「おまえの婚約が決まった」と初対面の父が宣った
初男主人公もの。
彼の出生が……なので、R15です。
『おまえの婚約が決まった』
ネッド・ポリカードは、父であるらしいミヒャエル・ハドネス子爵に初めて会った日にそう言われた。
ネッドは某貴族宅でガヴァネスを務めていたピュアリス・ポリカードの一人息子である。
某貴族宅でそこの主人の従兄弟だか大甥だか知らない男に手籠めにされ、ネッドを身籠ったピュアリスは、儚げでたおやかな外見そのままの大人しく泣いて身を引くような女ではなかった。
襲われた時も激しく抵抗し頬を殴られたが、思い切り数回殴り返し犯人の顔に青アザを二つ三つ作り、髪を掴まれたお返しに相手の髪を自分の指に巻きつけ思いっきり引っこ抜きハゲをこさえてやったので、誰が犯人か一目瞭然だったらしい。
優秀で『有能』なガヴァネスだと娘のいる家庭から引っ張りだこだったピュアリスを、とても気に入っていた某貴族夫人は、彼女を襲い怪我を負わせ妊娠までさせた自分の夫のゴミクズ親類から目玉が飛び出るほどの慰謝料を取り立てた。
こぢんまりとした居心地良い二階家に住み込みのメイド二人と従僕を雇っても、ピュアリス達親子二人が悠々自適に天寿を全うするまで暮らせる程の慰謝料を平民にふんだくられた(ふんだくったのは某貴族夫人である)と、婦女暴行傷害犯は被害者ヅラをしていたものだから国内の娘を持つ貴族富豪から総スカンを食らい親族の住む隣国に逃亡したのよ、と母から聞かされた当時七歳だったネッドは『すげぇ責任転嫁ヤロウだな』と同じ男として自分の製造元を蔑んだ。
そして平民が通う学校に通いながら、語学に堪能な母からも他国語を二言語習い習得し、時に身体を鍛えるため騎士団が開く子ども体力づくり教室にも参加しすくすくと利発に健康に育ち、製造元の責任転嫁ヤロウを反面教師にして、優しく穏やかで正義感が強く、茶色の髪とピュアリスに似た紫の瞳にすらりと背が伸びたネッドは平民(下位)貴族問わずそれはもうモテる男子に成長した。子どもの頃もモテたが。
顔よし頭よし性格よしなのだから無理もない。
ネッドがあと一年で高等学校を卒業する頃、ピュアリスが既知の貴族夫人に請われ、ガヴァネスとして復帰することになった。
娘四人が女学校に入学するまでの二年間住み込みでお願いしたい賃金は普通のガヴァネスの三倍出しますからと、拝み倒されたピュアリスはそれを了承し貴族夫人の領地へと向かった。なにせ三倍なので。
家にはネッドとメイドと従僕が残されたが、使用人たちは彼にとって家族のようなものであり、使用人たちにとっても彼は自分の息子や弟のようなものだったので四人はピュアリスが戻ってくるまで、この家を護り通すぞ!と結束した。
その間のネッドの生活費は、慰謝料の幾らかを投資に回して得た配当金の一部を渡すからそれで賄いなさいねと彼名義の口座に、ピュアリスから纏まった金額が振り込まれたのだが、通帳を見たネッドがぎょっとし思わず周囲を見回すくらい多額であった。
ちょっと浅はかな人間であれば羽目を外してもおかしくない額であったが、製造元を反面教師にしているネッドは一月に必要な金額を計算し、それ以上は使わぬように自らを戒めた『自分が稼いでない金を湯水のように使うべきではない』と。
堅実に地に足のついた生活を送り、いいなと思う異性とお茶を飲んだり美術館に行ったり、庭園を散歩したり、ちょっと背伸びして話題のカフェでブランチしたり、たまには友人達と軽く酒を嗜んだり、紳士クラブで煙草に噎せたりしつつ、就職活動にも精を出し第一希望だった役所から内定を貰い、母に内定貰えたよ!と手紙を書き、うきうきしながら内定祝いってことで今日の夕飯は高級惣菜店のビーフシチューでも四人分配達してもらって皆でお祝いしようかな?と考えていたところで来客があった。
それが自分の製造元であるらしきミヒャエル・ハドネス子爵だったのである。
父だと名乗ってきたミヒャエル・ハドネスは腹の出た中年のオッサンだったのでネッドは中年になっても自分は身体は鍛えていようと強く決心し、ミヒャエル・ハドネスが帽子を脱いだ頭は後頭部に円形ハゲが一つあるだけでも『うわあ……』だったのに、更に頭頂部は茶髪がまばらに生えているだけだったので、ネッドは髪色だけでなく薄毛が遺伝しませんように!と神に祈った。強く。
薄毛で円形ハゲで出腹のミヒャエル・ハドネスはそれはもう偉そうに、ポリカード家の応接間を見回すと頷きながら言った。
「狭いがまあ合格だな」
何が合格だハゲと思いながらも、ネッドはメイドが淹れてくれた紅茶をハゲに勧めると何の用で我が家に訪れたのか丁寧な敬語で嫌味を含ませつつ問いかけた。
紅茶をごくごく飲み、勧められてもない茶菓子を片手一杯摑むと口に放り込んでボリボリと音を立て咀嚼したミヒャエルは、何故かニヤニヤ笑いながらネッドに宣言した。
「おまえの婚約が決まった」と。
ネッドは眉間に皺を寄せ
「誰の婚約が?」
と聞き返す。
ミヒャエルは茶菓子をまた口放り込もうとしたタイミングで問われたのが、気に障ったようでわざとらしく舌打ちをする。
「おまえの、だ」
「なぜ?」
「おまえが私の息子だからだ」
胸を張ってふんぞり返ったミヒャエルの腹が、ぼよんと揺れる。
「私は貴方にお会いするの今日が初めてなのですけど」
「それがどうした。
会うのが初めてでもお前には貴族の私の貴い血がながれている。有用なスキルを持ってなさそうだから今まで放って置いたが事情が変わってな」
この国の国民は皆スキルを持っている。勿論ピュアリスもネッドもそこまで有用でないが、役に立たないとは決して言えないスキル持ちだ。
「……だからあなたの結んだ婚約に従えと?」
「当たり前だろう。おまえは私の息子なのだからな」
ふふん、とミヒャエルは鼻で笑う。
ネッドは部屋の隅で唇を引き攣らせているメイドに合図し、部屋の外に出て貰った。
その間もミヒャエル─もう薄毛出腹オヤジでいいか─は、菓子をぼりぼりと噛み砕いている。
「ええとハドネス子爵」
「ふん、半分平民のわりにはきちんと弁えてるな。お父様などと呼ぶなよ、おまえは卑しい庶子なんだから」
卑しいならなんで息子だとか言うんだよ。頭腐ってるのか?とネッドは頭の中でミヒャエルの腹を拳で三発殴った。
「……私の名字はポリカードですが」
「だからなんだ」
「あなたは私を、ハドネス家の一員としたいのですか?」
「なぜおまえなんぞを私の籍に入れねばならない?」
これだから物を知らない平民はと言いたげに、薄毛をかきあげ出腹オヤジは宣う。頭頂部の地肌が見えてるのでかきあげない方がいいんじゃないかとネッドは思った。
「両親が離縁していても子は子だ。おまえは私の為に生きねばならん」
離縁じゃねーだろ。おまえがしたのは犯罪だろうが、とネッドは薄毛出腹オヤジの頭にハイキックをお見舞いした。心の中で。
「私に病がみつかり金が必要になった。だからおまえは私の治療代の為にミットラント男爵に婿入りしろ。やっと私の役に立てるんだ嬉しいだろう?」
「ミットラント男爵……?」
ミットラント男爵は、投資で資産を増やしていると最近名前を良く聞くようになった貴族の中でも群を抜いて有名な投資家だ。
売り時の見極めが非常に上手いのだと紳士クラブでも話題に上がったことがある。
が。
ミットラント『女』男爵には夫がいる。子どもも四人いて家族仲もとてもいいと評判だ。
再度自分の知っている貴族情報を頭の中で確認する。ミットラント男爵には間違いなく夫がいる。
「……ミットラント男爵には旦那様がいらっしゃるかと」
「フン、夫と言ってもたかが男爵家の四男だ。子爵子息のおまえが婿入りすると聞けば離縁するだろう」
「……先方と話とかは」
「なぜ子爵家のうちが、たかが男爵家と婿入りに際して話をせねばならんのだ。まったく平民は物を知らんな」
薄毛出腹ハゲはふんぞり返って言い放った。
うん、もう、コイツダメだ。
ネッドはそう理解した。
コイツは自分の言うことやること全て正しいと思いこむどうしようもない人種なのだと。
そしてこのような人種は、生きていても周囲に害しか齎さないなんの役にも立たないのだと。
「しかし、この家は狭いが中々手入れされているな。使用人も若くはないがそれなりにいい」
「はあ、それはどうも」
「私が住む場所としては格落ちだが、許容範囲だ」
「…………はい?」
「腹の立つことに私が病だと知った途端、妻から家に帰ってくるなと生意気にも言われたのだ。今まで散々良い目を見せてやったのに、これだから下位貴族はダメなんだ」
私はなんて運のない……と薄毛出腹ハゲは嘆いた。
「だから私にこの家を寄越せ」
「はい?」
「おまえはミットラント男爵に婿入りする。おまえの母親は住み込みでガヴァネスをしている。ならば、この家に住む者はいなくなるだろう?
だから私がここに住んでやると言っているのだ」
私が住むのだから、私好みの家具と私の世話をする若いメイドを雇え。金はあるのだから出来るな?と薄毛出腹ハゲはぺらぺら得意そうに喋り、それを聞いたネッドは無表情で指をパチン!と鳴らした。
指を鳴らす音と共にポリカード家の応接間に現れたのは、白くなり始めた黒髪を緩く結んだ優しそうな中年女性。
目を白黒させて口を開閉させている薄毛を目に留めると、その人は手にしていた扇を振り被り薄毛の頭頂部に叩きつけた。
「痛い!」
「痛いじゃなくてよ!この疫病神!!」
女性は二度、三度と扇を叩きつけ、その衝撃で出腹が揺れるものだからネッドは笑いを堪えるのが大変だ。
「ひぃぃぃ……!」
頭を庇いソファの隅に縮こまる薄毛出腹ハゲを見下ろし、中年女性は荒い息を整えるとネッドに向き直る。
「わたくしの夫の血縁が迷惑をかけたわね」
「いえ、こちらこそ先触れもせずに急に来て頂き」
「貴方のスキルのおかげで大した苦労はないのですから、気にしないで頂戴」
ネッドに優しく笑いかけた中年女性はぐりん!と首を回し薄毛を睨みつける。
「それにくらべてこのゴミは!」
「ひ、ひどい」
「何が酷いか!
おまえが有用なスキル持ちでないのは仕方ないとしても!ただでさえ優秀だと評判でしかも良縁を引き寄せるスキル持ちのピュアリスに怪我をさせ!子を孕ませた挙句謝りもせずに慰謝料を払いたくないとゴネまくったゴミの分際で!!」
「へ、平民がこの美しい私と一夜を共に出来たんだから慰謝料なんて払う必要な」
中年女性の視線から逃れるように下を向いて唇を尖らせてゴチャゴチャ言う薄毛の横っ面に扇が炸裂した。─あれは痛い。予期してなかった場所だろうから余計に痛いだろう。
薄毛は頬を押さえ悶絶していて、前に立つ中年女性は怒り心頭といった様子でぶるぶると身体を震わせている。
「おまえがそのような古臭い価値観を曝け出すものだから、我が家がどれだけ汚名を返上する為に苦労したと思ってる!」
「そんなのひらない!わらしはいなかひひゃくにむこひりさへられ」
ばちん!と今度は反対の頬を扇で叩かれる。
「持参金をつけても瑕疵のあり過ぎるおまえを引き受けてくれる家が我が国にあるわけないでしょう!
隣国子爵家に感謝するべきなのよ!!」
薄毛出腹ハゲが大人しく、頬を扇で何度も何度も殴られているのを見物しながらネッドは『物理的なスキルってやっぱり便利だよな、羨ましい』と感心していた。
ネッドのスキルは『任意の相手を自分の近くに呼び寄せる』だ。
ピュアリスの雇い主だった某貴族夫人である中年女性は、彼女がガヴァネスとして遠方に雇われると決まってからポリカード家を訪れ、ネッドに『もしアレがこの家に来ることがあったら仮令夜中だろうとわたくしを絶対呼ぶのよ、わたくしのスキルはわたくしが殴りたい相手を心ゆくまで殴ることが出来るものなの。いいわね?』と、とても良い笑顔で教えてくれたのだ。
自分が心ゆくまで殴れるってどういうことだ?と疑問だったが、目の前の光景を見れば納得出来る。
扇で殴られるたびに頬を腫らし情けない声をあげ涙目になりはするが、逃げたり避けたりはしない薄毛出腹ハゲ。
『本人が納得するまで相手が大人しく殴られてくれる』のが彼女のスキルなんだろう。
……これ力の弱い貴族女性が持っているからまだいいが、筋骨隆々のゴロツキなんかが授かっていたら大変だったんじゃないか?とネッドは、なんか殴ってるうちに気分が高揚しちゃったのか目が爛々と輝き頬に赤みがさしてきた中年女性を見ながら、背中に冷たい汗をかいた。
「……ふう」
気が済むまで薄毛出腹ハゲを殴れたらしい中年女性は、額に滲んだ汗を拭う。
五分近く殴り続けたせいで扇は真っ二つに割れ、扇の代わりに使われたピュアリスお気に入りのトレーもベコベコに凹んでいるがそれについては何も言わないでおこうとネッドは心にきめている。
女性のスキルの効果で大人しく殴られていたミヒャエル(ちょっとだけ哀れなので名前で呼んでやる)は、顔面ボッコボコなうえ、せっかく腕で頭を庇っていたにも拘らず、ただでさえ薄い髪が更にまばらになっていて中年女性の怒りの強さが窺える。
「迷惑をかけたわね」
「あ、いえ」
「そうだ!今ならこれを殴っても構わなくてよ。このあとどうせ連れ帰って……するだけだから」
─中年女性の微笑みが怖い。
自分には優しい彼女がこんなに怒るのだから、この男は母にやったこと以外にも沢山余罪があるんだろうなあ……婿入り先の隣国でもとネッドは製造元を眺める。
ひいひいと泣きながら、背を丸めソファの隅に蹲るミヒャエル。
薄毛とハゲはまあ仕方ないとしても、その腹はなんとかならないのだろうか?確かコイツ自分を美しいとか言ってたよな?とネッドは疑問に思う。
ネッドの視線に気付いた中年女性に、何かと問われ疑問をそのまま口に出してみたら。
「ああ、これのスキルはね。『自分を全盛期の姿だと思い込む』なの」
「あ〜……」
迎えに来た馬車にミヒャエルを積み込んで、中年女性はネッドに礼を言い帰った。
「……何というか、すごく疲れる一日だった」
「ですねぇ」
とてもではないが今日はビーフシチューを消化出来る気がしないなと、ネッドは後に控えたメイドに夕飯はスープにしてくれ、と頼んだ。
数日後、ネッドの口座に中年女性から迷惑料だと、振り込まれた金額を見て彼は『ギャッ!』と叫び、同じ頃自分の口座に中年女性から迷惑料+αだと振り込まれた金額を確認したピュアリスは『あ〜売ったんだ』と何かを納得した顔をして、その足で酒屋により普段呑むより高価なワインを一本買ったのだった。
ミヒャエルの病気は、足のアレです。
足ふきマット共有したりすると伝染るヤツ……




