第二十四話【血色の棺桶】
シェリダン中央区。本来、文字通り町の中心となるその周りに人の気配は存在しない。
周囲三キロ四方を、物理的な鉄の壁と魔方陣による強制封印で囲まれたその内側にあるのは、廃墟と化したダンジョンと家屋の数々だ。そんな荒廃とした光景を闊歩するのは、オークナイトなどの、最低でもH+ランクの魔獣ばかりだ。Hランクにも届かぬ、ましてやランクなしのゴブリンなどはここでは餌にすぎない。当然のように小さな村なら単体で葬る化け物が辺りにはびこるここは、未だに『ダンジョンの中ですらない』のだ。
そんな化け物がはびこる下界を見下ろすように聳え立つのが、シェリダンでもっとも高き、血を吸ったような赤色の建造物。全三十階層に及ぶC+ランクダンジョン、血色の棺桶である。
「なんてとこだよ!」
そんな化け物の巣窟を行くバンの神経は磨り減るばかりだ。ダンジョンに進入していないというのにこの光景。熟練の冒険者ですら裸足で逃げ出すというのも納得できる。
だが腕試しとばかりにダンジョンへの道をさえぎる魔獣達は、いなほを筆頭とした三人の高ランク冒険者の手によって駆逐されていた。
いなほは肩に担いだバンの騒がしいのを無視しつつ、血沸く戦場に舌なめずりをしていた。
戦意の行軍のアジトに強襲をかけたときのような『ままごと』とは違う。死線を越えていく魔獣を砕き散らして、いなほは絶叫する。
「おらぁぁぁ! 死にてぇやつはケツを出せ! 逃げるやつはケツをぶっ刺すぞぉ!」
威勢のいい雄たけびをあげるいなほだが、しかしこの広大な戦場での撃墜スコアは、カッツァとサンタが稼いでいた。バンをいなほが担いでいるというのもあるが、それ以上に広範囲をなぎ払うカッツァとサンタの遠距離魔法、特にサンタの魔法はこの独壇場でキレを増している。
「『唸れ雷神、疾く広がれ』!」
天高く刻まれた巨大な魔方陣から周囲を一斉に砕く雷が放たれる。指向性を持った雷は、いなほ達を穿つことなく、彼らを襲う魔獣のみを一気に殲滅していった。
それでも収まらない魔獣の猛攻を尻目に、バンが慌ただしく前方の門を指差した。
「もう少しだいなほちゃん!」
「おっしゃぁ! テメェら遅れんなよ!」
いなほはそう叫ぶと、血色の棺桶の一階へと続く、巨大な赤色の門へと突撃した。
そのまま行けば激突するというのに減速はしない。むしろさらに速度を増したいなほの健脚は、門の手前で一気に跳躍。バンを担いだまま、自身の身長の数倍はある門の中央付近まで飛ぶと、渾身の前蹴りを炸裂させた。
門を構成する鉄がひしゃげて、いなほの蹴りの圧力に耐え切れず、弾けるように開門した。軋むような音は筋肉にさらされた門の悲鳴か。勢いのまま門の内側へと侵入したいなほに遅れて、サンタとカッツァもダンジョンへと進入する。
すると、それ以上の来客は許さないとばかりに門が一気に閉まった。暗闇に包まれるいなほ達だったが、その直後まばゆいばかりの光源が天井から放たれた。
「ここが……血色の棺桶」
サンタが息を呑みながら呟いた。
これまでもダンジョンが見た目以上に広いということはあったが、このダンジョンはそれに輪を掛けて異次元的だ。
天井の光源までの距離は少なくとも十メートル以上。等間隔に並べられた光源が続く先は複数に分岐していて先が見えない。横幅もいつものダンジョンよりも二回りほど大きかった。空気すらも淀んでいる。腐臭を無理やり香水で押さえ込んだようなむせ返る匂いに、サンタは反射的に己の鼻を押さえた。
血色の棺桶の名に相応しく、まさに死が充満しているような圧力も感じて、いなほを除いた三人の顔が真剣に引き締まる。
そしていなほはその雰囲気に笑みを漏らした。蒸気のごとき吐息を吐き出して、戦意を膨れ上がらせる。だが、血色の棺桶を包み込むほど強大ないなほの殺気を感じても、周囲の気配はひくことはなかった。ダンジョンから生まれた魔獣ゆえか、あるいは、いなほの力すら脅威と感じていないのか。
「おもしれぇ」
なら小手先の殺気など意味はない。漏らすばかりの気を体の中心に取り込んで、いなほは我慢ならないと一歩を踏み出す。
「待った!」
直前に、バンがいなほの腕を引きとめた。その意味をわからぬいなほではない。バンの指示に従うままに動かずに待機すると、慎重にバンがいなほの足元に魔方陣を刻んだ。
直後、床を透過するように現れたのは、血管のように赤く脈動する魔方陣が刻まれた札だ。バンはその上に認識阻害の陣を刻んだ札をゆっくりと重ねる。
「……よし、危ない危ない。これ、起動したら周りの罠が一気に発動する仕組みだぜ」
「流石、最高のダンジョンってところか」
乗り込んで早々からやってくれる。いなほは拳を打ち鳴らして歓喜を表した。
「先に確認しておくが、血色の棺桶は五階ごとにボスエリアがあるのは忘れていないね?」
カッツァが改めて聞いてくるが、その程度のことは先日の段階ですでに話していたことだ。血色の棺桶を含めた墓穴の向こう側は、五階層ごとに高ランクの魔獣が現れる。それは過去の文献全てに共通する事柄で、攻略で最も難しいとされていることだ。
まず、最初の五階ですら、キングバウト以下、バウトウルフ系列の全種族が勢ぞろいで襲い掛かってくるのが基本である。続いてゴブリン系列、そしてオーク系列となり、残りは各種系列のキングクラスの混合となっている。
しかも通称ボス部屋と呼ばれるそこを抜けた先にしか、転移用の魔方陣は発生しない。つまり、道中の雑魚を倒したその体でボスに挑まなければならないのだ。過去、そんな理不尽をどうにかしようと、さまざまな冒険者が階層ごとに転移魔法陣を張ろうとしたが、どれも失敗に終わったらしい。
「行こう」
カッツァが全員を促して、バンとともに先導する。一寸先は光か闇か。大陸最高、B+迷宮攻略が始まった。
次回、わらわらと。