エピローグ③ 義妹&義母視点
**Ⅰ.義妹リリアーナ視点
「可憐な妹は、祈りの意味を失う」**
修道院とは、もっと静かで、清らかな場所だと思っていた。
白い壁。
優しい祈りの声。
過去を悔い改めれば、神が許してくれる――
そんな場所だと。
「起床。祈りの時間です」
鐘の音が、耳を刺す。
まだ暗い。
体は鉛のように重い。
冷たい石床に膝をつき、私は祈る。
(……どうして、私が)
何度、そう思ったか分からない。
私は、ただ少し要領が良かっただけ。
姉より愛され、選ばれただけ。
それなのに。
「怠けていますよ、リリアーナ」
修道女の声に、私はびくりと肩を震わせた。
「祈りが足りません」
冷たい視線。
そこには、哀れみも優しさもない。
――ここでは、私は“元公爵令嬢”ではない。
ただの罪人。
番号付きの修道女。
◆
最初の一年は、泣いて過ごした。
「お姉様……助けて……」
夜、声を殺して泣いた。
あの人は、私を見捨てた。
ずっと味方だと思っていたのに。
(前世では、ね)
――意味不明な、あの言葉。
今でも、耳に残っている。
◆
二年目。
私は、祈らなくなった。
祈っても、何も変わらないと知ったから。
朝は労働。
畑仕事。
洗濯。
掃除。
指先は荒れ、爪は割れ、肌はくすむ。
「……私、こんなはずじゃ……」
鏡に映る自分は、もう“可憐”ではなかった。
◆
三年目。
名前を呼ばれなくなった。
「そこの修道女」
「あなた」
それだけ。
――名前が、削られていく。
存在が、薄れていく。
ある夜、私は修道院の奥で、ひとり泣いていた。
「どうして……どうしてよ……」
すると、年老いた修道女が、ぽつりと言った。
「あなたは、まだ“死んでいない”のですね」
「……え?」
「本当に罰を受けた者は、生きながらにして消えていく」
その言葉の意味が、分かった気がした。
――私は、生かされている。
罰として。
◆
五年後。
病に伏した私は、薄暗い部屋で天井を見つめていた。
誰も来ない。
誰も名前を呼ばない。
(……お姉様)
最後に、思い浮かんだ顔。
あの微笑み。
あの声。
「簡単に死ねると思わないことね」
――ああ。
そういうことだったのね。
私は、ようやく理解した。
私に与えられた罰は、
死ぬことではなく、忘れ去られることだったのだと。
静かに、息が止まった。
記録には、こうだけ残った。
「修道女一名、病没」
名前は、書かれていない。
⸻
**Ⅱ.義母エレノア視点
「公爵夫人は、誰にも看取られず」**
独房は、静かだった。
あまりにも。
「……寒い……」
石壁から、冷気が染みてくる。
私は、公爵夫人だった。
誰もが頭を下げ、媚びへつらった。
それなのに。
今、私の話し相手は、壁と影だけ。
◆
「アリシアに会わせて!」
何度、叫んだか分からない。
返ってくるのは、無言。
――あの子。
私が育てた。
私が管理した。
出来損ないだと思っていた娘。
その娘に、すべてを奪われた。
「……違う……」
震える声で、私は呟く。
「私が悪かったわけじゃない……」
家を守るためだった。
地位を保つためだった。
そう、正当化してきた。
◆
ある日、看守が言った。
「面会は、今後一切ありません」
「……え?」
「娘さんからの、正式な要請です」
世界が、音を立てて崩れた。
「……アリシア……」
呼んでも、返事はない。
◆
夜になると、幻が見えた。
幼いアリシアが、微笑んで立っている。
「お母様」
「……なに?」
「どうして、私を守らなかったの?」
答えられなかった。
次の瞬間、地下牢の光景が重なる。
鎖。
血。
――あの子の死。
「……っ!!」
悲鳴を上げても、誰も来ない。
◆
裁きの日。
判決は、当然だった。
終身刑。
財産没収。
名誉剥奪。
私は、何者でもなくなった。
◆
最期は、静かだった。
独房の隅で、私は小さく呟いた。
「……あの子は……善い子だった……」
気づくのが、遅すぎた。
報告書には、こう記された。
「元公爵夫人エレノア、獄死」
その紙を読んだ人物は、ただ一人。
「……そう」
アリシア・フォン・グラントは、静かに書類を閉じた。
そこに、感情はない。
あるのは――決別だけ。
⸻
終わりに
彼女たちは、死んだ。
けれど、
簡単には死ねなかった。
それが、最大の罰だった。
そして今日も、アリシアは生きている。
愛され、選び、奪われない場所で。
――簡単に死ねると思わないことね。
それは、
彼女が与え、奪った言葉なのだから。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
アリシアの二度目の人生は、復讐から始まり、
多くの選択を重ねて、ここまで辿り着きました。
彼女が選んだ結末を、最後まで見届けていただけたことを心から感謝しています。
この物語が、少しでも心に残ったなら、
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また別の物語でお会いできる日を楽しみにしています。
――白昼夢




