第一話「死に戻り公爵令嬢は、もう善人をやめる」
短編作品『簡単に死ねるなんて思わないことね。』の連載版となります。
第一話
「死に戻り公爵令嬢は、もう善人をやめる」
――喉が、焼けるように痛かった。
毒だと気づいた時には遅く、私は地下牢の床に崩れ落ちていた。
視界の端で、松明の火が揺れる。
「これで終わりね、アリシア」
義母エレノアの声は、驚くほど穏やかだった。
隣で義妹リリアーナが、口元を扇で隠して笑っている。
「お姉様、さようなら。……生まれ変わったら、もう少し賢くなれるといいですわね」
婚約者だった男は、こちらを見ようともしない。
――ああ、そう。
私は最後に理解した。
善良であることは、何一つ守ってくれなかったのだと。
暗闇が迫る中、私はただ一つだけ誓った。
もしやり直せるなら、次は絶対に許さない。
◆
「……お嬢様? 朝でございます」
聞き慣れた声に、はっと目を開ける。
天蓋付きのベッド。
若い侍女。
鏡に映る、まだ痩せすぎていない自分の顔。
「……三年前?」
心臓が早鐘を打つ。
死んだはずの私が、生きている。
それも、すべてが始まる前に。
――時間が、巻き戻っている。
震える手を握りしめ、私は静かに笑った。
「……いいわ」
神でも悪魔でも構わない。
この機会、逃すものですか。
「今度は、私が壊す番よ」
◆
その日の午後。
私は“偶然”を装って、ある男と再会した。
「久しぶりだね、アリシア嬢」
黒髪に鋭い金眼。
辺境伯家当主、ルシアン・ヴァルクロワ。
前世では、ほとんど関わりのなかった人物。
――けれど、彼が「危険な男」だという噂だけは知っている。
「ご無沙汰しております、侯爵閣下」
礼儀正しく微笑むと、彼はじっと私を見つめてきた。
「……面白い目をするようになった」
「そうですか?」
「以前は、もっと――殺される目をしていた」
一瞬、背筋が凍る。
だが私は、目を逸らさなかった。
「では今は?」
ルシアンは、ゆっくりと口角を上げた。
「殺す側だ」
――やはり、この男は分かっている。
彼は近づき、低い声で囁く。
「復讐かい?」
私は微笑む。
「ええ。徹底的に」
すると彼は、まるで恋人を見るような目で言った。
「いいね。……君がどんな地獄を作るのか、興味がある」
そして、信じられない言葉を続けた。
「手伝おうか。
君が望むなら、僕は君の共犯者になる」
普通なら、警戒すべき申し出だ。
けれど私は理解した。
この男は、私と同じ側の人間だ。
「……後悔しません?」
「するわけがない」
彼は即答した。
「君みたいな女を、ずっと探していた」
胸の奥が、僅かに熱を帯びる。
――溺愛。
それは、武器にもなる。
私は彼に手を差し出した。
「では、よろしくお願いしますわ。
簡単に死ねると思わない復讐を」
ルシアンは、その手に口づける。
「君が望むなら、世界ごと壊そう」
こうして私は、二度目の人生を歩み始めた。
善人は、もう終わり。
復讐と溺愛に満ちた物語の、始まりだった。




