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温度差のあるふたり  作者: 絵夢


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4/10

6℃

金曜日の夜。


藤井は仕事帰りに、居酒屋『おおきに』の暖簾をくぐった。


店内は相変わらずの賑わいで、カウンターの奥では常連らしい客が焼酎を傾けている。

藤井はカウンターの端の席に腰を下ろした。


「瓶ビール、お願いします」


大瓶とグラスが置かれる。


泡が多めになった一杯目を一気に飲み干し、ネクタイを緩めた。


図書館で会ってから一週間。

参考書は、なんとか毎日少しずつ開いている。


三十ページとはいかない。

十ページの日もあるし、五ページの日もある。


それでも、やめてはいない。


「……隣、いいですか」


振り向くと、そこには凛が立っていた。


ネイビーのジャケットに、細身のパンツ。

仕事帰りの「戦闘服」だ。


「来てくれたんだ」


藤井は隣の席に置いていた鞄をどける。


「たまたま近くを通ったので」


そう言いながら微笑む横顔が、ひどく美しく見えた。



「…油断した」


「え?」



「いや、、なんでも。…生がいい?」


「いえ、私も瓶ビール貰っていいですか」


店員に短く注文する。


グラスが置かれ、慣れた手つきで藤井が注ぐ。

凛は綺麗な比率で注がれたビールを一口飲んだ。


「はぁー」


「落ち着くだろ」


「最高ですね」




「勉強、続いてるんですか」


凛がふと聞いた。


藤井は鞄を軽く叩く。


「一応」


鞄の中には、例のテキストが入っている。


「毎日少しずつ。……横文字多すぎて頭割れそうだけど」


「やめてないんですね」


凛はそう言って、お通しのひじきに手をつける。


「自分で決めた事ぐらいや切らないと」


藤井は苦笑する。


「しがないおじさんの、なけなしの意地だよ」


凛は少しだけ視線を上げた。


「……悪くないと思います」



淡々とした口調だったが、前より少し柔らかかった。




「すみません。厚揚げとマカロニサラダ」


凛が注文する。


料理が届くと、凛は厚揚げを箸で割り、ふう、と息を吹きかけた。


その仕草は、少しだけ年相応に見えた。


「……そういえば」


凛が言う。


「この前、会社で少しだけ褒められました」


「へえ」


「前に言った上司の件。仕事量、少し調整してくれて」


「それは良かった」


藤井はジョッキを持ち上げる。


「戦った成果だな」


「大したことじゃないです」


凛は首を振る。


「あと、少し考え方を変えたんです」


一拍置く。


「……藤井さんに言われた通り」


「俺、何か言ったっけ」


「耐久力はあるんでしょう、って」


「あれは君が俺に言ったんだろ?」


「良いんですよ。本当は藤井さんに言いながら、自分に言い聞かせてたんです」


凛はそう言って、グラスを持ち上げた。


「とにかく、もう少しだけ耐えてみようと思ったんです」


カチン、と軽くグラスを合わせる。


大げさな乾杯ではない。

けれど、小さな音が二人の間に落ちた。





「次、何飲みます」


凛がメニューを見る。


「日本酒のみません?」


「日本酒か。…ま、金曜だしな」


「じゃあこれ」


凛はメニューを指差した。


「飲みやすいですよ」


「詳しいな」


「飲む機会は多いので」


徳利が届く。


凛はゆっくりと酒を注いだ。


「……藤井さん」


「ん?」


「試験、受かるといいですね」


唐突だった。


藤井は少し笑う。


「気が早いな」


「別に、」


凛はそっけなく言う。


「続けてるなら、そのうち受かるでしょう」


ほんの少しだけ、口角が上がった。


それはまだ「笑顔」と呼ぶほどではない。

けれど、以前より確かに柔らかかった。


藤井はそれを見て、小さく息を吐いた。


「……じゃあ、とりあえず」


酒を一口飲む。


「続けてみるよ」


店の喧騒は相変わらずだった。


けれど、カウンターの端のこの席だけは、どこか静かな空気が流れていた。

お読みいただきありがとうございます!

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