【IF − B】後書き
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
この IF − B は、
「何かが決定的に壊れた物語」ではありません。
むしろその逆で、
何も壊れていないように見えるまま、すべてが失われていく過程を描いた分岐です。
叫びはありません。
暴力も、明確な加害もありません。
誰かを止める必要が生じるほどの「事件」も、起きていません。
それでも――
確かに、取り返しのつかない地点へ進んでいきました。
このルートで描かれているのは、
悪意ではなく、
狂気でもなく、
ましてや「愛の否定」でもありません。
描きたかったのは、
理解が、愛よりも早く到達してしまったときの結末です。
理解は、とても静かで、理性的で、正しい顔をしています。
だからこそ、それは疑われません。
疑われないまま、人の輪郭を削っていきます。
梨花は壊されました。
けれど、誰かに壊されたわけではありません。
彼女自身が選び、委ね、沈黙し、
そして「問題は無かった」という結論の中に収まっていきました。
陽一は救いません。
最初から、救うつもりがなかったからです。
彼は観察し、理解し、解釈し、
「それが成立している」という事実だけを受け入れました。
それは残酷です。
けれど、現実によく似ています。
もしこの物語を読んで、
「何が悪かったのか分からない」と感じたなら、
それこそが IF − B の到達点です。
何も言えない。
何も断定できない。
でも、確かに胸の奥に、冷たい違和感だけが残る。
その感覚を、どうか否定しないでください。
それは、まだ残っている「否定する権利」だからです。
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【IF − B】解説
IF − B は、IF − A と時間・年齢・社会背景を完全に同期させた上で、
「選択の質」だけを反転させたルートです。
大きな出来事は変わりません。
環境も、立場も、言葉も、ほぼ同じです。
違うのは、ただ一つ。
安心が、問いに変わらなかったこと。
IF − A では、
安心は「疑っていいもの」でした。
だからこそ、対話が生まれ、衝突が起き、
感情が往復し、関係は不完全なまま生き延びました。
IF − B では、
安心は完成されたものとして受け入れられます。
疑う必要がなく、問いを立てる理由もなく、
沈黙は自然な選択として積み重なっていきます。
結果として、
誰も間違っていないのに、
誰も幸福だと言えない場所に辿り着きます。
このルートの最終話「問題は、無かった」は、
結末ではありません。
判定です。
社会が、
関係が、
読者自身が、
「これは問題ではない」と判断してしまった瞬間の記録です。
もしあなたが、
「それでも何かおかしい」と感じたなら、
あなたはまだ物語の外側に立っています。
もし、
「仕方がない」「よくある話だ」と思えたなら、
この IF − B は、あなたの足元まで来ています。
救済はありません。
けれど、これは絶望の物語でもありません。
これは、
気づかないまま進めてしまうことの恐怖を、
静かに並べただけの話です。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。




