普通になれなかった人よ。次は何処へ? 0話
人は、過去を変えることができない。
人は、未来を知ることができない。
人は、過去にも未来にも行けない。”今ここ”にしか存在できない。
........。
いや...訂正しよう。
人は未来について一つだけ知っていることがある。
それは、”いつか必ず死ぬ”ということだ。
人として生まれた以上、変えられないことは、ある。
それも、馬鹿馬鹿しいくらいに多い。
それが、あらゆる要素が、僕たち人間を不安にさせる。
.....少し、話を変えよう。
納豆を食べようとするとき、僕はご飯の上にかける派だ。
ご飯の上に納豆を載せ終わり、納豆パックのフタをしようとしたその瞬間、
パックの角に、一粒の納豆が残っていることに気づく。
君だったらそのとき、どうするだろうか。
もったいないと思って、閉じかけたフタを開け、その一粒を取り出すだろうか。
一粒くらい、大して変わらないと思って、そのままゴミ箱へ捨てるだろうか。
そんなこと、どうでもいいし、考えたことなんてないだろうか。
........。
.....僕は、こんな風に考える。
もし食べなかったら、この一粒の納豆は”燃えるゴミ”へと変えられる。
ある意味では、この大豆は食べられるために育てられ、遂にここまで来た。
しかしその結末が、”食べられずに捨てられる”ことなら、
一体なんのために、この大豆は育てられたのだろうか?
もし、あらゆる物質にも意識や感情があるのなら、
この大豆が、とてつもなく、やるせない気持ちになるのではないか?
それだけじゃない.....。
この世のすべては、一体なんのために生きているのだろうか?
生きる意味が、理由が、知りたい。
.......。
君は、僕の考え方を、どう思うだろうか。
”変わってる”と思うだろうか。
”よくわからない”と思うだろうか。
”危ない”と思うだろうか。
ちなみに、社会はそんな僕のことを”異常者”という目で見るらしい。
”考えるべきじゃない”ことを考えている。人々を不安にさせる。
虚無感、ニヒリズムへと陥らせる危険な人物だと思われているらしい。
.......。
たしかに、そんなこと考えたところで、なにかが変わるわけじゃない。
お金が増えるわけでも、幸せになれるわけでもない。
でも、僕はこうも考える。
そんな、かぎりなくちっぽけなものだったとしても、
”小さな選択の連続”が、明日の自分を作っていくのなら、
自分の根底にあるものを、思考を、行動原理を、育てていくのなら、
いつか大事な選択を迫られたとき、
いつか正しいと思う選択をしないといけないとき、
引かず、怯まず、しかし驕らず、
胸を張って立ち向かえるように、
いちいち、”考えては立ち止まり”を繰り返すプロセスを、大事にしたいのだ。
どうして、そこまでして、こんなことにこだわるのか。
僕が今、生きることを肯定できていないからだ。
自分自身が、人生を悲観的、否定的に捉えているからだ。
それでも、そこまでして、理屈をこねて、意味を見出そうとするのは、
どっかで、生きることを諦めていない自分がいるからだ。
生まれたことを、肯定したいと思っているからだ。
なにかに疑問を抱き、関心を寄せ、考え、意見を持つ.......。
意見を持つということは、自分の発言に責任を持つということだ。
それは、一歩間違えたら、社会では”余計な個性”かもしれない。
世界に不幸を撒き散らすのは、もちろん本意じゃない。
でも、世界の違和感に反発するのが異常者なら、
無機質で、無情で、殺伐とした世界に協調していく人が、健常者なのか?
そもそも、健常者と言われる人たちは、
世界を残酷だとすら感じていないのだろうか?
.......。
たしかに、健常者と呼ばれる人たちには、全く害はない。
みんなと同じ”フリ”をすれば、円滑にコミュニケーションを進められる。
話も早い。軽く共感したそぶりをしておけばいい。
なにかと楽だ。攻撃されることもない。
それ自体は、悪いことだなんて全く思わない。いいことかもしれない。
でも、いつかそんなことを続けていたら.......
自分が何を大切にしていた人間か、忘れていくのではないか?
自分の無垢な魂は、なんと叫んでいるか分かるか?
今、腹の底から幸せだと言い切れるか?
かつて大切だったもの。大切だと感じたこと。これから大切にするもの。
かつて捨てたもの。拾ったもの。これから捨てるもの、拾うもの。
僕は、そのすべてを抱えて生きていたい。
繊細なまま、弱いまま、しかし鋭く生きていたい。
人生に、鈍感でいたくない。
その為には、ちっぽけな覚悟も、幼稚な妄信も、要らない――。
純粋な知的好奇心と、全細胞から伝わる直感と、真の誠実さだけを携えて、
己の人生に答えを出してみせる。これは、私の存在証明だ――。
ときに、他者の意見は大切かもしれない。
しかし、ありふれた部外者の”やめておけ”は、もう聞き飽きた。
たった今から、マジョリティを捨て、ほんとうの人生を拾う――。




