第二十話【ヤンキーロード】
戦意の行軍があるギルドは、火蜥蜴の爪先などの中堅以上のギルドが集まる場所にはなく、下位ギルドの集まるシェリダン西側にある。ここはシェリダンでもさらに治安が悪く、下位ギルドによる抗争が頻繁に行われていた。
普通は、ギルド間の戦いなど馬鹿げているという人間が多数だが、この西側だけは別だ。シェリダンに来たばかりの、所謂他の街ではエースと呼ばれたような『図に乗った馬鹿』が集まる。
その中で現実を知り分相応に生きるか、あるいは地道に功績を積み重ね名声を得るか。西側にいる者はおおよそこの二つに分けられるが、最近その様相が変わり始めている。
その原因が戦意の行軍だ。彼らはクレインを筆頭に、西側のギルドをまとめ上げて一つの組織とした。故に中堅以上のギルドもおいそれと手を出せないほどにまで彼らは成長したのである。
実際、彼らは強い。最も弱い者でも、ダルタネスのGランクであり、他のメンバーはG+の実力者だ。そして、それらをまとめあげるクレインに至っては、Fランクという飛び抜けた実力を誇っていた。
その力でシェリダンの一角を支配した彼らは、さらにマルクの闘技大会を優勝することで自負を一層強くした。
自分たちこそ最強なのだ。いずれはシェリダン最高のギルドとなって、墓穴の向こう側すら攻略してみせる。そんな気概を持つギルドと、そんなギルドを主に置く西側のギルド群。
そんな彼らの元に、今、破滅をもたらす無敵の筋肉が降り立った。
「……この道を真っ直ぐか?」
「あ、あぁ、そこに、戦意の行軍のアジトがある」
バンは己を担いでいるいなほの殺気を浴びて言葉を詰まらせてしまった。
この場所に近づくにつれて膨れてきた殺気は、未だに際限なく膨れている。怒気が物理的な圧力をもってこちらを押しているかのようだ。バンは冗談でもなく息苦しさを感じながら、それでもいなほについていくことに迷いはない。
だが突然降り立ったいなほに対して、西側の人間は覚悟もクソったれもなかった。目の前でいきなり超巨大な台風が発生したような異常事態に誰もが動けないでいる。道中でバンから西側のことを聞いていたいなほは、そこにいる者、男女問わず全員に溢れんばかりの殺気を叩きつけて気絶させていく。事実、ここに集まった者達は全員、ここに来た者を叩きのめして、戦意の行軍の元へ連れて行くのが目的だった。よって、いなほはただめちゃくちゃをやっているわけではないが、必殺のメンチビームはやはりめちゃくちゃというべきだろう。
いなほが歩き去った場所で意識を保っているものは存在しなかった。バンになるべく負担をかけないように、ミフネの使っていた技術を駆使して殺気を一点に集める方法を行使しているため、その殺気を受けた者は、まるで暴風雨を圧縮したような気当たりに意識を保てていなかった。
これが本来のB-ランクと呼ばれる者の領域だ。歩くだけで、シェリダンに来るような屈強たる冒険者が落ちる。もしこれが常人なら、心臓を停止させていただろう。
B-(国家崩壊)級。冗談抜きで国を落とせる者が、完全にキレている。これを止めるには最早、小国家なら戦力を総動員してようやく防げるかどうかというレベルだ。
それをぶつけられると知らぬE-ギルド、戦意の行軍のギルド本部内では、クレインが椅子に座って優雅にお茶を楽しんでいた。
「んー! んー!」
その足元で、クレインに足蹴にされたサンタが唸っている。腕はおろか、口も塞がれている彼女の悲鳴に、クレインは心地よさを感じていた。
「庶民の嘆きの声とはいつも俺の心を満たしてくれる。しかしダルタネスの奴遅いな。こんな女なぞ抱く気にもなれんが、ダルタネスが追っていった女は中々そそるものがあったからねぇ」
「そうだな。しかしこんな不細工で本当に釣れると思っているのか?」
向かい側の椅子に座ったシードがサンタを見下して呟いた。ハッ、と鼻で笑ったクレインはサンタの顔面を蹴り飛ばす。
「んぅ!?」
「その時はその時さ。そこらの冒険者にこいつを売りつけてやればいい」
「売れるのか?」
「ははは、連中は穴があれば何でもいいのさ。俺はお断りだがね」
鼻血を流して痛みに悶えながら、サンタの頭に浮かぶのは打開案と弱気な気持ちだ。
早く何とかしなければ。どうしてこんなことになったんだ。まずは口を自由にして。怖い、怖いよ。次は手錠をどうにかして魔力のバイパスを。嫌だ、こんな場所嫌だよ。
(いなほぉ……)
涙を見せたら喜ぶから見せないと決めたのに、サンタはいなほのことを考えると込み上げる涙を堪え切れなかった。
頼ってはいけない。今ここに助けに来られたら、きっと自分は人質として迷惑になってしまう。
だからいなほ達が来る前に自分で解決しなければならない。サンタは弱気な心を叱咤して別の方法を模索する。
すると、入り口の扉がノックもなく開いた。その無遠慮な行為にクレインが眉を潜めるが、そんなことなど知ったことかと、中に入ってきた部下の一人が、泡を飛ばしながらまくしたてた。
「あ、現れました!」
「へぇ、それで? 取り囲んで袋にでもしたのかい?」
「そ、それが……」
男は言い淀んだ。その様子を訝しむが、クレインは早く続けろと促し、男は悪夢でも見たような面持ちで告げた。
「壊滅です。用意したHランク百人、全員、壊滅しました」
「な……奴ら、何人で来たんだ!?」
「ふ、二人です! 二人で、というか化け物みてぇな奴が一睨みで、クソ、ありゃ、クソぉ!」
「ハァ!? 二人でどうやって百人も倒したって言うんだ!」
声を荒げるクレインに対して、やはり男は体を震わせながら語る。いや、その目はもうクレインのことなど映っていなかった。
「あり得ないんだ……魔法も何もしないで、さ、殺気で人が倒れるなんて……あり得ない、ありえ、ありえ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「おい!」
クレインの制止も聞かずに、恐慌状態に陥った男が部屋を飛び出して逃げ出していく。
「何だ……クソが!」
一体、外で何が起こっているというのか。クレインは腹の底からこみあげてくる恐怖を振り払うように、サンタの腹を蹴り飛ばした。
次回、和解。
戦意の勇気が世界を救うと信じて!