第十話【ヤンキー街に着く】
エリスがデコピン脳震盪という、人間が初めて経験しただろう体験から覚醒すると、ちょうど森から抜けるところだった。
「うーん……」
「あぁ、起きたようだねエリス」
「あれ……えと、アイリスさん?」
「そうだ。名前、覚えていてくれたのか」
優しく微笑むアイリスの横顔が近い。というか、これはもしかしなくても、アイリスにおんぶされているようだった。
「わわ! すみません!」
慌てるエリスに「いいのいいの」と諭しながら、背中から降ろそうとしない。
「何せ彼が君を持つやり方は、まるで荷物か何かを扱うような感じだったからな。あれは──冒険者として見過ごせない」
冷たい視線をアイリスはいなほに向けるが、応じるいなほはどこ吹く風。というか人の荷物を振り回すのは止めろ。
「あー、さっさと着かないのか?」
「もうすぐ、ほら、森を抜けたらすぐだ」
斜光の射す癒しの森の林道の先、明るい光と草原が広がる道を見てアイリスは行った。
「お! おいアイリス、エリスは返してもらうぜ!」
言うが早くアイリスの荷物を手放し、エリスを引っぺがすと、あの化け物染みた速度で森の出口へと走り出した。
「ちょ!? 乱暴すぎるぞいなほぉ!」
アイリスの怒声が遠くなる。まだ寝ぼけ眼のエリスはなされるがまま、いなほに担がれ森を抜けて、差し込む光に目を眩ませた。
「スッゲーじゃねぇか!」
いなほが興奮したように叫ぶ。森を向けた先、およそ一キロ先に長大かつ巨大な城壁が見えた。石で組まれた壁は、横の長さはどの程度あるのかも検討がつかない。高さも充分にあり、道の先には巨大な門がある。数々の道が門のほうに集まっており、大勢の人が門目指して歩いていた。
「中立都市マルク。別名、冒険者の集う町。四カ国同盟以後もこうして交流の場として栄えている。古くからの名所だ」
追いついてきたアイリスが、目を輝かせるいなほを横目にしながら説明をした。しかしこの男、まるで子どものようだとアイリスは内心で思う。凶暴な性格ながら、子どものように純真無垢。てかガキだ。こいつはただのガキだ。
「おいエリス! やっと着いたぞ!」
「は、はい」
再び首の定位置にエリスを乗せる。アイリスの頭に、どうしてか子連れヤンキーなる訳分からん言葉が浮かんだ。駄目だ自分、超疲れてる。
「門では簡単な検問を受けるんだ。と言っても諸国の冒険者も集うからな、正確な身分ではなく、確認するのは犯罪者リストに載ってるか載ってないかの検査くらいだ」
「そうか。じゃあ行こうぜ」
絶対聞いてない。だがもういいかと半ば諦めて、アイリスは先行するいなほに着いていく。
門までたどり着くと、改めてその巨大さにいなほは驚いた。日本の雷門並みにでかい木製の門の前で、門番が手元の手帳と検問する相手を見比べて、何かの確認が終わったら通している。
「何してんだ?」
いなほがアイリスに尋ねる。
「あれが犯罪者リストさ。四カ国で指名手配されてるあらゆる事件の犯人の名前、顔が登録されてる。相手を見るだけでリストが自動で検索をして合致するかどうかを見てくれるんだ。しかも幻覚魔法無効のおまけ効果もある魔法のアイテム。ちなみに凄く高いよ」
「うっし、俺らの番だな」
「やっぱ聞かない……」
どうにでもなれと、いつものクールな雰囲気を崩して泣きそうになるアイリスを無視して、いなほはエリスを肩車したまま門番の前に立った。
「へぇ、珍しい服着てるな兄ちゃん……その嬢ちゃんは妹かい?」
「そんなとこだ。ここには初めて来るからよ。一つよろしく頼むぜ」
「ハハッ、よろしく頼むのは俺じゃなくてこの手帳のほうさ。あんたが悪さしてなきゃしっかりこいつが許してくれんぜ」
「ならそいつのご機嫌とらなきゃならねぇな。キスでもすれば通してくれるかい?」
「そんなことしなくてもあんたがいい男だから通すってよ。よし、嬢ちゃん共々確認完了。ようこそ色男。中立都市マルクへ」
「ありがとよ」
ひらひら手を振ってマルクへと入っていくいなほとエリス。続いてアイリスが門番のほうに行くと、「おう」と門番は親しげにアイリスに声をかけた。
「ようアイリス久しぶりだな。依頼のほうは大丈夫だったよか?」
「この通りな、帰り際に面白い奴らに出会ったがね」
そう言ってアイリスはいなほ達を見る。アイリスの視線を追った門番は特に驚いた様子もなく頷いた。
「嬢ちゃんは別として、あの大男はなんだ? 久しぶりにヤバい匂いがしたぜ」
「私もだ。遭遇したとき殺されなくて本当によかったよ」
「……あんたがその手の冗談を言わないのはわかってる。強いのか?」
「わからん。だが、真っ向からやるのは勘弁したいな」
そのアイリスの言葉に、険しい表情になる門番。「そろそろいいか?」そうアイリスが言うと、慌てて門番は頷いた。
「だがまぁ悪い人間ではないらしい。悪いくらいに我がままだがな」
そんなことを去り際に言い残し、アイリスは何食わぬ顔で待っていたいなほ達と合流した。
「スッゲー」
いなほの隣に立ったアイリスは、立ち止まったままの彼が辺りを見ながら興喜んでいるのを、我がことのように喜んだ。誰だって自分の故郷を喜んでもらえてうれしくならない人間はいない。
門を抜けた先はすぐに様々な露店が立ち並ぶ街道となっている。狭しと並ぶ色とりどりの店と、忙しなく動く人々、活気に溢れるという言葉がまさによく似合う光景だ。
「門の先は商店街となっていてな。この通り露店の他にも、ここの家屋のほとんどは商店か宿屋となっている。冒険者が装備を整えたり休息によく使うんだ」
「美味い物とかあるのか?」
「そうだな。まぁ出ている食べ物のほとんど外れはないだろう。それよりいなほ、君は、君達にはやることがあるんじゃないか?」
アイリスの嗜める言葉に、いなほも喜びを抑え込み、肩車したエリスを見上げた。
エリスの表情は険しい。僅かな希望として、エリスの村の人がいる可能性を信じてはいるが、もし誰もいなかったらと思えば──
エリスが気絶している間に事の次第は聞いていたアイリスは、エリスに「大丈夫」と言って安心させるように笑いかけた。
「まずはギルド街に行こう。私のギルドのほうで本部に掛けあってみる」
「お願いします」
エリスが頭を深く下げる。いなほも頷いたので、三人は一路商店街を抜けて、ギルドの立ち並ぶギルド街に向かうのだった。
マルクの町は四つのエリアに分かれている。いなほ達のいる商店街。今から向かうギルド街。総学生三千人以上を誇る魔法学院。そして居住区。この四つからなっている。といってもただ四つに分かれているわけではなく、マルクの四カ国のほうに開けられた四つの門があるので、城壁に沿い、円形に商店街が広がっている。言うなれば商店街というよりは商店道か。そして中央のエリアを三分割してギルド街、魔法学院、居住区に分けられている。さらにその中心に、地下に広がる迷宮があると言った感じだ。
今から行くギルド街は、その名の通りギルドのためのエリアで、現在は三十以上のギルドがあり、それぞれ下は十人前後から、多いギルドでは数百人規模で成り立っている。熟練の冒険者もいるが、周囲の森やダンジョン、地下迷宮には、トロール等のランク持ちの魔獣はそこまで存在しないので、初心者の冒険者も多数存在している、そのために冒険者間では、冒険者の集う町と呼ばれているのだ。
(……しかし、トロールが群れで現れるなど本当にあるのか?)
だからこそ、アイリスはいなほから聞いたことに疑問を感じずにはいられなかった。一番下のHランクとはいえ、トロールは単体でランクを付けられるほどの凶悪な魔獣だ。それに、基本群れても二、三体程度で、ゴブリンやオークを配下にしているのが普通である。
この豪快な男であるいなほと、純朴で優しい少女のエリスが嘘をついてるとは思いたくないが、常識的にはあまり考えられない。
まずはギルドにそういった依頼が来てないか確認すべきだろう。等と考えながら歩いていれば、三人は商店街を抜けてギルド街に来ていた。
商店街と違い、武装した人間ばかりがいる。大通りに並び立つ建物は、全てがギルドによって使われているものだ。周りを無数のダンジョンや魔獣の出る森に囲まれているため、多数の依頼が来るマルクでは、大小様々なギルドが並んでいる。大手のギルドは幾つもの建物を使用しているところもある。賑わいは商店街程ではないが盛況で活気がある。彼らは全員が冒険者なのだろう。中には結構強そうな奴もいて、いなほの嗅覚を刺激した。何処となくかつての不良の溜まり場に近い雰囲気を感じるが、あそこと違ってここは穏やかだ。きっと戦闘者の持つ気負いがいなほにかつての居場所を彷彿とさせたのだろう。
まぁエリスはといえば、普段は商店街までしか行かないので、初めて来たギルド街に興味津津といった様子である。もう慣れたのか、肩車されているという彼女を見てくる人の視線も気にしてはいない。
「ふわぁ……いなほさん、凄いですねぇ」
「あぁ、さっきのとこもよかったが、ここも中々気に入ったぜ」
「気に入ってくれたのなら幸いだ。さて、行くのは私の所属するギルドになるが、それは構わないかい?」
アイリスがそう尋ねると、いなほとエリスは同時に頷き了承した。「そうか」と言うと、アイリスが先頭に立ち歩きだす。そして少し大通りを歩くと、アイリスはギルド街に並ぶ木製の建物の内の一つの前で止まった。
「ここが私の所属ギルド。『火蜥蜴の爪先』だ」
建物の入り口の上部分には、サラマンダーと呼ばれる魔獣のイラストと、ギルド名が書かれた看板が立てかけられている。生憎と言葉はわかっても字が読めないいなほに名前の理解はできなかったが、センスのいい看板だなとは思った。
「では、入ろう。ようこそ御客人」
次回、不器用ヤンキー