パンドラの箱
「瑞華、どうしたの? なんか目が赤いけど。もしかして泣いた?」
家に戻りリビングに入ると、パソコンの作業が終わったのか瑞樹がソファでくつろいでた。
「ちょっとね。それよりあれはどうなったの?」
僕もソファに腰掛ける。テーブルの上にPINOがおいてあったから一つ口に放り込む。
「それ、僕のー」
「一つくらい良いじゃんか」
「まぁいいけど」そう言って瑞樹は立ち上がり、冷蔵庫からカルピスを取り出しながら「あれはもう起動準備に入ってるよ。でも、期待してたようなヴァーチャルの新機能って訳じゃなかったよー」
カルピスをのみながら残念そうに肩を下げる。
「中身は何だった?」
「あけてみてのお楽しみ。じゃあ部屋に行こうか」
瑞樹は軽快な足取りでリビングから出て行く。どうやら期待していたものではなかったけど、それでもなかなか楽しげな内容だったんだろう。
僕も瑞樹のあとをおってリビングから出る。
今更な説明かもしれないがうちの二階は、僕の部屋、瑞樹の部屋(隣同士で部屋の中が繋がっているから、厳密には一部屋だ)、それともう一つ、仮想部屋がある。まあその部屋はまんまヴァーチャルの為の部屋である。パソコンが5台おいてあり、家族全員がそろってダイブしたり、友人を連れてきてダイブしたりする事が出来る。ちなみにこの部屋の監修は我らが犀愛ちゃんだったりする。ダイブ先を固定していて、この部屋とほぼ一緒の部屋にダイブする事が出来る。
「じゃあ起動させるよー」
瑞樹は解凍したCD-ROMを開き、ソフトを起動させる。画面に映し出されたのは『virtual world―real battle edition―』というタイトルのゲームだった。
「リアルバトルエディション?」
僕はそれのサブタイトルに目がいった。ヴァーチャルワールドはヴァーチャルのことだから今更だけど、そのサブタイトルは聞いたことのないものだった。
「今説明を読んだげる。表記が英語だからだいたいでいいよね」
瑞樹が読んだ内容は至極簡単なものだった。
1―制限時間ありのバーサスバトル。いわゆる対戦ゲームだ。
2―対戦方法は様々。バトルロワイアル、1対1~5対5、多対1、チームバトル等々。
3―負けアバターには相応の罰を、勝ち抜いたアバターには相応の報いを。
4―なにが起ころうと開発社は責任を持ちません。
というものだった。
「なんか、怪しすぎるね」
「僕もそう思う。しかも対戦ゲームなら、このソフトを持ってる人がいないと起動しても意味ないじゃん」
「だね。どうする?」
どうする? と聞いたものの僕と瑞樹の答えはとうに決まっていた。
「「行くしかないっしょ!」」
僕らは迷わずダイブした。
これが悲劇に繋がるとも知らずに。
◆ ◆
一方三橋学園理事長室。
古空犀愛は落ち込んでいた。なぜなら、吉井瑞華を泣かせてしまったからだ。
「あ~。やっちまったぁ。まさか泣くとは思ってもなかったぁ」
かれこれ30分ほどデスクに突っ伏したままこの様子だ。
しかし、ちゃんとパソコンを開き、渡されたCD-ROMを解凍して、中身を調べているところがこの女が天才たる所以だろう。
公私が混ざらない。
一見誰でも出来そうなことで、実は難しいことだ。人間なら、多少混ざってしまうものだ。
人間なら、だ。
…この話をすると長くなるのでまたの機会にでも。
「くそー! これも全部朔士のせいだ。あの腹黒オヤジめ!」
ただの八つ当たりである。泣かせたのは他の誰でもない犀愛の目つきの悪さだ。
(というか)
(今頃何の用っつうんだ?)
ひとまず瑞華のことは考えないように目の前のことに集中する。
CD-ROMの解凍と分析が終了し、画面が切り替わる。
ここで普通なら先ほど瑞華たちがダイブした『virtual world―real battle edition―』の画面になるはずだが、犀愛は解凍時にあることをして違う画面を開いていた。
画面に映し出されたのはなにやら大量の文字列だ。
「ふんっ。試しにやってはみたが、まさかまだアクセス出来るとはな。あたしが抜けてから少しも進歩してないってことか」
彼女がやったのはゲームの裏側、つまりこのゲームの製作方法や操作方法、内容の是非すら見ることの出来るいわゆる製作者にしか見れないものだ。
ゲームの起動中にあるプログラムを割り込ませると、これを見ることが出来る。
(あたしが14の時につくったシステムをまだ使ってるとはな)
製作者としてはうれしいことだが、もと研究者としては進歩のないシステムに落胆せざるをえない。
そんな複雑な感情を抱きながら画面を操作していく。
「対戦ゲーム? 何で今頃こんなモンつくったんだ? しかも一世代前のシステムだし」 操作しながら疑問しか浮かんでこない内容だった。こんなものを見せるために絶縁していた相手を訪ねてきたというのだろうか。
(いや、こんな内容なら)
(絶対何か裏があるはずだ)
犀愛はそう思いながら画面をスクロールしていく。そこであることが目に入る。
(負けアバターには相応の罰、勝ち抜いたアバターには相応の報い?)
いかにも怪しい文面だった。それの詳しいことを調べるためさらに画面をスクロールしていく。そして、その『罰』とやらの内容を見て、犀愛は驚く。
「ばかな! こんなもの普及させたら世界規模で死人がでるぞ!」
がたん! と勢いよく立ち上がる。もう一度画面を見るが、やはり内容に偽りはなかった。
「くそっ! あいつ等何を考えてやがる!」
開発社は責任を持てません、という文句はおそらくこのためだろう。それほどぶっ飛んだ内容だったらしい。
「あいつ等のことだからすでに裏で何人か参加させているかもしれねぇな」
管理者にしか入れないページをめくり、参加者のリストを引っ張り出す。そこには予想通りすでに参加者がいたがそれは古槍たちが引き入れた参加者ではなかった。
「二人、か。アバター名は………、なっ!?」
画面をみて、そのアバター名に犀愛は驚愕する。
その名前はフラワープルーフ、ウッドプルーフの二人だった。この二人のアバターはヴァーチャル内では最高クラスに有名な名前だった。なんせヴァーチャル内にただ一組の『双子』属性のアバターだ。
そしてそれ以前に、その二人はリアルで犀愛にとって大切な二人だった。
吉井瑞華に吉井瑞樹の双子の姉妹。犀愛がこちらに帰ってきてすぐに知り合った二人。六年ほどのつき合いで今や公私ともに仲のよい相手だ。
「あんのバカどもが! くそっ!」
双子アバターは二人で一人。なのでリアルバトルエディションに参加しているのは一人ということになる。
(参加アバターがいない場合、対戦相手はヴァーチャル内の魔物になる)
(しかも、レベルが各段にあがった状態。いくらあの二人でもマズい)
もし、負けでもしたらありえないクラスのペナルティを受けることになる。
スーツの上着を羽織り、急いで理事長室から飛び出す。
駐車場につくなり車に乗り込み、急発進させる。
(瑞華と別れてからもうすぐ一時間)
(ヘタしたらもう手遅れかも知れない)
「くそ! 無事でいてくれよ!」
祈るように、願うようにしながら吉井家に向かう。
犀愛はそこで、自分の好きな相手の無残な姿を目の当たりにする事になる。




