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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第三章【やんきー・みーつ・ぷりん】
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第三十六話【信頼の行方】

 常ではありえぬ武というのがある。武術とは人間の身体能力を元に培われたものであり、であれば必然、ありえぬ武とは、その使い手自身がありえぬゆえに発生するものだ。超人的な身体能力には、その能力に見合った武術こそが相応しい。

 いなほ然り、ミフネ然り、そして目の前のバールと名乗った男の武もまた、常識の向こう側にある異端の武術であった。

 両手、そして両足に持った四つの槍を巧みに操る。身体能力が常人を遥かに凌ぐものでなければ出来ないような芸当は、奇手という点でいなほに苦戦を強いていた。

 奇抜でありながら、理に叶う。その無茶苦茶は、無茶苦茶を体現しているからこそ成立するのである。


「チッ……!」


 舌打ちをしながら、上と下から、左右逆に迫る刺突の間に体を滑り込ませる。その位置に追い込まれたという事実を理解しながらも、そこに逃げるしかない技の巧み。

 懐にもぐりこんだというのに、いなほが苦渋の表情をしているのはそのためだ。左の刺突がいなほの死角を突いて襲い掛かる。いなほは後頭部に感じる殺気に反応するがまま身をかがめた。

 そこに先ほど潜り抜けた足の槍の柄が、狙ったようにかがんだいなほのこめかみを強かに打ちぬいた。


「ギィ!?」


 脳天が振動する。こめかみが爆発したような痛みに苦悶しながらも吹き飛ばされて距離をとったいなほは、即座に体勢を整える。

 脳震盪のダメージが回復する時間などない。揺らぐ世界で迫る敵手の影を見据えて、いなほは咄嗟に魔力を開放。脳髄を活性化させて、強制的に視界を引き戻した。

 直前で、いなほの視点が定まったのに気づいたバールは、いなほに向かって跳びかかると同時に、足の二槍をいなほに向かって弾丸の如く投げつけた。

 螺旋の気流を発生させて迫る二槍は、いなほの体の中心で重なるような軌道を描いている。ただ投げたわけではない。そこに込められた威力は十分な脅威。さらに、対応を誤れば遅れて来るバール自身が持つ二槍によって貫かれるのは必死。

 だから、逃げない。

 いなほの両腕の筋肉が盛り上がる。肉の筋まではっきりとわかるくらい皮膚を引き伸ばした筋肉を腰だめに構える。両足は膝を曲げて肩幅に、重心を下半身に置いて、地面に体を固定する。

 そして、目先にまで迫った槍の柄を、両腕で下からかち上げた。破格の威力を持つ槍も、破格以上の威力を持つ拳の前では敗北は必然。やりはあらぬ方向へと吹き飛んでしまうがまだ終わらない。

 上から強襲を仕掛けてきたバールが二槍を閃光と化した。

 それは、目で追うには困難な軌跡。落雷を再現したかのような一閃は、残像を引いていなほの顔面へと襲い掛かる。

 横から見れば辛うじて追える軌跡も、こと真正面ゆえに点でしか槍を捕捉できないいなほにとっては迎撃のし難い軌道だ。

 弾丸となった先ほどの槍も、速度が一定ゆえに捉えることが出来たが、バールの二槍はそうもいかない。微妙に軌道をずらしたその一撃は、安易な迎撃をすれば迎撃に出た手ごといなほの体を貫く。

 しかし、そんな困難を用意にこなすが故の早森いなほだ。アッパー気味に振りぬいた拳を、そのまま虚空でクロスさせる。十字受けの亜種的なそれは、顔面目掛けてきた槍の柄を打ち上げて、いなほの頭髪を数本奪うだけの被害に押さえ込んだ。


「くぅ!」


 柄に擦れた手首が熱を持つ。おそらく皮はおろかその内側の肉も、摩擦で火傷を負っただろう。

 だがそれでもいなほは防いだ。十字にした腕の間に槍を押さえ込むと、一気に脇腹まで引き摺り下ろす。空中では動きが取れないために、バールは引っ張られるまま地面に下ろされ、そこを狙う右足刀。狙いは脇腹、一撃の代わりに一撃を。バールのそれ以上に必殺の力の乗った蹴り足は、バールの脇腹に当たる直前、吹き飛んだはずの二槍が虚空で十字になって防ぎきった。

 魔力による見えない糸。サンタも使っていたそれの透明化されたものによって、飛ばした槍を即座に引き戻す即応性。しかしながら、防御に回した槍もろとも、いなほの足はバールの体を強かに打ちつけた。


「ご、が……!」


 バールが苦悶の声を上げながら吹き飛ぶ。冷たい床を二転三転したところで、体勢を整え、いなほの一撃で歪んでしまった槍を改めて足で掴んで構えなおした。

 いなほも腰を下ろし、右手を前に、左手は腰に、肩を敵に向けて構える。いつも通りの、いつもの必殺の構え。基本形のこの型こそが、いなほが最高の威力を拳に伝える最強の型だ。

 互いに、痛み分け。彼らを挟むようにして繰り広げられている戦いの喧騒すらも遠くに追いやって、互いしかいない空間に二人はいた。

 闘争の純粋なあり方だ。敵がいて、己がいて、それだけの神聖な空間。

 その空気の中、無心で振るう拳が訴えてくる喜びをいなほは感じていた。この場所が自分の居場所だと声を大にして叫びたかった。


「たぎる。悠久の間、ただこの瞬間を求めて俺はここで待っていたのかも知れぬ。夢半ば散ったあの日より、永遠に束縛されていくしかないといった達観と諦観のこの隙間」


 バールの槍は、まるで主の手と足と一体化しているかのように見えた。武器使いの極意として、己と体を一体とするという境地があるが、こうも自然にその領域に入っている者を、いなほはこれまで見たことがない。その点でいえば、バールという槍使いの武器との同化率とでもいうものは、ミフネをすら凌いでいた。

 死してなお、死ぬことすら許されない。その諦観はいなほ達にも関係ない話ではない。ここで死ねば、魔獣となるか隷属するかのいずれの道しかない。

 心情としては、バールはいっそいなほに殺されたいとすら思ってはいたが、しかしそれ以上に、この強敵と出会えたことにこそ感謝していた。であれば、ここで死して囚われたことすらもこの男と戦うための布石ならば許せるほどだ。

 そんな心の内を表すかのように、槍を虚空で何度も振り回す。そして再び構えなおしたときには、より精錬された殺気がその矛先に集中した。

 来る。喉元までせり上がって来た殺気を飲み干して、いなほは全ての気を両手両足にかき集めた。


「ゆえに遊びはない。超えていけよ、強き男」


「言われなくてもテメェくらいは障害にすらなってねぇんだよぉ!」


 轟、と床が踏み抜かれた。いなほが全力で蹴ったことによる振動が間合いの彼方にいるバールにまで響く。

 そのときにはいなほはバールの圏内に踏み込んでいた。一歩で間合いを零とする。挙動の初動を捉えさせぬそれは、された相手からすればまるで瞬間移動でもされたかのような心地だろう。

 だが、それにバールはあわせてくる。ピントが狂ったような錯覚を感じながら柄でいなほをなぎ払いにかかった。

 脇腹に来る柄を肘で受ける。骨が軋みをあげたが、痛みに歪む余裕もない。一撃を防いだところで、さらに足の槍が足払いを仕掛けてきた。流れ、円を描いて独楽のように回りながらリズミカルにバールの連撃がいなほへとたたみかかる。

 それらに対して、いなほは四肢の全てを使って対抗した。矛先は弾き、柄を打ち、受け切れない攻撃のみ回避に徹する。そして返しの一撃で間合いを詰めていく。

 重要なのは機先を制することが出来るかどうかだ。いや、危険を冒してまでせねば、対峙する相手から機先を奪うことは出来ないだろう。リスクを背負ってこそ、拾える勝利というものがある。

 なら、どう動くか。いなほとバールの脳裏では、互いがどう動くかについての予測が一気に浮かび上がっては潰されていく。その都度体勢や立ち位置を微妙にずらして、少しでも優位な場所を得ようとする。

 呼気を同調させていく。バールが戦闘予測を行う一方で、いなほはさらに呼気をあわせることで、その動きと体を合わせ、ついには己の流れに乗せるように微妙に呼気をずらしていく。

 相手の間合いを埋めるとは、そういうことだ。何も肉体的な距離を埋めるだけでなく、敵の指す手を埋めることも、間合いを制することへ繋がる。決定的ながらも小さな誤差がそこいはあった。いなほはこれまで、多様な強敵と戦い、バールはあるいは数十年、闘争から離れていたがためのブランクが、二人の差となって如実に現れていた。

 そして、ついに舞台は動く。激化する一方のサンタ、カッツァの戦いとは裏腹に、静かな立ち上がりで始まった二人の一歩は、即座に一転。紫電すら追い抜く速度まで加速して、激突を果たす。

 互いに叫ぶべきこともなかった。動きが激烈なのとは対照的に、その表情は冷たいものだ。体感時間を通常の世界とはずらして、二人の周りが遅滞する。唯一、勢いよく魔法陣を描くサンタの魔力だけはこの世界に追いすがっていたが、それを見やる余裕はどこにもなかった。

 そして、白炎が世界を埋め尽くす瞬間が、まさに火蓋が切られた瞬間とでもいうべきものだった。

 いなほの拳が先手を取る。間合い外より放たれた拳の先から拳圧が飛び、十字に交差させたバールの槍の中心にぶつかった。トロールですら一撃で貫く風の弾丸を、バールは槍をたわませることで衝撃を分散。ついには後ろに引くこともなく受けきると、右の槍をなぎ払い、左の槍を刺突にて、いなほの意識を割くように攻撃する。

 円軌道と点閃光。互いに異なりながら、狙いはいなほの殺害ただ一つ。

 いなほは左右で慣れぬ動きを前に、覚悟を決める。拳を開き、手のひらをバールに向けるようにした。

 まるで人の頭を撫でるように、両手のひらは円軌道を描いた。左右にそれぞれ一つずつ、円の軌跡を絡めとり、点の軌跡を後方へ弾ききる。

 回し受け。速度と力だけでは出来ぬ防御の奥義をもってして、必殺すらも完封する。


「ッ……!」


 それでも腕に走る痛みは完全には殺せない。いなほの持つ数少ない防御手段をしようさせるほど、バールの一撃一撃は必殺の威力。手数で攻めてきたミフネとは異なる、むしろいなほに似たタイプの戦闘方法だった。

 つまり、互いに一撃で致命傷となる。

 そのスリルにいなほとバールは、互いを見合って笑みを浮かべた。危険は承知、それでも勝つその気迫こそが最強の武器だとばかりに、漲る闘志は衰えない。


 さぁ、行け。


「うおおおおおおお!」


「かあああああああ!」


 槍と拳が乱舞する。一撃ごとに床と壁を砕く必殺が、二人の体を擦れるようにして吹き抜け、あるいはそらされる。

 死地を行く。地雷原の上でダンスをしているかのような無謀。銃を互いの額に突きつけて撃ち合うような狂気。

 死が踊る。死が笑う。血が飛び散り、肉が潰れる音が響く。

 拳と槍が交差した。いなほの肩の肉を僅かに道連れにする槍と、バールの肩の骨に僅かに皹を走らせる拳。

 互角。未だ再びの激突から数分程度しか経過していないというのに、随分長く互角の勝負をしていたような気がする。

 時間の概念すらここにはない。停止に近づく世界で、時間に何の意味があるだろうか。槍と蹴りが弾き合う。通じる振動に心地よさを感じつつ、二人はついに訪れた互いの隙を見出した。

 先に突かれることになるのはいなほだった。蹴り足を戻すまでの時間、そこを縫うようにして左足の槍が、いなほの脇腹目掛け放たれた。

 残光の突き。加速世界においても捕捉が困難なそれを、いなほは肘と膝でその穂先に噛み付いた。

 挟み受けは、そのまま絶大な威力となる。筋肉のアギトに食われた槍は、穂先はおろか衝撃で柄まで一気に破砕する。だが、己の体を砕かれたに等しいはずのバールは、それすらも布石として使った。

 いなほの脳裏に浮かぶのは、奇しくもオーガナイトとの激闘。あの時と同じく、バールは砕かれるのをわかっていたかのように槍から手を放して、右手の槍に両手を添えた。

 渾身の刺突に構え、そのミスに気づく。両手で掴まれた槍の殺気に反応してしまったいなほの裏をつき、バールは先ほどと同じく両足の槍をいなほ目掛けて投げ飛ばした。

 そこに反応が追いつかない。弾丸よりも質量も早さも全てが上回る二槍は、いなほの腹筋へと放たれ──直撃する。

 だが、バールは見た。腹筋に集まるオレンジ色の魔力。それによって内臓まで至らず、それどころか腹筋を浅く裂くだけで、貫くことなく床に落ちていく己の渾身を。

 部分覚醒筋肉、腹筋バージョン。瞬間の百パーセントにて、必殺をただの攻撃へと貶める。

 それでもいなほにかかるダメージは甚大だ。槍を受けきった腹筋は、その出力に耐え切れずに断裂。しかし、突き刺さるよりかは軽症だと納得し、ようやく手に入れた好機に全てを賭けた。

 槍をはさんだ右足が床を叩く。木っ端となった槍が虚空で止まっている世界。それでもいなほの震脚は、まだ来ぬ振動をバールの体に伝えた。

 だが、バールは怯まない。迷いなく、全てを賭けた紫電の一突き。大気を裂き、意を切り裂き、肉も骨も命も穿つその一撃。

 渾身全霊この一槍へ。一振りの槍となったバールの一撃は、いなほですら受けきれぬ雷光。

 しかしバールといなほでは込められた気迫が違う。雷光を上回るのは爆撃。落雷の光と音も、世界を消滅させる筋肉ミサイルの前では塵芥。

 雷光よりも早く、いなほの体を爆発物たるエネルギーが駆け抜ける。体内生成される力は核弾頭の如く。

 筋肉サーキットを走り抜ける。血流を追い越して拳というゴールへと向かう破滅の力。

 今ここで、いざここで。不屈を誓うこの拳で、雷光すらも壊して貫く!


「つぁ!」


 拳と矛先が激突する。そして、敗北の音は、本来素手など意に介さないはずの槍のほうからあがった。

 破裂する。肉を絶ち骨を絶つ刃は、拳の絶対の前には灯火よりも頼りない。渾身で振り抜いたいなほの必殺は、ついにバールの手から全ての武装を奪い去った。

 故に、勝敗は決する。左腕を振り抜いた勢いのまま、いなほはさらに左足を踏み込んだ。触れるような距離、吐息すら近いその域で、今、いなほは勝利の確信を持ってバールの顔を見上げて。目を見開く。


「かかったな」


 本来、この停止空間では言葉が届くということはない。だというのに、いなほはバールがそういったのを確かに聞いた。


「お前は今、俺に勝ったと思ったな?」


 ありえぬ会話は続く。バールは敗北濃厚なこの状況下でなお吼えた。お前は油断したと、勝利という栄光を前に、攻撃という最大の隙を晒したと。

 戦慄がいなほの体を走り抜ける。全ての動きが止まった。停止空間でなおもいつも通りに動いていた体すら停止するほど、さらに意識が加速した。

 完全に凍りついた世界で、意識だけはそれを見る。砕けたはずの二槍の残滓が、床に落ちるだけだった二槍が、いつの間にかバールが真横に伸ばした左腕と脇腹の間に集まっていくのを。

 ここに、切り札は開放される。

 四槍という布石、武器を砕かせるという布石、一撃に全てを込めたという布石。ありとあらゆる布石を持って、この必殺の機会にて、その究極が牙を剥く。

 現れたのは一抱えはあるほどの太い槍だった。四つの槍が束ねられたその質量以上の大きさ、脇で挟まなければ持てぬほどの太さと、玉座の間を埋めるほどの巨大な槍が一瞬よりもさらに早く生まれる。

 全長十メートル。空へと昇る金色の龍の文様が刻まれた、血をしみこませたような赤い柄の巨槍こそ、刀匠、キリエ・カゼハナが残した遺作の一。使い手と武器を一体とする武器の極点。

 名を、心身合刀『武空戦─ぶくうせん─』。

 劣化心鉄金剛へと至れずとも、それでも最強を誇る無敵の牙が、今その全てを開放していなほへと迫る。

 それこそがバールの本当の武器だったのか。いなほが拳を振るうよりも早く、神速の槍の柄、柱のごとき物が、いなほの体を強かに打った。


「ぐがぁ!?」


 世界が揺れる。体が軋む。木っ端のように吹き飛ばされる感覚は久しぶりだ。全身の骨が砕けたような錯覚。これはそう、トロールキングの鉄拳を思い出す。

 そしていなほは渾身の一撃を防ぐことも叶わずに吹き飛んだ。地面と平行して飛んだその体は、ダンジョンの壁にめり込んでようやく停止する。砕けぬ壁をすら、吹き飛ばした威力だけで砕くほどの一撃だ。直撃を受けたいなほの体に刻まれたダメージは甚大である。

 肋骨は幾つも折れ、右腕には関節が新たに生まれ、額はおろかあらゆる場所から血が噴出している。

 しかし、体はまだ動いた。心は折れていなかった。意識は繋がって、まだ行けると体は熱を帯びていた。

 あの時なら、受け切れなかった。あれがあったから、ぎりぎりで踏み止まれた。脳裏をよぎるこれまでの激闘の数々。強敵との戦いが、確実にいなほを強くしている。

 だから、これだけなら耐えられる。トドメの一撃をお見舞いするためにこちらに迫るバールの姿を見据え、いなほは体から最大出力の魔力を放出。

 あぁ、お前は言った。勝ったと思ったと確かに言った。

 だが、それこそこちらの台詞だ。

 全身が沸騰する。覚醒筋肉最大出力。百パーセントを引き出したこの肉体で、今こそ俺は、あの瞬間の俺すら越えてみせる!


「うおおおおおおおおおおああああああああああああ!!!!」


 背筋だけで体を起こす。全身をオレンジ色の魔力に包まれたいなほが、バールの予測を遥かに上回る速度で今、渾身の左拳を強く強く作りこんで──


「ぐぅ!?」


 瞬間、突撃してきたはずのバールの体が、武器が、その周りに展開された百にも及ぶ魔法陣から伸びた樹木の束縛で捕らえられた。

 その展開に血だらけのいなほの体が止まる。何が起きているのかと理解するよりも早く、僅かに離れた場所から、いなほの魔力すら飲み込むほどの激流の魔力が玉座の間の全てを包み込んだ。


「『この時にこそ至れ。破壊の鉄槌。金剛の一撃。神罰の一撃を虚空より、安易たる彼らの咎をひたすらに凍り焼く』」


 天と地に、バールを中心として巨大な魔法陣が敷かれた。それは詠唱と共に何度も姿を変えて、あらゆる破滅の文字を持ち、何もかもの抗いすら一笑に伏す破滅の音色を作り上げていく。


「『大いなる者よ。大いなる英知よ。満たせ、溢れさせ、力を与えよ。罪人の額を焼け、罪人に印を記せ。咎を許さぬ断罪の光よ。破滅の牙を持って、今こそ柱となり、彼のものを凍り尽くせ』!」


 それを詠唱するのは、最高の魔力を誇る少女、サンタ・ラーコンだった。

 咄嗟のことだった。いなほが吹き飛ばされていくのを見て、その先で瓦礫に沈む姿を見たときには体が動いていた。

 殺させない。絶対にそんなことはさせない。その隣に立つんだと、その隣で君を守ってみせるから。

 それに、仲間だから。君一人だけには戦わせない。一緒にいるんだって、君は一人じゃないから、私が、私達が一緒に戦っていくから。


 だから、君をこれ以上傷つけさせない。


「『神罰氷槍』!」


 サンタは詠唱と共に、杖に込められていた切り札を開放する。先端の宝石が虹色に光り輝き、サンタの手を離れると巨大な魔法陣の中に吸い込まれていった。

 そして、バールの頭上からそれが威容を現す。バールの愛槍の姿すら霞むほどの光の結晶。無限に冷気を吐き出し続ける、常識を超えた凝縮されし冷気の神罰。

 それは、光を模した槍だった。緑色に光り輝く、あらゆるものを凍りつかせる魔性の氷だった。

 その結晶が鎌首を上げる。今こそ知れ、その刃こそ人が届く奇跡の一つ。黒点背徳と呼ばれる、意志を貶める禁断ではなく、人の意志を元に選ばれた者のみに許された。


 破滅の願望。


「『三度凍える─フィンブルヴェッド─』」


 視界が揺らぐ。少女がぶれる。そんなことなど気にも留めず、知りもせず、その神罰を開放する。

 ここに、少女の決意に引き寄せられ、人の願いを束ねて作られし、破滅の鉄槌が振り下ろされた。


「『未知の黄昏─ラグナロック─』!」


 三つの究極が一つ。破滅を意味する願望兵装『終焉に轟く不変の黄昏─ラグナロック─』を模した偽物。

 劣化心鉄金剛と同じく、オリジナルを限りなく再現するために作られたその一振りは、抗うことの意味なきを悟ったバールの満足そうな表情を、その凍てつく氷で貫き、永遠氷結の果てに追いやった。

 緑色の氷が玉座を包む。吐く息は白く、一気に冷え切った世界で、切り札を開放したサンタは、これまでの疲労が積み重なって、我慢できずにその場に倒れ伏した。


「不思議ちゃん!」


 カッツァが叫び、バンと共に倒れたサンタの元へと行く。疲弊した体を押して、どうにかサンタを抱き上げたカッツァは、その顔がこの寒さの中でとてつもない熱を帯びているのに気づいた。


「ハァ……! ハァ……!」


「呼吸が荒い……魔力枯渇状態だぞこれは……! バン! ありたっけの札を不思議ちゃんに貼り付けて魔力を通せ!」


「お、おう!」


 カッツァは自身に貼られていた分もサンタの体に貼り付けて魔力を与える。

 底などないように見えたサンタの魔力を根こそぎもっていく魔法、いや、武器。カッツァは魔力を与えながら、部屋のほとんどを凍りつかせたた緑色の氷柱を見上げる。

 氷に亀裂が走る。まるで、役目は終わったとばかりに音をたてて、その中で凍りつかせていたものごと、その全てを破砕して消滅した。

 残ったのはサンタが使っていた宝石をあしらった杖だ。それだけが冷気の残った部屋で、唯一無事に残っていた。

 その全てを、いなほは唖然と見つめ、そして、堪えるように歯をかみ締めた。


「う……あ……」


 サンタの意識が何とか戻ってくる。どうやら、魔力を根こそぎ奪われたことによる危険な状態からは脱したようだ。その様子に安堵したカッツァは、誰かを探すように虚空に手を伸ばすサンタの手を見た。


「色男君。呼んでるよ」


 どうせなら、手助けのことも感謝するといい。そう茶化しつつ、カッツァは静かに近づいてきたいなほの顔を見上げて、違和感を覚えた。

 いなほの表情は、こみ上げる何かを堪えているように引きつっていた。痛みにうめいているのかとも思ったが、そうではないだろう。痛みを訴えるほど、いなほという男が弱くないことは知っている。

 では、一体どうしたというのか。疑問符を浮かべるカッツァを他所に、いなほは、拳を強く握りこんで『怒りをあらわにした』。


「い、なほ……?」


 サンタは、朦朧とした意識でいなほの顔を見上げた。その辛そうに歪んだ顔を見て、何でそんな顔をしているのかと不思議な気持ちになる。

 誰もがいなほの苛立ちに気づいていなかった。だがいなほは、いなほにとっては──


「何で、俺とあいつの邪魔をした」


 震える声で、何とか怒りを自制しながら、それでも漏れ出す怒りは止められない。

 何故、割り込んだ。あれは闘争だった。いなほとバール、たった二人だけの純粋な戦いだった。そこに余人が入る隙間などなく、ただただ強さを競う聖地だったのだ。


「余計なことしやがって……! いつ、誰が! 俺を助けろって言ったんだよ!」


 我慢しようとした怒りは、我慢できずに吐き出されていた。まだやれた。あそこからだったのだ。限界を超えて、あの奇跡的な場所に指が届きそうだったのだ。

 だというのに、そこに水を差された。最高の刹那に唾を吐き捨てられて踏みにじられたようだった。


「……わたし、わたし、ね?」


「もういい、黙れ、しゃべるな」


「いなほ、わたし、きみが……きみの」


「黙れよ……!」


 サンタがいなほに手を伸ばすが、いなほはその手に背中を向けた。

 伸ばした手は、届くことなく虚空を掴む。修復できない溝があった。いや、それは最初からそこにあったのだ。いなほとサンタ達の間にある溝が、ようやく表面化しただけの話で、それ以上の意味はない。

 早森いなほにとっての仲間は、背中を預けるものであって、決して前を託すものではない。雑魚相手なら委ねもしよう。複数が相手なら共に戦うこともいいだろう。

 だが、真っ向から、一対一で行う本気の戦いには誰も入れない。入れさせない。そこは俺だけの聖地で、お前らは不要だ。

 そんな歪な考えを、ついぞここに至るまでサンタ達は理解できなかった。仲間だから助け合って、支えあう。背中を預けるとは、命を預けることであり、命を賭けた戦いで、仲間の窮地を助けない仲間なんて居ない。

 だから、サンタは動いたのだ。自分もぼろぼろだというのに、痛む体を限界まで行使して、もしかしたらそのまま死ぬかもしれなかったいなほの命を救った。

 信頼はする。命を預けあうのだからそれは当然だ。だが、全てを頼るのは信頼とは言わない。

 それがいなほには気に入らなかった。自分が勝つ可能性を疑われた。そのことがたまらなく嫌で、結果として助けられた自分も嫌で、何より、自分を信じてくれなかったサンタに対してショックを感じていた。


「俺は勝つ。それを奪って……テメェは……!」


 はっきり言って、いなほの言い分は幼稚なそれでしかない。だが、これまでその幼稚な言い分をいなほは信じて貫いてきた。

 認識の違いがそこにあった。その溝は決定的で、だからいなほは疲弊したサンタを断ずるという、最低極まりない行為に走り。


「ごめんね……ごめんね、いなほ」


 その言葉を聴いた瞬間、いなほは自分の中で何かが崩れる音を聞いた。


「ッッッ……クソッ!」


 背を向けて歩き出す。周りの制止も聞き入れずに、いなほは一人でダンジョンを後にするのだった。






次回、仲間。人は、間違えてから成長する。

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