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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第三章【やんきー・みーつ・ぷりん】
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第二十六話【思い想い】


 初戦の完勝の勢いが功を成したのか。いなほ達による血色の棺桶の攻略は、いなほ的には予想を下回る、つまりはサンタ達の予想を大きく上回るペースで進んでいった。

 いなほの勢いといえば、バウト全軍に完勝して早々「この勢いでクリアすっぞ!」と豪語するくらいだった。そうはいかないとはわかりつつも、彼らもいなほのやる気に感化されたのだろう。その日は次のボス部屋までを一気に攻略してみせたのだった。

 だが次の日からはいなほにとってストレスの続く日が続いた。地下でなら一気に奥へといける罠であった落とし穴が、この上へ上へと上がっていくダンジョンではかなりの難敵となっていた。

 道中で普通に出るのは当たり前。酷いものだと、行き止まりについて引き返すところで発動する落とし穴もあり、流石のカッツァとバンも、知識だけしかない初見の罠には苦戦を強いられていた。

 結果、初日の快進撃とは打って変わり、一週間が過ぎたところで、未だに十三階までしか上れていなかった。

 安全を期するために、ある程度進んだら戻って装備を補給する。この繰り返しを行うことで、着実に罠の位置を把握してマップを埋めていく。こうすることで、その前の日に探索を止めた場所までは、比較的スムーズに進むことができるようになっていた。

 順調すぎる以上だ。そうカッツァとバンは言い、彼ら熟練者の意見を信じるサンタも安堵していた。


「だー! 面倒くせぇ!」


 だからといって、この男が我慢できるわけがない。ダンジョン攻略開始一週間、ついに早森いなほは激怒した。

 広いとはいえ密閉空間であるダンジョン内である。一足どころかロケットで大気圏突破して銀河系の彼方まで飛び越えたくらいに、人類の範疇を超えているいなほである。その全力の遠吠えを聞いた一同は、耳を押さえても脳に響く声に目を回してしまった。

 しかも遠くから罠が作動する音まで響いている。最早それは声ではなくて武器といっても通用するだろう。


「な、なにするのさいなほ!」


 即座に回復したのは、魔法で立ち直ったサンタである。いなほと比して小さな体を使って、私、怒ってるんだからアピールをするものの、いなほの怒りはそれ以上だ。

 サンタが傍で何かをまくし立てているが、ちびちびと行動することへの怒りで耳まで届かない。

 理性ではわかっているのだ。慎重に罠を外しながら進むことが最善で、自分の感じているストレスは単なる我が侭でしかない。

 で、だからどうした? 本能が理性を蹴り飛ばす。爛々とした怪しい光を宿すいなほの瞳。それにようやく気づいたサンタが、恐る恐るといった感じでつぶやいた。


「元気?」


「絶好調」


 そう返した直後、いなほはオレンジ色の魔力を開放した。サンタには劣るが、それでも並の冒険者をはるかに越える魔力がいなほの足へと注ぎ込まれる。そしてこれまでの怒りを叩きつけるかのように、いなほは全力で床を蹴った。

 本来、破壊不可能とされるダンジョンの壁が軋み、悲鳴をあげて、ついに砕かれる。そんな非常識に驚く暇すら与えずに、覚醒筋肉三割バージョンを使用したいなほの体が空へと落ちていく。そう、それは飛ぶというよりも落下だった。加速しながら天井へと跳んだいなほは、虚空で体を回転させた。

 加速の勢いと回転のエネルギーで、普段は大地から得る力を補う。目まぐるしく変わる視界と、乱気流を起こして体に逆巻くエネルギーの中、いなほは四散しそうな力を、絶妙なタイミングで腰を回転とは逆にひねることで押しとどめた。

 強引な急停止に体が悲鳴を上げる。その代償に得られた溜めが力を反発させた。腰に集中したそれらを、急停止した左足へと流し込む。股から爪先まで鞭のようにしならせて、膨大な流れを柔軟に受け止めた。

 そして、爆発。

 爪先に全てが流れこんだのを把握したいなほは、その一切を余すことなく消費しながら、目前まで迫った天井へと叩きつけ──絶対不壊とされていたダンジョンの壁は、筋肉という最強の矛に敗北した。


「うっしゃぁ!」


 いなほはこれまでストレスを吐き出せたことで得られた爽快感に、喜びの声をあげた。

 肉体の能力の三割だけとはいえ、それでも体にかかる負荷は甚大だ。しかし軋む骨の痛みすら今は心地よい。

 それを見届けたサンタ達は言葉を失った。床を踏み抜いて十メートル上の天井まで飛翔し、その勢いのまま、壊せるはずのない壁を打ち破る。ダンジョンで必要な常識など、この男には通用しないというのか。

 天井は随分と厚みがあるらしい。三メートルほどの分厚いそれを蹴りで破砕したいなほの一撃の威力は、細かく考えたら正気を保ってられないだろう。

 そんな一撃を放って笑顔を浮かべているいなほは、強引に進入した十四階の通路の先に階段を見つけて、さらに笑みを深くした。

 いなほに遅れながらも、サンタの魔法で三人ともにいなほの開通させた穴から十四階に出た三人も、いなほの視線の先にある階段を見つける。


「都合がいいというかなんと言うか」


「強運とか、だね」


「さっすがいなほちゃんだぜぇ!」


 一人、興奮のあまりいなほを褒め称えてはいるが、呆れるほかないカッツァとサンタの反応が普通は正しいだろう。

 特にカッツァが感じた衝撃はすさまじい。強い強いとは思っていたが、まさかダンジョンの天井を貫くほどの火力を持っているとは思わなかった。


「筋肉って凄いねぇ」


 思考が麻痺して、そんなことしか言えなかった。だがそれもつかの間、一週間ぶりとなるボス部屋への突入を前にして、和やかな空気も張り詰めたものへと変わっていく。いなほとサンタの実力を持ってすれば、おそらくはまだ余裕をもって対応できる領域のはずだが、油断しては致命傷を受けかねないほどの戦場だ。

 そんな張り詰めた雰囲気を吹き飛ばすのは、自慢の拳を突き合わせる不屈の男の大きな背中。


「いくぜ。溜まった分をぶちかましによ……なぁ?」


 いつでもいなほは先陣を切る。背中を任せる仲間の存在を感じて進むのは、悪くなく。背中からの信頼を感じるから、いなほはもっと速く、もっと前へと突き進めるのだ。

 だがどうしても隣を寂しく思うのは、今はいない少女への思いゆえか。

 感傷だな、なぁ、エリス? 視線を横にずらして、懐かしむように、そして頼るように、見えない少女の面影をいなほは見る。

 傍にはいなくても、隣を見るだけで心が繋がっているのを感じた。通じている。『ここ』の熱があるから、前を行くとき、俺とお前は一人じゃない。

 あぁ、行けるさ。『ここ』が白熱している。俺とお前で、いつだってどこだって、ど真ん中だ。


「いなほ?」


 そんな彼の様子を見て、サンタは胸に小さな痛みが走るのを感じた。ここにいる仲間へ向けるものではなく、遠くを見つめる瞳。いなほの眼差しに宿るのは、ここにいる誰にも見せたこともない、絶対的な信頼感だった。

 胸の痛みが強くなる。ここにいる皆、いいや、皆ではなく、自分を見てほしいのに。ここにいる自分ではない誰かを思うその顔が、たまらなく嫌だった。

 何を見ているの? 何を頼っているの? そこには誰もいない。君の隣には誰もいない。

 だから私が隣に居てあげる。居てあげたい。だというのに、何で君はそんなにも、そんな優しい瞳で、誰も居ない隣を見ているの?

 痛みはどんどん強くなっていく。その痛みの理由にサンタは薄々気づきつつも、それでも何とか痛みをごまかすように杖を強く握り締めた。


次回、鬼VS筋肉。

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