第八話【ヤンキーダンジョン】
シェリダンにあるダンジョンは、下はGランクから、上はB+までの、各種多様なダンジョンがひしめき合っている。
まずは体を慣らすという名目でいなほとサンタが斡旋所から紹介されて向かったのは、F+ランクの螺旋状のダンジョンだ。
十階層に及ぶダンジョンで、中は見た目以上に広い。というのも、ここにあるダンジョンの全てが、中は見た目の何倍もの広さとなっており、さらにその外壁はかなりの硬度を持っている。少なくとも、いなほレベルでも全力で殴らない限りはビクともしないだろう。
F+ダンジョンともなれば、他の地域では名前でも付くようなものだが、ここではありきたりなので名前は特に付いていない。
「うっし、準備はいいか?」
いなほは準備体操をしながら、隣で杖を強く握ったサンタに声をかけた。
「うん。大丈夫、行こう」
表情には緊張の色が見られたが、それ以上に覚悟の決まった瞳を見て、いなほは問題ないと判断した。
最後に何度か拳の握りを確かめる。強く握られた拳はいなほの誇りだ。
最後にいなほは緊張したサンタの頭に軽くて掌を乗せると、体が揺れるくらい強くその頭を撫でまわした。
「わ、わ、わ! いなほ! そういうの、びっくりだよ!」
「かかか、んで? 改めて聞くぜ。準備はいいか?」
快活に笑ういなほに呆れたところで、体を苛んでいた緊張の糸がいい感じに緩んでいるのをサンタは自覚した。
もっと分かりやすくしてくれてもいいのに。と内心でぼやきながら、サンタはいなほの気遣いに感謝する。
「大丈夫、行けるよ」
「おし! んじゃ行くとするか!」
いなほがダンジョンに入るのに遅れて、サンタも付いて行く。
門を開いて入ると、中は思ったよりも灯りが強く、遠くまで見ることが出来た。広さはおよそ五メートル程度か、赤茶けた石の壁で作られた迷宮内の至る所で、いなほは魔獣達の気配を察した。
「『指針を象れ。迷いを晴らす指針を』『作成地図』」
サンタの体から桃色の魔力が立ちのぼり、それが虚空に一枚の紙となって顕現した。
続いて白紙の上に羽根ペンが現れ、器用に白紙に黒の線を描く。
「オートマッピング魔法。覚えたばかり」
自慢するように笑うサンタに、「サンキュー」といなほは答えて先に進むことにした。
暫くはマッピングする羽根ペンの音と、いなほ達の足音だけが響く。だがそうしていると、道の突き当たりから、複数の影が飛び出してきた。
「■■■■ッッ!」
「■■■■ッッ!」
現れたのはオークが三匹と、その背後からのそりと現れたトロールが一体だ。奇襲のつもりなのだろうか、オークは横一列に並んで石の武器を振りかざしながら飛びかかってくる。
だが対するいなほとサンタには焦りはない。ニタリと笑ういなほの背後、まず動いたのはサンタが虚空に編み出した三つの魔法陣だ。
「『範囲指定』『放出』!」
魔法陣から生みだした氷の飛礫を、言語魔法によってまとめて飛ばす。いなほを追い越した飛礫は、オーク達に回避させる暇も与えずに、その体を容易に貫いた。
だがオークによって勢いが減殺された魔法は、トロールの分厚い体を貫くには至らない。腕を交差させて、急所をカバーしたトロールが、飛礫に身を削られながらもいなほの前まで飛び出す。
「馬鹿が」
だがそれこそ悪手に他ならない。もしもトロールが勝利する条件があるのだとしたら、いなほという敵を前にした瞬間、逃避することが一番正しい選択だったのだから。
石の棍棒が振るわれる。しかしいなほはあえてそれを避けるでもなく、その頭で真っ向から受け止めた。
鈍い音が響き渡り、砕けた破片が空へと舞う。その一連を前に目を見開いたサンタは、あまりにも常識がいな光景に言葉を失った。
「よぉ」
いなほの頭からは脳漿どころか血の一滴すら流れていなかった。逆に砕けたのはトロールの持っていた子どもの胴くらいはありそうなほど太い石の棍棒だった。根元から砕けたそれを、トロールとサンタが唖然と見つめる。
だがその間にもいなほは動いていた。一瞬の油断すら見逃さず、神速の動きで間合いを詰めた直後、ズドン、という壊滅的な音と振動が迷宮に響き渡る。
音の発生源は踏み込んだいなほの右足からだった。破滅をもたらす踏み込みを、赤茶けた石の床はその堅牢さで悲鳴をあげながらも何とか耐えきる。それでも亀裂の走った床からの反発力が、いなほの筋肉サーキットを光速で駆け抜けた。
四散するはずのエネルギーは、ふくらはぎで流れを整え、膝で集中し、大腿で加速し、腰で破裂し、肩に押し出され、肘に回され、背骨が全ての力を増大させる。
そして解放はその鉄拳からだ。ゴールであるトロールの腹部に放たれた最大級の肉爆弾が渾身威力。抉るように捻じりこまれたその拳が、柔らかな腹部を骨と内臓のミックスに作りあげて豪快に吹き飛ばす。
「ラァ!」
爆発四散。遠くの壁に激突したトロールは、壁を彩る肉片のアートとなって絶命した。
いなほはその末路を見届けると、拳を振って付着した血を払った。
「ざっとこんな……お?」
サンタに得意そうに笑おうとして、いなほは絶命したオークの体から漏れ出る光の残滓に気付いた。
それはどんどん強くなると、最後に死体の体を覆い尽くして消滅し、後には紫色の丸いビー玉のようなものだけが残される。
「なんだこれ?」
いなほがそれを拾い上げて光に翳す。光を吸い込むそのビー玉を見て、サンタは「魔力結晶だ」と呟いた。
「魔力結晶?」
「そう、シェリダンのダンジョン群は特別でね。ダンジョン内で死体になったものは、迷宮にその体を吸収、残った魔力の残滓が、宝石みたいな形で残されるの。色んな薬の原料になるから、換金できるよ」
「ふぅん……ま、一応貰っとくか」
いなほは魔力結晶をポケットに突っ込むと、再び歩を進めて行った。道中ではオークとトロールの集団しか出ないので、そこまで苦戦することなく、何度か突き当たりにあたったところで、ようやく上に続く階段を見つけた。
次回もダンジョン