第三十話【悩める男女】
血色の棺桶の攻略は進む。サンタの魔法によって開いた穴によってショートカットが出来たこともあり、ダンジョンが自動修復される前に急いで攻略しようとしたのもいい感じに働いたのもあった。
結果として二十階までを数日で攻略し、ボスであるオーガナイト二体を撃破すると、その一週間後、再びそのときの戦闘で開いた穴でショートカットをすることで、二十五階にいたオーガナイト二体とオークキング二体までのを倒して攻略を完了していた。
だというのに、ご機嫌な雰囲気はそこにはない。どうにも以前より張り詰めたような空気をカッツァとバンは感じていた。
「何かあったのかよカッツァ」
「それ、俺が聞きたいくらいだって」
後ろの二人に聞こえないようにひそひそと囁くように語り合う。そしてちらりと後ろを見れば、どこかぎこちなく話をするいなほとサンタがそこにいた。
二人をあまり知らない者が見たら、それはいつもどおりに会話しているように見えるだろう。だが、命を預けあうカッツァとバンは、二人の変わりようを感じ取っていた。
「おそらくだけど、色男君が不思議ちゃんを振ったとか」
「それはないだろ。だったらいなほちゃんがはっきりしないってのは不自然だぜ」
「そこなんだよなぁ」
カッツァは自分の予想は、おそらく当たらずとも遠からずだろうと思っていた。
きっと先日の自由時間の間に、何かがあったのだろう。サンタの態度は、いつもどおりながら、この時間が貴重なものだとばかりに必死だ。対していなほは、そんなサンタとの距離感に困っているといったところか。
たぶん、いなほはサンタが嫌いなわけではないだろう。むしろ好意くらいは抱いているはずだ。サンタに関しては、露骨なくらいいなほへの好意があからさまである。
「そこが原因かもなぁ」
カッツァはそう独り言を口走った。
もしかしたら、いや、まず間違いなく、いなほはサンタが自分に向ける好意の種類を履き違えている。その齟齬が二人の微妙な空気をかもし出す要因の一つだと思うのだ。
だが、それだけではサンタが必死なことに理由がつかない。まぁ、まさかサンタも同様に勘違いしているとは思い至らないだろう。
サンタの中では、いなほの恋人はエリスということで決定している。そのことに罪悪感を覚えながらも、それでも一緒にいようとしている。
だが実際は、いなほにとってのエリスとは、わかりやすく言うと親友だ。しかもほとんど自分に似ているという同類で、互いに恋愛感情など一切感じていない。
ただ、恋人よりも、家族よりも、友人よりも、何にもまして自分をわかってくれる最高の相棒という、とてつもない絆がそこにあるだけだ。
だが、客観的に見れば勘違いするのも無理はないだろう。かつては、傍にいたアイリスですらその関係を疑ったものである。もちろん、いなほとエリスはとてつもなく嫌そうに顔をしかめて「それだけは絶対にありえない」と否定したが。
そんな理由があるとわからないので、結局、気まずい空気は継続中である。
いなほはサンタが自分の生き方に憧れていると勘違いして。
サンタはいなほに恋人がいると勘違いして。
それを知らぬカッツァとバンは真実にかすった想像を重ねていく。
「放っておくしかないかな」
空気が悪いとはいえ、それが戦闘に支障を与えるというわけではない。むしろサンタに至ってはより懸命に戦っているし、いなほは何故かそんなサンタを突き放すように、より鮮烈な勢いで魔獣を駆逐する。
時間が解決してくれるだろう。そんな楽観的な思考をしながら、カッツァとバンはいそいそと罠を解除しつつ、背後でオーガとの激闘を開始したいなほ達を見守るのである。
「はぁ!」
魔方陣が回り、炎が二体のオーガへと直撃する。だが通常種ですらFランクの実力を持つオーガは、炎一撃では倒せない。
その代わりにいなほが止めを決める。第二波をサンタが放つよりも早く、よろけたオーガ達の懐に入ったいなほは、その顔面を蹴り、殴り、殲滅する。
壁に激突したオーガは、その後動くことなく光の残滓となって消えた。
「うっし」
残心を忘れずに、いなほは呼気を一つ吐き出した。サンタは「お疲れ様」と一言返して、今しがた倒したオーガ二体の残した魔力結晶を拾い上げた。
「敵、強くなってるね」
「だが、問題はねぇ」
ここまでの戦いで、こと戦闘に関してボス部屋以外で長引くことはなかった。だがそのボス部屋が問題なのだ。二十五階では、危うくバンがオークキングにすり潰されるところまで余裕がなくなっていた。
問題はオーガナイトだ。D-ランクのナイトは、近距離特化ということもあり、いなほでなければ安全に倒すことができない。それでも、二体を相手取ればいなほでも苦戦はする。今は傷は残っていないが、オーガナイトと戦った後は、幾つもの裂傷を刻み込まれていた。
そして次はついに最上階だ。おそらく、地下への墓穴への鍵を得るためには、厳しい戦いをしなければならないだろう。
B-ランクが二人いるからといって余裕はないのだ。現に、サンタ一人だったら、前回のボス部屋はおそらく突破できなかった。
それが悔しい。せめてサンタは、戦いという部分だけでもいなほの役に立ちたかった。
汚らしい考えだが、エリスという女の子は、いなほの言動を見るに戦闘力はまだ足りないのだろう。なら、その部分を助けることは出来るはず。
なのに、いなほはサンタの手助けなどいらないとばかりに快進撃を続ける。危険に嬉々として飛び込んで、当然のように乗り越える。
その狂気的なやり方に飛び込まなければ、せめてこのときだけでも隣に立つことは出来ないのだ。サンタは、それが怖くてもやるしかないと決意する。
危険な考えだ。いなほを真似するということは、破滅へ向かうと同義である。そんなバカをさせないために、いなほは圧倒的な力を見せたはずだが、それが逆に作用する形となっていた。
まるで噛み合わない。だというのに、いなほとサンタは互いのことを考えている。少しでも気持ちを知りたいから、手探りでも、間違っているかもしれないけど、行動するのだ。
サンタは、もう自分の気持ちに気づいている。だがいなほは未だ、自分の心すらわからないほど、鈍感極まっていた。
「……さて、もうすぐ三十階だ。マップも埋めたことだし、今回は引き返して、明日、ボスに挑戦しよう」
通路の奥には、三十階へと続く階段が見えた。遠めでも、その上から迫り来る圧力が肌を刺激する。
間違いなく、これまで以上の激戦が予想された。サンタ達は息を呑むが、いなほは犬歯をむき出して、肌を刺す殺気に歓喜している。
その横顔を見て、サンタは緊張している自分を叱咤するように頬をはたいた。これでは駄目なのだ。隣に立ちたいなら笑わないと、笑って、あの威圧感に立ち向かわないと──
「そんなの……」
サンタは、無理やりにも笑えないことがわかっていた。
出来るはずがない。エデンの林檎を手に入れるという名目があるから、こうしてダンジョンに挑戦している自分。だが、これは言ってはいないが、実際、普通に生きるだけなら、普通を願うなら、そんなことをしなくてもいい。
どころか、このまま共に過ごしたいなら、『この依頼を完了してはいけないのだ』。
だから逃げてもいいのだ。それでも立ち向かうのは、サンタには目的が、カッツァにはいなほへの義理と名声が、バンには命を救われたという恩義がいなほにあるから。三人にはそれぞれ理由がある。
しかし、いなほにはこの依頼を断る理由がある。安全など保証されない、立ち向かえば死という結果があるかもしれない理不尽を、回避できるにも関わらず、理由もなしに向かっていける。
もしかしたら、エリスもそうなのかもしれない。回避できる理不尽に、毅然と、理由もなく立ち向かえる心を持っていて、そんなエリスだからいなほはパートナーに選んで。
「頑張らなきゃ……」
弱気になってはいけない。無理でもやらないといけない。毅然と、あるいは嬉々と、dちらでもいいから、そうしなければ。
いなほは思いつめた表情を浮かべるサンタのほうを見て、何を言うか考え、結局口下手な自分は、行動で示すほかないと、声をかけることを止めた。
俺がどんだけバカなのか見せ付ける。そんなやり方でしか、いなほはサンタの憧れを否定する方法が思いつかない。
そんなやきもきするような二人の様子を見て、カッツァがため息を漏らす。
「手がかかるなぁ」
などといいつつ、放っておけないのがカッツァの性分なのであった。
次回こそ飲み会。