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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第三章【やんきー・みーつ・ぷりん】
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第十一話【ヤンキーぱんち(中)】

 そうこう雑談と戦闘を繰り返していると、ようやく十階への階段に到着した。これまでの階段とは違い、昇った先には鉄製の重苦しい扉があった。

 その向こうから感じる気配は、いつか感じたことのある気配に似ていた。かつては極上と評した懐かしい相手が放つ殺気は、重厚な扉を超えていなほとサンタの肌を刺激する。


「ビビってねぇか?」


 いなほは隣で緊張の面持ちのサンタに声をかけた。道中は気楽な物言いが目立ってはいたが、少女の体は襲いかかる魔獣の群れから受けた殺気による圧力で、心が随分と衰弱していた。

 そこに加わった、さらに圧倒的な殺気を浴びて苦しくないわけがない。しかしサンタは気丈にも「大丈夫」と言い切ると、「『風林火山』」と身体強化魔法をその体にかけた。


「……行こう」


 身体能力の向上が、心の重さを強引に支える。いなほは鉄の扉を睨むサンタに、それ以上何も言わず扉を開いた。


「へぇ、随分な歓迎だな」


 扉を開いた先の部屋は、円形の闘技場だった。壁には青い炎を発するランタンが幾つも設置され、天井には豪華なシャンデリアが下がっていた。

 百メートル四方の闘技場の中央には、無数のバウトウルフと、それらを率いるように配置されたソルジャーウルフがいた。そして、魔獣達の群れの奥には、白銀に輝く毛並みを持つ巨大な狼が一匹。吹雪のように冷たい殺気を放つ魔獣がいた。

 かつて、いなほと白熱した戦いを演じた狼、クイーンバウトがゆっくりと起き上がる。女王の覚醒と同時に、周りを取り囲む狼の群れも臨戦態勢に入った。

 無名のF+ランクダンジョンが頂点、そこはまさに女王の支配する狼の国。戦列をなす化生を前に、いなほはサンタを庇うように前へと躍り出た。


「いなほ?」


 その背中は答えない。ついにサンダルを脱ぎ棄てたいなほは、言葉なく背中で語った。

 後ろは任せた。だから、前は全部任せろ、と。


「男の子だなぁ」


 敵わないや。とサンタはくしゃりと頬を緩また直後、十にも及ぶ魔法陣を一気に展開した。


「■■■■ッッ!」


 魔法陣が輝くと同時に、女王の咆哮が闘技場を揺るがした。濁流の如き遠吠えにサンタが僅かに怯む。その隙を逃さずに総勢三十にも及ぶソルジャーバウト率いる狼の群れが襲いかかってきた。

 サンタは顔を顰めて己のミスを悟る。完全に隙を突かれたことで、魔法陣の構成が僅かに緩んだ。それを直すのに瞬き、その間に狼達はサンタ達を取り囲み、飛びかかる。

 近距離まで間合いを詰められた。だが狼の群れは失敗する。その距離こそが、少女の前に立った男の射程なのだ。


「うるあぁ!」


 周囲を取り囲まれた瞬間、いなほは全力で地面を踏んだ。闘技場、否、ダンジョンそのものが揺れ動く。怒涛の震脚は、奇襲に成功したと思われた魔獣の侵攻を立った一発で停止させた。


「サンタ!」


 いなほの呼びかけに、サンタは殆ど反射的に魔法を再構成していなほと自分を取り囲むように展開した。

 二人を取り囲む魔法陣の群れの中央に、鉄ですら溶かしそうな熱量が顕現する。意志を持っているかのように球となった熱は、螺旋状に蠢きながら、狼が動くまでの僅かな間で、一抱えほどまで膨張した。


「『円炎燕想』!」


 言語に乗った魔力が炎に形を与える。十の炎が十の燕へと作り換わっていった。魔法陣と言う鳥かごの中、暴れるように炎の翼をはためかせる炎の燕。狼がその危険性を察知して妨害しようと動いたが、その行動はあまりにも遅い。


「『飛び貫け』!」


 飛びかかる魔獣の群れに飛んでいく燕の群れ。魔獣に対してあまりにも矮小なその体躯からはまるで考えられない熱量で、触れた魔獣の全身を忽ち炎で包み込む。

 そこからは阿鼻叫喚だ。炎に悶える魔獣が、別の魔獣に触れて飛び火していく様は、さながら地獄の具体に他ならぬ。

 炎が闘技場を染め抜く。燃える紅蓮が踊る中、揺らめく陽炎を踊るのは女王と筋肉だった。

 熱が遠い。炙りつく炎が遅い。体を焦がす熱よりも尚熱い、体を駆け巡る熱血の胎動を感じながら、コマ送りと化した世界をいなほとクイーンが行く。

 魔獣の四肢が炎をかき消して疾駆する。大地を踏むたびに脈動する全身、風を切って揺らぐ白銀の毛並み。対して美しき女王の疾走に立ち向かう男の動きは、美しさなど何処にも感じられなかった。

 炎を食いちぎり、熱を吐きだし、荒々しく世界を揺らす男の目にはクイーンの目しか映らない。盛り上がる上腕の筋肉、タンクトップの内側の背筋が嬉々として膨れて、回転する足の裏から得られるエネルギーの全てを蓄積した。

 跳躍、同時に右腕を弓なりに振りあげる。左腕の先は、目標を狙うようにクイーンの鼻先へと向けられた。


「その顔面にぃぃぃ!」


 最速を誇る獣の反射神経を容易く超える。虚空で振りしぼった弓矢如き筋肉は、狙いを違うことなく女王の鼻っ面へと着弾を果たした。

 美麗たるその顔面が陥没する。芸術を砕き散らす拳は、加速の乗ったクイーンの質量をその一点で受け止めきり、それどころか速度の乗ったトラックを超える質量となったクイーンの体を思いっきり吹き飛ばした。

 振り抜かれた拳より発生した風が、闘技場を炎上させていた炎を一瞬で鎮火させる。まるで戦いの終着を告げるように消えた紅蓮の中央、破滅的一撃を女王にぶつけたいなほは、問題ないとばかりに破顔一笑した。


「ヤンキーパンチ……ってな」


 それなりに刺激的な戦いではあった。だが当時の自分ほどの高揚感はなかったのも事実である。それこそ、己が強くなった証拠であるため、いなほは自身の成長に喜びを感じていた。


「終わったね」


 魔力結晶が放つ紫色の幻想的な光の中を進んで、サンタはいなほの隣に立って労うように微笑んだ。

 いなほがその笑顔に応じようとした瞬間、二人の目の前が光り輝いた。

 突然の光に目を咄嗟に庇う二人。光は数秒ほど続くと、徐々に輝きを失っていった。光の後に残っていたのは、野球ボール程の大きさの魔力結晶と、白銀に光る美しい毛皮だった。


「攻略の報酬、かな?」


 サンタは女王のものだったのだろう毛皮を拾い上げて呟いた。いなほも落ちていた魔力結晶を拾うと、闘技場の奥に魔法陣が現れる。

 転移用の魔法陣だ。サンタは見慣れたそれの術式を念のために確認して、罠の可能性がないことを確認する。


「それじゃ、帰るとするか」


「その前に」


 あん? と振りかえったいなほの前で、サンタが杖を振るって魔法陣を展開した。


「『繰糸』」


 魔法陣から無数の糸が飛び出す。それらは闘技場に落ちていた魔力結晶全てに張り付くと、サンタがいつの間にか取りだした革袋の中に結晶を運んで行った。

 全てを回収し終わったサンタは、得意げにいなほの前に行くと、たんまりと魔力結晶の入った袋を見せびらかして言った。


「でっかくてパンパン」


「……ぬ」


「私の勝ち、かな?」


 悔しげに唸るいなほを他所に、鼻唄混じりでサンタは魔法陣に先に乗り込んで行ったのだった。






次回、新人歓迎会

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