第五話(最終話) 「簡単に死ねると思わないことね――その先へ」
第五話(最終話)
「簡単に死ねると思わないことね――その先へ」
処刑から、三か月が過ぎた。
王都は日常を取り戻し、噂は次の話題へ移っていく。
人は、他人の破滅にすぐ飽きる。
だが、公爵家は変わった。
義母は獄中で裁きを待ち、義妹は修道院から二度と戻らない。
元婚約者の名は、公式記録から抹消された。
そして私は――
アリシア・フォン・グラントは、公爵家当主代理として正式に認められた。
「冷酷だが、有能」
「感情で動かない女」
そんな評価が、私について回る。
――構わない。
感情で動いた結果が、地下牢だったのだから。
◆
執務室の机に、夕日が差し込む。
山のような書類を片付けながら、私はふと手を止めた。
「……静かね」
復讐が終わると、世界は驚くほど静かだった。
怒りも、憎しみも、もうない。
代わりに残ったのは、わずかな空虚。
「――後悔している?」
いつの間にか、ルシアンが窓際に立っていた。
「いいえ」
私は即答する。
「後悔はしていません。ただ……」
言葉を探す。
「“次に何を生きるか”を、考えているだけです」
ルシアンは、ゆっくりと近づいてきた。
「なら、簡単だ」
彼は私の顎に指を添え、視線を合わせる。
「僕と生きればいい」
直球だった。
逃げ道も、誤魔化しもない。
「君はもう、復讐のためだけに生きなくていい」
金色の瞳が、揺るがない。
「それでも君が地獄を選ぶなら、僕は一緒に堕ちる」
「平穏を選ぶなら――世界中から守る」
――溺愛。
それも、完全に囲い込むタイプの。
私は、少しだけ笑った。
「……重い男ですね」
「今さら?」
「ふふ……」
私は、彼の胸元に手を置く。
「では、条件があります」
「何でも言って」
「私を、檻に入れないこと」
ルシアンは、ほんの一瞬だけ目を細め――
そして、微笑んだ。
「君を檻に入れられる男なんて、存在しない」
彼は、私の手を取る。
「君は、檻を作る側だ」
――その通りだ。
◆
数日後。
公爵家再建の祝賀会が開かれた。
かつて私を見下していた貴族たちが、今は頭を下げる。
その光景を、私は静かに眺めていた。
「……皮肉なものね」
隣で、ルシアンが囁く。
「人は、強者にしか敬意を払わない」
「ええ」
私は、グラスを傾ける。
「だから私は、もう弱くならない」
誰にも、奪わせない。
人生も、誇りも、居場所も。
◆
夜。
祝宴が終わり、私はバルコニーに出た。
星が、静かに瞬いている。
「一度、死んだくらいで終わると思った?」
誰にともなく、呟く。
背後から、ルシアンの腕が回された。
「思うわけがない」
彼は、私の耳元で囁く。
「君は、何度でも立ち上がる」
その声は、確信に満ちていた。
私は、彼の腕に身を預ける。
「……ねえ、ルシアン」
「何?」
「もし、私がまた世界を敵に回したら?」
彼は、即答した。
「その時は、世界を壊せばいい」
穏やかに。
当然のように。
私は、くすりと笑う。
「……簡単に死ねると思わないことね」
それは、かつて復讐の言葉だった。
今は――生きる覚悟の言葉。
私は、もう善人ではない。
けれど、犠牲者でもない。
二度目の人生を、
溺愛と共に、最後まで生き抜く女。
――これは、その始まりであり、終わりの物語。




