第十四話【ヤンキーのお仕事】
ランク持ちが強いとは言え、それだけが全てではない。黒水晶で確認できるランクは、あくまで表面的なもの、身体能力と魔力の合計値で算出されるため、そこには個人が積み上げてきた技術や経験や知識は反映されない。事実、ランク無しの人間がトロールを一対一で倒したという話もある。それに基本数年ギルドに入り様々な魔獣と戦ってきた冒険者や、鍛錬と国直々の魔獣討伐をこなした兵士等はHランク程度にまでは到達することができる。
だがそこまではあくまで常人の至れる平均的な到達点だ。Gランク以上の者は常人の域を超えた者、これらは総じて畏怖と畏敬の対象だ。
とはいえここら辺の線引きは種族間で大きく異なる。基本数は多いがそもそもがその好戦的気質以外、戦いには向かない人間は大体ランクを持たないのでランク持ちを恐怖する。
他にも武器等の何かを鍛えるのに特化したドワーフや、身体能力の代わりに魔力を失った獣人も大体人間と同じ考えだ。
一方で、エルフや竜人や鬼人、そして人間でも一部の貴族階級等はランク持ちが当たり前なので、この括りには当てはまらない。最も後者の彼らは個体数が圧倒的に少ないので、相対的に人間達等とランク持ちの数はそこまで変わらないのだが。
「つまり話をまとめると、人間で、しかも初めてランク認定を受けた者がD+ランクというのは、エルフ、竜人、鬼人、貴族階級の中でも珍しい話だということで──聞けぇ!」
アイリスの拳が欠伸するいなほ目がけて飛んだ。だが拳は軽く見切られ空を切る。ちなみにエリスはギルドでせっせと仕事を頑張っている。
現在二人がいるのは、ギルド街の中心にある依頼斡旋所だ。近隣に無数のダンジョンと森があるここでは、採取、護衛、討伐、探索といったあらゆる依頼が毎日殺到している。それを一か所にまとめて、ギルドが個々で受注するという形で依頼はなっている。
とりあえず、あの登録の日から二日が経過した。この二日、エリスはゴドーから受付の仕事について学び、アイリスはそんなエリスの様子を逐一見に来るついでに、ギルドにトロールの群れについての調査を打診しながら、いなほに依頼を受けさせようとしていた。
だが肝心のいなほはと言えば、アイリスが探すにも関わらず、町のどっかにフラっと出掛けては、夕方近くに帰ってくるを繰り返していた。
そして今日、朝一で来たアイリスにとうとう捕まったいなほは、依頼斡旋所に来て依頼を見ることになった。
だがまるでやる気のないいなほに代わり、アイリスが依頼の難易度を言いながらどれが良いか聞いてきたものの、いなほはあまりにも低い難易度の依頼に難癖をつけ、アイリスがいなほに君がどれだけ異常でこの依頼が普通であるかを説明するうんぬんで今に至る。
「しかし湿気た依頼ばっかだぜ。糞の足しにもなりゃしねぇんじゃねぇか?」
巨大な掲示板に狭しと張られた依頼は、ほとんどがHランク程度の依頼の上、あっても最大がH+程度だ。ともすればいなほのテンションは下がる一方である。ちなみにいなほが戦ったトロールの群れの討伐は、ランクに換算してF相当の討伐隊が組まれる程の危険な依頼だ。
「とは言ってもだな。少し前は魔獣の活発な時期でもっと難しい依頼はあったが、現在はダンジョンや森からあぶれる魔獣などそうそう現れるわけでもない。いても村に駐在する兵士で事足りるだろう」
アイリスが最近受けた依頼はGクラスで、ここら辺ではかなり難しい依頼である。
だがそうほいほいGランククラスの依頼があるわけでもない。いなほはめんどくさそうに上の方に張り付けられていた紙をむしり取るとアイリスに手渡した。
「ほら」
「むっ、これは……ムガラッパ村までの護送依頼と、村の周りにいる魔獣の間引きか。Hランクだがいいのか? しかも拘束期間は最長で一週間だぞ?」
「おう。結局金が必要なのは事実だしよ。いい加減テメェに奢ってもらうのも癪だしな」
「私としては貸しのつもりだったんだけどね」
「細かいとこ気ぃすんと禿げるぜ?」
「禿げないよ!」
いなほに向かって怒鳴り、頬を膨らませたまま受付の目の前に紙を叩きつける。テーブルを凹ませる勢いで置かれたときに響いた音に受付が「ひぃ」と情けない声を上げたが無視。
「え、と……この依頼は、お二方で?」
「あぁ。火蜥蜴の証よ」
アイリスのペンダントが文字を放つ。いなほもアイリスに目線で促されペンダントの起動キーを口にした。
「火蜥蜴の爪先、二名様ですね。しかしミラアイス様がパーティーとは珍しい。そちらは、新人のかたですか?」
書類に何かを書きながら受付が物珍しげにいなほを見た。
「ん。まぁね」
何処か居づらそうに頷くアイリス。同時に、受付が書類を書き終わり、それをアイリスに渡した。
「いずれにせよよかったです。規定人数は集まっていたのですが、H相当の依頼なので万全のために、ちょうどもう数人は欲しかったところだったんですよ。依頼主にはこちらから増員の方を伝えます。早速今日の正午に商店街の北東地区にある穴掘り亭で集合らしいので、この書類を持って行ってください」
「わかった。依頼完了はいつもの通りギルド経由で伝える」
「かしこまりました。お気をつけてくださいね」
受付が深々と頭を下げるのに見送られ、いなほとアイリスは斡旋所を出ていった。
と、朝の活動する時間帯、人ごみで騒がしい中を何かを探すように辺りを見渡すエリスがいた。
「あっ!」
その視線がいなほ達を見つけると、目を光らせて近寄ってくる。
「いなほさーん!」
エリスはいなほの名前を呼びながらその腕に抱きついた。手なれた様でいなほは勢いのままエリスを肩車する。まるで猫か何かだ。一連の動きを見ながらアイリスは思った。
「エリス。君、仕事はどうしたんだい?」
「休憩をいただきました。ここ数日は朝に人が沢山集まることはないので、町を見てきなさいってゴドーさんが」
「それで私達を探していたと」
「はい。ところで二人は何してたんですか?」
上から覗き込むエリスに、アイリスは手に持った書類を見せた。
「依頼だよ。君が乗っかってる奴がようやく働く気になったらしくてね」
「ありがたく思えよアイリス。まっ、足引っ張るんじゃねぇぞ」
「君って奴は……!」
ピクピクと眉を揺らすアイリス。いなほはその様が可笑しかったのかゲラゲラと笑いだした。
「まぁそりゃ冗談としてもよ。エリス、俺ら一週間位ここ空けることになった」
「え? そんなに長い間いないんですか?」
途端、不安げに表情を曇らせるエリス。今、最も信頼を置けるいなほがいなくなるのは精神的にも辛いのだろう。先程、いなほ達を探していた姿からもそれは明白だ。
だがアイリスはエリスが一人で何かを考えるいい機会だと考えた。
「大丈夫。幸い、他にもメンバーは居る。そもそも私が付いて行くんだ、余程のことがないかぎり大丈夫だよ」
「テメェ。それじゃまるで俺がおんぶに抱っこじゃねぇか」
「何を今更、この数日の宿と飯代、出したのは誰だい?」
「ケッ、胸はデケェ癖に器は小さい女だぜ」
「胸は余計だろ胸は!」
歩きながら二人は口論を続ける。その頭上でエリスはいなほの痛んだ髪を心なし強く握って顔を伏せた。
あの悲劇からまだ一週間も経過していない。夜な夜な見る悪夢はエリスを苛むし、その度いなほを起こしては頭を撫でられて寝付く日々。もしいなほがいなかったら気が狂っていたかもしれない。そのせいか、今はいなほが隣で寝ていてくれないと不安で寝れなくなってしまった。
これではいけないとわかっていても恐怖は離れない。それに何より、いなほまでもが自分の元からいなくなってしまうのではないかと思ってしまうのだ。
そんな彼女の不安を察してか、いなほはエリスの両足を軽く小突いた。
ハッと起き上がる顔の下、不敵に笑うは無敵のヤンキー。
「任せろよエリス。何、帰ってきて金貰ったら俺の奢りで飯食わせてやんよ」
「当然私も奢ってもらえるのだろうな?」
「知るかボケ。テメェは勝手に隅っこいって飯でも食ってろ」
「うん。私はそろそろ君を殺してもいいような気がする」
「おうおう。これだから女はウゼぇのなんの。エリス、テメェはこんなデカ乳になるんじゃねぇぞ」
「ハハハ、エリス。申し訳ないが彼の無事は諦めてくれ」
爽やかに笑いながら殺意を漲らせるアイリスと、そんなアイリスを見て爆笑するいなほ。
「……でも、出来たら助けてあげてくださいね」
大丈夫だと、根拠がなくても信じられる。不安は残るが、それでもエリスは出来る限りの笑顔を浮かべて見せたのだった。
次回、新キャラ続々