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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第三章【やんきー・みーつ・ぷりん】
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第七話【エデンの林檎】

「ちぇ、まだAじゃねぇのか」


 かつてアイリスから聞いた説明で、金色ならAランクというのだけを覚えていたいなほは、その銀色の光に些か落胆していた。この世界に来てから、激突し続けた数多の強者との戦いで、自分はさらに強くなったつもりだったが、まだ足りないらしい。

 だがそれはそれとして納得する気持ちもあった。何せいなほは己の目標を知っている。届いた一撃の奇跡を体感している。であれば、未だ小さな銀色、つまりB-だというのも当然だった。

 己の目指す己は、この程度ではない。いずれ届く場所があることを信じているから、いなほは楽しそうに至る場所へと思いをはせていると、いつの間にか目の前から女性がいなくなっていた。


「こ、こっちです所長!」


 慌ただしい声と共に後ろから女性が初老の男を引っ張ってきている。いつの間に移動したのかと思ったが、息も絶え絶えに「お、お待たせしました」と呟く女性を見てその疑問はすぐに吹き飛んだ。

 周囲の人間もその喧騒に気付いて、周囲の注目が集まる。その視線の殆どが、いなほが未だに持っている銀色の水晶に向けられていた。B-ランクといえば、天才がその生涯をかけて至れる領域であり、才能と努力、この二つを持ち合わせない限り到達することは出来ない。

 水晶の故障、と考えることのできる者はいなかった。鎧もなく、武器も持っていないいなほだが、そこにいる者は即座に納得する。あの男はそれでいいのだ。自身の肉体にこそ最も信を置いている。故に防具も武器も不要であり、自身の最強を少しだって疑ってはいない。

 その中の一部の人間は、先日の喧騒を誰かから聞いていたのだろう。「あれが例の魔族殺しヤンキー」とぼやいていた。尚、ヤンキーの意味は誰も知らないのはお決まりである。


「所長。こちらが例の依頼を」


「ふむ……ほぉ、これは……すまぬが、お主、歳は幾つかな?」


 初老の男、所長がいなほに質問した。


「そろそろ二十歳ってとこだ。それがどうかしたか?」


「……もしや何処かの王族の出では?」


 重ねられた質問をいなほは鼻で笑い飛ばす。


「笑わすなよ爺さん。俺は生まれも育ちもクソったれだよ。王族だなんて大層な生まれじゃねぇのくらい見ればわかんだろ」


「いや、だがしかし……そうか。その歳でB-とは……天は時に恐ろしい采配をするものだ」


 何か感心したように何度も頷く所長の、勝手に悟ったような態度が気に入らなかったのか。いなほは水晶を木箱に戻すと、苛立たしげに眉を潜めた。


「それでなんだ? 俺ぁテメェと世間話しに来たわけじゃねぇぞ?」


「むっ、それもそうだったな……いやすまぬ、いずれにせよお主は合格だ。ここからは本人に聞いたほうがいいだろう。少し着いてきてくれ」


 所長は背を向けると歩き出した。いなほも舌うちしながら、やることもないので着いて行くことにする。

 歩くと言っても目的地はすぐ傍だった。柱をなぞるようにして歩くと、一部だけ受付ではなく、扉だけが備え付けられている所で所長は止まると、重苦しいそのドアを開いた。

 人が数人立って入れば限界に成程狭い個室だ。だがいなほにはそれに見覚えがあった。


「驚くかもしれぬが入ってくれ」


 言われるがままにいなほが入ると、個室全体がガクンと下に下がった。やはりな、といなほは得心する。エレベーターに違いないと確信していた。

 女性が入り口の扉を閉めると、さらに扉の前にシャッターが下りた。そしてゆっくりとだが上に向かって上昇していく、不思議な浮遊感が襲ってくる。


「普段は私達だけしか使えない移動手段なのだが、今からお主が会うのはそこでしか行けぬ場所にいるのでな」


「ふぅん」


 久しぶりに乗るエレベーターを堪能して少しもすると、僅かな振動と共に部屋が停止した。


「真っ直ぐ行ったところの扉を開けると依頼主がいるので、後は当人同士で話すとよい」


「あいよ」


 シャッターが開き、目の前に扉が現れる。いなほがその扉を開けて外に出ると、シャッターが再び閉まって、ゆっくりと下に下がっていった。

 廊下は随分と広かった。というのも、ここはドームの天井の上に設置された所員のみが使えるエリアである。廊下には受付嬢同様の制服を着た女性や、似たような制服を着た男性職員が資料を運んでいたりしていた。

 その中でタンクトップに短パンといういなほの服装は浮いているため、全員の不審げな視線が刺さるが、いなほは気にせず奥の部屋に向かって歩き出した。


「一番奥っつったよな……」


 掃除が行き届き小奇麗な廊下は、シェリダンにあるとは思えないほどだった。天上世界と地上世界、けがれた地上と美しい天上の対比でも言えるようで、その考えにアホらしいといなほは内心で自嘲する。

 そうこうしている内に突きあたりに到着したいなほは、目の前にある扉をノックするでもなく開いた。


「邪魔すんぜぇ」


 邪魔などとはまるで思っていない声色で部屋に入ったいなほは、驚きで目を見開いた。

 鏡にでもなりそうなほど磨き上げられた白い壁面と床は、驚くべきことにつなぎ目が一つもない大理石でできている。その白い部屋を照らしだすように、全体の壁に張られた大きな窓ガラスからは、シェリダンの景色が一望できる。数人寝ても余裕があるキングサイズのベッドが奥にはあり、手前の広い空間には如何にも高級そうな皮張りのソファーに、落ち着きのある観葉植物まである。奥の扉はシャワールームかトイレか。二つあるのでおそらくどちらかがそうなのだろう。他にも椅子やテーブルも高級感溢れる物で作られており、まるで高級ホテルのスイートみたいだった。

 だがいなほが驚いたのはそれではなかった。いなほが見ていたのは、ソファーに座る小さな少女だ。

 忘れもしない亜麻色の柔らかそうな髪をいじりながら、スカートから伸びる生足をパタパタと揺らす少女が、入ってきたいなほと目を合わせる。

 スイートにはまるで似合わない普通の容貌が驚きに彩られていた。目を見開いて、足をピーンと伸ばした少女は、間違いなく、先日出会ったあの少女に違いない。


「あ……」


「よっ」


 いなほが軽く手を上げてから無遠慮に部屋へと入っていく。少女、サンタ・ラーコンは顔を真っ赤にすると、慌てた様子で脱ぎ捨てたニーソックスを履き直すと同時に、真っ赤な顔のままずかずかといなほに近づいた。

 ぴしりと突きつけられる指は小刻みに震えている。さもあらん。無防備な姿を男に見られたのだから、サンタの反応は当然であった。


「ば、馬鹿! ここ、女の子の部屋!」


「おう、邪魔してんぜ」


「そうじゃないでしょ! もう……もう!」


 まるで悪びれた様子のないいなほの胸をサンタは何度も叩いた。だがその細腕ではミサイルにすら耐えうる筋肉を揺るがすこともできずに、諦めてその場に蹲った。


「まぁ気にすんなよ。仮にテメェの素っ裸見ても俺ぁ気にしねぇからよ。お前も気にしねぇ、それでいいだろ?」


「私は気にする! 気にするの! 君、礼儀、大切にして!」


「冗談じゃねぇ。何で俺がそんなん大切にしなきゃなんねぇんだっての」


「私のために! だよ!」


 サンタは火照った頬を手で仰いで冷ましつつ、ソファーに座った。いなほもその対面のソファーに大股開きで座る。その遠慮のない態度に何かを言おうとして、サンタは諦めたように溜息を吐きだした。


「それで、もしかして君、ここに通されたってことは、依頼、受けてきたの?」


「あぁ、何かわかんねぇけど、後はテメェから全部聞けだとよ」


「えっと、依頼内容、知ってる?」


 探るように聞いてきたサンタの言葉に、得意げな笑みをいなほは返した。


「知らねぇ」


「知っとこうよ! 最低限、依頼の紙に書いたのに!」


「だけどよ、知ってることもあるぜ?」


 慌てるサンタを制して、いなほはニタリと獣のような笑みに表情を変貌させた。

 その笑みを見て、サンタは背筋が冷たくなる感触を覚えた。さざ波だっていた気持ちが平静になり、その言葉の続きを聞く。


「俺は、やると言ったらやる男だ」


 滅茶苦茶論理である。とどのつまり知っていることはないということだ。

 だがここに通されたということは、少なくともある程度の実力は備えているということになる。サンタは観念したかのように肩を竦めると、


「エデンの林檎って知ってる?」


 静かに話を切り出した。

 エデンの林檎など知らないと答えたいなほに、サンタはさらに説明を続ける。


「ここのダンジョンにあるレアアイテムでね。死人すら復活させるとまで言われている最上級の回復素材なんだ。だけど……エデンの林檎があるダンジョンは、このシェリダンでも最も難しい場所にあるの」


「それぁ」


 シェリダンで最も難しいと言えば、いなほは既に昨日バンから聞いていた。いなほの目を見て、サンタも「そうだよ」と言って頷いた。


「B+ランク迷宮。墓穴の向こう側。この最奥にエデンの林檎はあるわ。私の依頼は、そんな最難関迷宮を私と一緒に攻略して、エデンの林檎を採取してほしいってこと」


 だけど、とサンタは悲しげに目を伏せると、言いにくそうに続ける。


「私が払える報酬は金貨百枚が限界なの。勿論、ダンジョンで手に入る素材は、エデンの林檎以外なら全部貰っても構わないよ」


 しかし、報酬はともあれそれはあまりにも危険すぎる。

 B+というランクは、簡単に言うと、神様に近いというほどだ。文献に乗るような伝説の勇者や恐るべき魔族、語り継がれる恐るべき化け物がこのB+というランクである。

 つまりそんな伝説級の者と同じくらいの危険度を、墓穴の向こう側という迷宮はその内側に孕んでいるのだ。

 幾ら素材を全部譲ってもらえると言われても、そんな危険な迷宮の最奥を目指すなど付き合えるわけがない。

 だがサンタには迷宮を攻略しなければならぬ理由があるのだろう。申し訳なさそうに、しかし縋るような視線を感じて、いや、そもそも最初からいなほの答えは決まっていて。

 むしろ、墓穴の向こう側に挑戦するという言葉で、俄然やる気を漲らせていた。

 いなほは笑ったまま、掌に拳を打ちつけた。


「報酬なんざどうでもいい。最高に難しいとこに突っ込むってのが気にいったぜ」


「え?」


「行かせてもらうぜ、その滅茶苦茶によ」


「ほ、ホント?」


 いなほの返事にサンタの顔が晴れ晴れとしたものに変わった。


「あ、ありがとね。えっと、いなほ、でいいんだっけ?」


「おう、早森いなほ、いなほでいいぜ、サンタ」


 いなほはソファーから身を乗り出すとサンタにその大きな掌を伸ばした。


「うん。よろしく、いなほ」


 サンタもその手を握り返す。しっかりと繋がった手と手は、先日のような一期一会の軽いものではない。

 互いを相方として認める信頼のおける仲間として認めた瞬間でもあった。


「そういやサンタよ。お前もダンジョンに潜るって話しだが、そんなナリで大丈夫なのか?」


 いなほはそう言うと、サンタのひ弱な体を指差した。墓穴の向こう側は、その墓穴に潜る前段階の血色の棺桶ですら、第一階層でGランクの冒険者がチームを組まなければならない。いなほ一人だけならば充分に血色の棺桶を攻略できそうなものだが、問題なのはサンタの実力だ。

 いなほの言わんとすることはわかっているのか。サンタはソファーに折りたたまれた黒いローブを持つと、その内側に手を突っ込んで木箱を取り出した。


「見てて」


 そう言って中から取り出したのは黒い水晶。あのランク測定機だ。

 それはサンタが触れた瞬間、内側で小さな銀色の光を放ち始めた。いなほもその輝きに驚きを隠せずにいた。


「一応、B-ランク。いなほはどう?」


 試すように木箱に戻した水晶をサンタはいなほに手渡した。

 上等だ。いなほは口元を歪めると、躊躇いなく水晶を手に取った。勿論、先程と同じく銀色の小さな光を放つ水晶。今度はサンタが驚く番だった。


「わわ、強いのかなとか思ったけど、君、ホントに強かったんだ」


「ケッ、何だその上から目線はよぉ。なんならここで試してもいいんだぜ?」


 いなほは獰猛な殺気を撒きながら、ゆっくりとソファーから立ちあがった。

 瞬間、いなほを取り囲むように桃色の魔法陣が五つ展開された。瞬きの内にいなほを隠す程に巨大な魔法陣を五つ、瞬時に展開したサンタは、口元に悪戯っぽい笑みを浮かべていなほを見上げた。


「暴力、禁止」


「ちっ」


 いなほは言われるがままソファーに再び腰掛けた。別に本気で仕掛けるつもりではなかったので、いなほも落ち着いたものだ。

 にしても、といなほは目の前の普通な少女を改めて観察する。

 どう見ても普通だ。上から下まで、上質な装備を纏っているから、余計にその普通が際立つ。特徴のない、すれ違えば見逃すようなサンタは、はっきり言ってシェリダンには不釣り合いすぎた。

 だが一瞬で展開した魔法陣と言い、実力は充分あるのだろう。しかし、ミフネには感じた強者特有の雰囲気はない。


「お前さ、戦った経験ないだろ?」


 いなほの率直な意見に、サンタは僅かに言葉を濁すと、観念したように頷いた。

 才能もある。そこに至るまで努力もしたのだろう。だがサンタ・ラーコンという少女は知識と能力のみだ。もしもあの時、いなほが殺気をまき散らした時、ミフネならば何もしなかっただろう。経験を積んだものなら、殺気の真偽はすぐに見分けられる。

 だがサンタは咄嗟に魔法陣を展開した。余裕はあるが、対応が素人だった。幾ら見せかけの殺気とはいえ、あんな攻撃態勢を取られたら、カゼハナ姉妹は即座に戦闘行動に移るだろう。

 そこの塩梅が素人くさいのと、さらに重要なのは、その装備品があまりにも綺麗だというのもある。畳まれたローブと、その上に置かれた杖には、ほつれた後や傷ついた部分を手入れした感じが見られない。

 狂気の剣客、ミフネ・ルーンネスには随分と劣るだろうが、地の実力は充分だ。いなほの殺気にすぐに反応したりとセンスもある。ただし、同じか、あるいは自分よりも強い相手と戦った経験はないな、と当たりをつけた。


「まっ、経験なんざダンジョン潜れば幾らでも補えるだろ」


「うわ、スパルタ発言」


 サンタは露骨に顔を顰めてから、打って変わって小さく微笑んだ。


「どうかしたのか?」


「何でもないよ。ただ、ちょっと楽しくてさ……うん、こうやって話すのって、いいことだ」


「訳わかんねぇこと言ってんじゃねぇよ……さて、んじゃさっさと行くぞ」


 いなほはそう言ってソファーから立ちあがった。


「何処に?」


「決まってんだろ」


 不思議そうに首を傾げるサンタに向かって、いなほは嬉しそうに答えた・。


「とりあえず、ダンジョンで様子見すんだよ」






次回、B-タッグ、ダンジョン蹂躙へ。

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