第三十一話【飲み会(男)】
その日の夜。いなほはカッツァに連れられて、センスではなく別の店で二人だけで酒を飲み交わしていた。
静かな雰囲気に合わせてか、カッツァも普段とは違って饒舌ではなく、酒を味わって呑んでいた。そんなカッツァの様子をいぶかしむいなほの酒は進まない。
「ん? あぁ、お金なら俺が持つから気にしなくていいよ。遠慮するなって」
「……そういうのじゃねぇよ」
いなほは残っていた分を一気に飲み干した。
「それで? 一体何の用だってんだよ」
「別に、色男君と一緒に飲みたいと思ってねぇ」
「はぐらかすなよ」
「じゃあ聞くけど、不思議ちゃんと何かあった?」
単刀直入な言い方だが、下手に遠まわしに聞かれるよりもいなほ好みだ。
なんでもない。と答えようとして、いなほは以前のやり取りを思い出して、カッツァに全部ぶつけることにした。
「あいつ、俺の隣に立ちたいんだってよ」
「……わぉ」
もうそれ、確定じゃん。カッツァはサンタがそこまで積極的なことに驚いたが、だとしたらあの態度は何なのかと首をかしげる。
「で、どう答えたんだい?」
「そりゃ無理だって言った。俺の隣はもう決まってるからな」
「わー……」
本当に振りやがったよこいつ。流石色男君、しかももう意中の子がいたんだ。感心するカッツァだったが、次のいなほの言葉に耳を疑うことになる。
「ったく、俺なんかになろうとするなんて、サンタもアホだぜ」
「へ?」
「だからあいつ、俺のやり口みてぇなことやりてぇらしいんだよ。くだらねぇ、俺のやり方は俺だけのもんで、あいつにはあいつのやり方があるはずだろ?」
「あ、うん。ってそうじゃなくて……! え? ちょ、それ本気で言ってるの?」
「ん? あぁ、だってよ、俺の隣にいてぇってことは、そういうことだろ?」
カッツァはあまりにも的外れないなほの発言に言葉を失った。確かに、確かに直接的に告白をしたわけではないから、何かしら勘違いしているのも無理はないだろう。
だからって、え? 隣にいたいって言葉が自分になりたいという意味になるって。
「お前、バカじゃね?」
「……そんくれぇ自覚はしてるっての」
素で突っ込みを入れるカッツァの言葉に甘んじるいなほであった。
「い、いや、そうじゃなくてさ……! 君、あれだぜ? 普通、隣にいたいって異性の女の子が言ってきたらさ、な? わかるだろ?」
「あ? なんだよ」
「本気だよ。こいつ、色男かと思ったらとんだチェリーだったよ」
本気で意味がわからないといった様子のいなほの肩をカッツァは慰めるようにそっと叩いた。
「もうあれだね。救いがない」
「ひでぇなオイ」
いなほにとっては失礼な話だが、カッツァが言うことなので特に怒ったりはしない。
一方、カッツァはどうするべきか悩んだ。その前に、一つだけ確認しないといけないことがある。
「それで、色男君の隣を射止めた子ってのはどんな子だい?」
「エリスってんだ」
「へぇ、きっと色男君に似て強いんだろうね」
「そうでもねぇ。だけどよ、心は強い」
「そりゃ、君が認めるくらいってことは、すごいんだろうな」
「おう、自慢の妹だ」
カッツァは盛大に酒を噴出した。
「ちょ! え? 君、自分の妹に手ぇ出したわけ!?」
「あ? 何言ってんだ?」
「だ、だって妹だって」
「義理だけどな」
カッツァは続いて両手で頭を抱えて天を仰いだ。
「義理って……すげぇ、なんというレアケース……しかし色男君、幾ら義理とはいえ、妹が恋人っていうのは」
「は? 何で恋人の話になんだよ」
「え? だってエリスって君が隣にいることを認める、ただ一人の子でしょ?」
「あぁ。って、あー……テメェも勘違いしてんのか。エリスと俺にそれはありえねぇよ。あいつと俺は根っこが一緒なんだ。だから同じ目で、同じ場所を見れる。最低で、最高の相棒だ。それ以上でも以下でもねぇ」
そう言ってから自分とエリスのことについて、いなほはゆっくりと語りだした。その話を聞くに連れて、カッツァはあの微妙な空気の原因に行き着く。
間違いない。こいつら、二人して勘違いしてやがる。ならば、ほとんど憂いはない。問題なのは、いなほ自身のことだ。
「ところでさ」
カッツァは、つまらなげにエリスのことを話すいなほの言葉をさえぎった。
「色男君は、不思議ちゃんのことどう思ってるの?」
その問いに、いなほはどう答えたらいいのかわからずに、言葉を詰まらせ、悩ましげに眉間を寄せた。
「わかんねぇんだ。嫌いってわけじゃねぇよ。気に入ってはいる。でもよ、あいつ、今変だからな。なんとかしてやりてぇけど……あいつのことがわからねぇんだ。わかれば楽だってのに、なんつーか、空回りしてる感じで……気になって気になって仕方ねぇ」
「それで、わからないとか……」
カッツァは、子どもよりも愚鈍ないなほの脳みそに呆れるしかなかった。
相手のことが気になって気になって、どうすればいいのか試行錯誤する。そんなことをするということは、もう答えが決まっているようなものではないか。
「アホくせ」
カッツァは考えるのを止めた。何でこの歳になって、ストロベリってる話を聞かなきゃならないんだか。
こうなれば自棄酒である。ついぞ学院生活時代、まるで色恋沙汰とは無縁であったカッツァの魂の咆哮が静かな店内に響き渡り、回りでその話を聞いていた男達の哀愁を呼び起こすのであった。
次回も飲み飲み