第十二話【新たな仲間】
火蜥蜴の爪先のギルドメンバーはその日、大いに騒ぎ、喜んでいた。先日いなほが訪れたセンスの店は、今日に限り火蜥蜴の爪先で貸し切りだ。全ギルドメンバーは、早森いなほという期待のエースを心から歓迎していた。
魔族殺しの来訪。当初はまたカッツァの胡散臭いホラ話しと疑っていた一同も、いなほが今日行ったダンジョンより持ってきた魔力結晶とクイーンバウトの毛皮を見て、その疑いが誤りだったと気付いた。
「ヤンキーの拳に!」
「ヤンキーの強さに!」
乾杯! と、これで何度目になるかわからぬ乾杯をするメンバーの賑わいは、既に主役であるいなほのことは、酒の肴程度にしかなっていない。ジョッキ一杯の酒を煽るメンバーが「ヤンキー! 追加良いか!?」と聞くと、いなほは快く「幾らでも飲みな、クソ共が」と嬉しそうに答えた。
飲んで騒いでと、楽しそうだ。二日連続でチップを弾むいなほの懐の深さに看板娘のコリンは嬉しい悲鳴に喜んでいた。カッツァもメンバーに混ざって飲んで食べての賑わいをみせている。
そんなお祭りのような店内の隅っこで、サンタ・ラーコンは静かに度数の低いお酒をちびちびと飲んで、楽しげな騒ぎを楽しそうに見つめていた。
「どうだ? 来て良かっただろ」
いなほは一人で飲むサンタの隣に座ると、持ってきたジョッキの中身の酒を一気に飲み干した。雰囲気のせいか、いつもよりも早く回ってきた酔いに気分を良くしながら、小さく頷くサンタの反応を見る。
ダンジョンを脱出した二人は、その足で食事をすませたのだが、さて解散となろうとしたところをいなほが引き止めて、この新人歓迎会と言う名の単なる飲み会にサンタを誘ったのである。
最初は、自分が行っても邪魔になるだけだと言っていたサンタを強引に連れ出したいなほは、ニコニコと笑みを絶やさないサンタを見て、自分の判断が間違っていなかったと確信した。
「すっごいうるさいね。昨日もそうだったけど、こういうの、あんまりなかったから、驚き」
「そりゃ随分だな。飲み会もしたことねぇのか?」
からかうようないなほの言葉に、サンタは頷きを返した。
「こんなに楽しいことが外にはいっぱいあったなんて知らなかったな」
「なんだそりゃ?」
まるでこれまで一度も外に出たことがないような言い方にいなほは疑問を感じた。サンタはそんな己の失言に気付いて僅かに慌てた。
「こ、言葉の綾だよ! 外に出たことくらいあるよ!」
「んな大袈裟に否定しなくてもいいじゃねぇか」
「あ、あはは。そうだね」
苦笑するサンタに僅かな違和感を覚えたが、いなほは気にせずに新たな酒をジョッキに注いだ。
「まっ、んなのどうでもいい。酒が飲めて、うるせぇのが楽しいってんなら……」
いなほは手に持った瓶をサンタの前に掲げた。
「お前はここの仲間だよ」
「……うん」
サンタが差し出したグラスに、いなほはなみなみと酒を注いだ。仲間の証として注がれた酒が、店の賑わいで震える様をサンタは静かに見つめた。
隠しきれない喜びがあった。ここに来てから色々と不安だった事柄の殆どが、いなほという青年に会ってからの半日でなくなっている。これなら、墓穴の向こう側を攻略することだってできるのではないかと思えるくらいだ。
だが、同時に申し訳なさも感じていた。いなほはあまりにも不思議な自分の素性について、深く言及せずに付き合ってくれている。ネックレスを強く握りしめたサンタは、何も言えない自分の身を呪った。
「サンタ?」
顔を顰めて胸を抑えるようにネックレスを握るサンタにいなほは声をかけた。その声で自分が嫌な表情を浮かべていることに気付いたサンタは、すぐに笑顔を取り繕う。
「な、何?」
「いや……何でもねぇならいいんだ」
何かがこの少女にはあるのだろう。だが言わないならそれでも構わないといなほは思った。人間、言いたくないことの一つや二つはある。無理に聞きだす必要などはどこにもない。
そうして僅かに暗くなった空気を晴らすように、サンタはあからさまに明るい口調でいなほに話しかけた。
「と、ところでいなほ。明日はどうするの?」
「そうだな……まぁアレだ。腕試しは今日すませたし、明日から早速潜ってみねぇか?」
墓穴の向こう側へ行く。その前段階である血色の棺桶は、バンの言っていたことが正しいのなら、一階ですらFランク程度の実力は必要らしい。
だがいなほとサンタの二人は今日、F+迷宮の最上階を容易にクリアしてみせた。ならば少なくとも一階で躓くということは考えにくいだろう。
しかし、問題は残っている。サンタは悩ましげに眉を潜めた。
「いなほはさ、罠に関しての知識ってある?」
「ぬっ……」
サンタの問いにいなほは言葉を詰まらせた。
先程は魔獣の奇襲が主軸だったために、罠などの部類はなかったが、B+迷宮に罠がないとは考えにくい。そしていなほは、マルクにある学生用の迷宮ですら様々な罠に引っ掛かった程、罠に関しての知識に乏しかった。
無言で押し黙るいなほの反応を悪い方に捉えたサンタは、どう言っていいか分からず苦笑いを浮かべた。
「一応、ある程度の罠の知識は備えてきたけど、私、ダンジョン潜る経験ないから、さ」
知識と実地は雲泥の差がある。ある程度は知識だけで乗り切れるだろうが、経験に乏しいサンタでは、B+迷宮の罠全てを抜けられる自信はなかった。
ならば別の冒険者を雇うべきか。そう話したいなほの言葉をサンタは無理だと切って捨てる。
「魔獣については私達が倒していくとしても、だからと言って危険地帯にむざむざ飛び込むような人はいないよ」
もし他の冒険者を雇えるのなら、最初から雇って共にダンジョンに潜り込んでいた。そう付け加えたサンタの言に反論出来るわけもなく、二人の間に先程とは別の淀んだ空気が漂い始めてきた。
「おやぁ? そんな暗い顔をしてどうしたのかな?」
そんな二人の間に割って入ってきたのは、顔を真っ赤にしたカッツァであった。ふらふらとよろめきながら、崩れるように座り込む。
サンタはカッツァの酒臭さに顔を僅かに歪めながらも「気にしないでください」と言った。
「ふぅん。気にしなくていいのかい?ほんとーに俺は君達を気にしなくていーのかなー」
「うぜぇ」
己の肩に腕を回して絡んでくるカッツァにいなほは面倒臭そうに言い放った。だがカッツァは全く気にした素振りもみせずに絡み続ける。
「うははは、まぁまぁ、折角なのだすぃ、ギルドマスターでもある俺にぃ、はーなーしーてーごらんよ。役に立つかもしれないよ?」
「……墓穴の向こう側に挑むアホを探してる」
いなほが観念したように呟くと「墓穴に挑戦! そいつぁ凄い!」とカッツァは大仰に叫んだ。
「こいつは驚いたね。朝渡した依頼書、アレホントに受けることにしちゃったわけ? 流石色男、エデンの林檎の採取依頼なんて、依頼書を渡された全員が拒否したっていうのにさぁ」
「……どういうこった?」
「まず、シェリダンにあるギルドの最高位ランクは幾つだと思う?」
遠回しなカッツァの言い回しに苛立ちながらも「Bくらいか?」と渋々付き合うことにしたいなほ。
カッツァはその答えに両腕をクロスさせてバツ印を象った。
「ざんねーん。正解はB-ランクでしたー。しかもそこだって総勢五百人の巨大ギルドの『竜の息吹』だからねー。総合でB-だからと言って、決してB-ランクに勝てるってぇわけじゃないのさ」
ギルドにつけられているランクというのは、あくまでそのギルド内にいるメンバーの戦力を簡単な足し算をして表したものでしかない。例えば、最近話題の少数精鋭ギルド、戦意の行軍はE-ランクと、シェリダンの平均よりやや高いくらいだが、仮に膨大な人数でDランクと認定されたギルドと戦った場合、戦意の行軍は打ち勝つだろう。
さらに言えば、迷宮はあくまで迷宮であり、狭い通路のことを考慮すれば、戦える人数は限られてくる。よって、ギルドランク的には充分に墓穴に挑めるランクのギルドも、決して完全な攻略に挑もうとはしていなかった。
「そして、本来別々のギルド同士が連携することはありえない。あったとしても情報交換くらいだからねぇ……一応、シェリダンに住む冒険者のエースクラスだけを集めれば、多分墓穴の攻略は充分可能な範囲のはずだが、それはギルドという看板が許さない」
ギルド間の関係は、競い合うライバルではあるが、決して仲間というわけではないのだ。
「ならよ、テメェはどうなんだ?」
いなほはカッツァの実力を見抜いた上で言った。類まれな戦闘経験と才能が、カッツァの持つ実力を正確に見抜いていた。目の前の軽薄な男は、見た目通りの軟弱な男でないはずだ。
カッツァは待ってましたとばかりに目を輝かせた。
「そこで俺さ!」
「あ?」
何が何処でどうなったら自分を指すのか。酔っぱらっているためか言動が不明瞭なカッツァは、その勢いのままにた立ち上がると、身振り手振りで話し始める。
「そうさ! この俺こそ火蜥蜴の爪先のギルドマスターにして不動のエース! E-ランクの実力を持つ『サラマンダーの大口』の異名を持つ、カッツァ・グレイドラを是非!」
「成程、つまり一緒に冒険したいんだね」
「そうとも言う」
謎のかっこいいポーズをとった状態でカッツァはサンタのまとめに同意した。
しかし思ってもみない提案に、いなほとサンタは僅かな光明を見出していた。言動と、その変態性はさておき、ギルドマスターとしての実力は事実、確かなものだ。E-ランクならば、十二分にいなほ達にも遅れをとらずについてくることが出来る。
「お、いいじゃねぇかマスター! どうせ居ても居なくてもどうでもいいんだ! ちょうどいいから期待のエースにお守してもらえ!」
「そうだカッツァ! ついでに荒稼ぎして借金返せよ!」
「だけど先にぶち壊したトイレの修繕すませてからにしなさいよ!」
男女問わずにカッツァへと野次が飛ぶ。内容はあんまりなものだったが、それが嫌味に聞こえないのも一重にカッツァという男の人望なのだろう。
端的に言えば愛されているのだ。荒くれ者達をまとめ上げる才能は、そこに由来するのかもしれないなとサンタは思った。
「で、どうだい?」
カッツァは野次を無視していなほとサンタに詰め寄った。二人は互いの顔を見合わせる。
「まぁ」
「いいよね?」
「よっし! これで決まりだ! 色男君に不思議ちゃん! よろしく頼むよ!」
嬉しさのあまり、カッツァは二人の肩に両腕を回して抱きついた。危うくバランスを崩しかけるが、何とかバランスを取って抱きついてきたカッツァを睨むものの。
「こいつ……」
「寝てる、ね」
その状態で意識を失ったカッツァに何かを言うのも癪に感じた二人は、とりあえず適当に引っぺがしてその場にカッツァを放り投げた。
「さて、これで少しは攻略が見えてきたんじゃねぇか?」
「かもね。カッツァ、死なせないようにしないと」
「阿呆」
いなほはサンタの額を軽く小突いた。思いの外威力が高かったのか、額を抑えて睨みつけてくるサンタに、いなほは言い募る。
「お前はお前の心配をしろよ。人の心配できるほどじゃねぇだろに」
「むっ……子ども扱い?」
「そんなんじゃねぇよ。だが、そういう気遣いはな、ここで鍛えてきた奴にするのは失礼なんだ」
「失礼?」
「こいつだって、こんなんだがギルドマスターって立場にいるんだ。それなりの修羅場は潜ってきたし、そんな奴が危険な場所に酒の席の勢いとはいえ行くって言った。それぁ、それなりの覚悟ってのがあるってことだろ?」
「そういうものかな」
サンタにはそういった部分は分かりづらいところがあった。
守ることは素晴らしいことだ。だが時として、守るという行為は、される側にとって侮辱となることもある。
実力的には、サンタの言い分は正しいのだろう。だがその言葉をかけるべき相手は、戦うことをしない弱者に必要であり、シェリダンに住む冒険者には必要のない言葉だった。
「まっ、テメェのことはテメェで片つけろってことだよ」
酒を飲みながら呟いたいなほの言葉をどう解釈したのか。咀嚼するように何度か頷いた。
「私にはそういうのわからないな。強い人は、自分より弱い子を、守らないといけないんだって教わったから」
「あのなぁ」
「でも、私の常識が皆の常識とは限らないから、納得する」
いなほは改めてサンタに言おうとした言葉を引っ込めた。表面上で納得されるのとは比べ物にならないくらいはっきりとした言葉だからだ。
「なら、いい」
「うん」
それだけ交わすと、いなほとサンタは、未だに騒ぐギルドのメンバーを、その喧騒が収まるまで、静かに眺め続けるのであった。
次回、暗躍。