を過ぎてもいないので、木々がなくなるというのは考えにくい。

 これではまるで、土地そのものが衰弱していっているようではないか。

 そんなことを思いながら山道を昇っていくと、視界の奥に石垣で出来た大きな壁とそれに見合った大きな門が現れた。


「なんだ?」


 だがどうにも様子がおかしい。開け放たれた門の傍には、門番の兵士が一人も立っていないのだ。この村は特に堅牢な壁が周囲を覆っているが、ここに限らず大抵の村では、大小あるが魔獣からの侵攻を防ぐための壁が村と外を分けている。そして村の出入りが可能な門には、村が雇ったか、あるいは村人自体が務める門番が立っているのが常だ。

 人を襲うことに躊躇いのない魔獣が蔓延る世界では常識であり、魔獣の数も多い山岳地帯では、特に堅牢な壁と門番が村を守っている。そのくらいは旅の途中でいなほ自身も何となく察してはいたために、門番がいない村というものに対する疑問が浮かぶのは当然だった。

 きな臭いな。肌を刺すような空気に当てられたいなほは、表情を僅かに引き締めて周囲を警戒しながら村への道を歩く。


「……ってオイ!」


 そして門の手前、坂を登りきったいなほが見たのは、門の横に倒れている、武装をした男であった。

 慌てていなほは倒れている男の側に駆け寄り、その体を抱き上げた。

 その時いなほは異様に軽い男に違和感を覚える。いなほ自身の力が強まったせいとは考えられないほどだ。


「どういうことだ?」


 だがそれ以上にいなほを驚かせたのは、抱き上げた男の姿が『まるで寝ているだけのようにしか見えない』ことだった。

 しかも、見た感じは眠っているだけのようだが、その顔は血色が全く通っておらず、周囲の自然と同じように、生気を吸い取られているように見えた。

 いなほは急ぎ、だが慌てることなくまずは男の脈をとる。手首に当てた指からは、小さくだ辛うじてトクトクと動く命の鼓動が感じられた。

 とりあえず生きていることに安堵する。だが安堵も束の間、村人に救援を求めようとしたいなほが顔を上げると、その先に広がるのは予想外の光景であった。


「マジかよ……」


 道端に倒れ伏す人、人、人。

 誰もが地面に力なく倒れ伏す姿を見たいなほは確信する。


「……全員、飛んでやがるのか?」


 誰もかれもが、門番と同じく生気を奪われて意識を失っている。

 突如として村を襲った惨劇を想像するのは難しい。

 そんな村の惨状の中、無事に動けるのは──


「マジかよ……いや、マジかよ」


 再び告げた言葉には、流石のいなほにも力がこもっておらず、寂れてしまった村の中にただ虚しく木霊するのであった。



 アードナイ王都より東に暫く、王都侵攻を遮る自然の城壁である『アルフ山脈』が山々の小さな一つ。

 その中腹に存在するカナリア村の全人口は五百二十六人。山脈でとれる高額な薬草を卸すことで一年を乗り越える小規模な村にて。


 現在、行動可能人数、ヤンキー唯一人のみ。






次回、拘束青年とへんてこ妹。

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