第四話【ヤンキーぱんち(軽)】
「邪魔すんぜぇ」
途端に鎮まる店内に入り込んで来たのは、いなほ以上の大柄な男だった。店の扉を窮屈そうに抜けてきたその巨漢の男の背中には、巨体に見劣りしない巨大な戦斧だ。
既に出来上がっているその男の真っ赤な顔を見たいなほは、その顔に見覚えがあるような気がした。そうこうしている内に、男は鎮まる店内を悠々と進んでテーブル席に座った。それに続いてその取り巻きらしき男達が周囲を威嚇しながら席に座る。
「おうコリン! さっさと注文取りに来いよ!」
「……はいはい。ごめんねいなほさん。少し待ってて」
大男に呼ばれたコリンは、いなほに申し訳なさそうに笑いかけると、大男の方に行った。
直後、席に行ったコリンを、大男はいなほと比しても倍はあるだろう丸太の如き腕でコリンの腰に手を伸ばした。
「ちょ、止めなよ」
「いいじゃねぇか。どうせ減るもんじゃねぇんだしよぉ」
大男はいやらしく口を緩めた。抵抗しようともがくコリンだが、男の腕の拘束は強く、振りほどけそうにない。
ご機嫌じゃねぇな。いなほは顔を顰めると、すっかり酔いが冷めたバンに「あいつは何だ?」と聞いた。
「……最近頭角現してきた戦意の行軍ってギルドのメンバーだよ。確か名前は、ダルタネス・ヴァイスだったか……あいつ、コリンのことが好きみたいでよ。あぁやってガキみてぇに来ては絡んでくるんだ。ったく、ちょっと前にマルクにある大会に出るって言うからちょっかい掛からなくなったってコリンが喜んでたのによ。しかも、こんなときに限ってカッツァの奴いねぇのか」
「あぁ、あの雑魚共か」
バンは知ってるような口ぶりのいなほほ言葉に驚いた。しかも雑魚呼ばわりときたものだ。とそこまで考えて納得する。
「確かに、いなほちゃんにかかればあいつも雑魚同然か」
何せ戦意の行軍というギルドの総合ランクであるE-をいなほは遥かに上回っている。さらに言えば、バンはいなほをD+ランクと勘違いしているが、現状のいなほの実力はB-ランク。貴族ですら徒党を組んで挑まなければならない実力だ。
そんな男の気を損なうような行動をするダルタネスのセクハラに、いなほはゆっくりと腰を上げようとして。
「その子、嫌がってるから、手、離そうよ」
それよりも早く、いなほの背中から透き通るような声が響いた。
「あ?」
ダルタネスがその声に苛立ちを覚えながら、コリンより手を話して声の方を見た。同時に、店内の視線が一点に集まる。
そっと静かにカウンター席より立ち上がったのは、何処にでもいるような没個性的な少女だった。少女の身長と同じくらい大きな、先端に色の違う五つの宝石を装着した杖を始め、身に付けた装備はどれもが一級品の代物だ。
だが、それを装着している少女があまりにも不釣り合いだった。容姿は悪いわけではないが、その装備と比べると、少女の美しさは凡人のそれだ。まだコリンが装備したほうが似合うだろう。
しかしその普通な顔とは裏腹に、流れるような長く柔らかな亜麻色の髪は、不釣り合いなほどに美しかった。少女は、一度祈るように首からかけたネックレスを撫でると、穏やかな物腰のわりには強い意志を瞳に乗せて、睨みつけてくるダルタネスの瞳を真っ向から見つめ返した。
「……なんだテメェ」
ダルタネスは立ち上がると、少女の側ににじり寄った。常人ならその巨体が近づくだけで怯みそうなものだが、少女は臆せずに立っている。
「今、何か俺に文句言ったように聞こえたんだがよォ……」
「嫌そうだから、止めた方がいいよって言ったの。君、もてない男のひがみって情けないよ」
「あぁ!?」
ダルタネスが凄んでくるものの、少女は柳に風と意に返さない。そのいけすかない態度にダルタネスの顔がさらに真っ赤になってくる。
まさに一触即発のその状況で、ゆっくりといなほは立ち上がって、ダルタネスの肩を掴んだ。
「オイ」
「あ……」
ん? と言おうとしたダルタネスの顔面が、その瞬間陥没した。さらに錐揉みしながら吹き飛び、扉を砕きながら地面を転がってそのまま停止した。
起き上がらない。巨人とのハーフであり、強化の魔法を使わずともトロールの一撃にすら耐えるタフネスを持つダルタネスは、たかが人間の一撃で完全に意識を切らしていた。
「酒が不味くなんだよ。ボケ」
いなほはダルタネスをぶん殴った拳を翳して、倒れ伏すダルタネスにそう吐き捨てる。
誰もが声を失っていた。例外は、いなほの実力を知るバンくらいか。「よっしゃー!」とガッツポーズをすると、店の外で痙攣を繰り返して気絶したダルタネスに舌を出した。
「あ、兄貴ー!」
途端に取り巻きが店を飛び出して、ダルタネスの体を支えて「覚えておけよ!」と捨て台詞を残して消えて行った。
いなほは中指をおっ立てて見送る。直後、店中から大歓声が鳴り響いた。
「いえぁぁぁぁぁぁぁ! よくやったぜ兄ちゃん!」
「クソがー! いっつも俺らのエンジェルコリンちゃんに手ぇ出してた天罰じゃボケェェェェ!」
「つーかこういう時にいねぇカッツァの野郎も同罪じゃぁぁぁぁ!」
「死ねー! カッツァ!」
「くたばれカッツァ!」
「金返せカッツァ!」
どうやら、ダルタネスは店の常連からすればいけすかない奴らだったらしい。途中からカッツァという人間の悪口になっていたが、その歓声に機嫌を良くしたいなほは得意げに鼻を鳴らした。
その胸元にコリンが抱きついてくる。目をとろんとさせながら、頬を真っ赤に赤らめて、まるで恋人にでもするように、愛情をこめていなほの胸に顔を埋めた。
「きゃー! もう素敵よ! 最高! あのクソデカブツぶっ潰してくれてありがと!」
まるで犬のように顔を擦りつけるコリンの頭を軽く撫でながら、いなほはダルタネスに突っかかっていった少女の方に振り返った。
「よぅ。いい根性じゃねぇかテメェ」
位置を変えて腕に絡みつくコリンを他所に、いなほは少女に向かって健闘を讃えるように手を差し出した。
少女は少し困ったように視線を落とすと、恐る恐るその手を握り返す。酒と喧嘩による高揚に、少女の冷たい掌は心地よかった。
「えっと、助けてくれて、ありがと」
「何言ってんだテメェ。テメェがコリンを助けたんだろ? 俺ぁそこに茶々いれただけだよ」
「ふふ、言葉遊びだ。照れ隠し、嫌いじゃないな」
上品に微笑む少女の笑顔がむず痒かったのか、いなほは「俺ぁいなほ。早森いなほだ」と自己紹介をして話を逸らした。
少女はいなほの自己紹介を聞いて、何故か動揺した。僅かに逡巡すると、まるで意を決したかのように。
「私は、サンタ。サンタ・ラーコンって言うの」
そう言って、しとやかに笑ってみせた。
次回、火蜥蜴の爪先、ギルドマスター。