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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第三章【やんきー・みーつ・ぷりん】
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第四十四話【ぎゅってして】

 見た目どおり、最も重傷なのはいなほであった。両腕両足共に砕け、指は全て曲がってはいけない方向に曲がっている。しかもハウリングの魔力砲撃によって、その体のいたるところが火傷を負っていた。

 さらに言えば、直撃を受けていない胸部周りも、肋骨が幾つも砕け、背骨が無事だったのはまさに奇跡的としか言いようがなかった。

 一方で、サンタも魔力を最大放出し続けていたために、魔力枯渇状態となっていた。荒い呼吸を繰り返して、目は霞んで朦朧としている。

 もしも今魔獣の一匹でも現れたら、簡単に敗北でもしそうであった。

 ゆえに、あの無機質ながら綺麗だった白いドームの成れの果て、砕け散った戦場跡の如き場所で、二人は吹き飛んだハウリングの装甲に寄りかかる形で休憩していた。


「……」


「……」


 なんというか、戦闘の勢いで会話が出来ていたときとは違って、今は互いに気恥ずかしさから視線を逸らして沈黙していた。

 カッツァがこの現場に居たら、ゲロを吐きながら男泣きでもしていたかもしれない。肩が触れ合うくらいに近くにいながら、顔を背けあっている姿は滑稽すぎる。

 そんな状況で、サンタの孤独な戦いは開始していた。顔を背けながらも、ちらちらといなほの顔を見つつ、ゆっくりと力なく垂れている左手に向かって、ゆっくりと右手を伸ばしては引っ込める。

 そんな繰り返しをしながら、ついに覚悟を決したサンタはいなほの左手を掴もうとして。


「悪かったな。サンタ」


「ひゃい!?」


「あ? 何やってんだ?」


 大仰に驚くサンタに疑問の眼差しを向けるが、顔を真っ赤にしながら「な、なんでもないよ!」と慌てふためく彼女の言を信じて、とりあえず話を続ける。


「カッツァに、いや、これはカッツァは関係ねぇ。あの時、あんなことを言ったのは……あー。流石にガキすぎたわ」


 頬を掻きながら、不器用にいなほは呟いた。上手く言える自信はなくて、言葉足らずだが、それでも伝えるときに伝えるべきで。

 まぁ、そう簡単に上手に話を出来るなら、最初からこんなことにはならなかっただろう。

 サンタは、いなほの不器用な言葉をかみ締めて、真っ赤に染まっていた顔をそのままに優しく微笑んだ。


「いいよ。許してあげる」


 その一言だけで十分だ。いなほは安堵のため息を吐き出して、サンタもまた、再び分かり合えたことに喜びを感じていた。

 せめてもう少し、もう少しだけこうしていたいと思った。


「いなほ、あんなにぼろぼろになって、駄目だよ」


「それをテメェに言われるとはな。帰ったら覚悟しておけよ? カッツァの野郎、鍵もってかれてキレてたぜ?」


「うわぁ……怒られるのはやだなぁ」


「諦めろよ。俺も大概だがな、テメェも……テメェさ」


 いなほはそこで区切ると、僅かに顔を伏せて、祈るように呟いた。


「心配させんなよ。馬鹿が」


 今こうしてサンタと話すことが出来て、ようやくいなほはサンタにもしもがあったときの可能性に考えをめぐらせていた。

 もしも後少しだけ自分が来るのが遅かったら、それを考えるだけで、寒気がする。手放さないと決めた。あの日、届かなかった少女がいたから、もう二度とそんなことはないようにしようと決めていた。

 だから、信じて疑わなかった。今も先に戦っていると微塵も疑っていなかったというのに、いざこうして無事を確認できた瞬間、そんな弱気がこみ上げてくる自分が情けなくて、恥ずかしい。


「畜生。本当に馬鹿だよ、お前」


 吐き出すように漏れた言葉は、いなほが見せた小さな弱さだ。

 そんな姿を見て、反省よりも先に胸がトキメクのを感じる私は、きっとやっぱし馬鹿なんだろう。

 心配されるのが嬉しくて、でも心配かけたのが申し訳なくて。


「ごめんね」


 きゅうと締め付けられるような胸の痛み。


「ごめんね、いなほ」


 苦しみを紛らわすように杖を抱きしめて、サンタは俯いたいなほの横顔を見た。


「……もういい」


 そう、もういいのだ。

 危険は去って、お前はそこに居る。

 だから、もういい。


「……」


 いなほは、なんとも感情の読みづらい不思議な表情を浮かべるサンタの顔を見た。

 エリスとはきっと何処までも違う少女だ。強い芯があるけれど、それはまだまだ成長途中で、いなほとは考えが合わなくて、ぶれて、逸れて、すれ違って、でもこうして繋がって。

 いい女だなと。なんともなしに、そう思った。


「なんだ」


「いなほ?」


「いや……何でもねぇ」


 特に、告げることではないだろう。心の靄が綺麗に晴れて、ようやくサンタという少女に対する気持ちが理解できた。

 まぁ、とどのつまり。

 いい女なのだ。そういうことなのだ。


「なぁサンタ」


「なぁに?」


「実はな」


 とりあえず、勘違いを正すところから始めよう。

 そんなわけでエリスのことに関して話し始めて数分、いなほの顔面にサンタのフルスイングが炸裂することになった。


「もう、馬鹿」


 頬を膨らませて、体全身で「私、怒ってるんだから」アピールをするサンタに対して、宝石部分の直撃を受けたいなほは、僅かに痛む鼻を擦りつつ、何でこいつはこんなに怒ってるんだと首をかしげた。


「なぁ、何でお前怒ってんの?」


「知らない。最低。大っ嫌い」


「ひでぇ」


 滅茶苦茶である。自分とエリスは兄妹であると告げただけだというのに、この状況はなんだというのか。

 休息を始めておよそ三十分。ようやく活動を再開した二人は現在、ドームを抜けて、サンタが落ちてきた場所にまで来ていた。


「しっかし……こいつぁすげぇな」


 久しぶりに見る機械的な光景に、いなほは目を白黒とさせた。とはいっても、通路に流れる言語はやはりいなほには読めないのだが。


「……多分、抜け道の一つや二つくらいあると思うんだけど……」


「ふぅん」


「一応最初に探索して罠の類は多分ないって確認したけど、何があるかわからないから気を」


「シッ……!」


 つけてね。という言葉が言い終わる前に、いなほは立ちふさがっていた壁をその拳で粉砕した。


「お? ここから先に行けるみたいだぜサンタ」


「……」


「どうした?」


「うん、なんでもない……って、まだ傷が完全に塞がってないんだから! 無茶! 駄目!」


 サンタは血を流すいなほの左手を手にとって、僅かな魔力で陣を組み、いなほの手のひらに刻んだ。

 僅かな魔力とはいえ、サンタの願いがこもった魔法陣は、魔力以上の効果を発揮していなほの拳を修復する。傷だらけで、ごつごつとした手のひらを労わるように優しく撫でる。

 この拳が、色々なものを砕き、または繋いできたんだ。そう思うと愛おしさが沸々とこみ上げてきて、サンタは惚けたようにいなほの手を見つめた。


「……治ったか?」


「ん……うん」


 サンタは名残惜しげにいなほの手を放す。すると、そんな二人の手の間を繋ぐように、蛍の光のような小さく、しかし美しい青色の光が幾つも浮かんでは消えていった。

 二人は、いなほがぶち開けた穴から流れるその光のほうを見て、驚きにため息を漏らした。


「すっげぇ」


「わぁ……」


 光に導かれるままに穴をくぐった二人の前に現れたのは、広大な湖と、その中央に生えた、葉っぱのように青い光を幾つもつけて、幻想的な輝きを放っている。その小さな輝きが幾つも重なって、暗い洞窟内を照らしていた。

 美しい光景だ。夢の中に居るような感覚に、暫く二人は言葉を失った。

 光源は、中央の青白い樹木以外には何処にもない。その木からこぼれた小さな光が無数に漂って、洞窟に入った二人の体に優しく浸透していく。

 すると、二人の体の負傷が、時間を巻き戻したようになくなっていった。さらに、失った魔力まで湯水の如く溢れてくるのをサンタは感じる。

 その小さな光の一つ一つが、癒しの効果を持つ慈愛の回復魔法であった。零れた残滓ですら、傷ついた二人の冒険者を容易く癒すその樹木。


「あれが、エデン……」


 ランクA+。限定された空間でしか生息しないその樹木こそ、あらゆる害を癒してしまう、究極の魔法具、エデンそのものであった。

 サンタといなほは、まるで夢遊病者のように、湖の中にふらふらと入っていった。といっても、そこまで水は深くなく、せいぜいサンタの足首が浸るくらいの深さしかない。

 エデンの影響を受けたその水は、入るだけで二人の全身を急速に癒していった。母親の胎内にいるかのような安心感が二人の体を包み込む。

 言葉を交わす余裕も出ないくらいの安堵の中、それでも二人は強靭な意志を持ってエデンの元まで歩いていく。

 少しでも気を抜けば、そのまま湖の中に沈んでいってしまいそうだ。あるいは、これもこそが最後の試練だったのかもしれない。優しさすら、時として人を蝕む牙となる。そんなことを暗喩しているような場所を、そんなことまで思考する余裕もなく二人は歩き、ついにその真下にたどり着く。


「あれが……」


 サンタはエデンを見上げて、その光の中に隠された赤色の輝きを見つけた。

 エデンの中で唯一の例外でありながら、まるで存在感を主張していないそれこそ、あらゆる病を治し、死人すら復活させることも可能とされている究極の素材。

 エデンの林檎。

 慈愛に満ちた環境でなければ使うことの出来ず、五十年に一度しか実がならない希少な素材を前に、サンタは静かに頭を下げて、操糸を伸ばし、エデンの林檎を優しく採取した。


「へぇ……美味そうにはみえねぇな」


 サンタの両手に包まれたエデンの林檎は、一言で言うなら赤く発光する球体であった。手のひらの収まるほど小さく、だが込められた魔力は規格外。それに対して、美味そうには見えないといういなほの感想は、あまりにも場の雰囲気に似合わない最低な発言であった。

 そんないなほをジト目で睨み、だが途端にサンタは悲しげに目を伏せた。


「サンタ?」


 普通、依頼を完了したのだから喜ぶのではないのだろうか。目的を達成したというのに辛そうなサンタの顔を見て、いなほは首を傾げる。


「……これで、終わり、だね」


 その含むような言い方に気づかずに「まっ、依頼は完了だな」と言葉の表面だけを受けて返すいなほ。

 だがサンタは首を振って違うと訴えた。どういうことだ? そう言いたげないなほに対して、サンタははかなげに笑いかける。


「私ね。私、ね?」


 エデンの林檎を胸に抱いて、今にも泣きそうなくらいサンタは声を震わせていた。

 瞳に浮かぶのは恐怖と後悔、そして懺悔の念だ。のほほんとした顔を悲しみに歪ませて、嗚咽を堪えてサンタは続ける。


「嘘、なの」


「はっ?」


「嘘なんだ、私」


 サンタはいなほの顔を見ることが出来ずに、とうとう膝をついて泣き出した。

 どういうことなのか、本当に、どういうことなんだといなほは混乱した。いきなり嘘だなんていわれて、泣き出されて。


「話せよ」


 だから、言葉があるのだ。


「話せよ。理由、あんだろ?」


 ここまで戦いを共にしながら、何かを隠されていたということにショックがないわけではない。隠し事というのが苦手で、好きではないいなほだ。現にそれがわかっているから、サンタは苦しくて、辛くて、この慈愛の空間にいながら悲しくなってしまっていた。

 そんなサンタの肩に手を乗せて、いなほは出来る限り優しく問いかけた。

 縋るようにサンタの顔がいなほを見上げる。


「泣くなよ……折角のいい女が台無しだぜ?」


「う、うぅ……うぇぇ……!」


 何故か、さらに泣き出された。今の発言の何がいけなかったのか。何をまずった。駄目だ。だから女は苦手なんだよ!

 なんて内心で悲鳴をあげるいなほに対して、サンタの心境はなんというか複雑である。

 いい女と言われたことは素直に嬉しい。だけど、だけど。


「私……本当はこの顔じゃないの」


 だから、サンタは。


「私……サンタ・ラーコンって名前じゃないの」


 だから、少女は。


「私はね。いなほ」


 サンタと名乗っていた少女は覚悟を決めて、エデンの林檎を口に含んだ。

 瞬間、少女が常に身につけていたネックレスの宝石から色が失われ、赤かったその宝石は、燃え尽きたように灰色へと変貌した。

 だが、いなほにはそんなことを気にする余裕なんて何処にもなかった。

 少女の体の内側から、無数の術式が解き放たれて虚空へと散っていく。それは『王宮に仕えるような魔法使いが束になってようやく完成するような』複雑な術式だ。

 しかし、それもいなほは気にしない。

 重要なのは、少女の顔がぶれてきているということにあった。何処にでもいそうな普通の少女の顔がぶれていく。ずれて、砕け、その内側からゆっくりと、いなほがこれまで見てきた少女とは別人の姿が浮き彫りになってきた。

 その少女のことをいなほは知らない。

 だがその少女のことを、アードナイに住むものであればほとんどの者が知っている。


「ずっと、ずっと騙してきた……」


 可憐な唇から漏れる声は、いなほが知る少女の声と同じく、落ち着くような声色だ。

 だがいなほを見つめてくるその顔に、いなほは見覚えがない。青色に輝く、宝石のように綺麗な瞳も、触ればしっとりと包み込んでくれそうな柔らかそうな肌も、小ぶりで可憐な唇も、絵画に描いたような綺麗な鼻筋だって、全部が全部、未知のもの。


「サンタ……?」


 いなほの呼びかけに、少女は首を振って、悲しげに、でもようやく全てをさらけ出せた安堵のこもった微笑を返して。


「私の本当の名前は、アリスアリア・アードナイ」


 アードナイの至宝と言われる姫。民からはアリス姫と呼ばれて人気を集めている。


「この国の、五番目のお姫様なんだ」


 その少女こそ、サンタ・ラーコンと名乗っていた少女の、真の姿であった。

 アードナイの至宝とまで呼ばれるその美貌は嘘でもなんでもない。アート・アートのようなとち狂った化け物の美には及ばないが、それでもその秘書であるマドカに匹敵する美しさを誇っていた。

 そして、未だに幼さの僅かに残っているその容貌は、後数年もすれば誰もが見惚れるような美しさを得ることになるだろう。

 そんな美しい少女を見て、いなほの頭に浮かんだのは、美への感動ではなく、名前すらも偽られていたことに対する僅かな不満であった。


「……つまり、サンタって言うのは嘘で、お前はずっと、俺や、いいや、カッツァ達も騙してきたわけか?」


「あ、う……」


 アリスは小さく呻くだけで、どう返せばいいのかわからずに押し黙った。

 深い溜息がいなほの口から溢れる。その溜息が、自分への失望からと判断したアリスは、肩を大きく震わせた。

 だがそんな彼女の肩の震えをとめるように、いなほはその亜麻色の柔らかな髪をそっと撫でた。


「変わらねぇよ……お前は、サンタだ。不器用で、世間知らずで、結構ビビりで、だけどここぞってとこで度胸の出す、何処にでもいるサンタ・ラーコンだ」


 そうだろ? そういなほは笑った。

 姿も、肩書きも関係ない。いなほにとって、アリスはサンタで、いなほの前にいるアリスはサンタだ。

 その事実だけは、決して嘘ではない。


「それとも、そいつも全部なかったことか?」


「そ、そんなことないよ! 私、私……ずっと言いたくて、でも言ったら駄目で! 私、私は……」


「サンタ」


 それ以上は、言わせないし、言わなくていい。

 だからもう、全部をこの手に掴んでやる。

 いなほは、涙目のアリスの体を、その腕の中に抱きしめた。


「いいって」


「いな、ほ?」


「もう、いい」


 全部、この手で掴み取るから。

 二人の体へ、青い光が祝福するように降り注ぐ。木漏れ日の中にいるようだった。抱きしめた体の柔らかさと温かさは本物だ。幻想的な世界の中、幻想ではない確かな感触を繋ぎとめる。


「言葉なんていらねぇよ」


「……うん」


「お前はここにいる。それだけで、十分じゃねぇか」


 今だけは、誰もいない。誰もいらない。

 いなほとアリス──サンタだけで、この世界は完結している。

 喜びがあふれ出してきた。騙していたという罪悪感が消え去って、姫としてではない、ありのまま接してきたサンタとしての自分を、肯定してくれたことへの喜びだけがあった。

 それだけで十分だった。君は私の外側ではなくて、私の内側を抱きしめてくれている。

 心が張り裂けそうだった。

 今すぐに叫びだしたいくらいだった。

 大好きが、いっぱいになった。


「私ね。この依頼が終わったら、また王都に戻らないといけないの」


 それでも、別れのときはある。離れないといけない瞬間がある。もしも、共に歩み続けるなら、エデンの林檎を食さずに、偽りの仮面を被ったまま生きればよかっただろう。

 だけど、君の真っ直ぐな瞳を、いつまでも偽り続けていくのは心苦しい。だからありのままの自分で、接したかった。これからすごせるはずだった時間を失っても、この綺麗な場所で、君との奇跡みたいな日常へ幕切れを告げたかった。

 いなほの胸に顔を埋めながら、サンタは寂しそうに、だけど満足しきった表情で呟く。


「だから、お別れなんだ、いなほ」


 王都に戻れば、サンタはアリスアリアとして生きる。そうすれば、ただの冒険者、しかもこの世界の人間ですらないいなほには手が届かない存在となってしまう。

 だから、この清らかな場所で抱きしめあった。その思い出だけを頼りに私は生きていく。自由がなかった世界から羽ばたいて、ようやく掴んだこの奇跡。大好きを得られた、サンタという少女の記憶を抱きしめて。

 今後の命を、アリスとして生きていく。

 ありがとう、いなほ。

 そんな悲壮感溢れる覚悟を決めたサンタの瞳を覗き込み。


「嫌だね」


 いなほは、その覚悟を真っ向から否定した。


「ふざけるなよ」


「あっ……」


 いなほはサンタの肩に両手を置いて少し遠ざけた。悲しげに声を漏らすサンタに対して、いなほはもう一度「ふざけるなよ」と繰り返した。


「お前、もう二度と会えねぇとか、そんなこと思ってるのか?」


「だって……」


 私は、王族だ。個人の感情なんて、国と言う重責を再び負うことになったら、もう二度と会うことは出来なくなる。

 理由なんて、それこそ立場そのものが理由だ。どうしようもない、力だけでは解決できないことがある。


「嫌だね」


 だけどいなほは、再びそれを否定した。


「絶対に、嫌だね」


 何度だって、否定してやる。

 そんなこと関係なかった。サンタが王族だろうが姫様だろうが、なんならそこらにいる乞食であったとしても、その人物がサンタであるなら関係ない。


「お前さ」


「うぇ……?」


「俺が、その程度でお前を手放すと思ったのか?」


 いなほは、力強く宣言した。もう決めたのだ。エリスとも違う、その輝きに魅せられた。

 そんな輝きを俺に見せつけた『お前が悪い』。

 だから、別れを言うのも何もかも、全部が全部、遅すぎだ。


「お前は俺のもんだ」


「え?」


「お前が嫌だとか言おうが関係ねぇ。お前を俺のもんにする。もう決めた」


 真っ直ぐで、疑う余地もないその言葉に、サンタは目を白黒させて、ストレートすぎる言葉の意味を理解した瞬間、その可憐な顔をエデンの林檎なんかよりも真っ赤に染め上げて口をわななかせた。


「い、いな、いなほ!?」


「答えはいらねぇ。お前の意見なんざどうでもいい」


「え、ちょ、だって、え、えぇ!?」


「うるせぇ! テメェは黙って俺の背中守ってりゃいいんだよ!」


 強引に、真っ赤なサンタをその胸に抱きしめる。壊れないように優しく、しかし手放さないくらいには強く。

 一方、一方的にそんなことを言われたサンタの心境は、混沌という言葉すら生ぬるいほどに混乱していた。

 もう、何がなんだかわからなかった。どういうことだ。私がいなほのもの? もの!? それって、それってもしかしてもしかしなくてもほんとに本気で本当に本物の──


「ッッッッッッ!!??」


 厳かで清らかな空気はぶち壊しであった。もう全部が良くわからなくなって、いなほの胸の中でじたばた暴れるサンタ。そんなサンタを「こら、動くな、逃げんじゃねぇ」と、まるで魚か何かを掴んでいるように腕の中に押し留めようと頑張るいなほ。

 そのくだらない痴話喧嘩以外のやり取りは、あんまし言葉にしたくないような動きでいなほの腕の中からサンタが離脱したことによって終わった。


「ッ」


「ッ」


 互いに腰を落として出方をうかがっている。なんだというのか。なんだと言うのだろうか。さっきまであんなにいい雰囲気出していたというのに、今では趣旨が変わって、捕まえるか逃げきるかという、手段が目的に切り替わっていた。

 最悪である。ムードが涙を流して全速力で逃げ出すくらいである。

 そんな空気の微妙さに気づいたのか、険しい表情を浮かべていた二人は、ゆっくりとその硬い表情を緩めていって、ついには互いを見合って大爆笑し始めた。


「ぎゃははははは!」


「あは、あははは!」


 腹を抱えて、二人は同時に湖へと倒れこむ。そうすれば高揚していた気分も少しは落ち着いて、視界を埋め尽くす幻想的な光景を見る余裕だって出てきた。


「ねぇ、いなほ」


「あー?」


「私、やっぱし帰るね」


「そっか」


 了承しておきながら、逃がすつもりはさらさらない。いなほは拳を掲げると、神よりも信仰できるその最強に誓う。

 手放さない。もう掴んだんだ。だから絶対、逃さない。


「少しだけ、待ってて」


 そんないなほの気持ちを察したのか、サンタは杖を掲げて答えた。母親の残した形見の遺品は、サンタが信奉する最高の杖だ。

 だからこの杖に宣誓する言葉だけは、偽れない。


「好き」


 だけど、言葉で伝えるのはまだ怖いから、聞こえないように口の中だけで。


「君が好き」


 空気を震わせず、この口の中で、全部を言う。


「いつか、一緒に居ようよ」


 最後の言葉は、響かせた。


「……おう」


 いなほは、嬉しそうに喉を鳴らして応じる。その言葉を信じる。今更偽るようなものなんて何処にもないから。

 真実だけを、今ここで。聞こえないのは、ご愛嬌。


「……あ」


 直後、光を失ったネックレスの宝石から淡い光が立ち上った。

 起き上がったいなほは、どんどん光に飲まれていくサンタに慌てて近づいて、手を伸ばし。

 そっと、サンタの小さな手が、いなほの手のひらに重なった。


「はい、これ。指輪はカッツァとバンに分けてあげて。封筒の中身は……他の人に見せたらやだよ?」


 手のひらの上に乗せたのは、一枚の封筒と、何かの印が刻まれた三つの指輪だ。それでもう十分なのか、サンタはいなほの指先を握って、瞳に涙を浮かべながらも笑顔を浮かべる。


「私、王都で待ってるから。きっと、きっとまた会えるって信じてるから」


 そのときにこそ、君が、それを見て、それでも私に会いに着てくれるのなら。

 伝えたい言葉を、今度こそ伝えるから。


「おいおい、この俺がそんな簡単にはいそーですかと納得すると思ってるのか?」


 だから、今はいつも通りにしていよう。


「じゃあいなほは、どうしたら信じてくれる?」


 君と私のいつも通り。取り留めのない会話をして。

 そしたらまた、この続きを出来るから。


「へ、まぁ誠意ってもんをみせてくれや」


「じゃあ全部終わったら──」


 そっと微笑み、光の中に消えていく。


「美味しいプリン、作ってあげるね」


 そのときまで、また今度。


「サンタ!」


 会えることを信じている。


 そうして、確かにそこにいた少女、サンタ・ラーコンは、その名残をいなほの指先に残して消えていった。

 一人、いなほはその幻想に残される。ネックレスが解除されることで発動する強制転移の魔法。それによって、ろくなさよならも出来ず、いや、違う。


「逃がすかよ」


 託された封筒を胸に、いなほは青白い世界を見上げて一人呟く。


「テメェを逃がして、たまるもんか」


 だから待っていろ。神聖で、誰も立ち入ることの出来ない奇跡の時間。その残滓を掴むように拳を握りこんだいなほは、夢のように消えていった少女を思って、しばらくの間一人、青い世界をじっと見上げ続けるのであった。






次回、やんきー・みーつ・ぷりんせす



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