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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第二章・第三部【Bless The Beast And Child】
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幕間【女子会をしよう!】

あるいは、外伝のプロローグ




 その空間は異常な雰囲気に包まれていた。濃厚すぎる魔力、狂気的な圧力、あらゆる全てが生命体にとって害悪とされるレベルまで高まったその場所は、誰だって一秒もいることを拒むだろう。

 そんな空間に一人佇むのは、恐るべき化け物、アート・アートだ。いつもの笑顔を浮かべながら、その異常空間を気にした素振りも見せていない。

 暫く一人でダンスをしたりじゃんけんをしたりしながら時間を潰していると、突然顔をあげて、誰もいない空間に目を向けた。


「来た来た」


 目の前の空間が弾け飛ぶ。砕けるはずのない空間が砕ける異常事態を、やはり当たり前と受け入れたアート・アートは、空間を砕いて現れた旧友に手を振った。

 炎のように赤く美しい長髪が特徴の長身の女性がそこにいた。アート・アートにも負けず劣らずの美貌の女性は、ホットパンツにスポーツブラという、扇情的すぎる服装で立っている。

 そんな彼女は、アート・アートに向かって「ヒャハッ」と、聞けば気が狂いそうになるおぞましい声色で笑いかけると、臆することなくその左隣に立った。


「やぁリッちゃん。久しぶり」


「よぅアトちゃん。久しぶりだぜ」


 その女性こそ、敵性存在が第三位、『超越生命』リーナ・ラグナロック。アート・アートに匹敵する化け物にして、ありとあらゆる人族の始祖である女性だ。

 最早この空間の異常さすら可愛く思える程、二体の化け物が発する力は狂気的だった。その手の一振りで世界を壊滅させる化け物が同じ場所にいるという事実。Aランクの人外ですら裸足で逃げ出す異常事態は、しかしまだ終わらない。

 続いて、リーナが出てきた空間の反対側が切り裂かれた。無色の空間に生じた断層から入り込んで来たのは、どこか嫌そうに顔をしかめた少女であった。ショートの黒髪の下、赤い瞳は二体を見つけて憂鬱な色を帯びる。その姿すらも可憐で美しいその少女もまた、二体の化け物と遜色なき美貌と力を放っていた。

 だがそんな幼さが強く残りつつも圧倒的なカリスマを発する少女は、おぼつかない足取りで二体の近くに行こうとして、途中で盛大に転んでしまった。


「あぅぅ」


 額を抑えて涙目になる少女は、その姿をニヤニヤと見つめる二体の視線を浴びて、真っ赤に頬を染める。

 そして取り繕うように咳払いを一つすると、今度は慎重に歩いて、リーナの隣に立った。


「相変わらずドジっ子だねぇ、ゼウシクス」


「……うっさいなぁ。仕方ないだろ、この馬鹿」


 からかうアート・アートを真っ向から睨みつける少女は、見た目だけなら庇護欲を駆り立てる美少女にしか見えない。

 だが彼女こそ、敵性存在が第四位、『災厄招来』ゼウシクス・ディザスター。傾いた天の城と呼ばれるA+ランクギルドの二代目ギルドマスターである。尤も、初代ギルドマスターに無理矢理そうさせられたのだが。

 その初代ギルドマスターであるリーナは、頬を膨らませて怒るゼウシクスのほっぺたを、躊躇いなく両方から圧迫した。


「ぶふぉ!」


「ギャハハ! ぶふぉって! ぶふぉぉぉぉ! ぶふぉぉぉぉぉって!」


 口から唾を吐き散らしたゼウシクスの真似をしながら、腹を抱えて大爆笑するリーナに吊られて、アート・アートも「げひゃひゃひゃひゃ」と狂ったように笑い出す。

 一方、からかわれたゼウシクスは怒りに顔を真っ赤に染めて両手を振って怒りを露にした。


「てめ、てめぇら! くそぅ! くそぅ……! いつもいつも僕を馬鹿にしやがってぇぇぇぇぇぇ!」


「ちっちゃいちっちゃいゼッちゃんはぁぁぁぁ」


「可愛い可愛いドジっ子ちゃぁぁぁぁん」


「いつでも何処でもすってんころりぃぃぃぃ」


「今日も何処かでくしゃみするぅぅぅぅぅぅ」


「ブヒャァァァァ! ギャハハハハハハハ!」


「ゲェェェヒャヒャヒャヒャヒャ! ヒャッハー!」


 二体揃って謎の踊りを披露しながら、怒りに震えるゼウシクスの周りをぐるぐると回りだす。傍から見たら、世界を探しても見つからない美貌の二人組が、負けぬ美貌の少女を虐めている図という、想像すら出来ぬ光景であった。


「この……!」


「いい加減にせぬか。貴様ら、いつまで経っても変わらないな」


 今まさに空前絶後の災厄が発生しようとしたその瞬間、虚空に浮かんだ魔法陣から現れたのは二人の女性だった。

 前に立つ少女は、豪華なドレスに身を包み、金色の輝く美しい髪を縦ロールにした、いかにもなお嬢様であった。勿論、彼女もまた常人が見ればその場で気絶するほどの美貌である。その背後の女性は、少女と同じくらい美しくありながら、あまりにも地味で目立たない存在だった。あくまで陰に徹するといった彼女は、空気のように何も言わない。

 直後、両目一杯に涙を溜めたゼウシクスが少女に向かって駆け出して、途中でやはり思いっきり転んだ。


「うぅぅぅぅぅぅぅぅ……!」


「あぁもう。ほれ、大丈夫か?」


 その姿をまた笑う二体を他所に、鼻水を垂らして今度こそ泣いてしまったゼウシクスに、少女はそっとハンカチを手渡した。


「うぅ、ありがと、ありがとね、リームシアン」


「気にするな。ったく、いつもいつもからかいおって、貴様らには星食みとして誇りはないのか?」


「えー、アタシ誇りとかー、さっき鼻糞と一緒にほじっちゃいましたー」


「僕もー、誇りとかー、ケツの穴からひり出しちゃいましたー」


 ゼウシクスの手を取って立ち上がった少女は、そう言って反省せずに笑う二体に呆れて溜息を漏らした。

 敵性存在が第六位『単騎群体』リームシアン・ヴァーミリオン。彼女もまた、恐るべき敵性存在に名を連ねる化け物でありながら、彼女が発する力はあまりにも矮小だ。

 だがまるで臆することなく、三体の化け物に応じる姿は、まさに上に立つべき者の立派な立ち振る舞いである。

 もっとも、幾ら発する力が化け物とはいえ、ガキみたいに虐めを楽しむアート・アートとリーナ、そしてそんな化け物に虐められ号泣するゼウシクスの相手するさまは、むしろ保護者のようですらあったが。


「……全く。それで? 今日集まったのは一体どうしてなのだ?」


 このままでは埒が明かないと思ったリームシアンが、頭を抱えながらアート・アートに言った。

 そう、今日、この場に集まった理由は、彼女達をアート・アートが呼びだしたからに他ならない。背中に隠れたゼウシクスは「だから来たくなかったんだ」と呟く所から、どうやらゼウシクスに関しては無理矢理連れてこられたのだろう。

 まぁ、アート・アートの呼び出しなどという面倒に喜んで応じる馬鹿はリーナ以外には存在しない。自分も、アート・アートの呼び出しという怪しさに疑問をもったからこそ来ただけだ。


「えーと……他の皆はまだかな?」


「アトよ、生憎と他の面子に期待するのは止めておけ。ヴォルグアイは遊びの最中、我が愚妹はそも海中にぶち込んだままであり、兎の奴は今何処にいるのかもわからん」


「うさちゃんなら僕のとこでニンジンかじってるよ」


 ゼウシクスが舌出して中指おっ立てているリーナに警戒心を剥き出しにしながら呟く。

 そうか、と呟いたリームシアンは、さらに続けた。


「カエンの奴は今はカレンだから来ることはない。そしてサンライトが来たら……不味いからなぁ……レコードはそうやすやすと出てくることはなく、オリビエは、のぉ?」


 周りに同意を求めるように視線を移せば、リーナもアート・アートも、オリビエという名前を聞いた瞬間に嫌そうに顔を顰めた。


「オリビエのクソ童貞はいらねぇ。あいつ、前にアタシのとこに気配消してこっそり来て目の前でパンツ被りやがったし。クソが、あいつ、殺せるなら殺してやるってのに……」


「そうそう、童貞臭い奴が女子会に来るとかないわ。僕も前会ったとき使ったティッシュ食べられたし」


「僕もうさちゃんと遊んでたら「お、お兄ちゃんとも遊ばない?」とか目血走らせて来た時はちょっと泣い……怖かったなぁ。うさちゃんが追い返さなかったら大変だったよ」


「妾も胸に顔を埋められた時は本気で震えが走ったものだ……」


 被害者の会一同はあの童貞のことを思い出して憂鬱そうにした。

 いつまでもあんな奴のことを考える必要もない。気を取り直して、リームシアンは「そういえばネーム・セブンの封印もそろそろだな」と言った。


「まぁでもあいつ、復活しても暫くはろくに動けもしないだろうぜぇ? 何せアタシがこれでもかって程ぼこったからな!」


 ヒャハッ、と大きな胸を張って得意げに答えたリーナに辟易しつつ、リームシアンはそこまで言ったところで「他の奴も、そんな感じだ」とアート・アートに言った。

 人数が少ないことが不満なのか、少しふてくされるアート・アートだが、すぐに機嫌を良くして改めて集まった化け物共に向き直る。


「単刀直入に言います。アレ、使うことにしたよ」


 アート・アートの言葉に、化け物共は驚くこともしなかった。


「ヒャハッ。そいつは楽しみだぜ」


 超越生命は不気味に笑い。


「ふーん。まっ、どうでもいいや」


 災厄招来は興味なさそうに欠伸を一つ。


「ほぅ。それは楽しみよ。アレの力は、妾も興味があったのだ」


 単騎群体は静かに好奇心を疼かせた。

 結局、全員が全員、ろくでもない。アート・アートが言う存在の正体を知りながら、それが仮に暴走した場合、あらゆる生命体にとって恐ろしいことが起きるのをわかっているのに、そんなことは関係ないと化け物共は言う。

 そしてそれはアート・アートにとっても一緒だった。この化け物は、面白ければなんでもいいのだから。


「でもさぁアト。アレ使うのはいいけど、一体どういう風の吹きまわしなわけ?」


 ゼウシクスがふとそんなことを聞いた。その目に浮かぶのは無邪気な好奇心だ。そして、隠すことのない悪意も同時に渦巻いている。

 そして、その悪意をそこにいる誰もが共有していた。うっすらと浮かぶ笑みのなんと薄っぺらいものか。吐き気をもよおす邪悪という言葉が似合う化け物共の視線に晒されても、動じず笑い返すアート・アートもまた狂気。


「気まぐれ、というわけじゃないな……レコードの奴がジョーカーを引いたのはもう知ってるだろ? 僕もね、ジョーカーを持ちたいって思っただけさ」


「ほぅ。ようやく貴様もそう考えるようになったか」


「そうだね。僕たちは絶対的に強いけど、確定的に敗北が決まっている」


「あぁ、そのためにアタシ達はジョーカーを持っておく必要がある。まっ、リームシアンのアレは特殊すぎてなんともいえねーけど……なぁオイ、今どんくらいだ?」


「ふむ、先日ようやく試験運用が終わったところでな。愚妹に半壊させられた部分の改装も終わり、『群れなす心臓─レギオン・ハート─』も少し前に、試験段階のものが正式稼働したのを確認した」


「あれって完成したの?」


「一応、試験運用機に搭載したのはの。あくまで小型のものだがな。大型化すればするほど、出力の設定が難しいが……何、妾ならば容易にこなしてみせよう」


 得意げに語るリームシアン。その話を聞き終えてから、アート・アートが話に入り込んだ。


「そういうわけだからさ、一応皆には教えておこうと思ってね。でもまぁ音速心音とオリビエの奴には教えないでよ? オリビエは近づくのも嫌なだけだけど、あいつ、音速心音は、この話聞いたら絶対に殺しにかかってくるからさ」


 その言葉に失笑するのはゼウシクスだ。肩を竦めて呆れている。


「あの正義バカは局地的に見たらオリビエより厄介だからなぁ……あ、そう言えばさ、最近ローレライちゃんが喧嘩売ってきたけど、どうする?」


 ゼウシクスの言葉に、一同は目をぱちくりさせて、ローレライという名前を思い出して、暫くしてからようやく思い出したリームシアンが手を合わせた。


「あぁ、あの小娘か。妾としては、その、何だ。相性が悪いからパスしておこう」


 リームシアンに続いて、リーナも手を上げる。


「アタシもパスっておくわ。相性は大切だぜホント」


 そしてアート・アートも同じく手を上げる。


「僕も僕も、相性悪いったらありゃしないからね」


 全員の意見を聞いたゼウシクスは、「やっぱしなぁ」と静かにぼやく。


「まぁ、彼女も勝てる相手と喧嘩したほうがいいからね。僕たち相手じゃ、彼女が勝つ可能性は零だ」


 相性が悪いとはつまり、そういうことであった。A+ランクを超えて、なお頂を目指そうと吠えた英雄を、その程度と切り捨てる。

 この化け物達にとって、それは当たり前の対応だった。むざむざ、相性が悪い相手と戦う意味などない。

 やるならば、己を害することが出来る者のみと。その点で言うのなら、ローレライという存在は、はっきり言って。


「落第点だよね、彼女。勝てるの音速心音かムーンフェアリー達くらいじゃない?」


「いやいや、音速はともかく、ムーンフェアリーが脱いだら多分土下座して敗北宣言するぜ? だってアタシらもあいつらと会ったとき揃って土下座したじゃん。特にアトちゃん、あの時わりとガチで泣き入ってたよね?」


「ちょ、それは言いっこなしだよリッちゃん! リッちゃんだってヴォルグアイと一緒に後生ですから消えてくださいお願いしますって言ってたじゃん!」


「ぼ、僕! ちゃんと挨拶は出来たよ!」


「そうかそうか、奴ら相手に挨拶出来るとは、偉いのぉゼウシクス」


「えへへ。まっ、それはともかくさぁ。ほら、折角だし? どうせなら彼女、勝たせてあげたくない?」


 その提案に誰もが頭を悩ませる。

 そして、アート・アートが提案した。


「よぉし! それじゃ今日の女子会のテーマは! 『頑張れローレライ! 君を必ず勝たせてみせる!』でオッケー?」


 その案に誰もが異を唱えることはなかった。

 言い方も、その雰囲気も、何処までも普通でありながら、自分達を殺させる案を自分達で考えるという、その狂気的な光景は誰もが目を疑うだろう。

 だが、この化け物共の感覚はこれが正常なのだ。第一、どんなことがあったとしても、仮に殺されたところで、殺されはしない。


「さぁ、今日は楽しくなるぞぉ」


 化け物は笑う。嬉しそうに、楽しそうに、自分が殺されることすらも、そいつらにとっては遊戯でしかないのだから。



そして物語は外伝へと進む。


※敵性存在の項目が追加されました。

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