第二話「可憐な義妹は檻の中へ」
第二話
「可憐な義妹は檻の中へ」
貴族学院は、社交界の縮図だ。
表向きは学問と礼節を学ぶ場。
裏では派閥、嫉妬、蹴落とし合いが渦巻いている。
そして――前世の私は、ここで完全に潰された。
「お姉様って、いつも一人ですわよね」
義妹リリアーナは、白百合のような笑みを浮かべていた。
周囲には、彼女を慕う令嬢たち。
「皆さん誤解なさっているの。お姉様は冷たいのではなくて、人付き合いが苦手なだけなのよ」
その言葉で、私は“孤高で近寄りがたい令嬢”というレッテルを貼られた。
最終的に残ったのは、孤立と悪評。
婚約破棄への布石は、すでにここから始まっていた。
――だから。
今回は、舞台を知っている私が主導権を握る。
◆
「アリシア様、最近お変わりになりましたわね」
昼休みのサロン。
声をかけてきたのは、前世では私から離れていった令嬢の一人。
「そうかしら?」
「ええ。前より……堂々としているというか」
私は微笑んだ。
「ありがとうございます。でも、私――もともとこういう性格でしたの」
ただ、抑えていただけ。
それを、やめただけ。
リリアーナは、少し離れた席からこちらを見ていた。
不安と苛立ちが混じった視線。
――気づいた?
あなたの舞台が、もう私のものだって。
◆
放課後、私は“偶然”を装って図書室に向かった。
静寂の中、目的の人物を見つける。
リリアーナの専属家庭教師、ロバート。
前世では知らなかったが、時間逆行後にすべて理解した。
――彼は、試験問題を横流ししている。
「失礼します」
声をかけると、ロバートは一瞬肩を震わせた。
「ア、アリシア様……何かご用でしょうか」
「いえ。ただ、少しお話を」
私は椅子に腰掛け、淡々と告げた。
「次の期末試験。
あなたが保管している魔法理論の問題、難易度が高すぎません?」
「な、何を……」
「安心なさって。責めているわけではありません」
私は微笑む。
「ただ――“記録”が欲しいだけ」
彼の顔色が、見る見るうちに悪くなる。
前世で、彼は自白していた。
処刑台の前で。
だから私は、彼の逃げ道も、脅し方も、全部知っている。
「拒否しても構いませんのよ」
私は優雅に立ち上がり、囁いた。
「その場合、あなたと妹がどんな目に遭うか……説明しましょうか?」
ロバートは、震える手でペンを取った。
――一つ目の檻、完成。
◆
その夜、ルシアンが公爵家を訪れた。
「ずいぶん手際がいいね」
書斎で二人きり。
彼はソファに腰掛け、楽しげに私を見る。
「あなたが調べてくれたおかげです」
「君が欲しそうな“真実”を集めただけさ」
彼は平然と言う。
「義妹はね、聖女じゃない。
欲望と虚栄の塊だ」
私は紅茶を差し出す。
「……知っています」
ルシアンはカップを受け取り、私の手を離さなかった。
「アリシア」
低く、甘い声。
「君が誰を壊そうと、僕は止めない。
それどころか――」
彼は指先に力を込める。
「君が壊す姿を、誰より近くで見たい」
溺愛。
それも、歪んだ種類の。
――悪くない。
「では、見ていてください」
私は告げた。
「可憐な妹が、どう堕ちるか」
◆
数日後、事件は起きた。
期末試験初日。
リリアーナの答案は、完璧すぎた。
「すごいわ……全問正解ですって」
「さすがリリアーナ様!」
称賛の嵐。
彼女は頬を染め、控えめに微笑む。
――前世と同じ流れ。
違うのは、次だ。
「……少し、よろしいでしょうか」
試験官の一人が、厳しい声を上げた。
「この答案、保管されていた問題と完全に一致しています」
ざわめき。
「筆跡鑑定の結果も出ました。
事前に写したものですね」
リリアーナの顔から、血の気が引く。
「ち、違いますわ……!
お姉様が……!」
私は立ち上がり、静かに言った。
「証拠は?」
「……っ」
「ありませんわよね」
私は続ける。
「ちなみに、家庭教師ロバートの供述書も提出済みです」
会場が凍りついた。
リリアーナは泣き崩れる。
「お願い……お姉様……!」
私は彼女の前に立ち、耳元で囁いた。
「まだよ」
彼女が震える。
「これは“始まり”」
◆
処分は即日下された。
不正行為。
貴族としての信用失墜。
彼女は学院を退学し、修道院送りが決定。
護送される直前、リリアーナは叫んだ。
「どうして……!
お姉様は、私の味方だったでしょう!?」
私は、ただ微笑んだ。
「前世では、ね」
もちろん、彼女には意味が分からない。
それでいい。
◆
その夜。
ルシアンは私を抱き寄せ、低く笑った。
「最高だ。
君は本当に――美しい」
「……復讐しているだけです」
「違う」
彼は私の額に口づける。
「君は、選んでいる。
誰を生かし、誰を落とすかを」
逃げ場のない腕。
でも、不思議と嫌ではなかった。
「……まだ、終わっていません」
「知ってる」
彼は囁く。
「だからこそ、離さない」
義妹は檻に入った。
次は――もっと大物。
私は静かに息を吸う。
簡単に死ねると思わないことね。
これは、まだ序章に過ぎないのだから。




