第十三話【ヤンキーとギルドと水晶玉】
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翌日、とりあえずはそのまま部屋を借りて夜を過ごしたいなほとエリスの元をアイリスが訪ねてきた。
「失礼するよ」
ノックをして、エリスの声を聞いてから入室してきたアイリスは、先日の鎧をまとってはおらず、シャツとズボンのみのラフな格好だ。
そのため、白磁のような綺麗な色をした細い手足。服を持ち上げる豊かで動けば弾む大きな胸。その胸をひと際強調する高価な調度品の描くラインのごとくくびれた腰。そしてキュッと引きしまったお尻など、男性の欲情を促すような刺激的な肢体がはっきりと見て取れた。
現に彼女がここに来る道中の最中にも、何人者男がその姿に振り向いたりしたほどだ。だがいなほはそんな彼女の扇情的、ぶっちゃけエロい体をじろじろ見るようなことはせず、本当に気にした素振りもなく手を上げて挨拶した。
「よう。何だ、今日は鎧とか剣は付けてねぇのかよ」
「町中でも付けてたら体が固まってしまうよ。ただでさえ最近は胸が重くて肩が凝って困っているしな」
「んなのぶらさげてるなんざ女は大変だねぇ」
「ホント面倒だよ。周りからはいやらしい目で見られるしね」
困った困ったとため息。いなほは「ふーん」と本当にどうでもよさそうに空返事するが、アイリスに比べ女性的な魅力にやや劣らざるを得ないエリスとしては、アイリスのその発言が許せないのか不満げに口を尖らせている。
「で? テメェの乳の話をしに来たわけじゃねぇんだろ?」
「私にも少モガッ……!」
何か叫ぼうとするエリスの口をいなほは押さえつつ言う。
「そうだ。とりあえず君達の今後の身の振り方について相談しようと思ってね。いなほ、エリス、私達のギルドに入る気はないか?」
「ギルドってぇと……何だ?」
知らないと首を傾げるいなほ。アイリスは説明をしようと口を開いてから、釘をさすようにいなほを睨んだ。
「話は、ちゃんと、聞くんだぞ?」
「大丈夫だっての」
「それが信用ならないのだが……要するに様々な人からくる依頼を受け持ち、解決していくところだ」
「つまり何でも屋ってことか?」
「認識としては正しい。主にちょっとした雑用から、護衛、探索、そして討伐。多種多様な問題を解決して見合った報酬を貰う。いなほ、あの森で見せた君の身体能力なら、ここら一帯の討伐や護衛依頼は簡単にこなせるはずだ。ここに来て日が浅いならなおのこと、色んなことを知ることができる」
「そうか。じゃあギルドに入るわ」
いなほは一瞬も考えずに即答した。さらに口を押さえたままのエリスも指差し、「勿論こいつもオッケーだからな」と返事もしていないのに無理矢理決めつける。「むー!」と何かを訴えるエリスだがいなほはシカトした。
あまりにも呆気なくギルド入りを認めたいなほに対してアイリスは驚きを隠せない。
「君のことだから、てっきり組織なんざに入る気はねぇとか言うかと思ったが」
「そこまでツっぱっちゃいねぇよ。俺は冷静さを一番の武器にしてるんだ。で? 俺は何からしたらいい?」
エリスの口から手を放し立ち上がる。「勝手に決めないで下さいよ!」エリスが小さな体を目一杯広げて怒りを露わにする。
「あ? 入りたくなかったのかよエリス」
「いや、私はその、危ないことをしないんだったら……」
「おいアイリス。エリスは大丈夫だよな?」
「勿論。彼女には主にここの受付をしてもらう予定だったが」
「なら決定だ。文句ねぇなエリス」
納得はいかないが、実際問題ないなら仕方ない。エリスは渋々了承の意を伝えた。
「うし、アイリス、どうするんだ?」
改めていなほが尋ねてきた。
「そうだな。まずはギルドに登録手続きを行ってから、ついでにランク認定もしておこう」
「ランク認定?」
また知らない単語だ。アイリスはそんなことも知らないのかと笑ってから再び説明を始めた。
「ランクとは、極端な話、その生物の危険度を表している。A+からH-までのランクがあるが、一番低いHランクでも、一般人にとってはかなりの危険度だ」
ランクは魔獣も含めた全ての種族に適応されている。魔獣ならば単純な危険度を示し、知恵のある人やその他の種族においては、生物としての危険度のほかに、その者がどの程度優秀なのかという意味合いも含まれている。幾人もの武装したランク無しの兵士を容易く殺すトロールでようやくHランクであることから、ランク持ちはそれだけで畏怖と尊敬の対象となるのだ。
ちなみに最上位のAランクは、伝説上の魔神や魔王、世界を救った勇者や破壊の限りを尽くした最強のドラゴンとかの、神話級の実力がなければ至ることができない。精々、才能に満ち溢れた者が死ぬ気で努力してようやくDランクになるかどうかと言ったほどだ。
「だから我々冒険者は、ランク認定を受けるほどの実力を得られるように、日夜鍛錬に励んでいるのだ」
「なるほど。通りで強そうな感じがしたわけだぜテメェは」
闘志を湧き立たせるいなほにアイリスの本能が危険を訴える。Fランクになって、周りから畏敬の念を送られるようになったアイリスを持ってして、敗北を予感せざるをえない威圧感。
「ギルドに登録すれば私なんかより楽しい敵と戦えるさ」
果たしてこの男のランクは一体どれほどのものなのか。恐れが積もる一方、興味が尽きないアイリスは、二人を先導して一階に降りるのだった。
朝方だというのに、一階の酒場件依頼の受付を兼ねた集会所には、ちらほらと火蜥蜴の爪先のメンバーがそれぞれ慣れ親しんだメンバーごとに集まって、テーブルの席に腰かけていた。
そしてカウンターでは、グラスを磨く昨日と同じ老人が立っていた。アイリスはカウンターに近づくと老人に声を掛けた。
「ゴドー爺。先日話した者達だ」
「む……あんたらがアイリスの連れてきた奴か」
老人とはいえ、服の下の逞しい腕や、未だ衰えを見せない鋭い眼光は熟練の強さを発していた。二人を見るその眼差しに、エリスが怖がっていなほの背中に隠れた。
「爺。そんな態度だから雇う受付嬢がどんどん辞めてくのだぞ」
「むぅ……」
ゴドーはアイリスの言葉に心なしか落ち込んだように肩を落とした。彼自身には別段誰か怖がらせるつもりはないのだが、持って生まれた顔ばかりはどうしようもない。
何となく怖い顔同士シンパシーを感じたのか、いなほはカウンター越しにゴドーの肩を叩いた。わかるぜその気持ち。怖面同盟ここに結成。という程ではないが、二人に不思議な絆が生まれた。
「それより、早速いなほにはギルド登録を済ませてもらう」
「どうすんだ?」
いなほの質問に答えず、アイリスはゴドーに目配せした。わかったとばかりに頷いたゴドーがカウンターの下に潜ると、黒い箱を持って立ちあがった。
ゴドーが黒い箱を開けた。中に入っていた炎をそのまま詰め込んだかのように赤い揺らめきを内包した、親指大のクリスタルが付いたペンダントと、墨汁に漬けたかのように真黒な小さい水晶玉をアイリスはゴドーから受け取る。
「これが私達のギルドの証だ。Cランクギルドの証明である赤色、これを見せれば大抵の場所や国家間移動もできる。要は通行証だな」
そう言ってアイリスは、首に掛けていた同じ形のペンダントを取り出すと、クリスタル同士を合わせた。
「いなほ、クリスタルに触れてくれないか?」
「おう」
いなほが合わせたクリスタルに指を添えると、アイリスは目を閉じてその魔力を介抱した。
「『契りの証よ。この者を新たなる同胞に迎え入れろ』」
アイリスから溢れた青色の魔力がクリスタルに吸い込まれる。内包した炎は輝きをさらに増した。業火に震えるペンダント。だが揺らめきはすぐに収まった。見た目は何の変化もないペンダントをアイリスはいなほに渡す。
いなほは受け取るとともにすぐに首にペンダントをぶら下げた。
「火蜥蜴の証よ」
アイリスが言う。同時、彼女のペンダントが輝き、何もない虚空に赤い文字を浮かび上がらせた。
「覚えておいてくれよ? 同じキーワードを言うことで、魔力を伴わずペンダントの前にギルドの名前が浮かび上がる。勿論さっきの契約をしたものがキーワードを言わない限り、ペンダントは起動しないので、なくしても悪用はされない。ただなくしたら銀貨一枚受け取るからな」
どうやら永続的に文字が浮かぶわけではなく、虚空の文字は十秒ほどで蜃気楼のようにあっという間に消えてしまった。
試してみろと促すアイリス。いなほは柄にもなく緊張してるのか、小さく呼吸を一つしてから、アイリスを見た。
「で、なんて言うんだ?」
「火蜥蜴の証よ、だ!」
「サンキュ……火蜥蜴の証よ!」
アイリスといなほ、二人のペンダントが光文字が浮かび出る。おぉ、といなほは感嘆の声を漏らした。
「これでギルド登録ってのは終わりか?」
買ったばっかの玩具で遊ぶ子どものようにペンダントを弄りながらいなほは言う。その隣でエリスが「ペンダントのお金……」と、先程の銀貨一枚を聞いたためにか、不安げな表情をしているが、いなほはそのことには全く気付いている様子はない。
勿論アイリスもただでペンダントを上げたわけではない。普通ならペンダントに銀貨一枚、それ以外の諸々の手続きでさらにもう一枚銀貨を貰うのだが、例外はどこにでもある。
「後一つある。これが終われば君も晴れて私達の仲間さ」
そう言ってアイリスは、箱に入っていた黒い水晶玉を取り出した。
「これに触れると、触れた対象のランクがどの程度なのかを確認することができるんだ」
掲げた水晶玉は、みるみる内に色を失っていき、数秒すると青色に変色を果たした。
「青色はFランク。私のは色も薄くも濃くもないのでただのFだ。Aなら黄金。Bなら銀。Cなら赤。Dなら橙色。Eなら緑色。Fなら青色。Gなら水色。Hなら茶色といった感じで、ランク外は黒から変色しないようになっている。ここに+や-がつくのだが、これは色が濃ければ+、薄ければ-、どっちともつかないなら+-はつかないといった風だな」
「綺麗な色してんな」
「無視か。そうか」
説明など聞かず、青く光る水晶の美しさにいなほは目を奪われていた。怒る気にもなれず、アイリスは頭を振ると、箱に水晶を収めた。
再び闇のような黒に戻る水晶。
「さぁ。持つんだ」
アイリスが箱をいなほに差し出すと、いなほは興味津津といった感じで水晶を手に取った。
アイリス、エリス、ゴドー、そしていなほが、彼の手に収まった水晶を見つめる。はたして水晶は、白くなったと思ったら、その中心が太陽のように眩いオレンジ色の光を放ち始めた。
「まさか、D+……!?」
「こいつはスゲェ……」
「凄い……いなほさん」
いなほを除いた三人が驚嘆に声を失う。いや、ギルド内に居た者が全員、その眩いオレンジの光を目にして言葉を失っていた。
Dランク、上から数えて三つ。いなほは納得いかねぇと眉を顰めた。話を聞いていないようでちゃっかり聞いていたこの男は、自分なら金色になるだろうという根拠のない確信を持っていた。なので期待外れのオレンジの輝きには不満だ。
同時に歓喜する。極限まで鍛えた。周りには敵などいないと思った。だがもしこの光とランクが正しいのなら、いなほ以上の実力を持つ者がこの世界にはごろごろ存在するということになる。未だ出会ってはいない敵を思い描き、体を震わした。
「私も驚きだ。よもや君がここまでの逸材だったとは……」
いなほの震えを高いランクに驚いたことへの震えと勘違いしたアイリスがそんなことを言った。
いなほは答えずに、水晶を箱に戻した。たちまち輝きは黒い闇に飲み込まれ消失する。
「これで満足か?」
「おう。ギルドマスターには俺から伝えておく」
答えたのはアイリスではなくゴドーだった。その目には信じられない物を見たといった感情がありありと浮かんではいるが、そこはプロ、いなほのことを問いただしはせず、店の奥に引っ込んでいった。
「……ともあれよかったよ。大丈夫だとは思ったが、これで各種登録料は免除になる。Gランク以上はどのギルドでも重宝されるからね。一人で大抵の依頼を問題なくこなせるG-以上の人材からはお金を取らないのがギルドのルールなんだ」
まだ興奮冷めやらないのか、目を輝かせるアイリスと、いなほの背中に隠れたままのエリス。いなほは何ともなしに尊敬の眼差しで自分を見上げるエリスの頭を撫でながら、ア
イリスの話を聞いた。
思いのほかスムーズにいなほのギルドへの入会は成立した。エリスについては、今のところランク持ちではないのでペンダントを上げることはできないが、ゴドーのいかつい顔によって辞める者が続出した受付嬢の位置に落ち着くことになった。
そして、それから暫くして、いなほのギルド初仕事が行われることになる。
次回、ヤンキーの初仕事
ランクについては今後もっとわかりやすい形に修正しようと思います。