今日も世界はぬるいまま
何の変哲もない某日。空は快晴と言うにはまだらに雲がある。けれど今日が曇りと言うには量が足りない。日差しは温かいが、風は肌寒い。暑いか寒いかと問われれば、ぬるい。
世界はいつも、薄めすぎたスープみたいに味がしない。だから私は、せめて数だけは濃くしたかった。
カチリ。
人を“測る”音が胸の中のざわつきを押し戻してくれる。
駅前の人通りは、時間帯によって大きな波がある。
鬼の形相で駆ける人を──カチリ。
肩を落として歩く人を──カチリ。
笑いながら横切る集団を──カチカチ、カチリ。
数字が積み重なっていくと、胸の奥の冷たいところが少しだけ静まる。
退屈は変わらないが、測っているうちは私はまだ無害でいられる。
そこへ、ボストンバッグを抱えた黒ずくめの男が現れた。
爆弾か、大金か──そんな妄想が一瞬、脳裏で弾ける。
私はその人物をカチり、視界の端で追った。
人混みの中で、彼だけが妙にゆっくり歩いている。
そして男は、ボストンバッグを車両の網棚に置くだけ置いて、
ふっと息を抜くみたいに駅から立ち去った。
その瞬間、こちらを見たような気がした。
私の指が、一瞬だけ押し損ねた。
胸の中に沈殿していた期待の粒が、ふわりと浮いては消えた。
知らせるべきかどうか、一拍だけ考える。
私は息を戻し、駅員にだけ淡々と連絡した。
その後どうなったかは分からない。ホームは静かだ。誰も騒がない。
古びた時計は、世界に興味がない顔で針を進める。
──いつまで経ってもダイヤは乱れない。
そうだった。鉄道会社は秩序を守る宗教みたいなものだ。
誰もいないのにカチ、カチ、カチ。
つまらないにもほどがある。
世界は今日も、ぬるいまま。
今のタイミングなら、絶対、上手くいくのに。
みんな、どうしてそんなにおとなしいのだろう。私のロジックならカチリと必ず決まるはずだ。
さて。次は、誰に、何を置いていってもらおうか。
私は知っている。
日常の隙間には、いつだって不穏が潜んでいることを。
──そして、待合室のバッグが、ほんのわずかに揺れた。
カチリ。




