第三十二話【飲み会(おんなのこ)】
結局のところ、いい迷惑なのだろう。
ここ暫くの自分の行動を省みて、サンタは盛大にため息を吐き出した。
「あらら、ため息なんて珍しいわねサンタちゃん」
そんなサンタの隣に座ったのは、客が落ち着いて少し手が空いたコリンだ。だがそんなコリンの気遣いに対しても、サンタは上の空である。
重症だなぁ。とコリンは苦笑した。こういうときは手っ取り早くするのがいい、さばさばとするのが信条であるコリンだ。
「いなほさんのことでしょう」
「ひゃ!?」
あからさまに動揺するサンタの姿が可愛らしくて、ついつい悪戯したくなるが、そこをぐっと堪えて「どうせならお姉さんに相談しなさい」と言った。
だがサンタは何かを迷うようにちらちらとコリンの顔をうかがった。その視線に
コリンは思い当たる節があって、あぁ、と頷いた。
「もしかして私がいなほさんに積極的だから心配なの?」
「あ、その……」
「安心しなさいな。そりゃいなほさんみたいな人はタイプだし、一度くらい抱いてくれないかなーとかは思うけど、あの人は私になんて興味ないわよ」
いいとこサービスのいい店員ねー。と気軽に言うコリンの言葉には悲壮感などまるでない。
そのことがサンタには不思議だったが、さらにコリンは続ける。
「こういう家業だとね。結構その場限りの関係って多いのよ。特にこの街はね。いいなぁとか思った人はその次の日にぽっくりくたばってたり、成り上がってそのまま出て行ったり。荒くれ者ばかりいるせいかな。そんな場所で育っちゃったから、刹那的なの、私」
死が日常として蔓延している。そんな場所で、積み重ねを経た長々とした恋愛なんて出来ないし、入れ込んでしまっては別れ、つまり相手が死んだときの痛みが辛い。
なら、表面上だけの付き合いが一番いいのだ。その中でいいなーと思ったら粉かけておく。平和な場所ならば汚らわしいといわれるような思考だが、シェリダンなんてそもそも穢れているわけで、そこに住む女が綺麗な保証はどこにもない。
「でもまぁ、いなほさんにはちょっと本気だったかなぁ。本当に強いし、貴族とかにも負けないくらいな人が旦那さんなら嬉しいとかは思ってるけど……でも駄目ね。私じゃいなほさんには釣り合わないわ。軽い感じは嫌いじゃなさそうだけど、興味ないって感じだからさ」
「じゃあ、コリンはいなほを諦めるの?」
それこそまさかだ。コリンは軽く噴出すと、首を横に振った。
「諦めるとかじゃないけど……うーん、これはちょっと説明しにくいかな? いやらしい話だけどねサンタちゃん。恋愛っていうのは、本気の好き同士が出来るって珍しいことで、普通はそこそこ好き同士がするものだったりするのよ。本気で相手のことだけを思うカップルなんてほとんどいないわ。付き合っている最中は、恋っていう熱が二人を繋いで、そのまま結婚して冷めた恋の代わりに、子どもへの愛が二人を繋ぐ。好きはいつまでも続かないってね」
「そういうの、嫌だな」
「あはは、サンタちゃんはお子ちゃまねぇ」
だけど、夢見る乙女であることは、素晴らしいことだ。コリンは妹にするように、サンタの頭を優しく撫でた。
「でも、本気で好きな人が見つかったのなら、それって素晴らしいことよ。でも、焦っちゃ駄目、本当にその人が好きなのかどうか、恋に恋してるだけじゃないのか。しっかり考えて、大切なのはそれからよ」
「むっ、コリン。自分のこととは逆のこと言ってる」
「私はいいの。尽くせるって思える相手がいないだけで、でも世界中のほとんどの人はそういう風な大人になっていくのよ。ただ、現実に妥協しただけで、王子様が来るのを一応期待してるだけ」
「王子様、かぁ」
「そうそう、よくあることよ。まぁ、いなほさんはどっちかというとお姫様を攫う魔王って感じだけど」
「うん……って、何でいなほの話になるの!?」
「あれ? だっていなほさんのこと……」
「わー! わー!」
大声を上げてその先の台詞をさえぎるサンタ。
本当に、ここには似つかわしくないくらい不思議な少女だ。コリンはそんなサンタをからかいながら、そんなことを思う。
「それで?」
「え?」
「え? じゃないわよ。どうするの? いなほさんにアタックして失敗した?」
コリンの言葉にサンタは沈黙した。それはつまり肯定と同じだ。そっとサンタの肩を抱いたコリンは、慰めるように体を寄せた。
「それでまだ未練たらしくしちゃってるって感じ?」
「……うん。私、最低だ。いなほ、付き合ってる人いるのに……」
それが罪悪感となって、せめて隣に立たなければという焦燥感を煽る。だがその隣に立つべき人間を差し置く行為が罪悪感を生み、後は延々とループだ。
「そんなの、気にしなければいいのよ」
だからコリンは、そう強く断言した。
「付き合ってるのなんだのなんてね。何とかなるものよ。どうせ男なんてちょっと抱かせたらころっとなびくもんだし……問題はいなほさんがそこらへん妙にガード固いというか、あれ、性欲じゃなくて戦闘欲が代わりにありそうだしなぁ」
「いなほは、強い人と戦うのが好きだからね」
「ともかく!」
コリンは立ち上がって握り拳を作った。
「どうせ今はそいつがいないんだからチャンスよ! しっかりとアピールして頑張りなさい! こういうのはね、迷ったら負け! 攻めるしかないの!」
強引な論理である。というか、めちゃくちゃだ。先ほどまでの恋愛観を語っていたときの大人雰囲気とは違って、子どものような意見に驚きつつ、確かに迷うのはよくないな、とサンタは思った。
そう、今、傍にいるのは自分なんだ。通じればいいなんて高望みはしない。その傍の少しでも近くに寄れるように頑張ればいだけなんだと、そう単純に思うくらいには、コリンの言葉はサンタの心に響いたのだった。
次回、頂上へ。