第十九話【悪意の末路】
爽快感のない暴力表現ありにつき、閲覧には注意してください。
「おい」
いなほは、強化魔法を使い、戦斧も構えて臨戦態勢に入ったダルタネスを無視し、その背後の女に声をかけた。
「その杖、何でテメェが持ってるんだ?」
「ハァ? 今からくたばるアンタに話しても意味ないでしょ? というか、マジになったダルタネスから目線外すとか──」
「答えろ」
「黙れよテメェ!」
ダルタネスが怒りのままに戦斧を振るうと、その体が空高く吹き飛んで屋根の上に落ちた。
唖然とその光景を見るコリンと女。いなほは頭上高くに振りあげた蹴り足を戻すと、それを向けられているわけでもないコリンが意識を朦朧とさせる殺気を吹き出しながら女に歩み寄った。
「えっ……ちょ、嘘!?」
「そいつを、何処で手に入れた?」
「も、『燃やし尽くせ、紅蓮の腕よ』!」
恐慌状態になりながらも、女は魔法を唱えた。手に持つ杖がその魔法を普段よりも数段以上に強化して顕現させる。その詠唱に、さらにいなほの怒りが噴き出す。
「テメェが」
「くたばれぇぇぇ!」
「その魔法と杖を、使うな」
それは、俺に真っ向から意見した最高の糞ガキが使う魔法だ。
そしてその魔法を増幅させる杖は、仲間が大切にする大切な得物で。
お前がその二つを使っていい道理など、何処にもない。
いなほ一人なら軽く飲みこめるほどの火球を生みだした女は、躊躇うことなくその熱量をいなほに解き放ち。
怒気を孕んだ拳の一振りで炎は跡形もなく消滅した。
「え、キャァ!?」
さらにその余波で巻き起こった風が女を吹き飛ばす。奇跡的にもそのタイミングで落ちてきたダルタネスは、風に飛ばされて落下の勢いを殺されたことで、辛うじて絶命は免れていた。
というか、そうするように手加減したのだが。いなほは凹んだ鉄の胸当ての部分を抑えて血反吐を吐くダルタネスを横目に、倒れた女に近寄ると、その赤く長い髪を乱暴に掴み上げた。女性に対する配慮などまったくない。毛髪をぶちぶちと引きちぎりながら強引に顔を起こしたいなほは、怯え竦む女の顔を、冷たい瞳で覗き込んだ。
「それ、何処で取ったんだ?」
「あ、う……」
「黙ってんなよ。俺がわざわざ聞いてんだぞ?」
恐怖で言葉の出ない女の手をいなほはゴミでも拾うかのように掴んだ。それだけで女は小さな悲鳴をあげて、巨大な掌に包まれた己の小さな掌の末路を悟る。
声が出ない代わりに、涙を流して首を振る女に、いなほは逆に恐ろしいくらいに優しい笑みを返して、ゆっくりと手を握りこみ始めた。
「ぎぁぁぁぁぁぁ!」
ただ握られているようにしか見えないが、現実はそんな生易しいどころの騒ぎではない。分厚い鎧だろうが紙のように引き裂く超握力が相手だ。今は潰れないように加減されているが、それもいなほがもう少しだけ力を加えれば、骨と肉と皮と爪が混ざり合った何かに変貌するだろう。
数秒ほどそうしてから、いなほは手に籠った力を緩めた。息も絶え絶えに虚ろな目になっている女に、いなほは容赦なくサンタの杖を突きつける。
「ぎぃ……あぃぃ、う、ぁ、たすけ、助けて……」
「で、何処で取った?」
「そ、それは、クレインが、私に、く、くれるって! し、知らなかったのよ! こんな、アンタみたいな化け物がいるだなんて知って……!」
「吼えるな」
いなほはパニックをおこす女を黙らせるため、壁に押し付けた女の顔のすぐ横を殴り飛ばした。
容易く砕けた壁の破片が女の顔を傷つけるが構わない。だがいなほはそこで自分の失態を察した。
「ちっ、落ちやがった」
女はいなほがパニックを鎮めるために放った一撃の恐怖で意識を飛ばしていた。弛緩したその体を放り捨てて、続いていなほは蹲るダルタネスに近寄った。
「……」
遠慮などない。前置きもなく激痛に悶えるそのハゲ頭を掴むと、血反吐の撒かれた地面に叩きつけた。
地面が土であり、さらに強化の魔法が未だに途切れていないことが幸いか、あるいは不幸か、顔面が土にめり込むほどに押しつけられたダルタネスは、奇跡的にまだ生きていた。
だがそこで気絶出来なかったのは不幸だろう。そのまま頭を掴み上げたいなほは、自分の顔の側にダルタネスの顔を寄せると、躊躇いなく平手でその顔をはたいた。
パシンではなく、グチャンという音がダルタネスの頬で弾けた。顔が固定されているために衝撃を逃せなかった頬はさらに腫れあがり、口はずたぼろかつ歯も幾つか砕け散った。
「ひ、ぎゃぁ……!」
頬をはたく、たったそれだけでダルタネスは体中を突き抜ける激痛に悶絶し、その心を折られ戦闘不能に陥ったのだった。
「お前、わかってねぇみたいだな」
だがいなほはダルタネスの心が折れたのを知りながらも容赦しない。ポケットから煙草を取り出して火を点けると、軽く一息紫煙を吸って、ダルタネスの顔に吐きだした。
むせるダルタネスの腫れた頬に、いなほはやはり躊躇なく煙草を押しつける。幾ら強化されているとはいえ、ダメージを受けた個所に押しつけられた煙草の熱は、激痛となってダルタネスの体を駆け抜けた。
悲鳴があがる。よりも早くいなほはその口に、布のように呆気なく引きちぎったダルタネスの鎧の一部を押しこんだ。それにより口の中がさらに傷つくが、当然いなほは気にも留めない。
「なぁ、わかってねぇだろ? テメェ、俺に喧嘩売るってのがどういうことか、わかってねぇだろ? 俺が誰か知ってりゃ、こんなアホな真似、普通はしねぇもんなぁ」
ダルタネスは首を振ってそんなことはないと訴えようとしたが、いなほに頭を掴まれているため、不自然に体が揺れるだけだ。いなほは「声出すなよ」と言うと、その口から鉄の塊を取り出した。
口と、臓物から溢れる血がダルタネスの口から溢れる。青と赤に染まった顔面を、いなほは射殺すような目で睨むと、心が冷えて砕けるくらい冷たい声色で、淡々と語り始めた。
「テメェがこれからできることは、俺の話に正直に答えることだ。
答えなかったら、テメェが死にたいって叫ぶまでいたぶってから、絶対に殺す。
冗談じゃねぇ。本気で殺す。絶対だ、必ずテメェを殺す。
だが、正直になったら何もしない。
どうだ?
実にシンプルだろ?
誰にだって分かるだろ?
分かりやすくて、テメェの小せぇ脳みそでもするりとわかる寸法だな。というか、テメェ、脳みそあるのか? せっかくだから調べてやろうか?
別にいい? そりゃ残念だ。
……本当に残念だ。
で。
それでだ。
話を戻すが、どっちが利口かくらいわかったか?
テメェが黙ったら、俺はテメェがゲロするまで無駄にその汚ぇ面をさらに醜くしなきゃならねぇし、テメェも気が狂って死にたくなる。
それは互いに不幸なことだ。時間の無駄で、意味がねぇ。
実に泣ける展開ってわけだよな。
だけどだ。これが話せばすぐに解決するってわけだ。
俺はすぐに行くし。
テメェも助かる。
実にハッピーだ。俺もテメェも近所の爺も、そこらを這いずり回ってるゴブリンも、誰もが全員幸せになれる結末だ」
がくがくと体を揺らして、生きるためにダルタネスはいなほの言葉を肯定するアピールをした。
いなほの目は本気だった。冗談ではなく、本気でダルタネスを徹底的に追い詰めるつもりだった。その手始めに、服を脱がすような自然な動作で、ダルタネスの鎧と服を強引に引きちぎって放り捨てると、肉越しに心臓へと手を這わせて、僅かに力を込める。
ダルタネスの体が震える。文字通り、今いなほに命を握られている。強化を施した屈強な肉体など、本物の屈強たる筋肉では飴細工よりも柔らかでしかなかった。
「テメェらはあの杖を奪った。で、持ち主の女を何処に連れて行った?」
「せ、せんひのひょうふんの、あひとです」
「入れ歯外した爺みてぇな話しかたすんな。殺すぞ」
「あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
掴まれた頭と胸に力が籠る。頭がい骨があげる悲鳴と、心臓が潰される激痛に悶絶したダルタネスは、歯も砕けた口で、必死に答えた。
「せ、せんいのこうぐんのあじとです!」
「やればできんじゃねぇか……ところでデカブツ。俺ぁ世間じゃ不良って言われる悪党でな? 最近テメェでもテメェのことを忘れてたが、昔はそういう奴だったんだよ」
「?」
突然別のことを放し始めたいなほ。ダルタネスは疑問を感じながら、徐々に込み上げる恐怖に震え始めた。
笑っているのだ。ダルタネスが込み上げる恐怖に震えを強くすればするほど、いなほの笑みがどんどん深くなっている。
「さっき、何もしないって言ったな?」
「あ、ひ」
「ありゃ嘘だ。お前ら、楽にこの世とおさらばできると思うなよ?」
そこにいたのは男気溢れる男ではない。文字通り、かつてはヤンキー、不良と呼ばれていた頃のいなほの本性が発揮されていた。悪を行使し、悪であることを躊躇いない、悪そのものがそこにはいた。
いなほはとうとう我慢できずに死にたくないと泣き叫び始めたダルタネスを引きずって、気絶した女の側に放り、逃げようとするその両足を思いっきり踏み砕いた。
「ぎやああああああああああああああ!」
「おぉおぉ、ご機嫌じゃねぇか、あ? トロールみてぇにぶひぶひとよぉ! もっと楽しめよな! あぁ!?」
「いぎゃぁぁぁぁ! やめ、ひやぁぁぁぁ!」
両膝を踏み砕かれたダルタネスは、このまま放置すれば二度と立ち上がることもできないだろう。だがそれが分かった上で、いなほは這ってでも逃げようとするダルタネスの肘を、流れ作業をするように呆気なく踏んだ。
肘も完全に砕け散る。続いて両肩、両手、両足首も潰したところで、悲鳴もあげる気力も失われていた。失禁して痙攣するだけになったダルタネスを放置し、いなほは気絶した女の顔を軽く叩いて起こす。
「ん……ひぃ!?」
「よぉ」
起きた女が悲鳴をあげて暴れるが、それを無視して頭を掴んで強引に引きずったいなほは、無理矢理ダルタネスのあり様を見せつけた。
人体で潰れてはいけない部分が、思いっきり潰されている。痙攣して動かないその様は、丁寧に壊された人間の哀れな末路だった。
「ひ、うぁ……」
「命乞いも許しもいらねぇ。お前もこうなる。こりゃ決定だ」
「い、いやぁ」
涙ながらに許しを乞う女の願いを、いなほは僅かにも聞き入れない。その耳を摘まみ上げ顔を寄せると、愛を囁くようにその末路を語り始めた。
「嫌じゃねぇ。俺の仲間に手ぇ出したんだ。特によ、仲間の獲物をパクった上に使ったようなカスは、念入りにお礼しねぇと俺の気がすまねぇ。
泣いて感動する出来になるまでその面をぼこぼこにしてやる。
何がいい? お勧めはトロール風だ。
勿論、アフターケアも任せときな。
腫れが引いてきたらまたぶん殴る。テメェが何処に逃げようが、どう足掻こうが、テメェの顔面を綺麗に整えてやる。
一度じゃねぇぞ。
何度もだ。
何度だってテメェを見つけ出して、絶対にぶん殴る」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
「おいおい、叫ぶほど嬉しいか」
いなほは女の整った顔に手を這わせた。ダルタネスの惨状を目の当たりにした女は、自身も同じ、いや、それ以上の凄惨な結末を迎えるのを理解して、絶望の叫び声をあげ。
「い、いなほさん! もう、もういいよ!」
我に返ったコリンが、いなほの形相に怯えながらも、何とかその腕にしがみついて、その凶行を抑え込んだ。
「コリン……」
「そ、それに、今はそんなことするより、サンタちゃんのことが大切なはずだよ!」
「……チッ、命拾いしたな。だが、これで済んだと思うなよ? 落とし前は、必ずつけさせる」
いなほは女の顔を自分に向けると、全力の殺気を漏らすことなく叩きつけた。それだけで女の目は白目になり、弛緩した体から液体が漏れださせ気絶する。その体を痙攣するダルタネスに放り投げて、コリンに向き直った。
「怪我ねぇか?」
「私は大丈夫、サンタちゃんが時間稼いでくれて、いなほさんが助けてくれるまで逃げられたから」
「そうか……それで、戦意の行軍アジトってのは……」
「それなら俺が知ってる」
路地の奥から現れたのはバンをおんぶしたカッツァだった。全力でいなほを追って来たのだろう。バンを担いでいるのもあり息が荒い、その背中におぶられたバンが、いなほを連れて行くと言ってきたのだ。
「行けるのか?」
「あぁ、頼む。あいつらの仇、手伝わせてくれ」
バンはカッツァの背中から降りると頭を下げた。足手まといになってでも行きたいという気概を感じて、いなほは頷く。
「コリン、店はどうだい?」
カッツァがダルタネスの惨状を見てから聞いてきた。「わからない。でも荒らされてるかも」とコリンは返した。
「よし、それじゃここからは別行動だ。俺はこの二人を一応拘束してから、センスに行って犯行の痕跡がないか調査して、火蜥蜴の爪先全員と今回の件を話しあって戦意の行軍の処遇を決める。そして色男君、君はこのまま奴らの所に行って、後で決まることになる奴らの処遇を決めてきてくれ」
つまり、やり方は任せるし、そのケツを自分は持ってやるとカッツァは言っている。
ここから先、いなほがいかように暴れようと、カッツァはギルドを上げていなほを庇護するつもりだ。何せ、お得意であり、さらにいい友人だった奴らが、ただの八つ当たりで殺される。そんな不条理を、許せるわけがない。
「やってこい」
ギルドなど、言ってしまえばヤクザのようなものでしかない。故にそんな短絡的な思考が出るが、時にそれが行動に必要な速さを補うことにある。
カッツァの意志も受け取る。いなほはバンの腕を肩に担ぐと。
「全部、任せろ」
そう言って、屋根まで飛び上がっていった。
次回、ヤンキー行軍。