第四十二話【勇者絶唱ハウリング】
「いなほ……! 私、私……!」
サンタは涙を流しながら、何かを言おうとして、何も言えずに言葉を詰まらせる。
出てくる言葉の全部が嘘になりそうな気がした。突き進むことを迷わない背中を邪魔した自分が、今更何を言えるというのか。
だけど、だけど何かを言わないといけない。気持ちが急くばかりで言葉がまとまらないサンタに振り返らず、いなほは堂々と答える。
「気持ちだ。サンタ」
「私……いなほ?」
「カッツァにきついの入れられてようやくわかった」
そしていなほは、僅かに後ろを振り返り、恥ずかしそうに苦笑した。
「ありがとよ。だけど、心配すんな」
きっと、伝える言葉はそれだけでよかったんだ。
相手の思いを汲み取って。
テメェの思いを貫いて。
それは、それだけなら、相反することはない。
それだけで、互いの思いは通じ合う。
なら今は、それでいい。
「とりあえず、今は前に集中しろ!」
いなほがそう言うや否や、活動を再開したハウリングが、この場で最もダメージの大きいいなほ目掛けて突撃してきた。
その威圧感は、トロールキングの倍以上。巨体もさることながら、その全てがトロールキングを上回っている。
「ったくよぉ」
振り上げられる螺旋剣。この展開はあれだ。まったくもって、あの時と同じような状況ではないか。
「ゴキゲンだぜ、テメェ!」
穢れなき白色の床が砕け散る。肉の暴虐、渾身の前の準備すら、今では全てを砕く必殺の踏み込み。
だがあくまで踏み込みは準備に過ぎない。そこで練り上げられる力こそが最も重要。筋肉ポンプから供給される力は、かつての果たして何倍以上か。覚醒筋肉を使用していないというのに、いなほの足の骨が軋みをあげた。それほどの力が下半身を駆け巡る。
疾走する壊滅。
己の体すら終わらせるような破滅は、しかし体を駆け巡るだけではない。
踏み込んだ足の逆、蹴り足たる左足が、走り続ける力を上半身目掛けて射出した。
驚愕するエネルギー。主の肉体すら破壊し尽くすと誓っていたその純粋エネルギーは、筋肉の押し出しに抗う術もなく、加速をしながら飛んでいく。
それを迎え撃つのは回転運動を始めた腰だ。方向の定まったそれらを丁寧に纏め上げて、腰の回転へ流しながらさらに上へ。さながらハンマー投げでもするように吹っ飛んだ力は質量を増す。
そして弾丸となったそれは、鬼のように盛り上がった背中へ、ここまで肥大した全ての力を貪るように歓喜した肉体が、無垢なる破壊を、拳を押し出す推進力へと変貌させた。
その一連。時間に換算して零秒。一瞬を明確に描写した全ては、見れば誰もが同じようなことを考えただろう。
人に破壊をイメージさせる正拳。いなほが最も得意とする珠玉の一閃は、今、何度も更新された最大威力を再び更新して、ついに振り下ろされた螺旋の剣の腹目掛け、閃光を持って炸裂した。
「うおりゃあああああああ!!!」
怒号。振りぬかれた拳が、螺旋剣の刀身を半ばから断ち切った。
空に舞う巨大質量。身長二メートル程度の小人が、全長二十メートルの化け物の全質量の乗った巨大螺旋を穿つ非常識。
だが、穿った当人はいたって当然とその結果を受け入れて、いなほとサンタをすり潰すはずだった螺旋剣の成れの果ての上へと跳躍した。
あぁ、あぁ。ここまでお膳立てさせられたらやってやる。お望みどおり、あの時の焼き増しを、あの時とは違う結末をもってくれたやろう!
「おっせぇぞ!」
螺旋剣に乗ったいなほが、刀身を足場にハウリングへと襲い掛かる。神速のインパルス。雷光の如き反射神経と加速にて走るいなほへの、自動人形の対処はあまりにも遅すぎる。
空いた手で腕に乗ったいなほを叩き潰そうとしたハウリングだったが、爆撃のような張り手はいなほを潰すことなく空を切る。
飛ぶ。飛翔する思考に追いすがるように、四肢は脈動して紫の瞳へ向けて、真っ向から襲い掛かる。
「せぇのぉ!」
空中で回転したいなほは、勢いのまま独楽となってハウリングの顔面に着弾した。
必殺のヤンキーキック。風圧を用いない零距離爆撃は、ハウリングを反対側の壁まで吹き飛ばすことに成功したものの、驚くことに攻撃したいなほの顔を僅かに歪ませた。
硬い。蹴った瞬間、砕いたという感覚はなかった。まるで、幼いころ蹴った鉄筋と同じ感触。勿論、今ならば鉄筋はおろか、戦車の正面装甲だって引きちぎることが出来るが。
つまり、いなほの火力とハウリングの防御力は、単純に考えて子どもの蹴りと分厚い鉄ほどの開きがあるということになる。
「随分とかってぇじゃねぇか……!」
着地したいなほは、尻餅をついたハウリングに向けて、なおも衰えぬ戦意をむき出しにした。骨に異常はないが、先程の渾身と合わせて、現状ですら全力の一撃は残り十回もやれば、踏み込む足の骨は破砕する。
であれば、覚醒筋肉を使用すれば、一撃の過程にすら耐え切れない。
そんな不安材料をいなほは即座に振り払った。そもそも、覚醒筋肉ばかりに頼るつもりなど自分には何処にもない。
拳と己、それでいい。左の拳が血管を浮き出させるほど強く握られる。右拳も、床を突き抜けるために使ったために使用は難しいが、それでも後一撃くらいは使用に耐える。
なら、残りの弾丸を収束させて、あの装甲を突き抜ける。一撃で駄目なら何度でも、己の拳を受けて無事ですむものなどいないのだから。
「危険。対象サンプル二体。総計B+。危険。試験基準オーバー。修正。対象を異物とみなします。『崩れ落ちる心臓─ハートレス─』出力最大。対象の殲滅までの間、全武装を開放します」
直後、不穏な言葉がドーム内部に響き渡り、白いドームの中に甲高い警報音が流れ出した。
「注意。職員はただちに避難してください。武装開放につき、試験場内部の防護、および修復限界を超えます。職員はただちに避難してください。注意──」
「なんだぁ?」
人の不安をあおるような声と警報音の中、いなほはゆっくりと立ち上がったハウリングを見据えた。
その体から魔力が溢れていく。紫色の魔力が、決壊寸前のダムのように内部で膨張して、ついに限界を超えた魔力がハウリングの装甲を吹き飛ばしながら外へとあふれ出した。
津波のような魔力は、ハウリングの周りに幾つもの魔法陣を描く。意思なき人形が魔法を使うという異常を疑う余裕すらない。
そこから現れたのは、ハウリングの全長を超える巨大な戦斧が二振りと、ハウリングの体に装着された追加装甲と遠距離用魔法砲撃装備。
完全武装を完了したハウリングは、ダメ押しとばかりに全身に刻まれた術式に魔力を注いで、さらに身体能力を肥大させた。
「『ざわつく巨砲─ハウリング─』目標殲滅に移ります」
そして、背部から巨大な二枚の翼が展開。装着されたジェットノズルから魔力を噴出したハウリングは、さらに顔を隠していた装甲をパージ。人に似せて作ったその顔の額からはさらにV字のアンテナまで出現。
さながらその勇姿は、子どもがときめくスーパーロボット。なんちゃら勇者という名前が相応しい最強の自動人形が、その真価を発揮して。
「……マジかよ」
そしてハウリングは、『飛翔した』。
「下がれサンタぁ!」
いなほが叫ぶと同時、ドーム天井まで飛んだハウリングが機敏に動きながら体を発光させていった。
その速度は先程までの比ではない。翼を得た自動人形はさながら空から獲物を狙う鷹。
だが鷹と違うのは、その体に幾つも装着された無数の遠距離武装の有無か。紫色の魔力が収束した百を超える砲門。その光景にいなほが悪寒を覚えた瞬間、地を焼き尽くす破滅の力が一斉に開放された。
「こ、のぉ!」
いなほはおろか、ドーム全域を狙ったかのような一斉射を回避できる隙間はない。
なら、真っ向から弾き飛ばす。疲労の重なった体を叱咤して、いなほは光の雨を睨み上げた。
「『重複』『一握りの重しよ』! 『射出』!」
いなほの視界の後ろから、光を迎撃する巨大な岩石の群れが放たれた。圧倒的な物量は、光に着弾と同時に相殺。空中に無数の光の玉を生み出した。
「サンタ!?」
いなほは背後のサンタに振り返った。すると、サンタの体が僅かに震え、縮こまる。
「ご、ごめ……」
「いい、謝るな」
またいなほの邪魔をしてしまったと思ってしまったサンタが謝罪しようとするよりも早く、いなほはその言葉を遮って、落ち着かせるように笑いかけた。
大丈夫だ。わかっている。そして、また怒られると思っても、それでも己を助けようと動いた気持ちを──踏みにじったりは、もうしない。
「どうやらあのクソったれは、俺ら二人を相手にして勝てるつもりでいるみてぇだぜ?」
再度チャージを始めたハウリングを指差して、いなほは呆けるサンタに拳を向ける。
「背中ぁ、預けたぜ?」
だから、来い。
それ以上言わずに、真正面から自分を見つめてくるいなほの瞳に、サンタは静かに……頷いた。
「よっしゃぁ! 行くぞサンタ!」
小さくも、確かな答えにやる気をさらに燃え上がらせたいなほは、上空百メートルを飛行するハウリングへ、その巨体と比べて小さな拳を差し向けた。
そうやって、君は前を行くのだろう。背中で人を引っ張って、前に、前に、怯えることもなく。
そんな背中を信じているから、私も強くなっていく。
「わかったよいなほ!」
サンタは展開できる最大数まで魔法陣を展開した。そのほとんどが雷の魔法、あの広域殲滅魔法に対するには、一つ一つを狙い撃ち、穿つことの出来る魔法を使わなければ、いずれ押し切られてしまう。
そして残り僅かを防御用の魔法陣と、いなほの目の前に射出の魔法陣。
「いなほ! それ乗って!」
「おっしゃ!」
詳細は聞かずに、いなほは迷いなく射出の魔法陣の中に突入した。
そして、再び閃光が空から落ちてくる。目を焦がすような光の中で、サンタといなほは同じ遅滞世界に入り込む。
紫色の雨が白色を照らす。百の魔砲はさらに細分化して、千の光になって落ちてくる。
だが、ひるまないし、迷わない。サンタは全ての魔法陣をたたき起こして、脳内の思考を分割、千の光の全てを補足しつくし、僅か百にも満たない魔法で、危険なものだけを選択して、迎撃する。
「『落雷』『一斉射撃』!」
サンタの意思の赴くまま、雷光が閃光を穿って進む。切り裂かれた紫の世界。その向こう側に見える巨体の影を見据えたサンタは、立て続けに射出の魔法を開放。
「『いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ』!」
思いこそが魔法となる。詠唱にすらなっていない願いにこそ魔力は意味をもたらして、いなほが乗り込んだ射出の魔法陣を、最速最適のタイミングで、落雷が突き穿った道へとその肉体を解き放った。
筋肉が空に飛ぶ。紫色の光を掻い潜って、最強無敵のヤンキーが今、空を舞う魂なき王者の元へとたどり着いた。
ハウリングも、迫るいなほの姿は確認していたのだろう。射出によって弾丸となったいなほを切り落とさんと両手に掴んだ戦斧を振りかざす。
対していなほは左拳がたった一つ。コンマにすら満たない刹那で激突する両者は、今必殺の一撃を交差させた。
次回、しゅーてぃんぐやんきー。
例のアレ
『ざわつく巨砲』
おひめ「何かいいアイディアないかしら」
おっぱい「なら勇者ロボだろ! ヒャハッ!」
その結果、作られた。