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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第三章【やんきー・みーつ・ぷりん】
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第一話【バン・バットのバッドな日】


 バン・バットは朝からついていなかった。

 普段ならまずしないというのに、何故か寝坊してしまったのがことの始まりだ。慌てて身支度を整えようとして部屋の中で転ぶし、作ろうとした朝食も焦げてしまって満足がいかない。

 そして部屋を出て直ぐに、頭に鳥の糞が落ちてきて、さらに靴紐が切れて盛大に転ぶ。

 全くもってついていなかった。もう少し冷静に落ち着いていれば、その不運の幾つかは逃れられたのかもしれないが、そんなことにも気付かないくらいバンは己の不運を呪った。

 だがそれでも仕事をこなさないわけにはいかない。とりあえず今日はついてないので程々の依頼をこなすことにしよう。そう考えて、チームを組んでいる仲間には適当な理由をつけて、今日の探索を断り、久しぶりに都市の外側の依頼を受けることにしたのだが。


「畜生! どうして今日はこうもついてねぇんだぁぁ!」


 バンは襲いかかるオークの群れから必死に逃げながら、己の不幸を呪った。

 大した依頼ではなかった。簡単な回復ポーションに必要な薬草の収集依頼だ。近くの森に行って目当ての薬草を手に入れるだけの、それこそ子どもにだって出来る依頼であったはずだ。

 だというのに、何で俺はオークの群れになんかに追われなきゃいけねぇんだよ!

 都市周辺の森には、出てもバウトウルフ程度の敵しか現れないはずだった。その程度なら冒険者になりたての初心者がチームを組めば充分に対処できる。そして、バンが活動拠点としている都市は、ランク持ちと言われる実力者でなければ入ることすら出来ぬ実力者達が集う場所だ。

 彼もその基準にぎりぎり食い込むHランクの能力を持つが、しかし十体以上はいるオークの相手などできるわけがない。


「普通、あの豚どもは二、三体だろうがよぉぉぉぉ!」


 Hランクの魔獣であるオークは、決して十体もの群れで行動したりはしないのだ。

 そこに至って焦る。もしかして、もしかしなくても。

 脳裏を過った恐るべき予感。それを振り払おうとして、その願いは目の前に現れた脅威によって容易く砕かれた。

 草木が吹き飛ぶ、人間の身長の数倍はある巨木が容易く斬り飛ばされた。その向こう側からのっそりと出てきたのは、バンの倍はある巨大な巨躯と、その身を包む無骨な甲冑と、手に持たれた鉄塊の如き両手剣。

 トロールナイト。ランクGの化け物が、絶望を引きつれてバンの目の前に立ち塞がった。


「お、あ……」


 言葉もない。背後からは無数のオークの群れ。そして目の前にはチームで挑んでも苦戦を強いられるトロールナイトと呼ばれる鬼が一匹。そんな絶望を前にバンのような矮小な存在が何か出来るわけがなかった。

 手に持った片手剣を手放す。生存の道が断たれたバンは、呆然自失としたまま、振りあげられた巨大な死を見据えて、ホント、今日はとことんついてねぇと、何処か場違いなことを思った。


「■■■■ッッッ!」


 雄叫びをあげながら、質量と速度の充分に合わさった一撃が放たれた。ちょっとした家屋なら一撃で倒壊させるその一撃は、痛みを感じさせるよりも速く、バンの体をミンチにしたてようとして──

 バンは、眼前ぎりぎりで急停止した両手剣を、唖然と見た。


「なんつーか、これあれだ。デジャブ? っての?」


 呆れたような男の声が耳に届いた。バンは反射的にその声の方向に目を向けて、再び唖然としてしまった。

 まるで巨大な巌のような男だった。成人男性の平均身長くらいはあるバンの体躯すら遥かに小さく見えるほどの大きな男は、まるで何処かを散歩しているかのようにその装備はあまりにもぜい弱だ。

 しかしタンクトップと短パンのみという服装でありながら、決して弱々しくは見えなかった。痛んだ茶色の短髪を揺らして、その下の眼光は気楽な口調とは裏腹に、トロールナイトすら竦むほどの威圧感を放っている。

 何より、露わになっている生身の肉体が凄まじかった。全体的に細くありながら、見た目の何百倍も巨大に見えるくらいに強靭な筋肉は、その手一本で、恐るべき魔獣の一振りを、刀身の上を掴んで抑えつけている。

 トロールナイトは必至に剣を動かそうともがいているが、まるで巨大な岩石に挟まれたように、その手に掴んだ鉄塊は動かない。

 異常な光景であった。強化魔法すら使用していないように見える男の手が、人間を遥かに上回る力を持つ巨人の全力の抵抗を抑えつけているのだから。


「オイ、生きてるか?」


「お、おう!」


 男は尻もちをついているバンが元気に返事をしたのを確認すると、空いている左手を全力で握りこんだ。

 刹那、人外の振るう剣は、人外の筋肉を誇る人間の手によって飴細工のように砕け散った。途端に抵抗していた力の行き場を失ったトロールナイトのバランスが崩れてたたらを踏む。

 その懐に踏み込む黒い影。ズン、と腹の底に響く音と振動をバンは感じた。局地的な地震を発生させるのは男の踏み込みだ。大地をクレーター状に陥没させた男は、その全ての力を余すことなく左腕に収束させる。

 そこから先は振動が腹を揺らすまでの僅かな時間で起きた出来事だった。空気を切り裂いた鉄の拳が、脇腹を擦るように放たれる。伸びゆく蹴り足が、飛んでいく拳と連動した。音すら置き去りにした一撃は、トロールナイトの着用している鉄の鎧に触れたかと思った瞬間、紙を破くよりも簡単に鎧に風穴を空け、生身の肉体に直撃。

 そして、体が振動を感知したとき、その大きな体は砲弾のように吹き飛んだ。


「クカッ!」


 壮絶に笑った男は、その様子を呆然と見ていたオーク達に振り返った。

 木々を何十本も巻き込んで彼方に消え去ったトロールナイトなど既に眼中にすらない。Gランクの魔獣を相手に不用心、とは思わなかった。ゴミのほうが遥かにマシだと思えるくらい凄惨な吹き飛び方をしたトロールナイトが、生きているとは考えられない。

 そして、オーク達も無い頭でそれくらいはわかったのだろう。暫くバンと同様に唖然としていた魔獣達は、男が一歩迫った直後、我に返って一目散に逃げ出した。


「待て……って、これもデジャブってるよなぁ……」


 そのまま追撃にさえ行くように見えた男は、何とも言えない複雑な表情で頭を掻くと、まだしゃがみこんだままのバンに手を差し伸べた。

 大きな手だ。握りこめばトロールナイトですら一撃で倒すその手を、バンは僅かに逡巡した後に握り返した。


「よっと」


 立ち上がらせてもらったバンは、改めて男を見た。

 強い、強いのだ。見ただけでわかる。きっとあの一撃を見なかったとしても、すれ違っただけでわかっただろう。

 その男は大きかった。巨体以上に大きくすら見えた。


「あー……悪い、助かったぜ。俺はバン・バットってんだ。バンって呼んでくれ」


 男が無意識に溢れさせている威圧感に気圧されながらも、感謝の言葉だけはちゃんと送る。

 男は悪戯っぽく笑うと、掴んだままの手を解いて、トロールナイトを殴るために放り投げた鞄を拾い上げた。そしてバンの前に堂々と立った。


「あいよバン。俺は早森いなほ、いなほってんだ」


 男、早森いなほはそう言うと、改めてその大きな掌をバンに差し出した。






次回、迷宮都市シェリダン。

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