第十四話【ヤンキーたいふーん】
薄暗い通路に詰まった空気を全て奪い尽くす程の爆炎が迸った。幅十メートルはある通路の全てを埋め尽くすほどの巨大な赤は、逃げる隙間すら敵対するトロール達には与えずに、その肉体を灰へと帰す。
その紅蓮の担い手であるカッツァは、背後で控えていたいなほとサンタにドヤ顔で振りむいた。あの恐るべき熱量を放ったとは思えない飄々とした態度はいかがなものかと思うが、E-だと言ったその実力は、決して誇張でも何でもなかった。
「どうだい? 俺もそれなりに戦えるだろ?」
「中々やるじゃねぇか」
「すっごいなぁ。炎の魔法をこうも使いこなすの、びっくりだ」
二人はそれぞれにカッツァの魔法を称賛した。獣人であるカッツァの装備は、ガントレットと、急所を庇う程度の装甲しかない軽装と随分と身軽だ。獣人の身体能力を生かして、それ自体が魔法具でもある赤色のガントレットから炎を繰り出し、徒手空拳で戦うスタイルは、丁度いなほとサンタを足したかのような感じだ。
身体能力はいなほで負けて、魔法の行使ではサンタに劣るが、そのどちらも充分以上に使え、かつ状況判断に優れたカッツァは、冒険者として二人以上の実力者と言えた。
状況に応じた支援と指示、つまりは司令塔として彼なら活躍するに違いない。つい数日前は、カッツァを守るだなどと言っていたサンタも、この戦いぶりを見せられれば、その考えが間違いだったと、考えを改めた。
「だけど、お酒飲み過ぎで約束破るの、よくないな。反省しなさい」
「う……は、はい……」
図に乗ったカッツァへのサンタの一言は思いの外効いたらしい。
歓迎会の時は、その翌日にでもカッツァを連れてダンジョンに潜り込むつもりだったいなほとサンタだったが、カッツァはその後二次会を決行。結果、いなほが多めに渡しておいた金貨を使いきるほどに飲みまくり、翌日から暫く病院でお世話になるという結果になったのだ。
しかもそれが一日だったらまだしも、何故か切れ痔が再発したらしく、せめて二日は安静にしなければならないときたものだから言葉も出ない。
なのでこの数日間、いなほとサンタはカッツァと合流するまで、EからDランク程度のダンジョン攻略に勤しんでいた。
そして現在いるのは全十三階層あるEランク迷宮の一階だ。早々に現れた数体のトロールをカッツァは失点を取り返すために華麗に燃やしたのであるが、やったことは覆らないため結局かっこつけられなかったという始末であった。
「ハァ……しかし不思議ちゃんはホント不思議だねぇ。彼女に言われると、何でもその通りって感じがしちゃうよ」
カッツァは後ろを歩くサンタに聞かれないようにいなほに耳打ちした。いなほもそれには同意だったのか軽く頷く。
「だとしても、今回はテメェが全部悪いよ」
「ごもっともで」
小さく手を上げて降参のポーズ。ふざけた態度のカッツァにこれ以上何を言っても無駄と悟ったいなほは、溜息一つ吐きだすと、何故か後ろでニコニコしているサンタのほうに振りかえった。
「何笑ってんだよ」
「男の子の友情、初めて見た」
「何処をどう見たらこんなアホと友情してるように見えんだよ」
「え? 俺達もう友達だろ色男君」
「それはねぇ」
「ひでぇ!」
ショックで荒い言葉が飛び出すカッツァに呆れるいなほ。そしてサンタは二人のやり取りを尊く、手の届かないものを見るように見ている。
いなほは、そんなサンタの態度が気に入らなかった。この数日で分かったことだが、サンタはあらゆる全てを楽しそうに眺めている。それだけならいいのだが、まるで、自分には一生縁がない、映画の中の物語を見るように見ているのだから面白くなかった。
「サンタ、お前、こっち来い」
「え? でも、私、後衛だよ?」
「いいから来い」
いなほは強引にサンタの手を取ると、カッツァとの間に滑り込ませた。手を握られたままのサンタは、どうしていなほがそんなことをするのか分からずにキョトンとするばかりだ。
そこまでして、いなほは自分がしていることに気づいて若干の恥ずかしさを感じた。慌てて、その手を引っ張った理由を口走る。
「カッツァがうぜぇ、お前が相手しろ」
「そりゃねぇぜ色男君!」
「あはは、仕方ないなぁ。じゃあ、うざいカッツァの相手、任されました」
「不思議ちゃんまで!?」
口を大きく開いてショックを露わにするカッツァの表情が面白くて、サンタは大声で笑い声をあげた。
その笑顔が、先程と違う、ここにいる笑顔なことに安心する。手の届かないものなんかではないと言いたかった。こんな日常、憧れる意味もないくらいくだらないものなんだと分かって欲しかった。
そんないなほの心中を知ってか知らずか、サンタはカッツァをからかいつつ、いなほの顔を見上げて笑いかけてくる。
それは魔獣が出るまでのほんの少しの僅かな時間。触れあった手と手は、意識するまでもなく繋がれたままだった。
Eランク迷宮ともなれば、半分をすぎた頃から罠も魔獣の質も随分と変わってくる。特に罠に関して厳しくなってきてからは、カッツァも一階の頃のように軽口をあまり言わなくなってきていた。
「っと、魔法陣、解除したよ」
何個目になるかわからない、魔獣のひしめく部屋へと強制転移させる魔法陣を解除したサンタが一息つく暇もなく「動かないでね」とカッツァが固い声でサンタに警告した。
言われるままその場に止まったカッツァは、サンタの側に寄ると、魔法陣があった場所の中央に小さな棒を突き刺した。
「よし……ここは踏むと上から杭が落ちてくる仕組みになっている。この棒で起動スイッチに引っかけたから、遠回りに進めば起動しないはずだ」
「その程度なら俺がぶん殴って止めてやるってのに、一々面倒だな」
「罠を甘く見てはいけないよ色男君」
つまらなそうないなほをカッツァは注意した。
「確かに君たちならこの程度の罠なら強引にでも突破できるかもしれない。だけど墓穴の向こう側の罠は危険なものが無数にある。それは君達ですら油断すれば死に繋がりかねないものだ。だからここで罠というものが如何に危険かを知っておいたほうがいい」
「そうだよいなほ。油断大敵だ」
「チッ……わかったわかった。気を付けるって」
「わかったは一回」
「テメェは俺の親かよ!?」
「はいはい、漫才はそこまでにしようか。来るよ?」
カッツァが通路の先を睨むのと、二人が臨戦態勢に入るのはほぼ同時だった。
鎧と剣に盾を装備した重武装のオーク、H+ランクのオークナイトが五体、その前には雑兵たる通常のオークが十体ほど横一列で並んでいた。
「出迎えご苦労ってな」
いなほは指の骨を鳴らしながら前に進み出た。サンタは後ろに下がり魔法陣を展開、カッツァもサンタの隣でガントレットに魔力を通した。
直後、オーク達が襲いかかる。その迎撃にいなほが出た直後、カッツァは跳ねるようにしてサンタを抱きかかえて横に飛んだ。
「ッ!?」
何事だとサンタが叫ぶ前に、背後から銀の光が先程までサンタのいた場所を通りぬけて行った。
「ありがと!」
「感謝は後でね!」
振りかえった二人の前には、トロールナイトが立っていた。こちらは一体だ。カッツァはサンタに目配りすると、その懐に飛びかかっていった。
サンタもその目線の意味に気付きいなほの援護へと回る。一撃ごとにオークを吹き飛ばすいなほの左右から迫るオークナイトの影に、サンタは展開したままだった魔法陣から氷の飛礫をまき散らして足止めした。
「いなほ!」
「あいよぉ!」
両手を使ってその場で回転ラリアットをしてオークをミンチに変えた筋肉ミキサーは、サンタの呼び声と同時に回転したまま空に飛び上がった。まさに人力ヘリコプターとでも言うべき姿に変わったいなほは、空中で体勢を反転。天井を蹴り飛ばすと、両手を頭の上に真っ直ぐ伸ばして、さながらドリルの如くオークナイトの体を鎧ごと貫いた。
その人間離れした光景は最早ギャグの領域だ。ミンチにしたオークナイトの片割れに向き直ったいなほは、飛礫に貫かれ動きを止めたオークナイトへ跳躍。落雷の如き空中踵落としを顔面に炸裂させて、筋肉ミサイルはオークナイトを即死爆散。
残りは三体。愚直に突撃してくるオークナイトを迎え入れるように構えたいなほだが、その背中を追い抜いて、紫電が醜い豚面を黒こげなローストに変貌させた。
「『火炎』!」
そしてラスト、トロールナイトの顔面に叩きつけられたガントレットから炎が発生して、その内部から燃やし尽くして消滅させた。
まさに圧倒的だった。B-ランクの化け物二人を主軸に、E-ランクのエースがサポートを的確に行う。最早シェリダンでも最強のチームと言っても過言ではない。
「お疲れ様」
二人の活躍を労ったサンタにカッツァといなほは手を上げて応じる。その顔には疲労の色すら見えなかった。
次回、プリンを食べる。