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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第三章【やんきー・みーつ・ぷりん】
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第十七話【戦意の強襲】


 転移魔法陣に飛びこんだサンタは、いなほ達が出てくるのを待たずにダンジョンから離れて行った。

 足早に駆け抜ける先は、先日行ったセンスという店だ。逃げ出したはいいが、逃げ続けるわけにもいかないと思ったサンタは、とりあえずそこで彼らを待つことにしたのだ。


「卑怯だな」


 自嘲する。戦いの恐怖に怯えた、そのことが恥ずかしくて、さらに言えば自分を遠回しながら心配してくれたいなほから逃げた自分が恥ずかしかった。

 いつもならそんなことはなかっただろう。気丈に、柔軟に、素のままで振るまえたはずだ。だが戦いの恐怖は、サンタを混乱させた。何をどうすればいいのかわからず、もしもいなほが助けてくれなかったら、あの口に自分は──


「ッ……!」


 震える体を抑えつける。自信はあったはずだった。だがそれは自惚れでしかないのだと気付かされた。

 戦いを自分は知らなすぎる。その事実に気付かぬまま、散歩気分でダンジョンを渡り、遠足気分で弁当だって作っていた。

 もう認めろ。楽しかったのだ。人の輪に入って、『誰も自分を知らないことが嬉しくて』、同じ目線で立ってくれている青年の存在が嬉しくて。

 たったの数日だというのに、いなほはこんなにも自分に色んな世界を見せてくれた。仲間と呼んで、手を引っ張ってくれた。その奇跡が奇跡的で、喜びのあまり目の前の現実を正しく認められていなかった。


「馬鹿だなぁ……私」


 蓋を開ければ、少し実力があるだけの小娘が、何の覚悟もなく殺し合いの只中に突っ込んでいたという事実だけが残った。このザマで何がカッツァを死なせないようにしようなどと言えたものか。いなほの注意は正しかった。自分のことすら守れない者が、何を守る気になっているのか。

 間違えていたのだ。いなほがあまりにもダンジョンに臆せずにいるから、同じ実力を持つ自分も大丈夫だと思ってしまった。だがいなほの自負は積み重ねられた経験からくるもので、その実力も、本物の死地が育んだもので、自分のそれと、優しい場所で守られながら培った力とはまるで違うのだと。


「怒られるのも、当然だ」


 小突かれた額を撫でて、サンタは呟いた。いつの間にか辿りついたのか、センスのカウンター席に自分は座っている。

 目の前には、頼んだ覚えもないのにアルコールの薄い果実酒が置かれていた。視線を上げると、目が合ったコリンがウインクをした。

 その気遣いに感謝する。サンタも少しだけ戻ってきた元気を振り絞って微笑みを返すと、暗い考えにこれ以上陥らないようにコリンに話しかけた。


「そういえば、マスターは?」


「ちょっとお出かけ、いなほさんが沢山高いの買ってくれて在庫がなくなったから、新しいの仕入れてるのよ。うふふ、マスターったら柄にもなく嬉しそうに、もっと良い酒を仕入れられるぞって息まいていたわ」


「そしていなほに売りつける」


「そういう言い方はよくないわよサンタちゃん。売りつけるんじゃなくて宣伝するだけ、買うかどうかはいなほさん次第ね」


 買わせる気満々なのだろう。妖しい光を宿すコリンの瞳を見ながら、どうりで今日は客がいないものだと、サンタは夕方を過ぎても客の少ない店内を見渡した。

 酒だけならコリンでも出せるが、料理などはマスターが手ずから作っている。そのつまみとのセットを楽しみにしている客が多いため、コリン一人のときは人数がいないのだ。


「コリンは料理しないの?」


「残念だけどね。修行中なのよ私。まだまだマスターレベルの酒に合った料理ってのが掴めないのよねぇ……普通の料理なら得意なんだけど」


「あ、じゃあそれ食べてみたいな」


「そう? んー……サンタちゃん、ぽやぽやして可愛らしいから、お姉さん頑張っちゃおうかな」


「わーい」


 両手を上げて喜びを露わにするサンタの反応に面白おかしそうに肩を揺らすコリン。

 コリンのおかげで少しは憂鬱な気分も振り払えた。とりあえず、二人が来たらちゃんと謝って、もう一度チャンスを貰おう。

 直後、ゆっくりと店の扉が開いた。


「邪魔するぜ」


 その声にコリンの表情が固まる。扉を潜って出てきたのは、ダルタネスだ。その後ろからさらに四人出てきて店の中央に並んだ。

 その中央にいる女顔の青年は、店内を見渡すと、底冷えするような声で「失せろ」と少ない客達に告げた。

 たちまち残っていた客は蜘蛛の子を散らすように店から出て行く。サンタも、青年の発する殺気に肝を冷やしながらも、只ならぬ様子に杖を構えてコリンを背中に庇った。


「……失せろと言ったが?」


「いやクレイン。こいつもちょっかいかけてきたアホだ」


「へぇ」


 ダルタネスに耳打ちされた青年、クレインは虫でも見るようにサンタを見下ろした。体が震えるのを、杖に力を込めることで抑えつける。そしてサンタは気丈に言い放った。


「何の用? まぁ、穏やかなことじゃないとは思うけど」


「ふん、言わなきゃわからないのか? お前、ダルタネスに喧嘩を売ったみたいだが、俺達が誰だか知っててそんなことをしたのかい?」


「知らない。知ってても、嫌がる女の子を虐める人のことなんて、どうでもいい」


「は、強気だな」


 表情は余裕そのものだが、サンタの煽りにクレインの眉が僅かに不快を表すように寄った。立ち込める戦意を感じながら、サンタは思案する。まず、状況が悪すぎた。

 戦意の行軍と呼ばれたこのギルドが、どの程度の実力かわからないが、この一年で名を上げたということから、実力は相応にあるのだろう。

 だとしたら距離が悪すぎる。一挙手の間合いで、魔法陣を展開もせずに対峙してしまった。それでもこの不利な状況であって、サンタが得意とする高速魔法陣展開ならば、詰められる前に詰ますことが出来る。

 問題があるとしたら、後ろにいるコリンと──


「ッ……」


「どうした? 震えているじゃないか」


 クレインに震えを見抜かれたサンタは己のミスに歯噛みした。

 本当の問題は、膨大な殺気を間近で初めて浴びたばかりの自分が、未だそこから立ち直る時間が足りなかったこと。

 クレインはサンタの恐怖を見抜いて、さらに殺気を膨れ上がらせた。それだけでサンタの膝は震えて、噛みしめたはずの歯がカチカチと鳴り始める。

 身近に迫る死が怖い。恐怖に支配され始めた今、これでは常の半分すらも実力を発揮できないだろう。

 だけど、サンタは逃げるわけにはいかなかった。数日前にダルタネスがコリンに対して向けていた汚らしい感情を知っている。なら、もしここで自分が屈すれば、コリンまで巻き込むということになるのだ。


「ッ……コリン、逃げて」


「サンタちゃん!?」


「時間、稼ぐから、その間にいなほを!」


 願うように背後のコリンに叫ぶと、その意志を察したのか、コリンはカウンターの奥へと足早に逃げて行った。


「待ちやがれ!」


 ダルタネスがその後を追おうとする。その足が動いた瞬間、サンタは恐怖に朦朧としている状態でありながら魔力を放出。一気に魔法陣を展開した。


「遅いな」


 だが、それよりも早くサンタの懐に潜り込む影。冷笑を浮かべたクレインが、屈みながら一気に間合いを詰め、その腹部に剣の柄を叩きこんだ。


「ガ……!」


 鳩尾を叩かれ、激痛から集中が途切れる。虚空で四散する魔法陣から零れた魔力とともに、サンタも床に膝をついて噎せこんだ。

 呼吸が出来なくて、声も出ない。激痛と恐怖に朦朧とした思考のせいで魔法陣が編みあげられない。さらに自分がどうにかしなければという焦燥感が、余計に混乱を招いていた。

 クレインは身を屈めたサンタの頭を、虫でも潰すかの如く足の裏で踏みつけた。


「くぅ……!」


「ふん、魔法に自信があったようだが、この距離でやるなら陣を使った強化魔法が基本だぞ? その程度のこともわからない素人とは、呆れるね」


 顔を床に押し付けられたサンタは、苦悶するだけで言葉を返せなかった。情けなさに涙が滲む。震える体と嗚咽からそれを察したクレインは、さらに嘲笑を響かせた。


「ハハハ! お前泣いてやがるのかよ! 情けないったらありゃしないな! ったく、雑魚がちょっと魔法に自信があるからって自惚れるからだよ! 悔しいか? だがな、これが実力の差ってやつだ!」


「ぐ、うぅぅ……」


「おいおい! 悔しくって何も言えないってのか?」


 クレインと共に、周りの仲間も笑い声を響かせた。情けない。自分は、こんな人達に何も出来ないのか。強いはずなんだ。本当は、いなほと同じくらい強いのに。

 だが、体に残る激痛と踏まれた頭から感じる鈍く響く痛みが、少女の体を硬直させる。惨めすぎて涙がどんどん溢れる。力だけで、使うための心が培われていないことが悔しい。


「さて、と……ちょうどいい、お前には人質になってもらうとするか……おい! あれあるか?」


「はいよ」


 魔法使いらしい少女が、クレインに手錠のようなものを渡した。頭を踏まれたサンタにはそれが何かわからない。クレインは頭を踏んだままサンタの腕から杖を引き剥がすと、その両腕を背中の後ろで束ねて手錠で拘束した。


「『封印』」


 そして魔力を通すと同時、手錠にびっしりと浮かび上がる複雑な紋様。クレインはそれを見届けるとサンタの側から離れた。

 チャンスだ。サンタは僅かに痛みが引いて冷静さを取り戻した思考で、彼らにばれないように魔法陣を作ろうとして。


「あ、あ……?」


 目の前でクレイン達が自分を見て笑っている。だがサンタはそんなことも分からないほど、自身の身を襲っている異変に戸惑っていた。

 魔力が出せない。正確には、出した分だけ、両腕の手錠に吸い取られて虚空に散らされている。


「俺達がつい先日ダンジョンで見つけた魔法具でな。それを着けた相手の魔力を封じるって代物だ」


 そう言って、クレインはさらに同じ手錠をサンタの手首に装着して起動させた。


「う、こ、のぉ……!」


「お前、魔力量は結構なもんだから、念を入れて五つある手錠を三つ使わせてもらうぞ」


「やめ、て……」


「嫌だね」


 さらに手錠が着けられると、サンタは最早放出した魔力が完全に自分では扱えなくなったのを悟った。


「シード、眠らせろ」


「わかった」


 クレインの背後から出たシードが、サンタの首に針を刺す。そうするだけでサンタの意識は、急速に沈み込み。


「よし、ウェンディはダルタネスを追え、シードとアリアはメッセージを残したら──」


「いな、ほぉ……」


 消えて行く意識。暗がりへと落ちる最中、サンタが最後に思ったのは己への恥ではなく、いなほの大きな背中だった。






次回、焦燥。


例のアレ

魔力抑制手錠

正式名称は特になし。一つでGランククラスの魔力を四散させる優れもの。三つもあれば瞬間的にCランククラスの魔力も四散させるぞ!

これがあればダルタネスを倒した男だって封じれるぜ!やったね!


などと戦意の行軍は考えている。

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