第三十四話【火蜥蜴vs鬼騎士】
「シャァ!」
鮫のように鋭利な口を開いて、四槍の繰り手が迫る。足の指で槍を挟んでいるとは思えぬ速度で襲い掛かるバールが、まずは一手。右足の槍を勢いよく突き出した。
それを右の拳で受け流す。その余波だけで風圧に晒されたバンが入り口まで吹き飛び、サンタとカッツァもいなほを中心に左右へと飛ばされた。
分断された。その事実にカッツァが舌打ちして、いなほを援護しようと動く。だがそうはさせぬと目の前にはオーガナイトが立ちふさがった。
「ちっ。早くケリつけてくれよ?」
どうやら、助けに行くではなく、助けを待つ、が正しいらしい。D-ランクという、異次元レベルの格上へと、E-ランクのカッツァは戦うことを選ばされた。
そしてそれはサンタも同じだ。援護に行こうとして、立ちふさがるオーガナイト。
サンタの顔が怒りに染まった。その後ろではいなほが戦いを始めている。遠いのだ。ここは、あの隣からははるかに遠すぎる。
隣にいなくちゃ、駄目なんだ!
「邪魔!」
サンタが魔方陣を展開すると同時、オーガナイトが突撃する。そしてサンタもまた、苦手である近距離戦闘を強いられることとなった。
見事に分離させられたことで、戦況は五分五分より僅かに悪くなる。問題なのはカッツァだ。ランク差はちょうど一つ分、本来ならカッツァレベルの実力者が、最低でも後一人はいなければ、拮抗にすら持ち込めない差だ。
そんな敗北濃厚な中、カッツァは善戦をしていると言えた。オーガナイトの二刀による猛攻を、炎とガントレットによって、防ぎつつ、時折火球を放ってさえいる。
ありえぬ拮抗をもたらしている要因は、ここまでの経験だ。ここに至るまで、カッツァはオーガナイトとの戦いを十分に行っている。サンタとの連携込みではあったが、オーガナイトと戦ったという経験は、確実にこの戦いに良い影響を与えていた。
「■■■■ッッ!」
だがそれでも、不利なことには変わらない。剣士としての技量も高いオーガナイトの剣は、一刀ごとにカッツァの精神をすり減らし、途中ではさむ火球は、その体を包む鎧に阻まれ、決定打どころか、ダメージすら与えていない。
今は回避できているが、戦士としての技量も十分にあるオーガは、少しずつだが、カッツァとの間にあるズレのようなものを修正していた。
剣風が視界を揺らす。一撃で絶命を可能とするオーガの牙が、防御に回した炎を削って、カッツァを脅かした。
「ッ……!」
軽口を言う余裕なんて、当然ない。加速を続ける脳髄、一秒後、二秒後、三秒後、無数に繰り出される全ての殺意に、炎と拳を突き合わせて四秒後を手繰り寄せる。
火花散らす。退避したほうが敗北といわんばかりに、カッツァとオーガナイトはその場に踏みとどまって炎拳と剣をぶつけた。
近接での分は、悪い。二刀の有利、防御と攻撃を同時に行える利点を、オーガナイトは存分に生かしていた。右が攻撃、左が防御、基本はそうしながらも、両方の剣を攻撃に、あるいは防御に、そして左右の役割を逆転させて、決して癖を読ませはしない。
そこにあわせるのは、魔拳に込めた術式と言語魔法で作られた質量ある火球だ。拳にまとわせた炎とは別に、カッツァの周囲を不規則に飛び回るそれらは、剣の射線に入り込み、隙を突きオーガの鎧を打ち据える。
だがあくまで牽制、あくまえ防御。決定打足りえる両手の炎は、未だ二刀の熾烈と鉄壁を抜けられない。体力は刻々と失われ、持久戦となれば、そもそもの身体能力に差があるオーガとカッツァでは、どちらに天秤が傾くか容易に想像できる。
しかし、カッツァの目に諦めはない。頬を斬られた。大腿を裂かれた。鎧はとっくに吹き飛んでいる。
だけど、生きている。かつてないほどの集中力を発揮し始めたカッツァの意志に呼応して、サラマンダーが発生する炎も苛烈していく。
炎が暴れ、風が轟く。
高位ランク。いなほやサンタとは違う、本物の冒険者の堅実は、生存という一点では、いなほ達を上回っていた。経験を引きずり出す。技量を吐き出す。本能を閉じて、理性で繰り出す。
炎は静まらない。それどころか、その拳どころか、カッツァの両肩まで、炎はまとわりつき、火球は一回り以上膨らむ。炎熱の繰り手たる本領。
炎は、広がるのだ。
「■■■■ッッ!」
オーガナイトはそれでも揺ぎ無い。魔力を開放して、さらに強化を増して怒涛する。
たかが風圧とはいえ、それが武器となるなら、それは最早風の使い手といってもいいだろう。それを踏まえて攻め手を考えて動くオーガを、カッツァは戦士として賞賛した。
だからといって、この風圧が厄介なことには変わりない。賞賛と共に悪態をつきながら、冷静に攻略法を考える。
攻防自在の二刀と、圧倒的膂力から発生する風圧。拳と剣という間合いの差もそこに加わって、カッツァは攻撃範囲から数歩も遠い場所で戦わざるを得なくなっていた。
だがそれは同時に、オーガナイトもこちらに踏み込めないという事実であった。剣の圏内ぎりぎりで戦うのは、カッツァの拳の威力を警戒しているからに他ならない。
そのために生まれた、互いに踏み止まらざるを得ない状況。しかし、オーガナイトはこのまま攻勢を続ければ勝利を得られるのに対して、徐々に追い込まれていくカッツァには時間がなかった。
一瞬の判断で首を後ろに引っ込める。直後に、先ほどまで首が合った場所を切り裂く剣、そして暴風は顔をあおり、体が飛ばされそうになった。
重心を下にしてこらえるが、その間にもオーガナイトは剣を振るう。
横なぎの一撃を、咄嗟にかき集めた炎をクッションにして受けきった。吹き飛びそうな体を押さえつけるが、それでも床を擦って押されていく体。さらに、体中を走り抜ける衝撃。体が砕けたのではないかという震えに、カッツァの意識が僅かの間闇に落ちた。
「■■■■ッッ!」
その好機を、戦鬼は見逃さない。咆哮をあげて地を蹴ったオーガは、辛うじて一撃を抑えたものの、その行動を停止させたカッツァをへ、その体を挟み込むように左右から剣を振るった。
「ってんなよ……」
だが、オーガの必殺は、剣に絡みついた炎の尾によって止められた。爆発音が何度も響く。カッツァの臀部から伸びた三つ又の尾の二本は、必殺すらも押し殺す。
火蜥蜴の衣が発動する。髪を逆立てて、瞳を金色に変貌させたカッツァは、怒りの形相でオーガナイトを睨んだ。
「うぅぅるあぁぁぁ!」
尾が絡めとった剣に両手を添える。そして雄たけびをあげながら、その剣を床に叩きつけた。
オーガの体が沈む。剣を手放さなかったことで、その腕ごと床にひきつけられたためだ。
「カカッ!」
獣のように笑いながら、カッツァはオーガナイトへと飛び掛る。肌を焦がす殺気、覆った攻勢。オーガがその膂力で尾の拘束を引きちぎったときには、カッツァは己の射程へとオーガを捕らえていた。
腰溜めにされた右腕が、肩から連続して爆発する。比喩でもなく、全身を包んだ炎は爆発して、カッツァの腕を一気に加速させた。
いなほとは違う、魔法を使った拳戟は行く。肩と肘の部分の炎が、エンジン代わりとなってエネルギーを炸裂。威力を練り上げるという技量はなくとも、魔法という奇跡は、カッツァの拳をミサイルへと変貌させた。
射出された弾頭は、オーガの腹部に着弾すると、その鎧を一気にへこませた。浮かび上がるその体、しかし未だに勝利へとは遠く、虚空へ舞い上がったオーガは、追撃がくるよりも早く、右手の剣でカッツァの体をなぎ払った。
「ッ!?」
尾の攻勢防御すら突き抜けて、無防備なその脇腹へと炸裂。カッツァは体の内部で発生した熱量と激痛に苦悶の表情を浮かべながら、なす術なく吹き飛ばされた。
カッツァは背中の炎を爆発させて姿勢を制御。激痛に顔をしかめながらも着地すると、共に着地したオーガ目掛けて突撃した。
足の裏が爆発する。熱量を速度へと変換して、鋭角に軌道を変えながら間合いを詰めた。
「このクソったれがぁ!」
「■■■■ッッ!」
剣と炎が再び激突する。先ほどより重さを増したカッツァの拳に、オーガナイトの体が僅かに揺らぐ。
その隙を逃さずに、カッツァは三つ又をオーガ目掛けて伸ばした。蛇のようにのた打ち回りながらオーガの喉元へと殺到する炎の尾。
しかしそれらは二刀の巧みで切り払われる。だが首を切られ散った炎はその程度では止まらない。斬られた尾が虚空で球体に変貌すると、オーガの顔面に殺到した。
直撃。しかし尾の切れ滓程度で倒せる相手ではないのは承知。猛る思考でも、あくまで戦闘は冷徹に。一時的に視界を奪い去ったことで、さらにもう一歩間合いを詰める。
つまり、拳の射程圏内。煙幕を振り払って、無傷の顔面を露にしたオーガが、いつの間にか懐にもぐりこんできたカッツァを見て目を見開いたように見えた。
「シャァッ!」
鋭く気勢し拳を叩き込む。炎熱を存分にまとった拳は、最早薄い鎧では防げぬほどの火力。白色の炎を従えたカッツァの一撃の脅威を敏感に感じ取ったオーガは、己が最も信を置くその二刀の刀身で拳をいなす。
それでも肌をなぶる熱量に顔をしかめた。火炎の使い手は見逃さない。燃え上がる炎のように荒々しくも、敵対者の僅かな逡巡も逃さない。
いなされた勢いをそのままに、腕の炎を足へと流す。後ろ足を体ごと回転させながら、鎌のように下から振りぬく。異能を殺す白炎は、カッツァの意志を受けて細く、鋭利な刃物を模した。足先より伸びた炎が、オーガの不意を三度突く。
白が振りぬかれた。空間も燃やしきったのは、後ろ回し掬い上げ蹴りとでも言うべき変則技。蹴りぬくではなく、蹴り斬るを目的とした一閃は、オーガナイトの皮一枚を裂く結果で終わる。
それでも身にまとった鎧は無事ではすまなかった。袈裟に燃やし着られた鎧は最早意味を成さない。一撃の直前、咄嗟に後ろに下がって直撃を免れたオーガは、鎧を手で掴むと、引きちぎるように脱ぎ捨てた。
胸には、下腹部から肩まで刻まれた、生々しい焼印が痛みを訴えている。皮一枚。それでも異能殺しの白炎は、D-の肉体にすら傷を残す。
「まずぁ一本、ってなぁ」
歪んだ笑みを浮かべて、炎で象った手で手招きした。
かかって来いと。お前なんて怖くねぇと笑うカッツァに、オーガナイトのプライドが刺激される。
ならば、望むままに赴いてやる。むき出しの肉体が盛り上がった。怒りの形相でカッツァを睨む。大気を震わす圧倒的プレッシャー、その威容に怯むでもなく、獣のままにカッツァは行く。
激闘が始まった。
炎が乱舞し、剣が走る。獣人の本能を全開にして、魔拳の能力も全て開放したカッツァは、D-という高位ランク相手にも遅れをとらない。
炎熱は大地を焦がす。風圧が炎熱を吹き飛ばす。まるで互いの陣地を奪い取っているかのようであった。
反射神経の向こう側の世界へと入り込む。魔力を使うことで、意識で直接肉体を操る。脊髄を往復する伝達方式はこの戦いでは遅すぎる。魔力を持って、脳の指令を零秒で体へと伝える。科学では説明できない法則の向こう側へと旅立つ。
より早く。
より強く。
その域に入らなければ、この先へはいけない。
だから行け。ぶつかり合う度に激痛の走る体を押して、カッツァは行く。
「らぁぁぁぁ!」
カッツァの渾身が、オーガナイトの渾身とぶつかった。発生する衝撃波。体を芯から震わせるその一撃が、ついにカッツァを虚空へと吹き飛ばした。
だが、それこそカッツァの狙い。このまま戦えば、単純な身体能力で押しつぶされると予感したカッツァは、空へと飛ぶと、ようやく手に入れた間合いを存分に使って、両手を頭上に掲げ、全ての炎を纏め上げた。
「『収束』!」
小規模の太陽が発生する。カッツァの頭上に浮かぶのは、白色に燃える巨大な炎。異能殺しの白炎は、オーガナイトの体躯ほどの規模で作られた。
対するオーガは膝をかがめて力を収束させた。二刀を一つに束ねて、それを両手でがっちりと包み込む。剣の切れ味ではなく、単純な質量として剣を使う。異能殺しを抜くための最善手。威力で押し切る。
上等、とカッツァは炎に照らされた顔を喜悦させた。両腕を振りかぶる。体中の魔力をありったけ注いだ一撃は、まさしく全身全霊。カッツァが放てる最大をもってして、脅威の鬼を燃やし尽くす。
「お礼代わりに……」
「■■■■ッッ!」
「特大の飴ちゃんをくれてやらぁぁぁぁ!」
白き炎が、カッツァの激情を乗せて、オーガナイトへ落ちていく。それを真っ向から迎え撃つオーガナイトは、ひるむことなく全力の一撃を叩き込んだ。
炎と剣がぶつかった衝撃が玉座を揺らす。部屋を彩っていた数多の調度品が吹き飛び、崩れていった。それでもその中心にある炎と剣は拮抗する。カッツァは、今にも枯渇しそうな魔力を振り絞って炎を維持し、オーガは刻一刻と炎上していく体を無視して剣と両足に力を込める。
意地と意地が激突する。燃やし尽くす炎と、切り裂き続ける剣。その接点で白熱し続ける魔力と膂力。
負けはしない。燃やしきる。カッツァは朦朧としてきた意識を無理矢理たたき起こして、サラマンダーに更なる魔力を注いで、拳から炎を吹き出した。
限界など、超えてみせる。ここが正念場だ。カッツァは白炎へ一気呵成と落ちていった。
「うおおおおおおおお!」
自身が生み出した炎の中を突き抜けていく。白に包まれた世界。その只中で目指すのは勝利のみ。
突き抜ける。突如炎から飛び出してきたカッツァに驚く暇もなく、オーガナイトは振りかぶられた拳を眺めるしか出来ない。
「とったぁぁぁぁ!」
カッツァは歓喜しながら右拳を振り上げた。ちっぽけだが、それでもありったけの魔力を注ぎ込んだ炎を、その顔面へと炸裂させる。
拮抗が崩れる。踏ん張りを失ったオーガは白炎を支えることが出来ず、剣は炎に押し切られた。
世界が炎に染まる。
そして、カッツァとオーガナイトは、白炎の中に飲み込まれていくのであった。
次回、加速世界の魔法少女。
例のアレ
魔拳サラマンダー
Dランク魔法具。素直ヒートな性格で、カッツァに超デレてる。
サラマンダー「カッツァァァァァァ! 好きだぁぁぁぁぁぁぁ!」
カッツァ「やめてくださいもえてしまいます」