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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第一章【その男、ヤンキーにつき】
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第十二話【ヤンキーの約束】


 わかってはいた。自分が生き残ったのはただの奇跡でしかなく、トロールの群れという絶望的な状況で生き残れる人などいないのだと。もしかしたらいなほが早すぎて先に着いてしまっただけかもしれない。と思えるほどエリスは楽観を貫ける心境ではなかった。

 僅かな希望を砕かれ、エリスは一人案内された部屋の隅っこに蹲り涙する。ずっと一緒にいた皆がいない。悲しくて辛くて、全部がもうどうでもよくなった。


「……何、で、私だけ、生き残ったの、かな」


 痙攣する喉で絞り出した声は、自分だけ残ったことに対する怨嗟だ。こんなに辛くて苦しいなら、自分はあの時助からなければよかった。


「どうして、私だけ……!」


 膝に顔を埋めて涙で服を濡らす。このまま何もかも投げ出して、絶望に身を任せたかった。

 全部嫌だ。全てが嫌だ。自由落下に似た浮遊感を味わいながら、膝に埋まる瞳は次第に感情の火を失っていき、最早何も映さなくなろうとして、


 ──でも、私はそれでも生かされた。


「……」


 その最後の最後で、エリスの瞳は生気を手放さなかった。

 わかっている。わかっている。自分が生きたのが奇跡なら、自分がこのまま絶望に沈むのは、親や友人を含めた人々の中から奇跡の対象に選ばれたことを冒涜する行為だ。あの状況で、母親が逃がしてくれた。父親が生かしてくれた。友人たちが代わりに生贄となった。

犠牲の上に立つ命。ならばエリスは、生き残った事実を受け入れなければならない。

普通なら誰でも、絶望に沈むのは無理もないというだろう。普通なら誰でも絶望に染まるだろう。でもエリスは、いなほが思った通り強い心を持っていた。希望を砕かれても踏みとどまる強さを『持ってしまった』。

弱い少女の体にはあまりにもこの奇跡は重い。今はぎりぎりでとどまることしかできなくて、ふとした拍子に忽ち崩れてしまうだろう。そしてこのまま一人で生きていくなら、明日にでもエリスは現実に潰されてしまうのは見て取れた。

そう、少女一人なら無理だろう。だが少女には、支えてくれる屈強が傍にいる。


「邪魔するぜ」


 ノックもせずに入りこむのは、無礼を無礼とも思わぬ男、早森いなほだ。いなほは、隅っこからこちらを見上げる涙を流すエリスを見つけ、困ったように頭を掻いた。


「……こういう時、俺はなんて言ったらいいのかわからねぇ」


 一言一言、言葉を選びながらいなほは語る。何も考えずにここまで来たために、エリスに会って何を話そうかなどまるで考えていなかったのだ。目線を辺りにさ迷わせ、それでもそんなのは男らしくないとエリスに目線を戻し、やはり何を言うべきか分からなくなって目線をずらす。

 己が無敵だと豪語しかねない男も、過酷な状況に叩きこまれた少女を励ますのは難しい。これまで行ってきたどんな喧嘩よりも苦しげに唸り、悩み、窮地に立たされている姿は、いなほという男を知る者がここにいたら驚きを隠せないだろう。

 現にエリスだっていなほの慌てている姿を見て、涙を流すことすら忘れてその姿を見上げていた。


「だからよ。その、あれだ。ケツは持ってやる……っての? あー、つまりだな──」


 不器用ながらも、いなほが自分を励まそうとしているのがわかって、エリスは目をまん丸に見開き、しどろもどろとあーでもないこーでもないといういなほが次第に可笑しく感じて、小さく笑い声を漏らした。

 だが焦るいなほはそんなエリスの様子にも気付かず、励ましにもならない意味不明な単語を言い続ける。それが可笑しくて可笑しくて、エリスはとうとう我慢できずに声を張り上げ笑い出した。


「も、もう! いなほさんは! いなほさんってば!」


「お? おぉ? 何だ、楽しいのか?」


 笑い声が止まらない。同時に涙がさっきよりもっと流れた。

 泣き笑いするエリスに、やっぱしいなほはどうしてかいいかわからず右往左往する。トロールを容易く葬る鋼の男が、今は少女一人に振り回されてこの様だ。


「ね、ねぇ、いなほさん」


「おう。何だ?」


「どうして、私を助けてくれたんですか?」


 唐突に、エリスはそんなことをいなほに聞いた。何故自分なのか、そんなこと、ただの偶然以外あり得ないのに、でもエリスは聞かずにはいられなかった。

 いなほは笑うのを止め、今にも何処かに飛んで行ってしまいそうなほど儚げな表情のエリスに何かを感じたのか。手拍子に応えず、一呼吸置くと言った。


「助けてぇから助けた。だからなエリス」


 隅に座ったままのエリスの前まで行き、いなほはしゃがむと、恐る恐るその手をエリスの頭の上に乗せた。


「心に刻んだこいつを、俺は必ず押し通す。エリス、テメェを助ける。改めて俺のここに刻むぜ」


 トントンといなほは自身の胸を叩いた。心に刻む、エリスを助けるという誓い。

 理由は充分だ。エリスは頭を撫でる無骨な掌の感触に身を委ね、気持ち良さそうに目を閉じる。


「いなほさん」


「あっ?」


「助けて『くれていて』ありがとうございます」


 今も自分を助けていることに感謝する。眼を閉じているためエリスは感謝を告げられたいなほの表情を確認することはできないが、


「……言ったろ。痒いんだよ、そういうの」


 きっと優しく微笑んでいるに違いない。






次回、ヤンキー、危険生物認定を受ける

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