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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第三章【やんきー・みーつ・ぷりん】
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第四十話【咆哮】

お待たせしました。ヤンキー、始動です。

 その扉の前にいなほとカッツァとバンは立っていた。

 シェリダン依頼斡旋所。その一階にある一際目立つ巨大な扉。黄金の鎖と錠で封印されたそここそ、シェリダンが誇る最難関ダンジョン。墓穴の向こう側、そのものである。

 扉が放つ威圧感のせいか、その扉の前に近づこうとする人間はいない。だがしかし、いなほがその手に持つ黄金の鍵を見てか、遠巻きに彼らの様子を冒険者達は見ていた。


「本当に……いいのか?」


 そう言ったのはカッツァだ。未だに先日の負傷が癒えていないその体では、はっきり言って墓穴での戦闘には耐え切れないだろう。

 故に、残れといなほは言った。必然、カッツァのアシストなしにバンが行っても、それこそ危険であるため、バンも留守番という流れである。

 だからここから先サンタを救出するために、いなほは一人でこの向こう側に赴かなければならない。はっきり言って危険だ。いなほには罠に関する知識もなければ、そもそも基本であるマッピングすら上手く出来はしない。

 下手したら、そのまま墓穴に埋められることも考えられるだろう。そんな場所にいなほ一人で行かせることにカッツァは反対だったが、それでもいなほは行くと決めていた。


「いなほちゃんよぉ……」


「色男君。本当に、本当に大丈夫なのかい?」


 バンとカッツァがいなほの身を案じて声をかけてくる。少し前ならば、頭ごなしにくだらないと一笑しただろうが、いなほは食料と簡単な応急キットの入った鞄を片手に、残った手を握り拳にして、二人の前に向けた。


「任せてくれ。全部、俺がやってやる」


 心配してくれる気持ちも全部背負い込んで、その拳にしっかりと乗せていく。

 信じろと。その気持ちがこもったこの拳は、今までの何よりも硬く、重くなっているのだから。


「……止めても、こればっかりは無駄みたいだね」


 カッツァは諦めたようにため息を吐き出した。

 はっきり言って、止めたい気持ちはある。可能であれば、自分の傷がある程度治ってから行くという選択がベターなのだが、それをした場合、サンタの生存確率は著しくゼロに近づくだろう。

 だがいなほならば、いなほだったら、もしかしたらサンタを救出して戻ってくるかもしれない。そんな漠然とした、しかし確信に近い思いがあるから、カッツァはそれ以上言わない。


「行ってくる。あのバカ野郎、意地でも連れて帰ってくるからよぉ」


「あぁ、待ってる」


「くそう! いなほちゃん! 任せたぜぇ!」


 カッツァとバンの声援を背中に、いなほは周りが視線を送る中、禁断の封印の鍵を開けた。

 直後、黄金の鎖が弾け飛び、扉が一人でに開いた。その向こう側は、死を司るような暗黒。災厄をたらふく詰め込んだようなその暗闇を覗き込んで、思わずカッツァとバンは一歩引いた。

 だが、いなほは一歩を踏み出す。今より先へ、もっとより遠く。歩けるのだから、歩いてみせる。


「カッツァ!」


 扉の向こうに行く間際、いなほは振り返ると手に持った黄金の鍵をカッツァに投げ渡した。

 咄嗟に受け取るカッツァの驚いた顔に笑いかけながら、閉じていく扉の向こう、いなほは二人を指差して笑う。


「先に楽しんでくるぜ?」


 そして、扉はゆっくりと閉まった。

 たちまち暗闇だけが世界の色となる。黒ばかりの中、目を開けようが開けまいが変わらない世界。

 だけど、目は開いていると、感じる。


「サンタぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 咆哮が迷宮内に響き渡った。生ある男の渾身の叫びが、死だけに満たされた世界を脅かす。

 それは宣誓。そして呼びかけ。こんな場所で、自分や他の仲間にまで迷惑かけた大馬鹿野郎へ向けて送る、魂の声援。


「こっからテメェまでぇ!」


 迷宮が光を灯す。一気に明かりに包まれたその陰鬱な道の上、明かりに照らされたヤンキーは、渾身の握り拳を象る。

 そうしている間に、いなほの叫びに誘われるように、魔獣の群れが入り口の前に立ついなほ目掛けて殺到してきた。その数、迷宮の道を埋め尽くすほどの量。一体何処にそこまでの魔獣がいたのかと思えるほど馬鹿げた数すら眼中になく。

 狙いは真下。振り上げた拳は、今、最大級の宣戦布告をここに告げた。


「一直線だぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 死が破裂する。生の力に満ち満ちたいなほの鉄拳は、不壊の床など豆腐と同等の強度に貶める。

 爆発する地面。崩れ落ちる常識。阿鼻叫喚の魔獣達。

 ただ一人落ちていくいなほは、落ちながらも拳を固め、迫る床を見据えていく。

 感じるのだ。ここではない。もっと下。もっと奥。そこであいつが頑張っている。あの小心者が魂賭けて頑張っている。


「そこぉ!」


 再び、拳が床を破砕した。流石に耐え切れないのか、いなほの右拳が裂けて出血を始める。

 それでも、止まらない。次々に落ちていく魔獣の量と死骸を増やしながら、拳は何処までも下を目指す。


「邪魔だ!」


 もっと下へ。


「邪魔だ!」


 もっと下へ。


「邪魔だ!」


 もっと下へ。


「邪魔だ!」


 もっと下へ。


「邪魔ぁ……」


 右手に集まるオレンジ色の魔力。濃縮されたそれは拳という永久機関の中に飲み込まれていき、その威力を際限なく加速。

 さらに先へ、先より向こうへ、向こうよりも遠くへ。

 もっともっと、全てを壊せ!


「すんじゃねぇぇぇぇぇ!!!!」


 限界の一撃。虚空で練り上げられ、振りぬかれた一閃から発せられた衝撃波が、いなほの腕の筋肉と骨を代償に一つ、また一つ、さらに一つ、もう一つと、次々に迷宮の床を粉砕して地下への道を作っていく。

 奥から感じるのは、さらに濃くなってきている死の気配だ。深淵の闇に全てを食らう墓穴の真実がいなほを奥へ奥へと誘い込む。

 上等だ。その程度で、今の俺を止められると思うなよ?

 いなほは不敵に笑う。最早誰にも屈しない、倒れない。成長を手に、願いを拳に。


「サンタぁ!」


 墓穴の向こう側すら掘り進んで突き抜けてみせると、いなほは周りを取り囲む魔獣を、その衝撃波で弾き飛ばしながら進んでいく。

 そして一際広大な場所にいなほは飛び出した。だがそんなことはどうでもいい。狙いは真下。突き抜けることのみを確信した一撃を再び破裂させる。


「ッ!?」


 だがいなほの進撃は、横合いからその体目掛けて放たれた巨大な鉄の槍によって阻まれた。

 迫る脅威を感じ取ったいなほは、咄嗟に向きを反転。襲い掛かる槍の腹を左足で強かに打ち据えて横に逸らした。


「ッ……!?」


 足に走る衝撃に驚く。痺れる足の甲。驚いたことに、虚空で力が入らないという事実はあれど、いなほですら一撃を逸らすのがぎりぎりだった。

 そして着地。遅れて無数の魔獣達も落ちてくる。ランクの低い魔獣は、受身を取ることも出来ずに、地面に激突して真っ赤な花を咲かせた。

 闇時々魔獣の雨という、恐るべき天気を生み出したいなほの前には、生の息吹を感じない鉄の操り人形だった。

 赤色の分厚い鎧と、その内側から鳴り響く機械の駆動音。その体のいたるところから余剰魔力を噴出し、背中から新たな鉄の槍を引き抜く。いなほの数倍はあるその巨体からは、無機物だというのに明確な殺気が感じられた。

 機械のみが持つ無感動で冷たい殺気。その耐久力だけならばいなほがこれまで相手にしてきた何よりも堅牢であるそれこそ、墓穴の向こう側が誇る無敵の番人。


「自動人形、だったか?」


 『眠らない番人』と名付けられているB-ゴーレム。そんな化け物と、さらにいなほの周りには、オーガナイトも含めた、あの落下を乗り越えた屈強な魔獣がいる。

 全てがいなほへの殺気を漲らせていた。たった一人では最早生き残れない最悪の死地。


「で?」


 だからいなほは肩を竦めた。圧し掛かり、飲み込むような殺気に、怯えもせず突き進む。

 その程度で、今の俺を止められると? 雑魚が百や二百そろっても、この程度で俺を止める?


「笑わせてくれるじゃねぇか」


 その戦力差。死亡確定。

 だというのに、いなほの傲慢は止まらない。敗北を考えない。

 これより先に俺は行くから。


「どっからでも……!」


 オレンジ色の魔力がいなほの体に飲み込まれていく。出し惜しみなどしない。最大の百パーセントを、ここで使わずに。


「かかってこいやぁぁぁぁ!」


 何処で使うというのか。何処で放てというのか。たぎる全てを一点に。空前絶後を解き放て。

 魔力が消えた。いや、魔力が出力される傍からその肉体に暴食された。

 それは最早、肉体という魔法であった。

 肥大する筋肉。膨張する膂力。今ここに、魔力という推進剤をもって、真の百パーセントが覚醒した。


「カッ!」


 そして、『眠らない番人』の腕に拳の跡が刻まれ、軽トラックを容易く越える重量が宙に舞った。

 いなほの肉体が破砕する。流血の閃光。しかし全力最大の一撃ですら、『眠らない番人』の腕を凹ませ、その腕の機能を一時的に停止させるまでしか出来なかった。

 恐るべきはその堅牢。右の拳を代償にしてすら、その体を行動不能には出来ないのか。


「まだぁ!」


 だが迷わない。いなほは宙に舞った『眠らない番人』に飛び掛ると、その胸元目掛けて右足を振り抜いた。

 掻き消える膝下。出力に耐えられずに、振り抜いた後を血の線が走る。それほどの威力を持って放たれたのは、血の赤に染まった大気の刃。それは『眠らない番人』の頭から股間まで一直線に深い線を刻む。

 『眠らない番人』の体から魔力の紫電がほとばしった。顔面の光が点滅し、戦闘システムが僅かに落ちた。

 例え、B-ランクであろうと所詮は自動人形だ。人が持つ意志。それがない無機物程度が。


「俺を止めるんじゃねぇぞ!」


 再び鮮血の刃が虚空を走った。それは寸分違わず、先ほどと同じ跡へと吸い込まれ、筋肉剣は墓穴の門番の盾を斬り砕く。

 内部機構の奥深く。中心部に搭載されたシステム中枢を両断したことによって、『眠らない番人』は活動を停止した。

 時間にして僅か五秒にも満たない戦いだった。

 まさに圧勝とでも言うべきその勝利だが、代償はあまりにも大きい。


「ヅゥ……!?」


 低いうなり声を上げながら、着地の衝撃にすら悲鳴をあげる己の体の状態に、いなほは怒りを覚えた。

 両足の骨と、右腕の骨と筋肉の粉砕。圧倒的な威力と引き換えに、いなほの戦力は大幅に削られていた。

 だがはっきり言って、出し惜しみをするような相手ではなかった。速攻で決着をつけなければ、あるいは今以上の負傷を負っていたかもしれない。

 そして、戦いはまだ継続中だ。背後の殺気を敏感に感じ取って、いなほは咄嗟に回避行動に移った。

 遅れて、先ほどまでいなほが居た場所を穿つ無数の大剣。

 オーガナイト一体と、オークキング五体。そして無数のクイーンバウト。

 上等だ。ぼろぼろの体に渇を入れて、いなほは雄たけびを上げながら魔獣の群れに進攻した。


「ラストぉ!」


 剛拳がオーガナイトの顔面を打ち砕く。崩れ落ちながら光の粒子となって消えていくその死骸を見送る余裕もなく、いなほも肩で息をしながら膝をついた。

 右腕と両足の負傷に加えて、体に刻まれた切り傷の数々。いなほは最早シャツの役割を失った黒のタンクトップを引きちぎって、脇腹の傷にあてがった。


「クソ、動けよ、ポンコツ……」


 痛みで動きが鈍る体を強引に動かして、いなほは遠くに落ちている鞄の元に行き、奇跡的にも無事なその鞄の中身をひっくり返した。

 中に入っていた応急手当用の札は、潰れた食料によって汚れてはいるがどうにか使えるようだ。いなほは両足と右腕に、包帯のように札を満遍なく貼り付けると、余った分を深い傷にあてがった。

 そして、魔力を開放。魔力を通すだけでいいというその札の効果によって、ゆっくりとだが体の傷が塞がっていく。

 だがそれではいつまでたっても回復は出来ない。いなほは、落下の衝撃でぐちゃぐちゃになった食料を乱雑に掴むと、勢いよく胃袋の中に落としていった。

 覚醒筋肉発動。体中のカロリーを消費して肉体を再生させるこの魔法によって、さらに体の損傷が治っていく。

 おそらく、後五分程度で完治するはずだ。己の肉体を把握しているからこそわかる感知までの時間。その間をいなほは食料を貪ることに集中。

 そうして五分がたったころには、いなほの体は表面上はほとんど回復していた。


「……絶好調」


 最後に水を飲み干して、いなほは静かに立ち上がった。

 絶好調と言ったが、次はないことをいなほは予感していた。先ほどの戦いを経て、さらに強化された自身の体を正確に把握したからこそ、覚醒筋肉を使った最大駆動は後一回のみ。

 使いどころを誤ってはならない。無敵の弾丸は、同時に己を破滅へと導く死への呼び水だ。

 覚醒筋肉。文字通り肉体の全能力を覚醒させるこの魔法は、何度も使ってきたことで、その使い勝手の悪さを、いい加減いなほも自覚していた。そして、それは、いなほが強くなるほど悪化していく。

 トロールキング戦であれば、いなほは覚醒筋肉を全開にしても、万全の状態であったらおそらく数分は戦えただろう。

 だが今は、完全開放状態で三十秒持てばいいほうだ。というのも、覚醒筋肉の副作用とでもいうべきものが、いなほの体、正確には骨を蝕んでいた。

 超回復とも呼ばれる、筋肉が修復するたびに成長するというものがある。本来最低でも一日はかかると言われるその超回復を、いなほの筋肉と覚醒筋肉のセットは、それこそ断裂と修復を繰り返すたびにしていった。

 ゆえに、いなほの肉体は、覚醒筋肉を使用するたびに強化されていく。普通なら喜ばしいことであろうが、問題なのは、その強化の恩恵に骨がついていっていないということだ。

 あるいは、いや、確実に、現状のいなほなら骨が折れても筋肉だけで立つことは出来るだろう。

 だが問題はそこではないのだ。それほどの筋肉が、もしもこれ以上成長を繰り返せば、肥大する筋肉に骨は砕け、体が押しつぶされ内臓が潰れることにより、いなほは死に至る。そこまでは思っていないが、いなほ自身も、漠然とだがその予感を感じていた。

 だから、今後の人生で最大駆動の覚醒筋肉を使えるのは──残り一回が、限界だ。

 しかし、それは動けばそうなるというだけで、別の使い道は幾らでもある。いなほは目を閉じると、再び覚醒筋肉を使用した。

 だが肉体には変化はない。作用するのはその内側、感覚神経を鋭敏化させていく。

 気配を辿る。墓穴の向こう側の内部のありとあらゆる殺気と魔力。それらを一つ一つ、しかし高速で解析していく。

 辿れ、辿れ、もっと深く、もっと奥に。お前のその気分が落ち着く魔力の波動を……


「見つけた」


 いなほの瞼が開いた。五感の全てと、殺気を感じる第六感も駆使して、いなほはさらに地下深くから微かに感じる魔力の波動をキャッチする。

 なら、捕まえに行かなくてはならない。生きているなら、戦ってるなら、この手で手繰り寄せてやる。


「へへっ、もう下まで行ってるたぁ、やるじゃねぇか」


 最下層付近にいるということの可能性。最悪の予感は──まるで浮かばなかった。

 先に行ってる。俺より先に、遠くに行った。

 なら、すぐに追いついてやる。今の最大まで強化された己の体を奮い立たせるように、いなほは拳を突き合わせると、再び真下に向けて拳を振り上げた。






次回、絶望


長い文章が辛い方用の四十話のまとめ。

墓穴「らめぇぇぇぇ! そんなにずぽずぽしちゃらめぇぇぇぇ!」


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