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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第三章【やんきー・みーつ・ぷりん】
150/192

幕間【少女勇者のエピローグ】





「君は弱い。そしてそれは、これからも変わりはしないだろう」


 という言葉が最初である。


「どんなに魔法への理解が早くても、君の肉体は少女のそれで、さらに魔力に関しては一般人の平均値すら下回る。はっきりいって、雑魚以下だ」


 そのくらいのことはわかっている。


「それでも、君は彼を追うのかい?」


 そうだ。

 だって。


「隣にいるって、決めましたから」


 それが新しい私の始まり。

 エリス・ハヤモリの真っ直ぐはここからだ。






 中立都市マルク。毎日が活気づいていて、人々の生の空気に溢れている街。そんな街を一時期沸かせていた一人の男がいなくなってから、早くも二ヶ月もの時が経過しようとしていた。

 それでも街は変わらない。様々な人が行き交い、入り、出て行き、その繰り返しだ。話題の中心にいた男、早森いなほのことだって、二ヶ月もたてばすっかり人々の頭の中から消えていて。


 現在の話題の中心は、大きな男とはまるで逆の、とっても小さな少女である。


「あぁ!? そいつはどういうことだよクソガキ!?」


「どういうこともないですって。あっちだとそういう態度も許されたのかもしれませんけど、ここでは嫌がる受付に言い寄るなんて馬鹿な真似は無理です! 禁止です! ありえません!」


 マルク依頼斡旋所前、大柄な男達数人に囲まれながらも毅然と立ち向かうのが、その件の少女である。

 ともかく、不思議な少女であった。

 冒険者という危険な職業につきながら、彼女の装備は、胸に『早森』という達筆で書かれた日本語がプリントされた白いタンクトップに、下は黒の半ズボン。

 左腕には、服装にはまるで似合わない、青色の美しいガントレットを装着しているが、防具らしい防具はそれくらいである。一方、むき出しの右腕には、肩から手首まで痛々しい三つの傷跡が走っている。一体、どんな魔獣と対峙すればそのような怪我をするのか、しかし、その傷を負って、それでも生きているということは、それなりの実力があるということだろう。

 二つに結われた長い髪がなければ、少年にも勘違いされるような服装、というか、そもでかでかと早森なんてプリントされたシャツを着てる時点で、もうこの世界の常識からはかけ離れている。

 背中には何故か『やんきー』と平仮名でプリントされている。しかも無駄に達筆。だがその文字を読むことは今は出来ない。


「へっ、ちっとでかい剣持ってるからって気が大きくなったのかよ。誰に貰ったか知らないけどなぁ。似合わない剣を渡すような奴の脳みその程度が知れるぜ。それと、その腰のへんてこはなんだ? ママにでも買ってもらったおもちゃかよ」


 リーダー格の男の取り巻きが、少女の背中に背負われた剣と、腰のベルトに鎖で固定された、刀身のない、柄だけの剣の残骸の如きものを見て、嘲るように鼻を鳴らした。

 少女の背中には、その体ではまるで扱えないような巨大な剣が背負われていた。例えば、二メートル近い身長の大男当たりなら、両手剣として使えそうなくらいである。150センチにも届かない少女では、それこそ見た目と相まって大剣のようにしか見えなかった。

 だがそれ以上に歪なのは、腰に固定された刀身のない剣である。使い物にすらならないそれは、さらにすぐ抜けるようにすらなっていない。

 ともかく、滅茶苦茶な装備である。道化師のようにへんてこな装備を纏った少女は、直後、その瞳に怒気を宿した。そしてその様子を見ていた周りのギャラリーが「うわ、地雷踏んだよあいつ」みたいな顔で、そっと距離をとった。


「腰のへんてこはいいです……でも……」


「あっ? なんだ、聞こえね──」


「この剣の悪口を言うな!」


 大声を張り上げた光を纏った少女の体が、閃光もかくやといった速度で戯言を言った男の懐に入り込む。

 そして、痛烈な拳が男の急所元へ炸裂した。


「お……!」


 悲鳴をあげる余裕すらない。膝から崩れ落ちるように倒れる男。少女は男を一瞥すると、思わず少女から距離をとった男たちを睨んだ。


「もう怒りました! 人の警告は無碍にするし、人の剣は馬鹿にするし、私に汚いもの殴らせるし!」


「ちょ、最後はテメェが勝手に──」


「うるさい! 貴方達が悪い! 背が伸びないのも! アイリスさんのおっぱいが大きくなるのに私のだけまるで変化がないのも! おっぱいが! おっぱいがぁ!」


「お、おい……」


「と、いうわけで!」


 最後は最早、何もかも関係がなかった。怒りに狂った少女は、背中の剣の鞘を下から蹴り上げる。すると、重そうな両手剣は紙のように鞘から軽く飛び出した。

 少女はそれを器用に右手で掴むと、槍か何かを振り回すように剣を振り回す。

 見た目からは考えられないほど軽快な動きである。怒りすら忘れてその動きに魅せられた男たちに、少女は剣の切っ先を向けた。


「全員ぶっ飛ばします!」


「な、舐めてるんじゃねぇ!」


 その宣誓を侮蔑と受け取った男たちが、幼き少女に向かって武器を取り出した。どう考えても少女が勝てる相手ではない。だというのに、周りのギャラリーは誰も助けようとしないのはおろか、少女の応援を始めだした。

 一体どうなっていやがるのか。リーダー格の男は、おかしな状況に内心で混乱していた。

 迷宮都市シェリダンの洗礼を受けて、逃げ出したのが今から二週間ほど前、元いた街には今更戻れないので、こうしてマルクで冒険者として名を馳せようとしたのだが、その記念すべき初日に、いきなり現れたのがこの少女だった。

 見た目はそこらの少女である。何処かの村で平凡に暮らしていそうだ。

 だが、目がヤバい。最初は強がったりしたのだが、今こうして相対していると嫌でもわかる。

 目の色が獣だった。牧歌的な羊の皮を破り捨てて、いきなり目の前にドラゴンが出てきたような異常事態。他の者もそれを感じたのか、背中越しの雰囲気は随分と弱気だ。


「今更、謝ったりしないでくださいよ?」


 じゃないと、ぼこぼこに出来ないから。そういった言外の言葉が聞こえてきたような気がした。


「エリス・ハヤモリです。これより、や──」


 爆弾が炸裂する。一秒先の敗北を予感した男たちはそのまま。


「阿呆」


 スパン、と。

 そんな音が少女の頭から響いて、何もかもがうやむやになった。


「げ、げぇ、エルフぅ!?」


 男たちは、突如乱入して少女の頭をはたいた男の、その長い耳を見てうめき声を上げた。

 一方、頭をはたかれた少女は、恨めしそうな視線で背後の男を見上げた。


「痛いですよミフネ師匠!」


「阿呆」


 男、史上最強の剣客が一人、ミフネ・ルーンネスは、今度は少女の額を軽くつついた。

 それだけで少女の体が勢いよく吹き飛ぶ。

 死んだか? そんなことを男たちが思った中で、少女は額を押さえながら、しかし怪我などまったくない様子で起き上がった。


「痛い! 横暴! ばーか!」


「ハァ……」


 やってらんねぇ。そんな感じで美麗な顔を歪ませたミフネは、頭を押さえて首を振ると、静かに男たちを見た。


「おい、お主たち」


「は、はい!?」


「相手は選べ、死ぬぞ?」


 だから消えろ。その言葉をきっかけに、男たちは脱兎の如くその場から逃げ出していった。

 その後ろ姿を見送ったミフネは、剣を仕舞いこみ、それでもまだ不満そうな顔な少女のほうに今度は向き直った。


「教えたはずだ。力を見せ付けるのはいい。だが、振り下ろす相手だけは見極めろとな。お主は修羅になりたいわけではあるまい」


「あいつら受付のミーちゃんを苛めました! だからぶん殴るって最初から決めました!」


「だったら殴れよ。斬ろうとするなよ」


「斬りません! 腹で叩くつもりでした! 下品な奴らだったんで玉潰す感じです!」


 だから悪くありません。本気でそう言い切る少女に、一体何処で育て方を間違えたのだろうと、ミフネは真剣に頭を悩ませる。

 だがまぁこれについてはここで論議をすることもないだろう。ミフネはそう結論すると、とりあえずここに来た用件を済ませることにした。


「まぁいい。それより、アイリス殿が呼んでいる。ギルドに行くといい」


「ホントですか!? こうしちゃいられません!」


「あぁ、行って来い。アホ弟子よ」


 ミフネの声を背中に、少女は一度振り返ると、誰もが嬉しくなるくらいに明るい笑顔を浮かべて。


「はい! 駆け出しやんきーエリス・ハヤモリ! 行ってきます!」


 大きな声で、少女、エリス・ハヤモリは、傷を誇るように右腕を空高く掲げた。






「アイリスさーん!」


 火蜥蜴の爪先。マルクでは現在最高のギルドであるここに、今日も快活な声が鳴り響く。

 その声にいち早く反応したのは、カウンターの席に座った美しい女性騎士だ。


「あぁ、待っていたよエリス」


 火蜥蜴の爪先、マルク支部の現ギルドマスター。最近E-ランクにまで成長した、期待のエースの一人、アイリス・ミラアイスであった。

 エリスは、他のギルド員にも笑顔を振りまいて挨拶しながら、猫のような身軽さで背中の剣を外して壁に立てかけると、器用にアイリスの膝の上に潜り込んだ。


「御用があると聞きました」


「あ、うん。その前にちょっと癒し、癒し」


「ん?」


 アイリスはまるで薬が切れた中毒者のように手を震わせると、不思議そうに小首をかしげるエリスの体を抱きしめて、その頭に自分の顔をそっと突っ込んだ。


「んはぁ……もうあれだ。私はきっと、君のためなら死ねる」


「アイリスさん?」


「もうちょい、先っぽ、先っぽだけだから」


 そう言いつつ、エリスの頭に鼻先をぐりぐり押し付けて、その匂いを堪能するアイリス。エリスはくすぐったそうに身をよじりながら「あはは」と笑っているが、それを見ているギルド員の心情はあれである。アイリスさんがいつエリスに手を出すかで賭けが始まるくらいには、アイリスのギルド員からの評価はちょっと微妙だった。

 唯一の救いは、エリスがそういったことに疎いことだろう。「もうそろそろマスターが乳揉み始めるに銅貨三枚」「じゃあ俺は五枚だ」とかの会話が、二人には聞こえないように呟かれている中、ようやくアイリスはエリスを放した。


「ふぅ……最近やっとあのアホが残した問題が片付いてね。何か一気に気が抜けてしまったんだ」


「アホって……あぁ、いなほにぃさんのことか」


「特に最悪なのは、迷いの森近隣の領土を治めている貴族の件だったよなぁ。いきなりギルドに押しかけられたと思ったら、そこの貴族の娘が「いなほ様は何処!? 早く婚姻を!」とか言ったあれ、覚えているかい?」


「あぁ、あれですね。結局、あれどうなったんですか?」


「今はシェリダンにあるギルド本部にいるから、そっち行くといいと言ったら何とか収まったよ。まぁマスターには悪いが、何とか頑張ってもらうことにしよう」


「にしてもいなほにぃさん、どうやって貴族の娘さんと知り合ったんでしょうか? というかよくもまぁあんなのに惚れますよね。私、将来お婿さんに貰うならいなほにぃさんみたいなタイプだけは絶対に嫌ですよ」


「さぁ。大方君を救ったときみたいに、遠方の依頼を解決したら、そのついでに件の娘も救ったとかそういうのだろ。あいつ、そういうタイミングだけは絶妙だったし。しかも相手は箱入り娘だ。あぁいうタイプは、いなほのように破天荒で俺様主義に案外弱い」


「ふーん。まぁどうせいなほにぃさんと付き合うことになったら、すぐに振り回されすぎて疲れ果てると思いますけど」


「そういう点では君も同じだな。君と付き合う男は、最低でもミフネクラスでないと疲れ果てるに違いない」


「……」


「エリス?」


「私、疲れちゃいます?」


 ちょっと涙目で、懐のエリスがアイリスを見上げた。そのキラキラと潤んだ瞳で見上げてくる様は、捨てられた子犬が如く。

 アイリスの内心で何かが砕ける音がした。直後、ぐらっと揺らいだと思ったら、突如としてエリスを力強く抱きしめる。


「そんなことはないさ! 安心するといい! 私だけは大丈夫だぞぉ。もういっそお姉ちゃん! 私、お姉ちゃんになるぞ!」


「えへへ」


「はぅ……」


 アイリスはエリスの笑顔にやられて白目を剥き天を仰いだ。その形相にギルド員の一部から小さな悲鳴があがる。

 アイリス・ミラアイス。外ではクールな女騎士。だが実情は、少女趣味の変態であった。

 閑話休題。


「それで、何の用ですか?」


「あ、あぁ。少し前、いなほがシェリダンを出て行ったことはもう言ったな」


「……はい」


 エリスはそのときのことを思い出して、悔しそうに顔をゆがめた。

 一ヶ月前、マルク、いや、国中を沸かす出来事が起きた。

 遥か昔に廃れたはずの、王の審判と呼ばれる、王権を得るための過酷な試練、そこに挑んだのはアードナイが誇る麗しき姫君、アリスアリア・アードナイ。試練の予測される場所のことなどは色々とささやかれていたが、それが一ヶ月前、無事に王の審判をアリス姫が乗り越えたというのが大陸中に響き渡った。

 その少し後である。シェリダンにいるギルドマスターから、いなほがその姫を手助けして、B+迷宮を攻略したということを聞いたのは。


「あそこなら半年は彼を留められると思ったのだがな……どうやらあの男は、常識では縛れないらしい」


 シェリダンに着いてからおよそ一ヶ月。たったそれだけの期間で、王族のサポートという立場ではあるが、いなほはB+迷宮すらクリアした。

 おそらく、今のいなほの実力はここにいたときよりも数段以上高くなっているだろう。それこそ、死線を繰り広げたトロールキングすらも、今度こそ生身で打ち倒せるほど。


「だから、君が彼を追うというのなら、そろそろ行かないと間に合わないと思ってな。ミフネと相談した結果、もう行ってもいいという結論に至った」


「ホントですか!?」


「私は時期尚早だと思ったのだがね……まぁ、可愛い子には旅をさせろとも言うし」


「わーい! わーい!」


 アイリスの嘆きは聞かずに、その懐から飛び出したエリスは、無邪気にその場で跳ね回る。

 ようやく、ようやくこのときが来た。この二ヶ月、剣術はミフネ、冒険者としての気概はアイリス、そしてあらゆる魔法や試練に関してはアート・アートに。誰もが羨むような教師の下、濃厚な二ヶ月を過ごしてきた。

 それでも、アイリスとミフネの許可が出るまではマルク近隣から出てはならないと言われ、ただひたすらに己を磨いてきたのだ。


「やっと、今度は……!」


 胸にあるのは、あの日の出来事だ。泣かずに立ち上がったいなほの代わりに泣いたあの日、傍にいられなかった悔しさ、弱々しい己。

 その全てが気にいらなかったから。だから強くなりたいと、隣に立つと誓ったから。

 ようやく、そのときが来た。瞳に炎を宿したエリスは、善は急げと握り拳。


「こうしちゃいられません! 荷物まとめて急ぎ足!」


「え!? ちょ! 私との感動的な別れが……」


「ではでは! 大好きですアイリスさん!」


「あ、うん。私も大好き……って! 待って! せめて最後にキスだけでも……」


「然らばさらば! 行ってきます!」


 エリスは元気よく片手を上げると、立てかけていた傷だらけの両手剣を背中に背負って、振り返らずにその場を後にする。

 後に残ったアイリスは「何も君まであの馬鹿と同じようにさっさと出なくてもいいじゃないか」と、愕然とした面持ちで呟いた。






「そういうわけで! 行ってくることにしました!」


「うん。お土産は期待してるぜぇ?」


「はい! アトちゃんの好きなモコモコピッピーの丸焼き持ってきますね!」


「ついでにいなほの──」


「無理」


「せめて最後まで聞いてから断ってくれよぅ」


 いじけたように口を尖らせるのは、心胆が凍りつくくらいに美しい、少年とも少女ともとれる人間、否、化け物。

 マルク魔法学院の理事長にして、恐るべき超越者、第一位、無限魔道アート・アートその人だ。

 現在彼らがいるのは、アート・アートの理事長室である。相も変わらず、古今東西、世界中の至宝から、そこらへんのゴミまでが散乱した冒涜的部屋だ。ちなみにいつもエリスが尻に敷いている布は、とある聖者が死の間際に己の血を吸わせた、とある世界の巨大宗教が探している聖遺物であったりする。

 そんなこんなで、自分の部屋のようにくつろいでいるエリスは、持ってきたお菓子でべとべとになった手を尻に敷いた布で拭ってから、ベルトにつけた刀身のない剣を鎖から開放して、アート・アートに差し出した。

 鎖で包まれていて見えなかったが、全容を現したその剣のようなものは、あまりにも美しかった。白銀に輝く鉄の棒に、燃え上がる赤色の鍔がついただけのそれは、魂すら吸い込む魅力に溢れている。

 そんな、触れるのもためらうくらいに美しい剣もどきを、エリスは嫌そうに握っていた。


「これ、預かってましたけど返します」


「ん? はっはー、いいよいいよ。それ、君にあげるからさ」


「えー、でもこいつうざったらしいんですけど」


『おぉなんということだ! 我が主よ! 麗しき天使よ! そのようなことを言わずに君の手として足として、どうか愚かなる私を使っていただけないだろうか?』


 突如、鍔が震えて、そこからわずかに鉄の擦れるような音と共に、演劇でもしているかのように大仰な感じな声が響く。

 驚くことに、その剣はしゃべっていた。そして、その喋りは、その剣の価値を地に貶めるくらい──うざかった。


「ね?」


「それは我も同じです。いらないならどっか捨ててね」


 アート・アートは、虫を追い払うように手を振った。エリスは溜息を吐き出すと、これ以上何かを喋りだす前に剣を鎖に包んで再び封印する。


「まぁ、助けてもらったりしたから、くれるのでしたら嬉しいですけど」


「うんうん。正直我には必要ないものだからね。というかエーちゃん、驚くほどにそれと相性いいから、今後も使ってくれると嬉しいな」


「はーい」


「元気なお返事です。絵描きさんスタンプをあげよう」


「わーい!」


 嬉しそうに起き上がったエリスは、とことことアート・アートの元に行くと、シャツをペロンとめくってお腹を出した。

 そこに、何処から出したのか、右手に持った判子を、アート・アートはエリスのお腹に押し付ける。冷たさに一瞬震えたエリスだが、判子が離れた後、そこに残った花丸を見て無邪気に微笑んだ。


「やった! これで記念すべき百個目です!」


「そりゃよかった。我も何回スタンプしてたか忘れてたけど、もうそのくらいしてたか」


「最初のほうでいっぱい貰いましたからね。アトちゃんって呼ぶだけでも判子してくれましたし」


「そだっけ? いやー、あの時は君の成長が嬉しくってついついねぇ」


 もう二ヶ月も前のことかぁ。そう記憶に想いを馳せアート・アートは、我慢できなさそうにうずうずしているエリスを見て、もうその時期か、そう内心で思った。


「さっ、もう行くといい。君は、君だけの足でこれからを行くのだから」


 普段の気味の悪さは消え、母親のように優しさに溢れた笑顔をアート・アートは浮かべた。聖母がいたのなら、おそらくこのような表情を浮かべるだろう。それくらい誰もが穏やかな気持ちになるような笑顔を向けられたエリスは、僅かな逡巡のあと、負けじとにっかりと歯をむき出しにした笑顔で。


「はい! 行ってきます!」


 そう返して、エリスは勢いよく部屋を後にした。


「頑張ってねぇ……うん、これでいいかな?」


 アート・アートは、一人残された部屋で天井を見上げて独り言を呟く。


「一体どうなるんだろうねぇ。さぁ帰結運命、我はカードを作ったぞ。とっておきのジョーカーを作ってやったぞ、運命を閉塞すらさせない力を作ってやったぞ。くひひ、驚け驚け、世界中全員驚いてしまえ。埋め尽くせ、全部を君で埋め尽くせ! その異常性で全部全部奪い去って作り出せ!」


 あー、超、楽しい。化け物は満足げに微笑むと、ニタリと、口元を不気味に歪ませて高笑いを始めた。






 そして、少女は旅に出る。

 まずは手始め、男の背中を辿る旅。見えないけど、すぐ傍に感じる背中を辿る軌跡。


「よーし! とりあえずシェリダンに向けて出発ごー!」


 小さな体に、大きな心を宿している。胸を張って辿る道先、邪魔する奴らは叩いて潰す。


「おいテメェ!」


「むっ」


 現れたのは先程逃げ去った男とその取り巻き。

 驚いたことに、何故かその数は数人規模から数十人規模に、一体何処にそれだけの人数がいたのか。

 そんなことは関係なく、男は怒りに満ちた眼差しでエリスを上から見下ろしている。


「さっきはちょっとあれだったがよぉ。テメェを人質にして、あのくそったれなエルフをぶちのめしてやる」


「ふーん」


 呆れ果てた。エリスは興味を失った眼差しで男を見る。くだらない。確かに師匠の言うとおり、こんな奴らに剣を向けるのは、剣に対する冒涜だ。

 だがそんなエリスの内心などおかまいなく、男たちは下種な笑い声を上げてエリスの体を舐めるように見た。


「へへ、抵抗しないってなら、悪いようにはしないぜ」


 絶対嘘だ。確信、捕まったらろくなことになりはしない。

 だったら話は簡単だ。


「よっと」


 エリスは肩に下げた荷物を下ろすと、鞘を蹴って剣を取り出す。自然体で構えるエリスに対して、人数を増やした男たちは、少女のか細い抵抗に笑いをいっそう深くした。

 なら、その認識を改めさせてやる。剣の向こう、笑う口には犬歯が覗く。


「さて、門出がちょっと特殊だけど」


 いなほにぃさんを追うのだから、このくらいがちょうどいい。


「おらぁ! とっちめてやれ野郎共!」


 男の号令を皮切りに、無力な少女へ殺到する男たち。

 それら全員を見渡して、少女はやはり、破顔一笑。


「エリス・ハヤモリです」


 ──これより、やんきーを行います。


 ぎらつく殺気を撒き散らして。

 小さな勇者が今、世界に向けて飛び出した。



次回、衝撃の第四章。開幕。



例のアレ


エリス・ハヤモリ

最近、右腕は三枚におろされ、左腕は肘から下が消し飛んだ。

でもまぁ、生きてる。

ランクなし。

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