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校正者のざれごとシリーズ

校正者のざれごと――オランウータンのぬいぐるみとユマニチュード

作者: 小山らいか
掲載日:2026/03/07

 私は、フリーランスの校正者をしている。

 先日、ほほえましいニュースを目にした。それは、市川市動植物園の子ザル「パンチくん」のこと。母親代わりである、自分よりはるかに大きなオランウータンのぬいぐるみを引きずって歩いている。その様子がかわいいと、SNSで話題になっているそうだ。

 昨年7月に生まれたニホンザルのパンチくんは、母ザルの育児放棄によって飼育員による人工哺育で育てられた。今年1月からはサル山に戻り、群れに慣れる訓練をしている。パンチくんはほかの子ザルと接触を図りながら、ときどき母親代わりのぬいぐるみに甘えるように抱きついたり、横でうたた寝をしたりしている。小さな子どもが親から離れて遊びに行き、不安になると母親のもとに戻りその存在を確かめるように、ぬいぐるみを心の安全基地としているのだろう。

 このニュースを見て、保育関係の本で読んだある実験を思い出した。こんな内容だ。

「ある心理学者がアカゲザルの赤ちゃんを母親から引き離して檻に入れ、ふたつの代理母を与えた。ひとつは針金でできたもので、ミルクの入った哺乳瓶がついている。もうひとつは哺乳瓶はついていないが、柔らかいタオルで母ザルに似せた形に作ってある。子ザルは果たしてどちらを選ぶか」

 愛着形成に関する実験だ。それまでは、愛着は食事などの生理的欲求が満たされることで形成されると考えられていた。ところがこの実験では、子ザルは哺乳瓶のついていない柔らかいタオルでできた代理母のほうをより好んだ。生理的な欲求ではなく、身体的接触、つまり触れ合いによるぬくもりのようなものを子どもはより欲している、ということをこの実験は示唆している。この「アカゲザルの実験」は、世界中の子育て論に一石を投じた。

 話は変わるが、私は以前こんな体験をした。自転車で近所を走っていたとき、小さな橋の向こうから見知らぬ高齢女性が私に向かって大きく手を振った。「ヨウコさん、ちょうどよかった」私の名前ではない。雰囲気としては、息子の嫁を呼ぶような感じ。そして彼女の前には困ったような顔をした若い警察官が立っている。ちょうど進行方向だったので近くまでいくと、彼女はちょっと興奮したように「ヨウコさん、待ってたのよ。この人が変なこと言うから。あなたからも何とか言って」と警察官を見る。そのとき私は、介護系の資格試験の本の事例問題を思い出した。見当識障害。時間、場所、人物などがわからなくなる認知症の中核症状だ。もしかしたらこの人は……。そこでとっさに警察官に目くばせし、「この人の話も聞いてあげて」と女性に言ってその場を去った。認知症の人に対しては、たとえ間違っていることを言っていたとしてもそれを強く否定してしまうと、かえって興奮状態になってしまう、というのを読んだからだ。私は本の上の知識しかなく実際の介護のことはわからないので、自分の対応が正しかったのかはわからない。いま思えばもっといい方法があったかな、と時々そのときのことを思い出す。

 認知症ケアのひとつに「ユマニチュード」という考え方がある。

「ユマニチュード」はフランス語の造語で「人間らしさを取り戻す」という意味を持つ。「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つの柱を基本とし、そのうち「触れる」は指先ではなく、手のひらで優しく、広い面積に触れることで安心感をもってもらい、相手に「あなたのことを思っていますよ」という気持ちを伝える。認知症の人の心の安定を図り、不安から来る問題行動を軽減させていくという効果もあるそうだ。人間には言葉というコミュニケーション手段があるが、それとはまた別に「触れる」という行為も大切で、やはりなくてはならないものだ。そしてそれは人も動物も変わらないのだろうと思う。

 ちなみに「認知症」は以前は「痴呆」と呼ばれていた。あるとき、この「痴呆」という言葉に対して、名称変更の検討が行われることになった。「『痴呆』という用語は(中略)『あほう・ばか』と通ずるものであり、侮蔑的な意味合いのある表現である。痴呆性高齢者と接する際の基本である『尊厳の保持』の姿勢と、『痴呆』という表現とは相容れない」(厚生労働省「痴呆」に替わる用語に関する検討会報告書より)。かくして、2004年から「痴呆」の呼称は「認知症」に改められた。余談だが、認知症の英語表記である「dementia」はラテン語で「心を失った状態」を表し、侮辱的な意味合いはないという。

「知的障害」も、以前は「精神薄弱」だった。言葉の持つイメージから適当でないとされ、呼称が変わった例だ。近年では「障害」という言葉も「障がい」「障碍」に改めようという動きもある。「注意欠陥多動性障害(ADHD)」も「注意欠如多動症」と表記されることもある。仕事として常に言葉と向き合う立場から、こういった動きには敏感でいたいと思う。

 その後、パンチくんは群れの子ザルにちょっかいを出し、その母ザルに怒られたりしているらしい。その姿にSNSでは不安の声も上がるが、動物園によるとそうやって少しずつサル山の社会に慣れていくので、見守ってほしいとのこと。

 そういえば、うちの上の子もぬいぐるみをいつも手にしていた。白くてふわふわなアザラシのぬいぐるみだった。寝るときもいつも一緒で、顔の下になっていた片側半分だけへこんだ形になっていた。ずいぶん前に役目を終え、いまは押し入れの隅に眠っている。

 パンチくんもやがては母親代わりのぬいぐるみを手放し、群れの中で成長していくのだろう。母親のような気持ちで、遠くからそっと応援していきたいと思う。


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― 新着の感想 ―
ん~、この手の話で心配なのは、本来不幸な出来事なのにそれを受けて側がほっこりしたものとして受け取ってしまいがちな事ですよね。 とは言え、人はそこに愛、もしくは救済による安堵を感じてしまうから引っ張られ…
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