エピローグ② ルシアン視点
⸻
**エピローグ
ルシアン視点
「君という檻、君という地獄」**
正直に言えば――
最初から、彼女は壊れていた。
それを“美しい”と思った時点で、
僕の方も、正常ではなかったのだろう。
◆
アリシア・フォン・グラント。
初めて彼女を見た時、僕はすぐに理解した。
――この女は、一度死んでいる。
比喩じゃない。
本当に、魂が一度、終わった目をしていた。
社交界でよく見る“悲劇の令嬢”とは違う。
同情を引くための弱さも、助けを求める光もない。
あるのは、
選別する側の目。
自分以外を、静かに切り捨てる覚悟を決めた者の目だ。
「殺す側だ」
僕がそう言った時、彼女は微塵も怯えなかった。
その瞬間、確信した。
――ああ、この女は、僕と同類だ。
◆
世間は、彼女を“復讐の被害者”だと思っている。
違う。
彼女は、復讐を楽しむ資格を持つ女だ。
義妹を修道院に落とす時、
義母を法と世論で締め上げる時、
元婚約者を処刑台に立たせる時。
彼女は、一度も感情を乱さなかった。
怒りで殺す者は多い。
憎しみで壊す者も多い。
だが、彼女は違う。
彼女は――
正しい順序で、正しい地獄を与える。
それが、たまらなく美しかった。
◆
誤解してほしくない。
僕は、彼女を守りたいわけじゃない。
守る?
違う。
彼女は、守られる存在じゃない。
――彼女は、放てば世界を壊す。
だから必要なのは、盾じゃない。
檻だ。
そしてその檻に、彼女を閉じ込められるのは――
彼女と同じだけの闇を持つ人間だけ。
つまり、僕だ。
◆
彼女は言った。
「私を、檻に入れないで」
だから僕は答えた。
「君は、檻を作る側だ」
あれは、半分嘘で、半分本当だ。
彼女は檻を作る。
だが、その檻の鍵を握るのは、僕だ。
彼女がどこまで壊すか。
誰を落とすか。
どこで止めるか。
すべて、僕が把握している。
彼女は自由だと思っている。
それでいい。
自由だと“思わせる”ことが、支配の基本だから。
◆
結婚?
あれは契約だ。
愛だとか、誓いだとか、
そんな曖昧な言葉じゃない。
彼女は、公爵家当主。
僕は、辺境伯。
二つの権力が結びついた。
同時に、彼女の逃げ場は消えた。
――僕以外に、並び立つ男はいなくなった。
それでいい。
彼女は、誰かに“並ばれる”女じゃない。
◆
夜。
彼女が眠っている横顔を見るたび、思う。
――この女を、逃がしたらどうなる?
また誰かが利用する。
また誰かが裏切る。
また、彼女は血を流す。
そんな未来、許すわけがない。
だから僕は、決めている。
彼女が世界を敵に回すなら、
世界の方を壊す。
彼女が人を殺すなら、
僕は証拠を消す。
彼女が善に戻りそうになったら――
引きずり戻す。
優しさは、彼女を殺す毒だ。
◆
彼女は時々、言う。
「私、冷たい女でしょう?」
そのたび、僕は笑う。
「いいや。選別が上手いだけだ」
価値のあるものを守り、
価値のないものを切る。
それは、支配者の才能だ。
そして僕は――
彼女に切られない位置に、常にいる。
それだけでいい。
◆
世間は、彼女を恐れている。
冷酷な女。
血の気のない公爵。
結構だ。
恐怖は、最高の防壁だ。
そしてその恐怖の裏で、
彼女が安心して眠れる場所を作るのが、僕の役目。
それが、溺愛。
歪んでいて、重くて、逃げ場のない愛。
◆
もし、彼女がまた言うなら。
「簡単に死ねると思わないことね」
僕は、こう返すだろう。
「もちろんだ」
君は、僕が生かす。
罰として。
祝福として。
そして――
僕の地獄として。
君が生きる限り、
僕は、君を離さない。
それが、
僕が君を選んだ理由であり、
君が僕を選ばされた理由だ。




