第三話「公爵夫人、次は貴方の番よ」
第三話
「公爵夫人、次は貴方の番よ」
義妹リリアーナが消えてから、公爵家の空気は目に見えて変わった。
――静かすぎるのだ。
使用人たちは必要最低限の言葉しか発さず、廊下では常に誰かの視線を感じる。
その中心にいるのは、義母エレノア。
「……最近、随分と調子に乗っているようね」
食事の席で、彼女は私を睨みつけた。
「妹をあんな目に遭わせておいて、よく平気な顔でいられるものだわ」
前世なら、私は俯いて謝っていた。
でも今は、違う。
「規則を破ったのは、リリアーナです」
淡々と返すと、エレノアの顔が歪む。
「あなたは冷たい子ね。
やはり、あの女の血を引いているからかしら」
――ああ、これも前世と同じ台詞。
違うのは、私が“耐えない”こと。
「……お母様」
私はナプキンを畳み、ゆっくりと顔を上げた。
「それ以上、その話を続けるなら――
次に処分されるのは、あなたですわ」
一瞬、食堂が凍りついた。
「な……っ!」
エレノアは立ち上がり、声を荒げる。
「あなた、誰に向かって――」
「公爵家を私物化している女に、です」
私は静かに告げた。
「帳簿は、すべて揃っていますから」
◆
エレノアは知らない。
私が、前世で彼女の“最期”を見届けたことを。
地下牢に落とされる直前、彼女は叫んでいた。
『あの女が……全部隠してくれていたはずなのに!』
――隠蔽。横領。脱税。
公爵家の金は、すでに食い荒らされていた。
私は、時間逆行後すぐに動いた。
改竄された帳簿は改竄し直さない。
本物を、集めるだけ。
◆
「ずいぶん大胆に動いたね」
夜の書斎。
ルシアンは窓辺に立ち、月を背に微笑んだ。
「もう後戻りできない」
「する気もありません」
私は机に書類を並べる。
「明日、王都監査官が来ます」
彼は低く笑った。
「君が呼んだ?」
「ええ。匿名で」
「残酷だな」
そう言いながら、彼の目は嬉しそうだった。
「でも、正しい」
彼は私の背後に立ち、肩に手を置く。
「アリシア。
君はもう“被害者”じゃない」
耳元で囁かれる。
「加害者だ」
ぞくり、と背筋が震えた。
――それを、肯定されるとは思わなかった。
「……怖くないんですか?」
「何が?」
「私が、どこまでやるか」
彼は即答した。
「全く」
そして、確信を込めて言う。
「君がどれだけ堕ちても、僕は君を選ぶ」
溺愛。
逃げ道は、もうなかった。
◆
翌日。
王都監査官の到来は、嵐のようだった。
「これは……」
積み上げられる証拠書類。
「横領額は膨大。
さらに、脱税、偽装寄付……」
エレノアは蒼白になり、私を見る。
「アリシア……あなた……!」
私は微笑んだ。
「すべて、事実ですわ」
「違う……これは、あなたが……!」
「証拠は?」
静かな一言で、彼女は黙った。
前世と同じ。
証拠の前では、誰も嘘をつけない。
◆
父は、初めて私を正面から見た。
「……アリシア。
これは、本当なのか」
私は、逃げなかった。
「はい」
「お前は……いつから……」
「三年前からです」
厳密には、二度目の人生が始まってから。
父は深く息を吐き、震える声で言った。
「……すまなかった」
――その一言を、前世でどれほど欲しかったか。
でも、もう遅い。
「謝罪は不要です」
私は淡々と告げる。
「判断を、どうぞ」
結果は即決だった。
エレノアは逮捕。
爵位剥奪、財産没収。
公爵家当主は、健康不安を理由に引退。
――そして。
「当主代理は、アリシアに任せる」
その場で宣言された。
◆
夜。
私は公爵家当主の書斎に、一人立っていた。
――すべて、取り戻した。
いや、奪い返した。
「おめでとう」
背後から、ルシアンの声。
彼は当然のように部屋に入り、私を抱き寄せた。
「君は、もう誰にも虐げられない」
「……そうですね」
「なら」
彼は私の顎に指をかけ、見つめる。
「次は、何を壊す?」
私は、ゆっくりと笑った。
「元婚約者と、王都の闇」
彼は満足そうに頷く。
「いい。
最後まで、付き合う」
そして、静かに告げた。
「――君が堕ちきったその先で、
僕が全部、抱きしめる」
公爵夫人は断罪された。
公爵家は、私のもの。
でも、復讐はまだ終わらない。
簡単に死ねると思わないことね。
次は――
逃げ場のない、処刑台の上だ。




