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温度差のあるふたり  作者: 絵夢


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7/10

3℃

北新地駅前。


藤井は、少しだけ落ち着かない様子でスマホを見ていた。

いつものくたびれたスーツではなく、ネイビーのジャケットを羽織っている。


慣れない店に行く日は、どうしても背筋が伸びる。


画面には、仕事で聞いたばかりの横文字が並んでいた。

意味を確認する癖が、最近すっかり身についてしまった。


「……こんな時まで勉強ですか」


聞き慣れた声。


振り返ると、凛が立っていた。


黒のロングコート。

耳元で小さく光るシルバーのピアス。


「ごめん。癖みたいなもんでね」


藤井はスマホをしまう。


「……行こうか。」



店は、本通りから少し入ったビルの3階にあった。


カウンター越しの鉄板で、肉が焼かれている。

油が弾け、炎が一瞬高く上がる。


凛はその光景を眺めて、小さく言った。


「天満とは大違いですね」


誉めているのか、皮肉なのかはよく分からない。




「……で」


凛がワインを一口飲む。


「DX推進チームとやらは、どうなんですか」


「毎日が戦場だよ」


藤井は苦笑した。


「昨日も若いのとクラウドの件で揉めてね」


鉄板の上で、肉が静かに焼けている。


「スピードでは勝てないからさ。

俺は俺で、昔からやってきた泥臭いやり方を、どうやって仕組みに落とすか考えてる」


グラスを少し傾ける。


「それが、意外と面白い」


凛は黙って聞いていた。


やがて言う。


「……まあ、向いてるんじゃないですか」


ミディアムレアの肉を口に運ぶ。


「藤井さん、そういう無駄な試行錯誤、嫌いじゃなさそうですし」


「褒めてる?」


「半分」



「君は?」


凛は肩をすくめた。


「私の方は相変わらずですよ」


フォークを置く。


「あのミスの件は、全部片付きました。

当初の案より良い結果になったぐらいです」


「おぉ」


「今は私が回してます」


淡々とした声だった。


「流石だね」


「……タダでは転びませんよ」


けれどその表情には、以前のような尖りはなかった。

どこか落ち着いた、自信のようなものがある。




食事が終わる頃、凛の頬が少しだけ赤くなっていた。


ワインのせいか、店の照明のせいかは分からない。


「……藤井さん」


「ん?」


「今日、誘ってくれて良かったです」


少し間があく。


「あなた見てると」


グラスの縁を指でなぞる。


「必死に新しいことに食らいついてる感じがして」


視線を上げる。


「私の『完璧でいないといけない』っていう意地も、少し楽になる」


藤井は少し笑った。


「それはつまり」



「俺が不器用だから安心するってこと?」


凛は少し考える。


「半分」


グラスを持ち上げる。


「もう半分は」


佐藤のグラスに、そっと寄せた。


触れるか、触れないか微妙な距離。


「そうやって足掻いてる人が隣にいるなら」


静かな声。


「私も、もう少しここで踏ん張ってやろうって思える」




「ご馳走様でした」


店を出ると、夜風が少し冷たかった。


駅へ向かう道を並んで歩く。


以前より、少しだけ距離が近い。


凛が前を向いたまま言う。


「……次は、また『おおきに』に戻りましょう」


「あれ?高い肉嫌だった?」


「美味しいですけど」


少しだけ笑う。


「肩が凝ります」


藤井も笑った。


「俺も、あそこの厚揚げの方が落ち着く」


少し考えてから言う。


「じゃあ次は」



「お互い、もう少し面白い話ができる頃に」


凛は小さく頷いた。


駅の改札で足を止める。


「……じゃあ」


少しだけ手を上げる。


「おやすみなさい。藤井さん」


凛はそのまま改札の中へ消えた。


振り返らない。


けれど、その歩き方は少し軽かった。


藤井はしばらく立ったまま、夜の駅前を見ていた。


ポケットのスマホが震える。


凛からの短いメッセージ。


『高いお肉最高に美味しかったです』


藤井は思わず笑った。


お読み頂きありがとうございます‼︎

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