第十五話【ヤンキーと不揃いな仲間達】
エリスの見送りを背中に、いなほとアイリスの二人は集合場所へと向かっていた。
アイリスの服装は、いつものラフな物ではなく、要所をカバーした軽装備の鎧と水色鮮やかにたなびくマント、腰には愛用している片手剣を携えて、如何にも騎士といった出で立ちである。
だが今回の依頼は、食料もあちら持ちなので余分な荷物は他にはない。護送する街道は、最近、季節外れの魔獣の氾濫があったものの、ランク持ちの魔獣は出ないミヒル街道だ。
途中鬱蒼とした林を向けるが、そこでも強くてトロールクラスの敵が一体でるかでないか。本来アイリスの実力なら、完全装備せずに護送できる程度である。勿論、村周りの魔獣の間引きもあるが、これについても問題はあるまい。
「初依頼とはいえD+ランクの君なら何も持っていかなくても大丈夫ではあるが、本当にその服装でいいのか?」
アイリスの隣を歩くいなほは、いつものタンクトップに短パン、そしてここに来てアイリスに譲ってもらった皮の靴という、防御能力皆無の服装だ。
幾らランクが高く、あの森で規格外の身体能力を見せつけられたとはいえ、物事には万全を期して当たるのがモットーのアイリス的に言えば不安を感じずにはいられない。
だがいなほは問題ないとばかりに頷くだけだ。アイリスはいっそ君の態度次第ではギルドの信頼も落ちるかもしれないんだぞとも言ってやりたかったが、この男に限ってギルドのことなど気にもしないだろうと諦めていた。
「……まぁ君がそれで依頼をこなせるというならいいが。くれぐれも足を引っ張ってくれるなよ?」
挑発的な一言をいなほは鼻で笑って見せる。
「笑えるぜアイリス。とどのつまりは近づいてきた雑魚を蹴散らすだけの仕事だろ? そんなんで俺がしくじるはずねぇ」
「君のその確固たる自信が何処から来るか知りたいものだよ」
「腹の底からだよ」
「私のお腹は今にも痛みだしそうだがね」
不安げにぼやくアイリス。だがこの数日間で、このゆるぎない己自身への信頼こそが、いなほの強さの源なのだろうとも彼女は思っていた。
傍から見れば自信過剰の命知らず。だが実際は本当にその自信に見合った能力があるのだから達が悪い。
「と、ここだな」
アイリスが立ち止まって見上げた建物の看板には、穴掘り亭の名前が大きく刻まれていた。
アイリスが先に入り、いなほが続いて店のドアを潜る。鈴の音が響き渡る店内。ドアが閉まると、外の喧騒が遠く、静かな雰囲気が流れていた。依頼書を片手に辺りを見渡す。のんびりと飲食を楽しむ人々の中、目的の集団を見つけた。
「君達が今回の依頼のメンバーでいいのかい?」
そう声をかけた相手は、アイリスの持つ依頼書と同じものを持つ三人の男女だ。
一人はいなほと同じくらいの巨体と、暑苦しいまでに盛り上がった筋肉を鉄製の鎧で包んだ厳つい顔の男。テーブルには分厚く長い刀身の両手剣が立てかけてある。見た通りのパワータイプなのだろう。いなほ的には好きなタイプのおっさんである。
もう一人の男は対照的に、ゆったりとしたローブを纏った顔が整った少年だ。幼さの残ったへらへらした顔つきで、これから遊びに行くかのような気軽い雰囲気を出している。アイリス的には嫌いなタイプのナンパ野郎である。
そして唯一の女性は、まだ発展途上の肢体に、赤のラインが入った黒い制服を着ている少女だ。ピンク色の派手な髪を腰まで伸ばし、瑠璃色の大きな瞳がいかついいなほの顔を見て潤んでいる。髪色に反して気弱な少女だが、その両手には、少女の雰囲気にはまるで似合わない全体に棘のようなものがついたごついガントレットを装着している。いなほとアイリス的にはどうでもいいタイプである。
少年と少女はその胸元に獅子をあしらったエンブレムを付けていた。「魔法学院の生徒だ」知らないだろういなほに小声で教えるアイリスだが、やっぱしいなほは聞かず、こちらを観察する三つの視線にあえて飛び込むように一歩前に出た。
「おう、待たせたな。俺はいなほ、早森いなほ。んでこっちがアイリスだ」
三人の座るテーブル席の空いてる椅子に大股開きで座る。「まっ、よろしく頼むぜ」と、明らかに馬鹿にした態度で、思ってもいないことをいなほは言った。
その無礼な態度に一層ビビる少女、寡黙を崩さぬ男、そして少年はいなほの態度にイラついた。
「全く、どんな奴が来るかと思えばなんだよその態度。てか何その格好? あんた依頼を舐めてるわけ? おっさん、悪いこと言わないから帰りな。調子乗ってると痛い目見るよ?」
少年が盛大に毒を吐く。一瞬、誰にも気付かない程度の殺気をいなほは発したが、どうにかガキの戯言ということでいなほは殺気を押さえつけた。
「あっ、勿論アイリスさんは残ってください。噂はかねがね、氷結の騎士と言えば魔法学院の元生徒会長としても、この町では期待の冒険者として有名な冒険者としても、どちらの意味でも噂になっています。氷結の騎士は氷の冷たさと花の美しさを併せ持つってね。あぁ失礼、自己紹介がまだでした。俺の名前はキース・アズウェルド。魔法学院入学して一年ですが、ランクはH+なんで、そこのヘンテコな格好の奴より遥かに役に立ちますよ」
とも思えば一転。いなほに向けていた嫌悪の表情を爽やかな笑顔に変えて、いなほを無視してアイリスに近寄ると、その手を取って握手した。
「あぁ、よろしく頼む」
アイリスは手を握られながら無表情で事務的に返事をした。
まるっきり相手にされていないことに気づいていないのか、キースは笑みを深くして手を放すと、芝居臭く一礼して席についた。
「わ、私は、ネムネ・スラープといいますデス。アズウェルドくんと一緒で入学一年デス。え、えと、ランクは……無し、デス」
後半は尻つぼみになりながら、顔を赤らめネムネは自己紹介を終える。
「ガント。H-だ」
巨漢の男、ガントの自己紹介は簡潔だ。隣のキースが自分よりも低いランクの二人を見て笑う。どうやら自分よりも弱い奴には徹底して強気らしい。
「先程紹介を受けたが、私はアイリス・ミラアイス、Fランクだ」
全員の自己紹介が終わったところで、改めてアイリスが言う。やはりというか、アイリスの名前は有名であり、全員の表情が変わる。変わらないのはいなほ位だ。
「それで、依頼主のほうだが……」
「おぉ、皆様ようこそ集まっていただき誠に感謝いたします」
腰の低い態度で現れたのは、丸々と太ったひげ面の男だ。着る服もゆったりとしていて貴金属類も付けており、如何にも成金といった形である。
「私、ルドルフ・ビッヒマンと申します。本日より一週間、皆様には護衛の方を何とぞよろしくお願いいたします」」
男、ルドルフはそう言いながらぺこぺこと何度も頭を下げた。柔和な面持ちと腰の低い態度に学生の二人は気を良くして握手までするが、他の三人は別段思うところもないのか、いなほを除いて軽く会釈するだけにとどまった。
「しかしほぼ全員がランク持ちの上、今巷で噂の氷結の騎士までご同伴願えるとは、いやはや、これは報酬のほうを上乗せせねばなりませぬな」
「いやビッヒマン殿、そこまで買い被ってもらっても困ります。私も未だ修行中の身、過分な期待は気苦労となり剣を惑わせます。ですが、道中の安全だけは私の剣とギルドの誇りに誓いましょう」
「ほほ、謙虚だと思えば随分と頼もしい。噂に違わぬ騎士ぶりですな。では改めてよろしくお願いいたしますよ皆さん」
再び全員を見渡してからルドルフは一礼する。
なんとも珍妙な組み合わせではあるが、こうしていなほの初依頼が始まるのであった。
次回、ヤンキー流火消し術(物理)