第四話 「処刑台で、愛を乞う男」
第四話
「処刑台で、愛を乞う男」
元婚約者――エドワード・ハインツ。
王太子の側近。
誠実で有能。
そう評価されていた男は、前世で私を切り捨てた。
「君の罪が事実なら、婚約を続けるわけにはいかない」
地下牢へ送られる直前。
彼は、そう言って私から目を逸らした。
――いいえ。
あなたは知っていた。
私が無実だと。
そして、利用できると。
◆
王城の回廊は、いつも通り静かだった。
私は正式に、公爵家当主代理として城へ招かれている。
今の私は、もう“切り捨てられる令嬢”ではない。
「久しぶりだな、アリシア」
エドワードは、以前と変わらぬ笑顔を浮かべた。
王太子の隣で。
「ご機嫌麗しゅう、エドワード様」
私は、完璧な礼を返す。
「随分と……変わったようだ」
「ええ」
私は、穏やかに微笑んだ。
「あなたのおかげで」
彼の眉が、わずかに動く。
◆
その夜、ルシアンは言った。
「彼、かなり警戒してる」
「当然ですわ」
書斎の机の上。
積み上げられた書類。
「彼は、自分が“綺麗な側”に立っていると思っている」
私は、紙を一枚取る。
「だからこそ、裏切りが露見した時の落差が大きい」
ルシアンは、楽しげに笑った。
「……君、本当に容赦がない」
「容赦して、何が残りました?」
前世の地下牢。
血と絶望。
「――今回は、最後までやります」
彼は、私の肩を抱いた。
「手伝うよ」
その声は、甘く、低い。
「君が彼を壊す瞬間を、誰より近くで見たい」
◆
罠は、静かに張られた。
エドワードが、敵国の使者と密会している――
それ自体は、王命による“裏の交渉”だ。
問題は、そこに賄賂と虚偽報告が絡んでいること。
私は、その証拠を“彼自身の手”で揃えさせた。
偽の書簡。
偽の密命。
彼が「信じたい情報」だけを、慎重に流す。
――彼は、信じた。
自分は選ばれている。
この情報を使えば、さらなる地位が手に入ると。
◆
王太子への報告の場。
「……これは、どういうことだ」
王太子殿下の声が、低く響いた。
「敵国への情報漏洩。
賄賂の受領。
そして――虚偽の戦況報告」
証拠は、すべて揃っている。
「な、何かの間違いです!」
エドワードは、蒼白になった。
「私は、殿下のために――!」
「その“ため”が、国を危険に晒した」
王太子の目は、冷たかった。
「弁明は、牢で聞こう」
兵士たちが、彼を拘束する。
その瞬間。
彼の視線が、私を捉えた。
「アリシア……!
君が……!」
私は、一歩前に出た。
「静かになさいませ」
声は、驚くほど穏やかだった。
「――あなた、私が何も知らないと思っていました?」
彼は、喉を鳴らす。
「地下牢で、あなたが何を言ったか。
誰に、何を売ったか」
私は、微笑む。
「全部、覚えていますわ」
――前世の、処刑前の“自白”。
◆
処刑の日。
広場は、人で埋め尽くされていた。
罪状。
国家反逆。
逃げ場は、ない。
「アリシア……!
頼む……!」
処刑台の上。
エドワードは、私を探し、叫んだ。
「愛していたんだ……!
あの時も、本当は……!」
群衆が、ざわめく。
私は、ゆっくりと前に出た。
「――嘘」
はっきりと、告げる。
「あなたが愛していたのは、立場と未来だけ」
彼の目から、光が消える。
「それに――」
私は、最後に囁いた。
「簡単に死ねると思わないことね」
処刑は、執行された。
彼の未来は、完全に断たれた。
◆
夜。
私は、城の高台に立っていた。
風が、髪を揺らす。
「……終わったわ」
そう呟くと、背後から抱きしめられる。
「いいや」
ルシアンの声。
「“彼ら”が終わっただけだ」
彼は、私の手を握る。
「君の人生は、ここからだ」
指先に、口づけ。
「復讐が終わった後も――」
低く、囁く。
「君は、僕の隣にいる」
拒む理由は、もうなかった。
私は、彼の胸に額を預ける。
「……逃がしませんわよ?」
「それは、光栄だ」
彼は、笑った。
処刑台は血に染まり、
私は――自由になった。
残るのは、ただ一つ。
この溺愛と共に、生きる覚悟。




