後書き
――【IF − A】という可能性について
本編『これは救済ではない――《ピース》観測ログ ~距離という名の救済~』は、
一貫して「救われない物語」です。
誰も完全には救われず、
誰も完全には壊れず、
ただ 距離 だけが観測され、記録され、残されていく。
その構造自体が、この物語の核でした。
⸻
【IF − A】を書く理由
では、なぜこの 【IF − A】 を書いたのか。
それは
「あり得たかもしれない世界」 を提示するためではありません。
むしろ逆です。
「この物語は、ラブロマンスになり得たのか?」
その問いに対して、
限りなく肯定に近い否定として、この IF を置きました。
【IF − A】は
「救済ルート」ではありません。
「理想の未来」でもありません。
これは――
最も壊れにくい形で、壊れ続ける選択です。
⸻
本編との決定的な違い
本編では、
•梨花は「安心」を感じるほどに不安を増幅させ
•陽一は「理解する」ほどに世界を分解し
•ピースは「観測する」ほどに嘘を重ね
•読者自身が「読んでいる自分」を疑い始める
という、不可逆の構造破壊が進行しました。
一方【IF − A】では、
•梨花は仮面を「外す/外さない」の二択から解放され
•陽一は狂気を「否定せず、昇華する」方向を選び
•二人は未来を「保証しない」まま、現在を肯定します
つまりこれは、
「壊れないための選択」ではなく
「壊れながら共に居る選択」
なのです。
⸻
なぜ胡蝶の夢なのか
【IF − A】の終章で、あえて
「胡蝶の夢」というモチーフを再び用いました。
胡蝶の夢とは、
•夢と現実の区別がつかないこと
•自我の輪郭が揺らぐこと
•確かさを手放すこと
を意味します。
本編では、胡蝶の夢は 恐怖の装置でした。
【IF − A】では、それは 共存の比喩になります。
夢でもいい
現実でもいい
それでも、今ここに触れている
という、非常に危うく、しかし人間的な肯定。
だからこの IF は、
甘くはあるが、決して安全ではありません。
⸻
読者への最後の問い
もしあなたが、
•この IF を「救い」だと感じたなら
•この結末を「幸福」だと思えたなら
それは、あなた自身が
「距離を保ったまま愛すること」を肯定できる人だからです。
そして、もし、
•どこか不安が残り
•何かが崩れそうだと感じたなら
それもまた、正しい。
この物語は最初から最後まで、
読者の感情を安全に扱うつもりがありません。
⸻
最後に
本編は「観測ログ」であり、
【IF − A】は「反証仮説」です。
どちらが正しいかではなく、
どちらを選びたかったか。
その答えは、
物語の中ではなく、
読者であるあなたの内側にあります。
読んでくれて、本当にありがとう。
――作者より




