第十三話【悪意の矛先】
バンが所属するギルドは、総勢三人の少人数Gランクギルドの『雷神』だ。名前だけは強そうだが、シェリダンでは最低辺とされるくらい弱小ギルドである。シェリダンより南、アードナイの最南端に位置する街で結成されたこのギルドは、地元ではかなり実力のあるギルドであったという過去がある。
そのまま調子に乗ってシェリダンに来てからというもの、自身の身の程を知って、しかし成り上がるのを諦めきれずに、こうしてみっともなく過ごしているのだが。
いなほとの会合から数日後、バンは先日出会ったいなほのことについてメンバーに気分良く話したりしながら、Gランクダンジョンでいつも通りに小銭稼ぎにいそしんでいるのであった。
「D+ねぇ……なんていうかあれだよな。俺らじゃ手が届かないっていうの? いるんだなぁ、そういう人って」
リーダー格である青年、フリッツ・ペインが感心しながらダンジョン内の罠を確認しながら呟いた。いつものことだが、基本的に彼らのギルドはダンジョン敵性ランクぎりぎりの実力しか持っていないので、必然魔獣が多いダンジョンよりも、罠が多いダンジョンを攻略するほうを意識している。
実力が足りないために不可能だが、彼ら一人一人の罠解除や探知に対する習熟度は、大手のギルド員にすら見劣りしないだろう。
なので、Gランクかつ罠が中心のダンジョンならば、こうして雑談をしながらクリアすることが可能であった。
「俺も驚いたけどさぁ。やっぱ持ってる奴は違うね。オーラっての? それがギンギンに出ているわけよ」
「僕たちみたいに地元で調子に乗るようなのとは器が違うってわけですね」
チームで最年少の少年、バッツ・リンガロンは思わず皮肉を漏らした。だがバンとフリッツは顔を見合わせて肩を竦める程度の反応しかしない。嫉妬くらいは仕方ないと思ってもいたのだ。
バンにだって、いなほに思うところがない訳ではない。二十歳という、自分より五つ下なだけの青年が、自分を遥かに上回る実力を持つ。冒険者として、男としての嫉妬は当然だ。
だからといって無闇やたらに騒いだり、態度を改めるということはしない。弱者故に強者に媚びへつらうのはバンの信念に反することなのだ。
「まっ、ギルドは違えど、すっげぇ強い奴と知り合いになれたのはありがたいことだぜ」
いなほがもたらす情報は、バンのような小物がシェリダンで生きて行くには千金を超える価値を持つだろう。それが分かっているため、二人もバンがいなほと知り合えたことは心から歓迎していた。
「で、どうするつもりだ?」
「どうするも何も、ここ数日はシェリダンの先輩として色々と相談に乗ってレクチャーしてやってんぜ!」
バンの冗談に二人は声を出して笑い始めた。
「なぁにが先輩だよバン。汚いジャガイモみてねぇな面してる癖に、先輩なんてできるわけねぇだろ。精々腰巾着が席の山ってな」
「そうですよ。それにバンさんがレクチャーって、まずはその臭い口を綺麗にしてっからじゃないと相手に失礼ですよ?」
「お前らなぁ……俺が相手だからって何言ってもいいわけじゃねぇんだぞ!」
三人は賑やかに話しながらも、ダンジョンを進めて行く。このダンジョンでは強くてもトロール程度の相手しか出ないため、戦闘も問題なくこなしていった。
そうしていると、最上階の十階に三人は辿りついた。待ちうけているのはトロールナイトがたった一匹。三人がかりなら苦戦はすれど、充分に対応出来る相手だ。
「よし、行くぞ!」
フリッツが片手剣と盾を構えて突撃する。バンとバッツも遅れて飛び出す。戦闘となれば軽口を言い合う暇もない。三人はいつも通り、だが注意を払って戦闘を開始しようとして。
「『燃やし尽くせ、紅蓮の腕よ』」
突然の紅蓮が三人の背中を勢いよく炙った。
「ぐぁ!?」
「ぎぃ!?」
「どわぁ!?」
三人に放たれた紅蓮は、手前で着弾を果たすと巨大な爆風で三人を吹き飛ばした。
何が起きたのかと困惑しながら起き上がった三人が振り向くと、そこにいたのは、五人組の男女のグループであり、その内の一人は、数日前に見た顔だった。
「あ、いつは……」
バンは、その一団の中にいる巨漢の男、ダルタネスを見つけて悟る。あれこそ、シェリダン新鋭のギルド、戦意の行軍に他ならない。
その内の一人の少女が、ゴミを見るような目つきでバン達を見ると、新たな紅蓮を杖の先に展開した。
「あの顔が汚い奴だな? ダルタネス?」
先頭に立つ赤と青の鞘に収まった剣を携えた美しい青年が、背後のダルタネスに問いかけた。
ダルタネスは、いなほにぶん殴られた痕が未だに治っていない顔を怒りに染めて頷いた。
「やれ、ウェンディ。あの汚い男は残しておけ」
青年の号令の元、放たれた炎が突然の奇襲のダメージから抜けきっていない三人に襲いかかる。
何もかもが唐突だった。あんまりにも軋む体と朦朧とした頭のせいで、状況をいまいち把握できない。そんな中迫る巨大な紅蓮は、虚空で二つに分かれて、十年以上の付き合いになるフリッツとバッツの二人を飲みこんだ。
「あ……?」
唖然とその光景をバンは眺めていた。絶望の叫び声をあげて、炎に体を飲みこまれながら、必死にその場で転がりまわり炎を消そうと足掻く二人は、まるで悪い夢を見ているかのような光景で。
その抵抗もゆっくりと遅くなり、肉と鉄の焼けた嫌な臭いが僅かに香った直後、二人の亡骸は淡い光の残滓となって、魔力結晶になって鎧の隙間から転がりでた。
「これで貸し借り無しね」
「あぁ、これで前の賭け分はチャラだ」
「ったくもう、アンタに負けるなんて私も焼が回ったものね」
ダルタネスと、ウェンディと呼ばれた少女の会話が理解できない。賭け金を失くす。それだけのために、それだけのためにこれまで冒険を続けていた仲間を殺したと言うのか。
「う、うぅぅぅ」
仲間を殺された怒りと、自分も殺されるのではという恐怖が、唸り声となってバンの口から零れ出した。バンに出来るのは憤怒の形相で五人組を睨むことだけだが、戦意の行軍のメンバーはその程度ではまるで揺らがない。
青年を筆頭に五人組はバンに近づくと、ダルタネスが「昨日のあの男は誰だ?」そう今にも怒りだしそうな震えた声で聞いてきた。
そういうことか。バンは怒りと恐怖の中でも冷静な思考で理解した。間違いなく、ダルタネスは昨日の一件を根に持って、わざわざ俺を探したのだ。おそらくは弱小ギルドの面子を使って。
新進気鋭と言われる戦意の行軍だが、はっきりと言ってその評価はふんだんに皮肉交じったものである。何せ、戦意の行軍は、バンのところのような弱小ギルドの面子を捕まえては、無理矢理配下に収めているのだ。なので、実質五人の少数精鋭でありながら、そのメンバーは百を超えているという。あえて自身のギルドに入れないのは、強い奴以外はいらないという考えでもあるからなのだろう。
そんな奴らの評判は悪い。中堅以上のギルドは、完全に戦意の行軍を無視し、下位ギルドは戦意の行軍に睨まれないようにしている。冒険者を始めてまだ一年というルーキーだけの面子故に、情報の大切さも知らない。だからこうして、いなほのことを聞いて報復に出ようという馬鹿な考えが浮かんだのだろう。
「知らねぇよ。知ってても、テメェらみたいな下衆に教えるか」
バンは体を震わせながらも毅然と言い放った。お前らみたいな奴は、何も知らずにいなほに突っかかって死ねばいい。そんなことを内心で思ったバンの胸倉を、怒りが限界を超えたダルタネスが掴み上げた。
巨人族とのハーフである彼の腕力は素の状態でも異常だ。鎧が軋み、軽く持ち上げられたバンは苦悶に顔を歪める。
「ざけんなよ? テメェがあのうざってぇ男の連れだってのは知ってんだよ! さっさと吐きゃ、テメェは生かしといてやるぞ!?」
「嫌、だね」
「テメェ!」
怒りのままバンを殴り飛ばそうとしたダルタネスの腕を青年が抑えた。それだけでダルタネスは怒気を鎮めると渋々手を放す。
解放されたバンは地面に倒れこんで噎せた。だがすぐに戦意の行軍を睨むと、青年が冷たくバンの怒りを鼻で笑った。
「あんまり粋がるなよ? 大かたダルタネスを気絶させた男に期待でもしてるようだが。酒が入って前後不覚だったこいつを気絶させた程度の男が、面子を潰されて怒ってる俺達に勝てるとでも思ってるのか? だとしたらお笑い草だな!」
青年は自分の実力を疑っていないのだろう。さらには胸に付けた金色のバッチを見せびらかして続ける。
「こいつはマルクで行われた闘技大会の優勝者にしか贈られないバッチだ。わかるか? マルクの闘技大会は新人の登竜門、そこを俺達は苦戦することもなく勝利したんだ。そして今ではたったの五人でE-ランクにまで到達した。数だけ揃えてランクを上げたような古いだけのギルドなど、目ではないのさ」
自信の功績を自慢する青年の主張にバンは呆れてすらいた。その大会にいなほも出ていたと、バンはいなほ本人から聞いている。
そして、その予選でいなほはエルフと激闘を繰り広げ勝利したが、他のメンバーが負傷で動けないため大会を棄権したのだとも。
「ハッ、その程度がどうしたんだってんだ」
バンは仲間を殺された怒りとは別に、彼らの盲目的な馬鹿さ加減に呆れて笑ってしまった。
なまじ、たった一年でシェリダンで成り上がったからわからないのだ。上には上が居て、本物の化け物は、圧倒的な実力を持っているのだということを。
笑いだしたバンを訝しむ戦意の行軍のメンバー達。バンはその様子にさらに笑いを大きくしていった。
「何が可笑しい?」
「テメェらのアホさ加減がだよ。俺ではテメェらには勝てねぇ。だけどな、そんなテメェらも所詮本物を知らないアホでしかないんだ」
だから、笑えるのだ。自分にとっては圧倒的な強者のはずの戦意の行軍すら、いなほにとっては少し手こずるか程度の違いしかないはずだ。
「……どうしても、男については教えないつもりか?」
「当たり前だ」
間接的にだが、仲間が死んだのはいなほが問題を起こしたことにある。だがしかしバンは今回のことでいなほを責めるつもりはさらさらなかった。何せここはダンジョンの中、そこで行われた全てが、冒険者自身の責任に帰結する。それは冒険者なら誰もが持ち得ている信念で、バンだって例外ではない。
魔獣に殺されるか、冒険者の誇りを持たぬ冒険者崩れに殺されるか。その程度の差だ。
ならば思い残すことはない。バンはせめてものと、話している間にようやく動けるまで回復した体、一撃を与えるために剣を持ち直して。
「■■■■ッッ!」
本来、一定の距離に詰められるまで動かないはずのダンジョンのボス、トロールナイトが動きだした。
戦意の行軍の全員が、動きだしたトロールナイトの方を見る。容易に倒せるとはいえ、Gランクの魔獣は無視できるものではない。
「やれ、ダルタネス、シード」
青年の号令の元、ダルタネスと、茶色のマントで体を覆った小柄な少年、シードが躍り出た。
シードと呼ばれた少年は、見た目通り機敏な動きでトロールナイトとの距離を詰めると、マントの下に隠していた無数のナイフを指にはさめるだけ挟むと、鎧で覆われていない間接部分に、的確にナイフを投げ当てて見せた。
間接を潰されたことで動きが停止するトロールナイト。その目の前に現れたのは、巨大なトロールナイトよりもさらに頭一つ大きいダルタネスだ。
「ぬらぁぁぁぁぁ!」
冗談に思いっきり振りあげられた戦斧が、動けぬトロールナイトの顔面へと激烈な気合いと共に叩きつけられる。兜など意に返さぬ一撃は、その頭がい骨を粉砕するだけでは留まらず、半ばまでを断ち切って、一撃で沈めたのだった。
動けぬとはいえ、堅牢なトロールナイトを一撃で沈めたダルタネスの破壊力、そしてその一撃を演出してみせたシード。これだけで彼らの実力は誇張ではないことがわかる。
しかし、所詮はその程度だ。強化魔法も使わずに、トロールナイトの一撃を横合いから掴みとった挙句、紙くずのように吹き飛ばしたいなほを知るバンは驚いた様子も見せず、むしろ自分に意識が向いていないこの状況を好機と判断した。
備え付けの袋の中から、離脱用の煙幕弾を掴めるだけ掴むと、そこに魔力を通して解放、一気に床に叩きつけた。
「くっ!?」
バンの側にいた青年達が煙幕に視界を奪われて停止する。その間に、バンはトロールナイトが倒されたときに出るはずの転移用の魔法陣まで、直感で駆け抜けた。常にこのダンジョン攻略を日課としていたバンだったからこそ可能なことだ。
「ハァ!」
遅れて青年が携えた二刀を振るって煙幕を吹き飛ばす。その時にはバンは転移陣に突入を果たしており、彼らが追うより早くその体が光に包まれて転移した。
「待ちやがれ!」
「止せ」
その後を追おうとしたダルタネスを青年は引き止めた。何か言いたげに振りかえったダルタネスに、「落ち着け」と諌める。
「何、問題はないさ。明日にでもお前が行ったという店に言って聞きだせばいいだろう。俺達に泥を塗ったんだ。この実力が全ての街で、俺たちに喧嘩を売るというのがどういうことか、教えてやる」
青年が凄惨な笑みを浮かべて魔法陣を睨む。その言葉はこの街では真実であるということを彼らが思い知ることになる時は、そう遠くはない。
次回、ダンジョン探索その2